サマリの過去
ユニコーンを連れて、向かいにあるお店へ行こうとした時、俺を呼び止める声が響いた。
それは、久しぶりの彼の声だった。
「おお、ケイじゃないか!」
「ん? お、イリヤか!! 久しぶりだな!」
イリヤが俺とユニコーンに近づいてきていたのだ。
彼は今、俺の村を守ってくれているはずだ。ここにいるってことは休暇ということなのだろう。
あのトロールの一件以来、彼は俺の言葉に共感してくれて真面目にモンスター退治に励んでくれている。
イリヤは俺とユニコーンがいるテーブルに近寄り、空いている椅子に座り込んだ。
「いやー、お前のところの村……モンスターが多くないか?」
「どうやら、そうらしいな。この国に住んで、ようやく分かった気がする」
「毎日気が抜けないって。ま、人々を守るのも悪くないけどな」
「そうか。良かった」
「ん? そこの女の子はケイの友だちか?」
「まーそんなところだ」
イリヤに、こいつがユニコーンだと話しても混乱させるだけだろう。
今は人間の女の子だということにしておいた方が良い。
ユニコーンは意外にも立場をわきまえているのか、キレイにお辞儀をし始めていた。
「よろしく、お願いしますなの」
「礼儀正しい女の子だな。ケイも苦労しないだろう?」
「コイツは猫被ってるだけだよ」
「そりゃ、お前に懐いているからじゃないのか? 本心をさらけだせるくらいに、お前のことを信用してんだよ」
「その発想はなかったな。そういう考えもあるか……」
「そうなの。だからケイくんと仲良くしたいのー」
って言っても、お前はユニコーン。モンスターじゃないか。
まだ、俺は彼女のことを割り切れない。
イリヤは辺りをキョロキョロとしながら、何かを探しているようだ。
話題を変えるべく、俺は彼に話しかけることにした。
「どうした? 探しものか?」
「いや……ちょっとな」
妙に歯切れの悪い返事。そんなに言いにくいことなのか?
しかし、イリヤは首を振って俺と視線を合わせた。
「……ケイに話しても問題ないか。いやな、お前の先輩を探してるんだよ」
「先輩? ギルドの方か?」
「ああ。名前はサマリって言うんだろ? 人に聞いたら、いつもケイともう一人の女の子と一緒にいるって聞いてたからさ。一目会いたいと思ってたんだ」
「会いたい? お前、サマリのことが気になるのか?」
「そんなんじゃないさ。ただ……彼女は特別なんだ」
「特別?」
「これはサマリには内緒にしてほしいんだが……彼女はある村の生き残りなんだ」
「生き残り……だと?」
「ああ。彼女の村は三年前……つまり、彼女がギルドに入る前に全滅した」
「何だって!?」
「驚いただろう? 普段はそんな素振りも見せないんもんな、彼女」
「悪い。詳しく聞かせてくれないか?」
俺の表情で察知したのだろう。イリヤは真剣な表情を崩さずに話を続けてくれた。
「……三年前、俺は彼女の村に行った。次第に激しくなるモンスターの襲撃。それに村も対抗してたんだがどんどん村人が殺されていく。だから、国のギルドが救援することになった。その一人として、俺が参加したんだ」
「まさか、お前がサマリと会ってたなんてな……」
「俺たちの目的は村と協力関係を結ぶことにあった。でもな……全てが遅かった。近くにいたモンスターを退治しつつ救助出来たのはサマリ……彼女だけだったんだ」
「あいつ……一人だけ」
「ああ。村の光景は見るも無残だった。あちこちで欠損した死体が転がってた。詳しくは……話さないけどな」
イリヤはユニコーンを見ながらそう言った。おそらく、ユニコーンが小さな女の子だと判断してのことだろう。
俺も根掘り葉掘り聞く気はない。大事なのはそこじゃないからな。
「……本当に、サマリだけだったのか? 生き残ったのは……」
「参加している俺が保証する。あの村での生き残りは彼女以外他にいない。……せめて、彼女の妹くらいは助けたかったとは思う」
「そうか……」
「まあ、そこで無力を感じた俺は、全てを諦めて無気力になってしまったんだ。ケイのおかげで救われたけどな」
ハハハッと笑うイリヤ。本当に救われたといった感じの笑みだ。
「生き残った彼女がこの国で保護された話は聞いてたけど、それ以降の俺はあの村でトロールの襲撃を見てただけだからな。彼女がどんな気持ちでギルドに入って、モンスターと戦ってたのかは知らないんだ。でもケイに会えたのなら、元気になったサマリにも会いたいと思ってな」
「悪かったなイリヤ。残念ながら、サマリは今日はいない」
「そうか。どうやら俺は運が悪かったらしい」
「また今度来てくれよ。ちゃんとサマリに会わせるからさ」
「ああ。そうしてくれ。あの村で唯一救えた命だ。今更ながら元気でやってるのか気になってしょうがないんだ」
そう言って、イリヤは席を立つ。何やら忙しそうだ。
「さて、これから報告書を提出しに行かなきゃならないんだ。それからはつかの間の休息だ」
「ありがとうな。俺の村を守ってくれて」
「気にするな。というか、俺より強い奴らが多いおかげでこっちが助かってるくらいだ。こっちこそ、お礼を言わせてくれ」
「イリヤ……」
「じゃあな。そっちの君も、あまりケイを困らせるんじゃないぞ?」
「はーい! なのー」
イリヤの姿が遠くなっていく。
出来れば彼には聞こえないでほしいから、彼の姿が消えるまで、俺とユニコーンは黙っていた。
イリヤが完全にいなくなってから、ユニコーンが先に口を開いた。
「……彼、信用できるのー?」
「できるさ。イリヤは」
「だったらおかしいのー」
「……だよな。サマリの家に死んだはずの妹がいる」
「イリヤが嘘をついていると思うのー。じゃなきゃ絶対にあり得ないよー」
「いや、イリヤは嘘をついてない。……となると、イリヤの知らないところで生き残りが……違うか。彼は生き残りはサマリしかないと言ってた」
「仮にイリヤが本当のことを言ってたとしたら、死人が生き返ったってことになるの。それって、物凄い力がないとできないの。禁忌の力なの」
「禁忌か……。モンスターも、死人を生き返らせるのはダメなのか?」
「当たり前なの。無くした命を取り戻すなんて、神への挑戦でしかないの」
だが、現に俺は目の前で見た。サマリの妹の存在を。それが目の錯覚ではないことは明らかだ。
俺はあの子と握手を交わしたのだから……。
その時、ふとアリーが昨日言っていたうわさ話を思い出した。
『死人が生き返る』
そんなわけないとあの時は一蹴したけど、もしかしたらそのうわさ話は本当のことなのかもしれない。
自分の知らないところで何かが起こり始めている。それが妙に薄ら寒く、不気味だった。




