説得開始
城から出た俺を迎えてくれた人間……いや、それはモンスターのユニコーンだった。
城の入口を守る兵士と楽しくお喋りしているユニコーンを見て、俺は両者に呆れてしまう。
兵士よ……お前は綺麗な服装の可愛い女の子には優しくしてんのか。まったく……今度、学生服姿のアリーを連れてきてぎゃふんと言わせたいところだ。
そしてユニコーン。お前が何でここにいるんだ? いや、アリーと一緒に学校に行けとは言わんが。
「兵士さんのお話はとっても面白いのー」
「ハッハッハ。ユニちゃんもとっても可愛い女の子だねー。今度お兄さんとお茶しに行かないかい?」
「それは考えさせてほしいのー。あ、ケイくん」
「ケイ? ま、まさか……」
兵士が身なりを整えて、後ろを振り向く。そこには当然俺の姿がある。
それを見て、兵士は何故か俺に槍を向けた。
「き、貴様がどうしてここにいる! もう用事は終わったのか!」
「ああ。もしかして、お邪魔だったかな?」
「まさか、さっきのやり取りを見ていたというのか!?」
「見てたぜ。バッチリな。ウチのアリーに対しては冷たかったのに、その子には随分と優しいんだな」
「か、彼女はしっかりとした身なりをしているからであってだな!」
「はいはい」
兵士の話を半分聞き流しながら、俺はユニコーンの前に立つ。
「ほら、行くぞユニ」
「はーいなの」
「お前……孤児院でもやってるのか?」
「勘違いするな。俺が養ってるのはアリーだけだっての」
「えー、私もちゃんと育ててほしいなー」
無理矢理ユニコーンの手を引っ張り、ここから出ることにする。
話したいことも、兵士がいるんじゃ話しづらい。俺はどうしても、彼女をモンスターとして認識してしまう。
ちなみに、兵士は最後までユニコーンに手を振っていた。
所変わって、ここはサマリの家に行くための道。
歩きながら、俺はユニコーンと話を始める。
「何が目的だ?」
「目的? 何のことなのー?」
「俺を監視するためか? それとも、他に作戦でもあるのか?」
「ただケイくんと行動したいからだけどー? 特に他意はないの」
「……アリーはどうした」
「彼女はいつも通り学校に行ったの。特に催眠はかけてないの」
「どうだか……」
「ケイくん。まだ私を信じられないのー?」
「モンスターは俺の両親や大切な人たちを殺してきた。君が親しみやすい姿になったからって、俺の意思はそう簡単には変わらないよ」
「そうなの……。これじゃあ、角を返してくれるのはまだまだなのー……」
「悪いな」
「別にいいの。時間はまだまだあるの。ゆっくりと私の良さを分かってくれればいいの」
「俺はこれからサマリのところに行く。お前は帰ってろ」
「サマリ? なら、私も行きたいの。もしかしたら、催眠術にかかってくれるかもしれないの」
「そうか……サマリはこの国に来てから、お前の催眠にかかってたんだったな」
一応連れて行くか。何かの役には立ちそうだ。
そんなこんなでサマリの家に着いた俺たち。俺はすぐに玄関のドアをノックした。
「サマリ! いないか?」
数秒後、ドアが開け放たれ、サマリが姿を現した。
彼女は俺の顔を見ると、少しだけ笑みをほころばせた。昨日、少し嫌な別れ方をしてしまったからな。また訪ねて来てくれたことが嬉しかったに違いない。
俺もちょっと言い過ぎた。彼女の過去があんなに悲惨なものだとは知らずに……。
そのことの謝罪を含めて、彼女を連れ出したいと思う。
「元気か?」
「うん……! わ、私はいつも元気いっぱいだよ!!」
「ちょっと付き合ってくれないか? 話したいことがあるんだ」
「え? ……どうしよう」
「今日は妹のリノはいないのか?」
「いないよ。朝から出かけちゃってて。あの子が帰ってきたらどうしようかなって思って」
「そんなに時間は取らない。それでもダメか?」
「少しなら……いいよ。でも……」
「アリーは今日はいない。俺と……この、ユニだけだ」
「あ、ユニちゃん」
「おはようなのーサマリさん」
「おはよう。ユニちゃん」
朝の挨拶もほどほどに、サマリを連れ出すことに成功した俺。
俺は誰の耳にも入らないように、場所を移した。
森の奥には、少し開けた場所が存在する。ここにはモンスターがいない。国とギルドが一生懸命守っている自然が、ここにはある。
サマリは丸太に座って、少しため息をついていた。
