逆転の一手、隊長の覚悟
ユリナ隊長の命令に従って、ユニコーンは大きくいななく。それから、先ほどと同じスピードで向かってきた。
一か八か。最後の賭けというヤツだ。いくぞ……!!
「なっ――!?」
俺が行動した瞬間、ユリナ隊長の息を呑む声が聞こえた。まるで、この行動が予想外だと言わんばかりだ。
……俺の手はユニコーンの角に貫かれていた。血が吹き出し、滝のように地面へと流れ出ていく。
だが、痛みなどない。何故なら、さっきの電撃で麻痺していた手を使用したからだ。
ユニコーンは引き下がるという選択肢を知らないらしい。ひたすら突進しようと地面を蹴っている。
俺は力任せに貫かれた手をさらに奥へと押し出すことで、手は角の生えている根っこにまで突き刺さった。これで準備は整った。
ユニコーンの気が変わらぬ内に、実行へと移す。俺は手が貫かれていない方の肘と膝を、ユニコーンの角へと勢い良く叩き込んだ。
挟まれるようになったユニコーンの角。俺の力任せの攻撃に、角に僅かばかりだがヒビが入っていた。
人間からしたら頭を地面に叩きつけられたような痛みになっていることだろう。その証拠に、ユニコーンは千鳥足になって軽い脳震盪を起こしているようだった。
「――よし!」
痛みがないと、ここまで乱暴に扱えるのだろうか。俺は突き刺していた手を引っこ抜き、ユニコーンから離れる。
そして、地面に落ちていた剣を手にとって、ユニコーンの角に最後の衝撃を与えた。
「ま、まさか――!」
ユリナ隊長の絶望の声が聞こえる。それもそのはず、ユニコーンの角が根っこから折れてしまったのだから。
ユニコーンはそのまま力なく地面へと倒れていく。もう、このモンスターの力は奪った。後は、ユリナ隊長だ。
俺は剣を地面に落として、ユリナ隊長と向き合った。剣を持つ力さえ残っていない体力ってのもあったけど、最後のお願いをするために……武器はいらないから。
「隊長……お願いです。贖罪して下さい……」
「……私は……私は悪くない……悪いのは……彼を奪った村の奴らなんだ……!」
「だから……間違ってるんですよ」
「何……?」
「他の人たちを巻き添えにしないで下さい……。憎いからって、全てを憎まないで」
「く……うぅ……」
ユリナ隊長から涙が溢れる。あんなに冷静な彼女がここまでの涙を流すとは……。
それだけ、彼女の心の闇が深かったのだろう。彼女の彼氏を殺した村の人間が、どうしてそんなことをしたのか。それは俺には分からない。
けど、許せないことだとは思う。そのせいでユリナ隊長の未来が歪んでしまったのだから。
「……ごめん……みんな……!」
「ユリナ隊長……」
「最低だ……彼の計画を歪めてまで……復讐しようだなんて……!」
「だったら、ちゃんと罪を償って下さい。あなたがいないんじゃあ、ギルドは誰がまとめるんですか!」
「……分かった」
「良かった……ユリナ隊長……」
ユリナ隊長はゆっくりと起き上がって、俺に近づいてくる。
力なく微笑んでいる彼女。どこか、寂しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか。彼女は俺の頬に手を添えて、まじまじと見つめてくる。
「……ケイ。君をこんなに傷付けてしまってすまない……」
「こんなの、かすり傷ですよ」
「強がり、だな。私と同じか……」
「ユリナ隊長には、やっぱり可愛い物が似合うと思いますよ……」
「そうか……ありがとう……ケイ」
「ユリナ隊長――!?」
その瞬間、彼女は俺の眼下にあった剣を素早く手に取った。そして、俺を押し出して剣を空高く掲げた。
すでに立っているのもやっとだった俺は地面に尻もちをついてしまう。クソッ……血を流しすぎてしまったか……!
それよりもユリナ隊長だ。彼女は一体何を!? もしかして、俺にトドメを刺すために……!?
「な、何をするんだユリナ隊長!」
「来るなケイ!!」
「ま……まさか……!」
「……大勢の命を犠牲にしてしまった。そんな私が生きる資格なんてない」
「そんな!」
「例え贖罪をしても、だ。私がここに生きているという事実は変わらない」
「だからって死んでも何も……!」
「いや、これでいいんだ。ケイ、今までのギルドの悪事は全て私が『一人』で計画したことだと国に伝えてくれ。そうすれば、私一人だけが村から、国から憎まれるだけでいい。他のギルドの人間や関係者には迷惑はかからない。計画も白紙にならず、正しい形で続けられるだろう」
「……ユリナ隊長」
「だけど、ケイには見届けてほしい。私という存在が……ここからいなくなること」
助けたい。だけど、体が動かなかった。もう、意識も朦朧としている。
さっきユニコーンの角に貫かれた腕は痺れ始めてまともに動かない。段々とその痺れは全身に行き渡ってきている。
「おかしいな……たくさんの人の命を奪ってきたのに、ちょっと怖いんだ……」
「クソッ……! 動けよ俺の体……!! 俺は……!!」
「おまじない」
「え?」
「体が動かなくなるようなおまじないを私がかけたんだ。だからケイの体は動かない」
嘘に決まっている。彼女を助けられない自分を責めるな。そう言いたいんだ。
ユリナ隊長の唇は震えている。剣を少しづつ自分の方に向けて、次第に動機が上がっていく。
「くっ! 一気に……!!」
「止めろユリナ!!」
手を伸ばしても無意味だ。彼女の体は、彼女自身の手によって剣で貫かれた。
彼女の口から吐き出される血。とめどなく流れるその血は彼女の命が一気に体から離れていくような感覚だ。
恐らく最後の力で、彼女は剣を引き抜き、地面に投げ飛ばす。それと同時に、彼女は地面に倒れ込んだ。
「ぐっ……。ケイ……報告を……頼むぞ……」
「……分かりました。隊長の覚悟、見届けましたから……」
「……ああ」
嫌だ。そう言えない理由がユリナ隊長にあった。
彼女は最後に笑っていた。それは自分だけが逃げられるという逃げや精神を崩壊させたための狂気じゃない。計画を止めてくれた俺に対する純粋な感謝だった。




