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ステル国への到着

 再び馬車は目的地に向かって動き出す。

 その間、俺たちは無言になっていた。話題がないということもあるが、何となく話しかけにくい雰囲気も生まれていた。

 ヴィクターは俺が助けた奴隷の子に対して良い感情を持っていない。彼にとっては面倒事が増えた程度にしか考えていないのだろう。

 一方、奴隷の子はうつむいてずっと無言を貫いている。俺と話すことが恐怖なのかもしれない。俺も、あの盗賊と同じだと思っているのなら不思議じゃない。それくらい、彼女は辛い人生を送っていたに違いない。

 ……そうだ。話の種にもなるかもしれない。彼女の名前を聞いておくか。


「俺の名前はケイって言うんだ。……君の名前を、教えてくれないかな?」


「…………」


「……そっか。まだ喋ってくれないか」


「奴隷は無駄な会話をしてはならないからな。それに、お前が怖いのかもしれないぞ?」


 向かい合って座っているヴィクターは俺を茶化すようにクククッと笑った。

 その態度に少しだけムッときたけど、俺は感情を引っ込めて、彼女の名前について考える。


「でも、これから一緒に暮らすのに名前が分からないのは不便だよなあ……」


「奴隷は奴隷でいいだろう。彼女に名前を付ける意味はない」


「あのな、俺は彼女を奴隷じゃない職業につかせたいと思ってるんだよ」


「そりゃ結構なことで」


「そうだな……」


 とりあえず、彼女の特徴を見て名前を付けてみるか。

 俺は彼女の姿を見る。

 ボロボロで傷ついている体。これだけでかわいそうだ。俺に治療ができればすぐにでも治してやりたいんだけど……。

 生気を失った瞳。全てに絶望し、今自分がいる状況すら理解できていない。いや、心を閉ざしてこれ以上崩壊しないようにしているんだ。

 栗毛色の髪の毛。これだけは今の彼女でも輝いていた。手入れをしていなくても絹の糸のような美しさを損なっていない。


「栗毛ちゃん……ってことでいいかな? とりあえず……」


 その瞬間、彼女の表情に一瞬だけ変化が見られた。口元がほんの少しだけ笑ったのだ。

 う、嬉しい……のか?

 感情に乏しい彼女だから、今のでどんな感情を持ったのか分かりにくい。


「なるほど。ただの奴隷よりも良さそうだ」


 ヴィクターは俺のニックネームに気に入ったようで、顎を触りながら感心している素振りを見せる。

 それ以降は、時には休息、時には世間話を彼と繰り返して長い旅を楽しんだ。

 そして、夜が三回ほど明けた時の朝。

 俺たちを乗せた馬車は王国へとたどり着いたのだった。


「着いたぞ。ここが俺の国、そして、お前の新たな拠点となる……ステル国」


「ステル国……」


 国に名前なんてあったのか。知らなかった。


「ああ。お前もたまに来たことはあるだろう? 国の名前までは知らなかったか?」


「まあ、国の名前なんて特に気にする必要もなかったしな」


「なるほど。村にとって、ここは唯一の国ということか」


「他にも国があるような言い方だな。あるのか?」


「まあな。世界は意外と大きいということだ。さて、行くぞ。俺に付いて来い。そこの栗毛ちゃんもな」


「ああ。さ、行くよ」


 ヴィクターに連れられ、俺と栗毛ちゃんはステル国の中へと入る。

 いつもは入り口付近で展開している販売屋で大方の用事を済ませてしまうため、国の内部にまで入ることはほとんどない。

 それは近寄りがたい雰囲気を醸し出しているのもあるけど、国の内部に近づけば近づくほど兵士が見回りのために歩いているんだ。

 何だか監視されているようで、あまり好きになれない。そういう理由もあった。

 商店が並んでいる入り口付近と違って、奥の方は学校や居住区、仕事場などの施設が増えていく。

 とくに学校なんていうのは俺にとっては幻のようなもので、まじまじと見る機会が今までなかった俺は必死に目に焼き付ける。


「田舎暮らしのお前には新鮮か」


「学校なんて、村にはないからな。それに、こんなに大きい工場なんて見たことないし」


「ここに暮せば嫌でも見れるさ。もう少しだ」


 ヴィクターに連れられた場所。そこは国の中心に位置しているお城だった。

 白色の塗装にてっぺんが尖っていて、三角形のような形になっている。まさに国のシンボルであるその城は国の純粋さを表現しているのだろう。

 入り口に立っている兵士は、ヴィクターの姿を見て持っている槍を向けた。知り合いじゃないのか?


「要件は何だ」


 ヴィクターはいつの間にか手に持っていたカードを取り出し、兵士に見せつけた。


「俺はこういうものだ。護衛隊隊長ユリナ様の命により、村より一人、手練を連れてまいりました……ってところか。彼女に会いたいんで通してくれ」


「……了解した」


 身分、目的を理解した兵士は俺たちを通してくれる。

 ただ一人を除いて……。


「なんだ貴様その格好は! そんなみすぼらしい服装でこの城に入れるとでも思っているのか!?」


 栗毛ちゃんはまだ盗賊に囚われていた時の服装だ。ごめん。お金が入ったらすぐに新しいのを買ってあげるから。

 しかし、兵士は栗毛ちゃんの格好が気に入らないようだ。彼女にだって理由はあるんだけど、どうすればいいものか……。


「待ってくれ兵士さん。この子は俺が旅の途中で助け出したんだ。まだ俺もお金がなくて新しい服を買ってやれない。すまないがこのまま入らせてはもらえないだろうか?」


「城に入るにはそれなりの服装というものがある。これでは我々の品格が落ちてしまう」


「……まあいいんじゃないのか? この子を入れない方が品格問われると思うぜ?」


 俺の発言をアシストするようにヴィクターが兵士に問い詰める。

 ついでにカードを見せつけて。

 兵士はそのカードに気圧されているらしく、うめき声を上げながらしぶしぶ栗毛ちゃんに向けていた槍を引っ込めた。

 もしかして、ヴィクター……かなり身分が高い……のか?

 カードを見ても、俺には何が凄いのかまったく分からないのが悔しい。

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