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迷うサマリの心

「昨日はどうもお世話になったね、おにーちゃん」


「アゾレか……意外だな。俺から迎え撃つと言ったはずだが」


「アゾレって誰? 私はリノだよ? ふふっ。まあ、先手必勝ということで」


「……何か策を考えてきたというのか」


「うん! おにーちゃんを殺すためにね!」


 俺とリノの口撃を、サマリは戸惑いながら見ている。昨日の出来事を知らないせいだろう。つまり、リノはサマリに告げず深夜に出歩き、俺を襲ったのだ。

 これでサマリには何の関係もないことは分かった。あいつはただ利用されているだけだと。


「俺の目の前に出てきたってことは、覚悟が出来ているということだな? 一瞬で終わらせる……!」


「そうはいかないよ!」


 リノは後方へジャンプし、木の上にある太い枝に着地する。それから彼女はポケットから何かを取り出した。

 底が太く、先が短い。それ単体で光を放っていて、眩しいくらい。ま、まさかあれは……!

 俺が口に出すより先に、ユニコーンが叫んだ。


「あれ……私の角なのー! ケイくんが持ってるんじゃなかったのー!?」


「角? ……ああ、これ。凄いでしょ!? この角、ユニコーンのものなんだって! これさえあれば、私の力は何十倍にも大きくなるの! だからさ……こんなことも出来るってわけ!!」


 その瞬間、角がより一層の輝きを増す。それと同時に地面から死体が這い出てきた。どれもが――死んだ時のものだろう――武装をしていて、すぐに戦闘ができる体勢が整っている。

 この死体もまた、ギルドの罠によって亡くなった村人なのだろうか。だとしたら、許せない……!

 俺も覚悟をして剣を引き抜き、戦いに備える。……が、それを邪魔するユニコーンがいた。彼女は俺の袖を引っ張り、そして珍しく頬を膨らませていた。


「ウソをついてたの? ケイくん!」


「ちょ、今はそんなことしてる場合じゃないだろ!」


「酷いのー。せっかく私が好印象を与えようと頑張ってたのにー。ウソはメっなのー」


「後で謝るから、今は戦いに集中させてくれ!」


「すきありー!! いっけーゾンビたち!」


「チッ!」


 袖に掴まったユニコーンを背中に抱え、俺は片手で剣を振り回す。

 襲い掛かってくる死霊たちはその剣によって次々と無力化されていく。

 よし、このまま一気にアンデッドを倒していけば……。ユニコーンがいながらも、俺は簡単に生き返った屍を土に戻していく。


「これで終わりだ!」


 最後の一体を片付けて、俺はリノに向き合う。

 彼女もさすがにこれでは勝てないことは分かっているようで、表情を崩してはいなかった。


「ま、今のはウォーミングアップみたいなものだし。やっぱりおにーちゃんは強いんだってこと、再確認できれば良かったんだよ」


「だったら次を繰り出せ。そいつも俺が倒してやる」


「……そーいえば、どうしておにーちゃんの手を握ったと思う?」


「何?」


 クイズのつもりなのだろうか。リノは不敵な笑みを絶やさず、俺に挑発をしている。ふざけているのか?

