報告書の提出
任務を完了したなら次にすることは決まっている。
隊長に提出する書類を書かなければ。俺はその報告書の中に嘘偽りなどない正確な内容を書き込んでいく。
その中に、ギルドの腐敗も書く。隊長が望んでいるのはこういった情報に違いない。
ひと目会っただけだが、隊長はいたく真面目のように思えた。最低限の会話で最大限の情報を与えてくれる。そして、余計な情を見せない。
だったら、この情報も冷静に判断してくれるはずだ。
俺はそんな期待感を込めて報告書を完成させた。
「よし、出来た」
後はこれを持っていけばいい。数日前にヴィクターに連れられたお城へと。
道順は覚えている。だから迷わずにそこへ着くことへできた。
あの時と同じように、入り口を守る兵士が俺に向かって槍を向ける。
「要件は何だ」
「ユリナ隊長に報告書を提出するようにヴィクターから言われたんだ。だから入らせてくれ」
俺は身分を証明するためにギルドカードを提示する。
ヴィクターのとは違うとは思うが、俺が何者かを確かめさせるには丁度いい身分証明書だ。
兵士は俺のギルドカードを奪い取って穴が空くように見つめる。それから鼻で笑って槍を遠ざけた。
「何だ。あの時にボロボロの女の子を連れていた奴か」
「通ってもいいか?」
「通れ」
栗毛ちゃんに対して思うところがあるようだ。兵士は彼女のことを思い出してバカにしているのだろう。
嫌なヤツだなと思う。これからこの城に行く度にコイツに会うことになるのだろうか。
ユリナ隊長の部屋を探し回った結果、少し時間がかかってしまった。城までの道のりは覚えていたのだが城内は似たような部屋が多く、表札を見て回るしか方法がなかった。
他の人に聞けばいいだろうと思うだろう。しかし、運が悪かったのか俺は誰ともすれ違わなかった。城なんて大きい施設で誰にも顔を会わせてないってどんな確率だよ……。
自分の不運さにため息をつきながらも、ユリナ隊長の部屋を発見した俺はヴィクターと同じようにノックをして入ったのだった。
「失礼します」
「……ケイか」
「はい。最初の任務が終わりましたので報告書を」
「ああ。ヴィクターより聞いていたか」
「提出します」
俺は少しだけ緊張しながら報告書をユリナ隊長に手渡す。
今日の隊長は最初に会った時より風当たりが弱いように思える。今日は仕事が忙しくないのだろうか。
隊長は報告書を目を細めて読み始めた。目があまり良くないのだろうか。いや、メガネを掛けていないからそういう理由でもないと思うが……。
「君の字は少し読みにくいな……」
「すいません。村だとあまり字を使わなかったから」
「いや、気にするな。私もその辺りは理解しているつもりだ。むしろよく字を書いてくれたと言ってもいい」
「はぁ……ありがとうございます」
「……なるほど。ケイはすでにトロール八体の討伐を成功させたのか」
「はい」
「そして気になるのはここか……『ギルドの腐敗』」
「ええ。ある人物を除いて……ですが、あの任務に付いていたギルドの兵士は村の人を守ろうともしませんでした」
ユリナ隊長は大きくため息をついて、報告書を机に置いた。
それから、俺と目を合わせたのだった。
「これは由々しき事態だな」
「やはり、ユリナ隊長もそう思われますか?」
「ああ。これは即座に対処しなければならない事だ。悪かったなケイ。慣れない報告書を書いてくれて……」
「いえ、これくらい大丈夫ですよ。今度も何かあれば報告書を書いてきます」
「いや、これは今回だけで問題ない。これからはこの調子でギルドで働いててくれ」
「分かりました」
報告書は一度だけでいいのだろうか。いや、一度しか見れないのかもしれない。
こうして毎回報告書の提出ばかりを求めたら彼女が見る時間がそもそも作れないのだろう。
だから、一番初々しいこの時の報告書だけを見ている。そう予測できた。
「よし、では今日は帰って構わん」
「はい……」
そう言えば、ユリナ隊長は女性だったか。もしかしたら、俺が迷っていることについても詳しいのかもしれない。
かねてより、俺は栗毛ちゃんに何かしらのプレゼントしたいと考えていた。その時に見つけたあの花。
トロールの脅威に晒されていたあの村で見つけた青紫色の花。あれを髪留めにできれば良かったのだけど残念ながら俺には技術がない。
だから、あの花に似た髪留めを購入したいと思っていた。
「あの、隊長。無礼を承知して質問がございます……」
「何だ?」
「小さな女の子が喜びそうな髪留めが売ってるお店とか、ご存知ですか?」
「……は?」
「あっ! ユ、ユリナ隊長がとても素晴らしい女性だということをお見受けして……!」
俺は何を言ってるのだろう。恥ずかしい台詞が空を切る。
ユリナ隊長は意味不明とでも言うような困惑した表情を見せている。それもそうだ。
何で自分に? 時間が経つにつれて困惑の表情は呆れの顔つきへと変化していく。
「じ、実は栗毛の女の子がいたじゃないですか」
「ああ。お前の横にピッタリとくっついていた子どもか」
「あの子に何かプレゼントでもと思って……それで近くに頼れる女性がユリナ隊長しかいなかったもので……ハハ」
頼りない女性ならいるんだけどな。
多分、どっかでその女性がくしゃみをしていることだろう。
「まったく……私にそんなことを聞いてきたのはお前が始めてだよ」
「……す、すいません。ご存知でなかったらこれで退散しますから――」
「待て」
「え?」
「……ここに行け。ここなら大半のアクセサリーが手に入るだろう。私が似合わない物がたくさんあるからな」
自笑するかのように、ユリナ隊長は住所が書かれた紙を俺に手渡してくれる。
こういう時は否定した方がいいのだろうか。
栗毛ちゃんは可愛い物が似合う。だけどユリナ隊長はどちらかと言えばクールだ。こう言っては失礼だが、可愛らしい物は似合わない……。
「あ、いや、そんなことはないと思います! ユリナ隊長だって似合いますよ!!」
「……お前、本当にそんなことを思っているのか? 私の風貌を見ても、そんなことを言えるのか?」
「い、いえ――」
「今までさんざんそのような物を見に付けてきたが、ことごとく似合わないと言われ、ヴィクターからも引きつった顔でお世辞を言われるばかり……! そんな私に似合うと本当に思っているのか!!」
ユリナ隊長が怒っている。う、これは地雷を踏んでしまったか。
ここは素直に謝っておこう。そして、隊長に感謝しよう。
「す、すいません。出過ぎた真似でした……。でもありがとうございます! ここ、行ってみます!」
俺は精一杯頭を下げて、ユリナ隊長に礼を言った。
だが、そんな俺を無視して、隊長はすでに仕事を再開していた。
俺もこうしていられない。隊長から教えてもらった店に行ってプレゼントを買わないと。
俺はもう一度隊長に頭を下げて、それから部屋を飛び出していった。




