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休みの朝

 その日はギルドを休み、アリーと一緒に一日中いる予定だった。

 というのも、最近はギルドの仕事につきっきりでアリーと過ごす時間が少ないのもあった。

 だから、少しくらいは彼女と一緒に過ごして彼女を理解する時間も必要だろう。

 アリーと一緒のベッドに寝ている俺は、いつものように早く起きて彼女を起こす……が、ここでとんでもない事態になっていることに気がついてしまった。

 俺とアリーは一緒のベッドで寝ている。心を開いてくれた彼女が俺に甘えてくれる。それはいいことだと思う。

 最初は恥ずかしい気持ちでいっぱいだったが、慣れというものはこんなことまでも凌駕してくれる。

 もう俺の中に羞恥心は微塵もない。ないはずだったんだ。


「……う」


 だが、今の状況はさすがの俺もうろたえてしまう。

 完全に意識を夢の中へと移動しているアリーは、無意識に俺の体に抱きついてしまっている。

 音にしたらギューっとでも言うのだろうか。とにかく、彼女は気持ちよさそうに俺を抱きまくらのようにしているんだ。

 時折彼女の口から笑い声が漏れているということは、さぞ楽しい夢を見ていることだろう。

 でも、もう朝だ。起きてもらわなければ。俺は彼女の顔を見つつ、声をかけた。


「アリー、朝だぞ。起きるんだ」


「……んー?」


 彼女は目をこすりながら大きな欠伸をした後、俺に微笑みかけてくれた。


「ん……おはようけーくん」


「ああ。おはよう、アリー」


「ふぁぁ……いつも朝早いよねー。どうして?」


「さっさと起きて何かをする。夜は光もそんなにないし、早めに寝るのが吉だからね」


 光は俺たちが生活する上で必要不可欠なものだ。もちろん夜にもその光はあるのだが使用量がとんでもなく高い。

 だから、夜はさっさと寝て朝起きる。そうすることで払う光の使用量を節約するのだ。

 いくらギルドの仕事が楽勝と言えども、節約は大事だ。いつ何が起こっても余裕を持てるように、な。


「そっかー。じゃあ、今日から早く寝るようにするね!」


「素直だな」


 アリーはすぐに自分の衣服をトイレへと持ち込んでいく。きっと普段着に着替えるのだろう。

 いくら一緒のベッドで寝ている仲といっても、裸を見せるのは嫌らしい。まあ、俺も今のうちに着替えることができるし問題ないけど。

 鎧を身にまとい、俺の準備は完了する。ギルドの仕事をしないといっても、これは俺の普段着のようなものだ。


「ねーけーくん。変なところ無いかな?」


「ん? いや、大丈夫だと思うぞ」


「そっか!」


 アリーはトイレから出てくるなり自分の格好を俺に確認してきてくれる。

 彼女は自分の姿が問題ないことが分かり、ご満悦のようだ。

 さてと。彼女と一緒にいる。それが今日の予定だが、何をしようか。

 買い物? いや、それは仕事の前後に一緒に行ってるしな。だったらどっかに行くか?