「……サマリ。単刀直入に聞きたい。妹はいつから家にいる?」
「リノのこと? 最近だよ。今まで離れ離れだったけど、私の家を調べたんだって。それで、ようやく再会できたってこと」
「サマリ、お前の村のことは聞いた。悲惨な過去も」
「そっか……。びっくりした? 私の種族、もう私とリノしかいないってこと……。ってか、自分でもびっくりだった。三年間、ずっと村はあると思ってたのに、もうないんだって。全滅したんだって。分かって……」
「ユリナ隊長がサマリの記憶に細工したんだ」
「そうなんだ。その時の記憶は思い出せないんだ。ごめん。でも、自分の中でも三年間は記憶があやふやだったんだよね。いつしか、アリーちゃんに自分の過去を話そうとしたんだけど思い出せなくって。それって、記憶が改ざんされてたからだったんだね……」
「……記憶は全部戻っているのか?」
「戻ってるよ。最初はぼんやりだったけど、今はもう。でも、こうしてリノに会えることが出来たんだから良かったよね。私の妹だって分からなかったら、あの子を悲しませちゃうもんね」
「サマリ、妹のことなんだが……」
「後輩くんが言いたいことは分かってるよ。リノが生きてるはずがない……そうでしょ?」
「ああ。故郷の生き残りはサマリしかいない。それは実際に助けに行った人から聞いた情報なんだ。確実なんだよ」
「ねえ、後輩くん。昨日ね、あの子にシチュー作ってあげたんだ。そしたらすっごく喜んでくれたんだよ。ああ、生きてて良かったなーって思った。リノの笑顔を毎日でも眺めてたいなーって」
「サマリ……! お前の妹はもう……!!」
「死んでないよ。だって、私を見て笑ってくれるんだよ? 私の手を握って、暖かいねって言ってくれる。私の手作りを食べてくれる。私に甘えて、一緒に寝てくれる……」
「違う! それはまやかしなんだ! ネクロマンサーがお前の妹を利用しているだけなんだよ!」
「……私はリノを見殺しにしたの。目の前でね」
「何だって?」
「ある日、襲撃に耐えられなくなった村に、モンスターが一斉に流れ込んできたの。それまで仮初めの平和だった村は一瞬にして壊滅したわ。その時、私は他の人たちと一緒にモンスターと戦ってた」
「……それで」
「モンスターはリノに襲いかかってきた。私は必死に戦おうとした。だけど、結局は救えなかった。それって見捨てたと同じだよね? 自分の妹なのに、側にいなかったせいで死んだんだもん」
「リノを救えなかったのはサマリの責任じゃない。モンスターの勢いが強かっただけだ。お前は妹を救うために必死に戦ったんだろ? だったら、見捨ててない」
「ネクロマンサーだろうが何だろうが、リノは今、私の目の前で生きてる。だったら、私はもうあの子を見捨てないようにしなきゃいけない。それが私の……贖罪だから」
「違う! 死んでしまった人間はもう生き返らない! 別にサマリが悪いんじゃないんだ! リノが死んだのは……全てモンスターのせいだ……!!」
「そう言い切れるって凄いよね? それ、後輩くんがモンスターにいつも勝ってるから言えることじゃないの? 犠牲なしに、モンスターを殲滅してるじゃない」
「俺を見くびるなよ、サマリ。俺だって……目の前で両親が死んだ。仲の良かった前の村長だって死んだ。俺と長年一緒に戦ってきた友人だって死んだ……! 全部、モンスターの犠牲になって……村のために……! だから俺は強くなることを選んだ! 塞ぎ込んで何もしないより、今まで死んだ人たちに報いるためにな」
「後輩くん……」
「一人だけ悲劇のヒロイン気取ってるんじゃねえよ。みんな、モンスターの犠牲になって死んだ大切な人がいるんだ。その悲しみを秘めながら、みんな生きてるんだよ」
「分かってるよ。けど……」
「サマリ、俺たちがこの国に選ばれてギルドに入ったこと……。それはもう、俺たちのように悲しむ人間を生み出さないようモンスターと戦う。それが目的なんじゃないのか?」
「ふーん。大層な理由を持ってるんだねえ。おにーちゃんは」
俺とサマリの会話。それが延々と続くかに思われたが、この場にいるはずのない人物の登場によって遮られることとなった。
……リノだ。どこから話を聞きつけてきたのかは知らないが、あいつが俺たちの会話に入っている。
彼女はサマリの迷いを喜々として眺めながら、俺と視線を合わせた。




