護衛隊への報告と彼女を救う決意
次の日の朝を迎えた俺は、さっそく護衛隊へと報告へ行くことにした。
護衛隊の存在はもちろん国中の人々が知っている。しかし、人数はそこまで多くはない。国の人間が弱いからというのもあるけど、ユリナ隊長が歪めた計画が……。
いや、これから増やしていけばいいんだ。ユリナ隊長の本来の計画は進んでいる。だから、きっとこの国も、村も強くなる。
護衛隊は独立権が認められ、基本的に自由に行動が出来る。例えば、ギルドとしてモンスターを退治しに行ってもいいし、国の仕事をメインにしてもいい。だが、その護衛隊には重要な使命があり、例外が存在する。
それは、国に危機が迫ってきた時。そして、護衛隊で対処しなければならないと判断された時。
このことを報告すれば、護衛隊が動くはずだ。だが、俺には考えがあった。護衛隊が動いてほしくはない。
かつては人通りが少なくて、ユリナ隊長しかいないんじゃないかと思っていた城の中。そこに護衛隊を束ねる人物がいるという。
事前に聞かされていた部屋を探し、俺はそのドアをノックした。
「……申し訳ありません。入っても構いませんか?」
「いいですよ。どうぞ」
「失礼します」
ドアの向こうの人物に許可をもらい、俺は部屋へと入る。
椅子に座り、窓の向こうを眺めているその人物は、どうやら女性のようだ。
あれ? だけど、どっかで見たことあるようなないような……。
頭のてっぺんしか見えないから、あまり判断しづらい。
その女性は俺と話をするために、椅子を回転させて俺の方に向いてくれた。そこで、俺はその女性の正体を知ることができた。
「あ……あなたはあの時のヒーラーじゃないか!?」
「その通りです。普段は身分を隠してヒーラーをやっています。しかし正体は、護衛隊をまとめるリーダーなんです」
「意外だ……。いや、だからこそ、サマリを助け、俺にユリナ隊長の過去を話してくれたのでしょうか?」
「どういう意味ですか?」
「国のことを思っているなら、ユリナ隊長の歪んだ計画は間違っている。そして、村の人々を差別することはできない。そんな考えがこの国に蔓延しているから、自分がヒーラーをかってでたのでは?」
「私はそこまで素晴らしい人間ではありません。ユリナ隊長を救ったあなたには及びません」
「……リーダー」
「あの時は本当にありがとうございます。ユリナ隊長を止められる人間をずっと探していたのですが、やはりあなたでしたか……」
「リーダー。お話があります」
「何でしょう?」
「……巷でうわさになっている、一度死んだ人間が蘇っている話。聞いたことがありますか?」
「ええ。ですが、それは単なるうわさ……そう聞いています。ですが、そうではないのですね?」
「……そうです。昨日の夜、俺はアンデッドの襲撃を受けました」
「アンデッド、ですか……。これは厄介ですね」
「厄介? どういうことでしょうか」
俺の見立てでは、アンデッドを操っていた存在は強くはないだろう。それこそ俺の前に姿を表したら、為す術もなく殺されるということを自覚している節があったしな。
だが、目の前のリーダーは凛々しい表情から深刻そうな顔へと変わっている。それはきっと、彼女には分かっているアンデッドの驚異。いや、アンデッドを操っている存在の驚異か。
リーダーは俺に視線を合わせ、それからゆっくりと質問をしてきた。
「ネクロマンサー……つまり、操っている者の正体は分かっているのですか?」
分かりきっていることだ。淀みなく、俺は答える。
「はい。検討はついています。そして、それはサマリの……いや、亡者の姿を借りている可能性が大きい」
「死体があれば、簡単にアンデッドを作ることができる。それはネクロマンサーでは常識的な技術です。ですが、亡骸を自分の中に取り込み、その意識を操る……並大抵のことではありません」
死体が動く。これはモンスターでもあることだ。死骸に乗り移り、暗躍する魂があることは俺も知っている。
だが、彼女のそれは俺の認識とは異なっているようだ。
「そんなに凄いんですか? その技術は」
「死体を操るだけならば、人形の体中に糸をたぐらせるだけで構わない。それはケイさんにだってできそうでしょう?」
「え? ま、まあ……糸を操るのなら……簡単そうな気が……」
「ええ。ただの『操演』なら時間を消費すれば、ですね。しかし、自分の中に取り込む方法。それは言わば……人形の記憶を読み取り、自分自身で自由自在に動かす。あなたは意思のない人形の記憶を読むことはできますか?」
「い、いやそれは出来ませんよ。そもそも、人形に記憶があるかどうか……」