 っても観光施設なんて俺にはまだ分からないしなあ。

 ここはアリー本人に聞くのがいいかもしれない。


「アリー、今日はどっか行きたいところあるか?」


「ん? んーとね……」


 彼女は顎に人差し指を当てて天井を見上げる。それから俺と向き合った。


「特にないかな」


「ないのか?」


「うん! けーくんと一緒にいるだけで、私は幸せだから!」


「……遠慮しなくてもいいだぞ?」


「遠慮してないよー?」


 そう言って、アリーは清々しい表情でベッドに座り込んで本を開き始める。

 そして、本の中身をジーっと見つめているのだった。

 むう……一緒にいるだけでいいって、嬉しい半面ちょっと悲しい。せっかくなら二人でどっかに観光に行ったり、色々なことが考えられると思うんだけどな。

 まあ、彼女がそう言ってるなら俺はそれに従うしかない。

 俺も黙っているだけでは暇でつまらない。だから、俺はアリーの隣に座ってちょっかいを出すことにした。


「いつもそれ読んでるよな?」


「うん! サマリお姉ちゃんからプレゼントして貰ったんだ」


「俺が見てもちんぷんかんぷんなんだが……アリーは見て分かるのか?」


「えへへ、実は名前を見ても私も分からないんだ。でもね! 絵があるから大丈夫なんだよ! これで何を示してるか、大体分かるんだ」


「へー、それは凄いな。で、実際に作ったことはあるのか?」


「ううん。それはまだ。素材が集まってないから……」


「素材があれば作れるのか?」


「始めてだから失敗するかもしれないけど、頑張ってみるよ」


「そっか……」


 正直、名前を見ても絵を見ても分からない。だが、アリーが分かるなら今日の予定はそれにしてもいいのかもしれない。

 そう、素材が集まりそうな場所の依頼を受け、適当に仕事をこなしている間にアリーと一緒に素材を探す。

 休日なのにまたギルドの仕事かと思うかもしれないが、アリーが一緒にいるなら仕事にはならない。

 それに、強いモンスターを退治する任務を選ぶわけじゃないからな。


「なあ、アリー。俺に一つ提案があるんだけど、聞きたい?」


「うん! けーくんの提案なら聞きたい! なーに?」


「今日はその本の装飾品を作ってみないか? つまり、俺と一緒に素材探しの旅ってこと」


 その瞬間、アリーの目は輝きに満ちた。

 この提案がとても嬉しかったんだろう。証拠に彼女は嬉しさを体全体で表現して飛び跳ねていた。


「いいの!? けーくんのお仕事邪魔するかもしれないけど、いいの!?」


「構わないよ。今日は休みだし、俺も本腰を入れた任務はしないから」


「わーい! やったー! けーくん大好きー!!」


「おっと!」


 本を置いて、アリーは俺に抱きつき、頬を寄せてすりすりと擦りつけてくる。

 まったく、最初に会った時とは比べ物にならないくらい甘えん坊さんになってしまったな。

 いや……俺が甘やかし過ぎてるせいなのだろうか。果たして、俺はこのまま彼女と一緒にいて彼女が自立できるようになれるのだろうか。

 一瞬、そんなことが脳内に広がったが今はまだ彼女の幸せを壊すべきじゃない。せめて、盗賊団にいた頃の悲しみを浄化しきってからにしたい。


「けーくん。だったら早く行こうよ!」


「……よし、じゃあ行くか!」


「りょうか――」


「話は聞かせてもらった! 私も同行しようじゃないか!」


 その時、空気の読めない頼りない先輩がドアを開け放った。

 サマリはすでに魔法使いの格好をして準備万端といった様子だ。さてはコイツ、俺やアリーと一緒にどっか行く気満々だったな?

 サマリの登場に、アリーのテンションも上がっていく。彼女は俺から離れてサマリのところへと挨拶しに行った。


「サマリお姉ちゃん! おはよう!」


「おはようアリーちゃん。今日も元気そうでお姉さんは嬉しいよ!」


「えへへー、けーくんがいるからだよー」


「羨ましいな後輩くんは。こんなに可愛い妹がいて」


「言っとくがなサマリ。妹じゃないぞ」


「じゃあ幼なじみ?」


「それも違う。ちなみに幼なじみは俺の村にいる」


「むー、じゃあ許嫁……とか? というか、今何か重大発言してなかった!?」


「許嫁でもねーよ!」


「こら後輩くん! 幼なじみについて語りなさい! 私、とっても気になるんだけど!」


「誰がサマリ何かに話すか! 飲み屋でのいいネタにしかならないだろうが」


「あ、私聞きたいなー。けーくんの幼なじみ」


「……後で二人きりになってからな?」


「わーい!」


「く……幼女大好きヘンタイ野郎め。こんなに可愛い女の子が目の前にいるというのに!」


「別にアリーだけが好きなわけじゃないんだけどな……」


 サマリは何というか、恋愛対象で見てられない女の子だと思う。今まで誰かを好きになった経験がない俺が語るのも難だが。

 そう言えば、村を出る時に頼りがいのある先輩から好きな人がどうとか聞かれたような?

 まあ、デートなんてしてる暇があったらもっとギルドの任務を受注して世界の平和に役立とうとは思うけどな。もしかして、恋人ができたらそんな考えも変わるのだろうか。

 ……今の俺には分からない。


「あれあれー? もしかして、サマリちゃんの知られざる可愛さに気づいちゃったかなー?」


 ウザいテンションのサマリが俺に向かって顔を覗かせる。

 多分、深く考え込んでいたのは自分が原因だと勘違いしているのだろう。俺は鼻で笑って、彼女を否定した。


「ちげーよ」


「むー……違うのかー。ま、そりゃしゃーない」


「ねーサマリお姉ちゃんにけーくん、早く行こうよー」


 アリーが口を尖らせながらドアの前でジタバタしている。まるで、待ちきれないといったように。

 そうだな。サマリと話している間にも時間は過ぎていく。なら、さっさとアリーと一緒に出かけた方がいい。


「よし。じゃあ行くかアリー」


「うん!」


「サマリも来るのか?」


「もちろん。一応私は先輩だからね!」


 果たして、先輩として俺を導いてくれるのかは不明だが。

 とにかく、俺とアリーとサマリは、装飾品の素材集めのためにギルド商会へと足を運んだのだった。

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