リノの襲撃
「サマリの妹……リノか」
「そーだよ! おにーちゃんの力を試してみたんだけど、本当に凄いんだねー。私、感激しちゃった!」
「お前は一体何物なんだ? 死んでいるんじゃないのか?」
「あー、おねーちゃんの過去を知ってる人から聞いちゃったの? 面白くないなー。もうちょっとだけ、正体を秘密にしておきたかったのに」
「姿を現せ! お前がサマリの妹ではないことは確かなんだ!」
「どうしてそう思うのかな? 私が死んでいる人間だから?」
「当たり前だ! 俺の友人はそう言っていた。あの村の生き残りはサマリ一人だと!」
「ふふっ。じゃあ、おねーちゃんにそう言ったら?」
「何だと?」
「果たしておねーちゃんはおにーちゃんの言うことを信じてくれるかなあー?」
「信じるに決まってる。あいつだって、死人が生き返らないことは分かっているはずだ」
「……私の死因がおねーちゃんに関係してても、そう言い切れるかな? 私を殺したのは、おねーちゃんなんだよ」
「死人の姿を借りた人間の言葉を信じる気にはならないな。それが本当だとしてもな」
「どっちにしても、おねーちゃんは私を認識したいと思ってるよ。どんな形であっても、大切な妹だからね。私は」
その瞬間、俺の死角から弓矢が放たれる。
簡単に剣で弾き返すが、あっちは俺の姿を認識出来ているということか。
弓矢か。当たっても大した怪我にはならないが、遠距離から攻撃できるのは俺にとって少し不利になる。
「おい。姿を見せて戦ったらどうなんだ?」
「嫌だよ。だって、おにーちゃんは強いんだもん。こうして卑怯な真似しなきゃ、太刀打ちできないもん」
「……なるほど。戦いの基本を心得ているようだな」
だが、間違いでもある。俺と直接戦えないということは、俺が多少なりとも近づくことができれば勝利が一瞬にして決まるということだ。
つまり、こいつは能力重視のタイプ。戦闘は不得手とみえた。
そんな自分の弱点を把握しているのだろう。先ほどから聞こえてくる声は未だに位置の特定ができないでいる。
「ほーらー、ボサッとしてると次々とくるアンデッド集団にやられちゃうよ?」
「上等だ。俺が全部ぶっ倒してやる」
たかが暗闇でアドバンテージを取ったと思わないことだ。
周囲の殺気を感じ取れば、アンデッドなんぞ敵じゃない。
ただ、不気味なのは、リノの殺気を感じないところだ。あいつは、純粋な思いで俺に戦いを挑んでいる。さっきから聞こえる笑い声がそれを物語っていた。
「今度は一気に三十体くらい蘇らせちゃった! これじゃ、おにーちゃんも死んじゃうでしょう?」
その声を皮切りに、ぞろぞろと意識のない体の動く音が聞こえてくる。足音は俺を取り囲むように、ゆっくりと近づいてきている。
周りを気にしながら戦ってもいいが、素早く確実に葬れる方法を取ることにする。
俺はすぐに走り出し、路地裏へと向かった。
路地裏。日常では行く機会のない場所。日中行けば、確実に悪いやつらにじゅうりんされるであろうその場所へと、俺は駆け出す。
壁を背にした俺は、前方にしかもう逃げ場はない。しかし、これはチャンスだ。
俺の背後と左右は壁に阻まれて敵が来るスペースはない。つまり、敵が来るのは俺の正面。見たところ、アンデッドに壁を登るという知性は持っていなさそうだしな。
アンデッドたちは俺を追い詰めたと思っていることだろうが、逆に俺がアンデッドを追い詰めているのだ。
歩みの遅いアンデッドたちの姿が見えるまで、俺はどうやってアンデッドを仕留めようか考えている。
そう言えば、最近買った魔法の本に風魔法なんてものがあることを知った。
サマリのおかげで火の魔法と治癒の魔法は見たことがあるんだが、風も魔法になるとは。他にも、土や水とかもあるらしい。
ちなみに、風魔法とは風のような斬撃を飛ばしたり、物を吹き飛ばしたりすることができる。さらに、熟練者は風の力を使って周辺を移動することも可能になるらしい。
この風魔法の紹介を読んでいた時、俺にも風魔法が使えることを思い出した。あの技が風魔法なら……だが。
丁度いい。今この場で使ってみるか。
「もー逃げ場はないよー? 命乞いでもする?」
「悪いが、俺は最後まで諦めない」
「へー、じゃ、死んでね!」
アンデッドたちが前方へと集結する。目を動かして瞬時に数を数えると……なるほど。確かに三十体いる。
だが、それも取り囲めないんじゃ、意味がないがな!
俺は手に持っていた剣を頭上高くかかげる。そして大きく深呼吸をした。これから出す技は勢いが大事だ。
「行くぜ……はああああ!!」
忍び寄ってくるアンデッドたちへ向かって、俺は剣を力強く振り下ろした。
空気を斬った剣。その衝撃が、前へと突進していく。縦の衝撃波は襲い掛かってくるアンデッドたちの体を切り裂いていく。
我ながら凄い威力だ。モンスターとの戦いで俺の力も強まっているようだ。村じゃ、こんな衝撃波は出なかったぞ。
「え……? えぇ!? う、嘘でしょう!?」
リノの呆れを通り越した絶句を聞きながら、俺は残りのアンデッドを難なく倒していく。
三十体いたアンデッドたちは、数秒で一網打尽にされたのだった。
「つ……強すぎる! こんなの相手に出来るか!」
「やっと尻尾を出したようだな、リノ。いや……リノの皮を被った奴!」
「く、くそ……! 集中力が途切れて能力が……! チッ! 今日はここまでにしてやる! 覚えてやがれ!!」
「今度はこっちから出向いてやる。覚悟しておくんだな、リノ」
「ふ……ふふふっ! 面白いこと言うじゃない。いいよ、こっちもそれなりのお出迎えをしておくから! 精々楽しみにしておけ!! ケイィ!!」
リノの声は、それっきり聞こえてくることはなかった。
俺が倒したアンデッドたちも、リノの声が消えた直後にただの屍や骨へと姿を変えていく。どうやら、リノの力によって生前の姿を無理に再現させられていたようだ。
あの戦い方をしている奴が蘇らせた人間……それは恐らく、ギルドの罠にかかって死んでいった村人たちだろう。
ただの人間を蘇らせても戦力にはならない。なら、奴が考えることは戦いの手練を復活させることだというのは容易に想像がつく。
「……ごめんな、みんな。切り刻んで。だが、休んでくれ。お前たちを蘇らせた元凶は……俺が片付けるから」
死人に口はない。だが、俺は屍に戻った彼らに謝りたかった。
そして、死者を冒涜しているリノ……いや、リノの姿を借りた人間。俺はそいつを許さない。
明日の朝、護衛隊に報告してサマリを説得しよう。それで、彼女の悪夢は終わる。