「人間で言えば死体に記憶が宿っているかどうか、です。私たちではできませんが、熟練のネクロマンサーではそれが可能なのです」
「そんなことが……」
「ですから、成り代わっている人物に関係する人間の心を操ることができます。それが大切な人であればあるほど……操る力は強まるでしょう。誰だって、大切な人が生き返ってしまえば、従わざるを得なくなってしまう。私はそんな気がします」
「……でも、死んだ人間は生き返らない。俺はそう考えます」
「割り切れない人間だっています。生前の姿のままで行動できる。記憶も読めるのでその人物がどうやって振る舞っていたのかも再現できる。本当にいるとしたら恐ろしい存在です。そして――」
「え?」
「ネクロマンサーは『スキル』でなければ取得出来ません」
「スキル……ですか」
彼女はただ静かに頷いた。
……スキル、か。噂でしか聞いたことのない言葉だ。ただ、詳細は知らない。
俺の顔つきが答えになったのか、本に目を移したリーダーはその中の一ページを開いて顔を上げた。
「『スキル』。人間なら誰でも備わっている決して譲渡出来ない不思議な能力。しかし、それがいつ発現するか誰にも分からない。予兆も無ければ傾向も無いのですからね。かつて、この世界はそのスキルを奪い合うために戦争があったと聞きます。そして、スキルを発現させるために多くの奴隷を『酷使』して研究も行った」
「そう……なんですか」
「しかし、スキルの発現方法もなく、スキルを巡って戦争をすれば、当然駆り出されるのはスキルを持つもの。その結果、貴重なスキルを持っている者の犠牲が多くなってしまった。それに疲れた世界は二度とスキルに関して戦争を仕掛けることは無くなったのです。多くの犠牲を払って得るものは虚しさと……スキルを持たない人々でしたからね」
「そんな時代があったんですね」
「……この世界の人間には決して触れることの許されないスキルという能力……。ある人はスキルのことをこう例えました。『神が力無き我々にお与えになった気まぐれなギフト』と。ケイさんにはありますか? 不思議な力が」
「いえ……そのようなものは……」
今、ここでリーダーに語る必要はない。例え、あの力がそうであってもだ。
……話が脱線してしまった。今はサマリのことだ。俺のことなんてどうでもいい。
「それより、サマリが迷っている理由が大体分かってきましたよ……」
「……なるほど。つまり、サマリさんの大切な人に成り代わっているのですね……」
「リーダー。怪しそうなネクロマンサーは知りませんか?」
「そうですね……ちょっと調べてみます」
そう言って、リーダーは本を手に浮かべ、呪文を唱えた。
本はひとりでにパラパラとめくれ始め、あるページを指し示して止まった。
リーダーはそのページを読み込む。そして、俺と目を合わせた。
「一人だけいました。名前は『アゾレ』。その方はユリナ隊長の信奉者で、彼女の歪んだ計画にもっとも賛同していたのも彼だそうです」
「ユリナ隊長の歪んだ計画。でも、今はもうその計画は修正されているはず……」
「ええ。計画が修復された日から、彼は姿を消しています。それが他人に成り代わった日だとしたら……」
「消えたのも納得がいく、ということですか」
「ですが、一つだけ納得ができないことが……。彼は確かにネクロマンサーですが、スキルを習得して日が浅く、まだまだ技術に乏しい人物です。そんな人物が成り代わりを体得できているとは考えにくい」
「そこは後で何とかします。今は名前が分かった……それだけで十分です」
「では、あなたを含めた護衛隊数名でその成り代わっている人物を捕らえましょう」
「リーダー、そのこと何ですが……ちょっと待ってもらえないでしょうか」
「何故です?」
「これはサマリの問題でもあります。あいつが納得して、問題を解決できないと、あいつの笑顔は戻らない。だから、まずは俺が彼女を説得して、彼女自身の決意を見たいんです」
「……分かりました。先に報告をしてくれてありがとうございます。もし、あなたが死んでしまって敵になったとしても、操っている主の名前は把握できましたからね」
「リーダー、俺は死なないですよ」
「……ええ。そうですね」
「じゃあ、行ってきます」
「ネクロマンサーはきっと相手の記憶と感情を使ってくるでしょう。くれぐれも、サマリさんに気をつけて下さい」
リーダーの助言を胸に秘め、俺はサマリに会いに行く。
あいつの気持ちを利用して、妹の姿に成り代わっているアゾレ。俺は許さない。
昨夜の予告通り、俺から仕掛けてやる。だから覚悟しろ。




