アレグの黒き噂
さて、どういう風に動いてくるのか……。あ、名前は聞いておくか。
「ところで、お前の名前なんだっけか?」
「何? この間教えたはずだが」
「悪い、聞いてなくて……」
「田舎者のくせにいい度胸だ。俺の名前はアレグ。ここで会ってしまったということはお前はガタガタ震えてしまうということだな」
「震える? それはそっちだろ?」
「ふん。トロールを退治した程度でいい気になっているようだが、それはただ運が良かっただけの話。いつお前がボロボロにされるのか見ものだな」
「前にも言ったと思うが……俺はモンスターなんかに負けはしない。全てのモンスターに勝ち、世界の人々を守るんだ」
「世界の人々を守る? ハッハッハ! 面白い寝言を言うなあ田舎者! おい聞いたかお前たち! 田舎者様は現実が見えないらしい! ハッハッ――グッ!」
俺の言葉を笑い飛ばしていたアレグ。だが、彼は突然顔を苦痛に歪ませた。
その原因はアリーにあった。彼女は彼のスネを勢い良く蹴ったのだ。
俺がその事実に気づいた時、アリーの表情は怒りに震えていた。同時に、瞳に潤いがあった。
「お、おいアリー……!」
「……けーくんの夢を笑うな……!」
「く……何だこのチビは!」
「笑うな! 謝って! けーくんに謝ってよ!!」
「いい度胸してるじゃねーかチビ……! 殺されたいのか!?」
「……っ!」
アレグの怒号にさすがのアリーも怯えてしまう。俺は今にも彼女に掴みかかりそうなアレグから守るため前に出た。
「待てよ。ただの子どもの言うことだろ? 腹立てんなよ」
「……ちっ」
「他人の夢を笑うほど『出来た大人』なら、こんな子どもの戯言なんて聞き逃がせるくらいの余裕があると思ったんだけどなあ」
「いいだろう。今回だけは許してやる……!」
分が悪いと判断したのか、アレグ率いるギルド兵士の集団はすたこらさっさと逃げていった。
図体はでかいのに意外と小心者だな。あいつら。
それよりも、どうしてアリーがあんなに怒ったのかを聞かなきゃならない。
「大丈夫かアリー?」
「……うん。お姉ちゃんが抱きしめてくれてたから」
「そうか。どうしてあんなことしたんだ?」
「……けーくんの夢を笑ったから。夢を笑う人は、私大嫌い。旅団にもいたの。夢を持ってた人。応援してくれてる人が多かったけど、笑ってる人もいた。私はそれはおかしいよって何度も言ったけど、誰も取り合ってくれなかったの」
「だから実力行使に出たってわけか……」
「……勝手なことしてごめんなさい」
さっきまでの怒りはどこへと消え去ってしまったのか。俺に怒られていると勘違いした彼女は萎縮してしまってシュンと肩を落としていた。
違うよアリー。俺は別に怒ったわけじゃない。
「怒ってないよ。俺は」
「え?」
「逆に嬉しかった。アリーが俺の夢を認めてくれて」
「けーくん……!」
「でも、心配したんだぞ。アレグがもっと血気盛んだったら戦いになってたからな。これからむやみに人に蹴りを入れないように。いいね?」
「うん。分かった!」
その時、乾いた拍手が俺の耳に入る。笑顔で涙を濡らしていたサマリだった。
「いやーいいもん見せてもらいましたよー」
「別に見せもんじゃねえんだけどよ」
「感動的でいい台詞! 私涙が出そうになったよ!」
「いや、もう出てるだろ」
「細かいことは気にしない気にしない!」
「ところで、何でアレグがいた時黙ってたんだ?」
「……はて? ナンノコトカナー? シリマセンナー!」
「はぐらかすな。何かアレグについて知ってるのか?」
「ふぅ。しょうがないなあ後輩くんは。……アレグってね。ギルド商会の中でも評判が悪いのよ。裏で何かやってるって噂が絶えないほどのね」
「まあ、風貌は怪しいけどな」
「それに、村出身のギルド兵士で彼と関わった人間が数多くの戦死を遂げてるんだ。私たちからすれば、死神のようなものだよ」
「死神……か」
「だから、何となく話しかけにくかったんだ」
アレグが死神?
確かに彼は身長が高く、体もガッチリとしている筋肉質の男で威圧感はあるけど、そこまでの男と言えるか?
単なる小物にしか見えない俺からすれば、サマリの怯えようは誇張しすぎのような気がした。
それより、アレグとその取り巻きがいなくなったんだ。今のうちに早くモンスターを狩ってしまおう。
奴がいると色々と面倒なことになりそうだしな。
俺は軽くため息をついて、二人に向き合う。
「ま、アクシデントはあったがアレグはもういない。モンスターを探すのを再開しよう」
「ん、そうだね。そんじゃ、耳のいい後輩くん! 早くコボルトを見つけてねっ!」
「……他人だよりかよ」
仕方ない。決してサマリの言うことを聞いたわけじゃない。
が、俺は耳を澄ましてコボルトの居場所を探った。
立ち止まっていてもしょうがないので、俺たちは歩きながら探る。
そして、コボルトらしき足音が俺の耳に入ってきた。
「――いるな。近くだ」
「え!? どこどこ!」
「……茂みの奥だ。サマリ、一応言っとくが気をつけろよ」
「了解! 頑張ってね後輩くん!」
「……おい。一緒に戦わないのかお前は!」
「だってアリーちゃんが一人になっちゃうでしょ? それなら戦闘能力の高い後輩くんが行くべきよ」
「そ、それもそうか……」
「大丈夫だって! アリーちゃんは、私の命に代えても守ってみせるからね! なんたって可愛い妹だし!」
「わーい! サマリお姉ちゃん大好きーっ!」
すっかり懐いているアリーはサマリに抱きついて笑顔になっている。
……まあいいか。俺がさっさとコボルトを倒せばいいんだ。それに、サマリのミスでとんでもない事態を引き起こしてもらっても困る。
ここは俺一人で行くしかない。
結局サマリの言うことに従う形になってしまったが、俺は一人でコボルトと戦う決意を固めた。
「じゃ、ここで待ってろよ。サマリ」
「それくらい分かってるよ! 勝手にどっかに行ったりはさすがの私もしないって」
「……行ってくる。アリー」
「けーくん。気をつけてね?」
「ああ。ちゃんと待っててくれな、アリー」
「うん! いい子にして待ってる!」
「ねえ後輩くん。私には何かないの?」
「アリーに迷惑かけるなよ」
「了解! ……ってそこは私が迷惑をかけちゃうの!?」
「当然だろ。ちゃんとジッとしてんだぞ。サマリ!」
「うぅ……りょーかーい……」