 いや、リノの元々の性格はこんな感じだったのかもしれない。それをネクロマンサーが彼女の性格に引っ張られているという可能性も考えられる。

 だから、俺は彼女の質問に答えることはしない。仕掛けてこないのなら、こっちから終わりにさせるだけのこと。

 俺はジッと立っているリノに向かって走り出した。


「答えてくれないの?」


「お前と遊んでいる暇はないんだ!」


「じゃあ答え。私の能力ってね……触れた人に関わった死人に誰がいるかってのが分かるんだ。だから……蘇らせることもできるの。記憶からね」


「それが何だ!?」


 リノがユニコーンの角を取り出し、何かを唱え始める。

 その前に決着をつけてやろうと躍起になった俺だが、呪文はすぐに唱え終わってしまった。

 その瞬間、いくつかの光がリノの周りを取り囲んでいく。そして、そこから現れた人に、俺は驚愕した。


「……ユリナ隊長!? それに……母さんも!」


「そ。これはおにーちゃんの記憶から呼び出した死人。さあ、おにーちゃんはどうするのかな?」


「……何?」


「果たして、おにーちゃんはその二人に攻撃できるのかなってこと」


 二人とも生前と変わらない姿でいる。きっと、これは俺の記憶だからだろう。本物の死体を使ったらこうはいかないはずだ。

 この死体は動き出すのだろうか。俺は静観するために立ち止まる。

 さて、どう動いてくるのか……。

 先に喋ったのはユリナ隊長の方だった。


「ケイ……二度も私を殺そうと言うのか? もう……死にたくないんだ。助けてくれ」


「ユリナ隊長。それ、本心で言ってます?」


「ああ。もちろんだ。私は正真正銘、心で言っている」


「そうですか……」


 それから口を開くのは俺の母さんだった。

 こちらの方も情に訴えかけてくるのだろうか。


「ケイ……お願い。もう、犠牲を出さないで」


「どういうことだい?」


「私を助けてさえくれれば、リノはもう手を引くって言ってるの。だから、その剣を捨てて?」


「そっちも、正気で言ってるってことかな」


「そうよ……。だからケイ、お願い。私の可愛い子供なんだから……」


「そうか……」


 雰囲気を悟ったのだろう。ユニコーンが複雑そうな表情で俺から離れていく。

 俺は心の動きをリノに感づかれないように、慎重にユリナ隊長と母さんに近寄っていく。


「……リノは、俺が剣を捨てれば全てを終わらせてくれるんだな?」


「そうだ、ケイ。だから戦う力を捨てろ」


「後はリノがやってくれるのよ」


「分かったよ……」


 これから起こる全ての『もしも』を脳内で算出した後、俺は剣を鞘に戻す。

 これで彼女の意思が変わらなければ、俺も覚悟を決める。最後の作戦だ。

 しかし、その行動に異を唱えたのは、意外にもサマリだった。


「後輩くん! そ、それでいいの!?」


「しょうがないじゃないか……。もう会えないと思ってた死人が目の前にいるんだ。さすがの俺も心が動かされるよ……」


「そんな……言ってることが違うじゃない!! 後輩くんは、私に言ってくれたよ!? 死人は生き返らない……! だからその人たちの報いを晴らすためにモンスターと戦ってるんだって!!」


「結局、俺はサマリと同じだったってことだ。死人に引っ張られて、前に踏み出せない愚か者……そういうことだ」


「お、愚か者……」


「そうだ。俺たちは愚か者だ。サマリ、今の俺を見てどう思った? 現実から目を逸らしている俺に軽蔑したか? 悲観したか? 嘲笑したか? どう思ったのかは分からない……けど、きっと、お前が抱いたその感情は、俺とアリーが感じた感情と一緒だ」


「この気持ちが……後輩くんやアリーちゃんと一緒……」


「それが、他人がサマリに感じる感情ってことに何の感慨も湧かなくても、俺は否定しない」


「後輩く……ん」


「けどな、これからもそうやって愚か者として生きていくなら、他人からは永遠に消えることはない。お前の今感じてる気持ちは……。そんな他人の目に耐えながら、お前はこれからを生きていくのか?」


「ねえおにーちゃん。さっさと剣をこっちに渡して?」


「リノ……いや、アゾレ。お前は他人に成り代わって、何の罪悪感もないのか?」


「え? ないよそんなの。だって、私は私だもん。アゾレなんかじゃないよーだ」


「お前は他人の記憶を読み取って再現しているだけに過ぎない。本当のリノの気持ちが……お前に分かるはずがない!」


「そんなことないよ。だって、私はサマリおねーちゃんが大好きだから! ねっ? おねーちゃん。おねーちゃんも私のことが大好きだよね?」


「あっ……」


 サマリが迷いを見せた。今まで、リノが『いる』と盲信していた彼女の、初めての迷いだろう。

 これでサマリの気持ちが変わらないのなら、もう俺は諦めよう。すでに、リノはイライラを募らせている。一瞬だけ手が届いた俺に対する勝利の美酒。しかし、俺がグラスに美酒を注がないせいで、ご褒美が遠ざかってしまっている。


「もー、本当は納得してないんじゃないの? おにーちゃん。ちゃんと誠意を見せてよ! じゃないと、そこにいる二人でぶっ殺しちゃうよ?」


「やれるものなら、やってみろよ。俺は絶対に負けない」


「一人は隊長。もう一人は肉親。両方とも手をかけるつもりかな? あ、いいこと思いついた。ねえ、サマリおねーちゃん」


「え?」


「いもーとのお願い、聞いてくれる? あのね、そこにいるおにーちゃんを殺して?」


「後輩くんを……私が殺す……!?」


「うん。だって、そこのおにーちゃんに色々説教されたんでしょ? 絶対にうざかったはずだよー。だから、ストレス解消にさ、殺しちゃってよ」


「……く」


「私はいっつもおねーちゃんの言うこと、聞いてきたんだよ? 草むしりの当番、代わってあげたこともあったよね? あと、いつも朝起こしに来てやってたんだよ? そんな可愛げのあるいもーと……まさか見捨てたりは、しないよね?」


「そ、それは……」


 サマリは俺の方を見つめる。まだ迷っている。そんな感じの表情だ。

 答えを求めている。彼女は、リノと俺のどちらを選べばいいか。必死に考えている。だが、俺は彼女に答えを出してやることはできない。


「サマリ……お前が決めろ」


「後輩くん……」


「もし、お前がリノの方につくなら、俺は本気でお前の相手をする。それだけは覚悟しろ」


「…………」


 サマリは体を震わせている。まだ、迷っているみたいだった。

 何だか煮え切らない態度に、リノも次第に不満げな表情を浮かばせる。その仕草だけは、本物の妹のように見えた。


「どーしたの? さっさとおにーちゃんを殺してよ、サマリおねーちゃん」


「リノ。ねえ、あの時……私たちの村がモンスターの襲撃にあって、リノが襲われた時のこと、覚えてる?」


「何? 今更……。覚えてるよ。私、死ぬ間際に確かこう言ってたよね? 『私……おねーちゃんのこと、大好き』って」


「うん。今でも、その気持ちは変わらない? 私が、あなたを救えなかったのにこうしてのうのうと生きていても……」


「ねえおねーちゃん。それが何の関係があるの? おねーちゃんは、私に従って動いてくれればいいの。だって、おねーちゃんは私を見殺しにしたんでしょう? そのおねーちゃんが、私の言うこと聞かないはずがないよね?」


「そっか……分かった。決めたよ、リノ」

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