引っ越し準備
「うわー、狭いのー」
俺とアリーが住んでいるホテルに着いて、開口一番がそれかよ。
引っ越し予定の家で待ってても良かったのに勝手に付いてきている。
ひと目でいいので俺たちが住んでいるところを見てみたいというユニコーンの要望によるものだ。
なるべくアリーとは会わせたくないとは思う。いくら力が弱くても、何をするか予測がつかないからな。人形をしていても、彼女はモンスターだ。警戒心は常に怠るわけにはいかない。
「ねえ、どうしてそんなに怖い目をしてるのー?」
「俺は完全に心を許したわけじゃないからな。ユニコーン」
「……モンスターだから、なの?」
「ああ。モンスターは村や国を遅い、人々を食い物にしている。ギリギリのところで人間を生かし……牧場のようにしやがって……」
「でも、マスターはエルフだったの。獣人族だっているの。それらはモンスターではないのー?」
「……何?」
「モンスターと人の違い……教えてほしいの」
「人を襲うか襲わないか、だ」
「……なら、人を襲う人は、モンスター?」
「そうだ。だから、あの時俺はためらいなく戦うことができた」
「そうなの……。でも、モンスターにも理由があって人を襲っているの。それを分かって貰える時間は……長くかかりそうなの」
「犠牲になったモンスターと人間は多い。もし理由があっても分かり合える時間はかかるだろうな」
「ケイくんはどうなのー? もし、モンスターがやむにやまれぬ事情があって人を襲っていたら……」
「……その元を断つために戦うさ」
「……ケイくんの気持ちが少し分かった気がするの」
「そうかい」
何が目的なんだ? 彼女は。
モンスターに理由がある? それで犠牲になった人々がいるのに。
いや、この考えは危ないのかもしれない。でも、そう簡単に割り切れる問題じゃない。
……せっかく引っ越しできるのに、俺が暗くなってどうする。
どうせユニコーンの気まぐれだ。あまり悩まないようにしよう。
さて、アリーが帰ってきたら引っ越しを始めよう。そのために荷造りしておかないとな。
といっても、最低限の衣服とか下着、食料くらいしかないが。
この程度ならアリーが来たらすぐに出発できるな。
さっさと荷物をまとめて、アリーを待つとするか。
後ろでゴソゴソと何かしているユニコーンは無視だ。まったく、こっちは忙しいってのに……。
「ねえねえケイくん」
「何だユニコーン?」
「アリーの下着……種類が少ないのー」
「お前は何を言ってるんだ?」
突拍子もないことを言い始めるユニコーン。不快感を表に出しながら、俺は後ろを振り返る。
すると、ユニコーンはアリーの下着を漁っていた。お前はヘンタイ野郎か。
「彼女は女の子なんだから、もっと増やしてあげるべきなのー」
「……くっ、ユニコーンに正論を言われたくなかった……!」
「戦いの腕は凄いのに、こういうところはからっきしなのー」
村の先輩からも言われていたことだ。先輩は日頃から俺に向かって『最強なケイに倒せないものがある。それは女の子だ』と言っていた。
あの時は先輩のつまらない話だと思っていたが、それが少し分かってきたかもしれない。
俺は暇さえあればモンスターの退治に全力を尽くしていた男だからな。付き合い方に少し問題があるとは自覚していたが……。
アリーも遠慮して何も言わなかったのだろう。彼女の心を汲み取れなかった俺自身にも反省点がある。
……だが、ユニコーンのヘンタイ行為は止めさせなければなるまい。
「う……うるさい。ってか、勝手に人のを漁るんじゃない! モンスターはお行儀が悪いみたいだな」
「はーい。これからは気をつけるよー」
「ちゃんと気をつけろよ……って、『これから』?」
「そうなの。一緒に住む者どうし、よろしくなの」
「誰がお前と一緒に住むって言った!?」
「えー。だってだって、しばらく一緒にいるって言って許可してくれたのはケイくんなのー」
「お前は外で寝ろ」
「嫌なの。私だって女の子なの。暗い所は怖いよー」
これはやつの作戦なのか? それとも素なのか?
今までイメージしていたモンスターとはかけ離れた彼女の行動や言動に、俺は少し戸惑っている。
しかも、ユリナ隊長を介してとはいえあれだけの死闘を繰り広げたにも関わらず、ユニコーンは俺とこんなに会話をしている。
……よく考えてみろ。もし、こいつを外に放り投げたらどうなるか。
間違いなく、俺は近所の悪いうわさになる。こいつがユニコーンだと、誰が信じてくれるってんだ。
それに、アリーにだって非難されるだろう。野ざらしにしてたら、まるでアリーを奴隷にしていた盗賊と同じ穴のむじなだ。
……く、これも作戦の内ということなのか!?
「分かったよ……ただし、アリーにだけは手をだすな。いいな?」
「大丈夫なの。手は出さないのー」
「心配だ……」
会話が一段落したところで、俺は黙々と荷造りを開始する。
日が暮れ始めていることに気がついたのは、部屋の外で階段を駆け上がる音がしたからだった。
いかん。もう夕方になってしまったか。集中してたせいですっかり忘れてた。
この足音はきっとアリーだな。とうとう帰ってきてしまったか。さて、彼女にどうやってこのユニコーンを説明すればいいのか……。
バンッと開け放たれた扉。そこから覗かせた顔はやっぱりアリーだった。
学校に行って知識を蓄えていたにも関わらず、彼女の顔つきは晴れやかだった。それだけで、彼女の感想は大方の想像がつく。少なくとも、悪い感想じゃないってことがな。
「ただいま! けーくん!!」
カバンを投げ捨て、彼女は俺に抱きついてくる。
優しく受け止めて、彼女の髪を撫でていく。胸元を見ると、ちゃんとリボンが結ばれてあった。先生に教えてもらったに違いない。
これで明日も安心というものだ。
「おかえり、アリー」
「けーくん、学校ってとっても楽しいところだね!」
「そうか。それは良かったよ。俺もお金を払ったかいがあったよ」
アリーは俺の顔から周りに目線を移す。荷物がまとまっていることに疑問を持ったようだ。
「あれ? 荷物をまとめてるけど、どうして?」
「いい家を見つけたんだ。アリーも気に入ってくれると思う」
「引っ越すの!?」
「ああ。こんな狭い部屋じゃ嫌だろ?」
「私は、けーくんがいるならどこにだっていいよ」
「アリー……」
「ぐぅ……」
「……? ベッドに誰か寝てるの?」
いい雰囲気になっていたのに、そういえばユニコーンがいたんだった。
その存在に気がついたアリーはひょこっと俺の体からベッドの方向へと覗き込んだ。
そして、息を飲んでいた。恐らく、ユニコーンの容姿や風貌に呑まれたんだろう。そりゃ、俺も初対面じゃキレイだと思ったからなあ。




