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戦いの決着

「――っ」


 どちらが先に動いたか。それは分からない。

 ただ分かっているのは、両者とも一瞬で鍔迫り合いにまで持ち込まれたという事実に驚いているということだ。


「っと。とりあえず、一撃死は免れたか。あわよくば、このラッキーで死んでくれた方が良かったんだが」


「それは高望みじゃないのか? ヴィクター」


「高望みしなきゃならんほどの相手、だからさ」


「……誉めても死んではやれないんでね」


「褒め殺し……にはならんか」


 金属音がぶつかり合い、俺とヴィクターは一定の距離を取る。

 久しぶりに手がジンジンと響く。ヴィクターの腕力は意外と強いようだ。そして、それに押し負けてはならない。

 それはヴィクターも同じようで、彼は苦笑いをしていた。


「やっぱ強いなケイは……」


「……こんなことをして、ユリナ隊長は喜ぶのかよ」


「…………」


「ユリナ隊長は……彼女はギルドの腐敗を憂いていたんだぞ」


「へぇ……。それは何時の事だ?」


「俺が報告書を提出した時だ……。彼女はため息をついて、即刻に対処するって俺に言ってくれたんだ」


「この計画……もし、ユリナ隊長も参加していたら、どんな解釈になると思う?」


「何!?」


「ユリナ隊長が憂いていたのはギルドの腐敗じゃなく……お前自身ってことになるんじゃないのか?」


「そ……そんな……!!」


「その答えを知るためにも、早く俺を乗り越えて行かなきゃな」


「そのつもりだ!!」


 ヴィクターは精神攻撃をして俺に隙を作ろうという魂胆なのだろう。

 真面目に戦っても、ヴィクターに勝ち目はない。それならば……という作戦だ。だけど、俺はその作戦に嵌まる義理もないし、そんな愚か者じゃない。

 ユリナ隊長がどっち側だとしても、間違っている人に間違っていると言う。俺はそうして生きてきた。


「行くぞヴィクター! これで決着をつける!」


「やれやれ……本気を出すとしましょうかね」


「その減らず口も今日までだ!」


 俺は一直線にヴィクターに立ち向かう。搦手を使ってくるなら、敢えて真っ直ぐに挑む。

 下手な攻撃は、数があっても決して通用しないってことを教えてやる。


「――っ!!」


 俺とヴィクターが刺し違える。

 手応えはあった。後はヴィクターがどう出るか……。

 俺は後ろを振り返ってヴィクターを観察した。


「……ゴホッ!」


 ヴィクターの脇腹から血が出ていた。それは俺が切り刻んだ傷だ。

 彼の後ろ姿しか見えないが、さっきの声からして、口から血を吐き出しているのだろう。

 ヴィクターはそのまま地面に膝をつき、崩れ落ちるように倒れ込んだのだった。


「……ハ……ハハハ。相手が悪すぎたぜ……」


「ヴィクター……」


「モンスター相手に無双してる奴相手に、人間が戦えるかよ……」


「……お前は、本当に最初から国のやり方を肯定してたのか?」


「さあどうだかな。今更死ぬ人間の過去を聞いても、ただのつまらない御伽話にしかならないだろう。お前の中の俺は、いい人を騙していた悪い人。そんな悪い人の胸中なんざ、そこら辺の地面に投げ捨てておけ」


「どうして語らないんだよ……話を聞けば……何かが変わるかもしれないってのに……」


「それが余計なんだよ。所詮俺はお前の悪役でしかなかった……それだけさ。どうしても聞きたかったら……直接隊長に聞くんだな」


 ヴィクターはすでに遠くを眺めているように見える。

 もう、俺の言葉なぞ届かないだろう。彼は完全に自分の世界に入っているのだから。


「悪りぃユリナ……最後まで……お前のこと……見守ってやれなかった……」


 独り言のように呟くと、彼は目を閉じて呼吸を止めた。

 彼の衣服の一部をちぎり、俺の剣についた血を拭っていく。彼がいたことを剣に染み込ませるために、念入りに。

 ヴィクター。俺を村から国へと移動させてくれた案内人であり、俺の敵だった。

 だが、アリーを気にかけてくれていたし、都度俺のことを心配してくれていたように思える。それが仮初の優しさだとしても、俺はあれがヴィクターの真の姿だと思いたい。

 そんなヴィクターを人殺しにさせた人物……それはユリナ隊長なのかはたまた別の人物なのか……。

 とりあえず、考えるのは後にしてアリーとサマリの安否を確認しなければ。

 俺は剣を鞘に収めて、アリーたちの元へと駆け寄った。

 俺が見たのは地面に突っ伏しているサマリと、彼女の体を揺すっているアリーだった。


「アリー! サマリ! 二人共大丈夫か!?」


「けーくん……。けーくん!!」


 俺の姿が無事だと気がついたアリーは、涙ぐんで俺に抱きついてきた。

 頬を擦りつけて、自分の幻想ではないことを確認しているアリー。大丈夫だ、俺は死なない。

 彼女を安心させる意味を含めて、俺は彼女の頭に優しく手を載せて、それから抱きしめた。


「アリーは無事だったんだな。良かった……」


「でも、でも! サマリお姉ちゃんが……!!」


「サマリが……?」


 アリーの手に引かれ、俺はサマリが倒れている地面へと近寄る。

 ……息はしているようで、呼吸によって胴体が動いているのが分かる。死んでないか。良かった……。


「私を助けてから倒れて動かないの……。も、もしかして死んで――」


「大丈夫。サマリは死んでないさ。ほら、心臓の音を聞いて」


 俺はサマリを仰向けにさせてアリーに話しかける。

 アリーは恐る恐るサマリの胸に耳を当て、それからか細い声で俺に答えた。

 自分が今聞いている鼓動が、確かなものだと思い込むために。


「……トクントクンって言ってる」


「それが生きてるって証拠だ。それが聞こえなくなった時……人は死ぬ」


「じゃあ……サマリお姉ちゃんは生きてるんだ……!!」


「ああ。と言っても、このままの状態は危ないからな。早く国に帰って手当をしよう」


「そうだね……私、頑張って運ぶ!」


 意気揚々とサマリを持ち上げようとするアリー。だが、彼女がいくら踏ん張っても彼女が持ち上がることはない。


「その気持ちだけ受け取っておくよ。サマリもきっと喜ぶ」


「うう……私だって、けーくんとサマリお姉ちゃんの力になりたいのに……」


 さすがにアリーじゃサマリは運べない。俺はサマリをお姫様抱っこして、乗ってきた馬車へと急ぐ。

 ……ヴィクターの話を聞いた後で国に戻るのも気が引ける。だが、サマリを治療できる施設がある場所は、近くではあそこしかない。

 国の全てがヴィクターと同じ考え方の人間だけじゃないと思いたい。……中にはトロールを倒した時に感化した人間だっているはずだ。

 それだけを希望にして、俺とアリーは国に戻ることになったのだった。

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