※一人ぼっち……のところに先輩登場!
現在、夜の七時。でも、けーくんは今だ帰ってこない。
一体どこで何をしているのか。まったく、お腹が減ったのに。
「……と言ってもギルドのお仕事だからしょうがないか」
これからもこんなことが多くなるのだろうか。そうなると、ちょっとだけ寂しいかな。
もう、寂しいと感じちゃうってことは私はけーくんを完全に信頼してしまっている証拠だ。
今日は何とか朝に起きれた私は、今になるまでずっとこれからのことを考えていた。
だけど、やっぱりここを出て行くっていう選択肢は出てこなかった。
出てきたとしても、その後私はどうやって生きていけばいいのか。
以前いた旅団に戻るのも手かもしれない。でも、旅団はどこにいるの? それは誰かに聞いて分かるものなの?
じゃあ、旅団を探しながら仕事でもする? なら仕事はどうやって見つけるの?
こんな年じゃ、出来る仕事は限られているわ。そうなれば、また奴隷に逆戻りになっちゃう。
「ハァ……助けてもらったのはいいけど、本当にこれからどうしよう……」
ここにずっと居候させていただくのは、けーくんなら大歓迎してくれるかもしれない。
でも、何もしないでぬくぬくと過ごすのも性に合わない。だったら、少しでもけーくんの役に立ちたいなって思う。
その時、階段を上がってくる音が聞こえてきた。隣人とかかな? でも、その足音は私の部屋の前で止まったのだ。
「もしかして……けーくん?」
少しだけ表情が明るくなり、私は意気揚々と部屋のドアを開け放つ。
しかし、私の目の前にいた人物はけーくんじゃなかった。
「やっほー! 元気かな栗毛ちゃん!?」
「…………」
私はドアをそっと閉じようとする。
「あっ! 待って栗毛ちゃん! 私よ! サマリお姉ちゃんだよ!」
そんなことは知ってるよ。でも、けーくんじゃなかったショックは大きいのよ。
サマリお姉ちゃんは扉を閉めようとする私の力に反抗して、一生懸命扉を開けようとしている。
ってか、何で来たの? けーくんと一緒じゃないの?
それを聞くのもいいかもしれない。お腹も減ってるし、何か奢ってもらおうかな。
そう打算した私は閉めるのを止めた。
「……クッハァ! やっと開けてくれたねぇ」
サマリお姉ちゃんは軽くまとめたサイドテールを後ろに掻き上げて、部屋の中をジロジロと観察していた。
何をしてるのだろう。……もしかして、けーくんを探してる、とか?
「ねえ栗毛ちゃん、後輩くんの居場所知らない?」
私は知らないという態度を示すために首を横に振る。
そうすると、彼女は大きなため息をついたのだった。
「はぁぁぁぁ……後輩くんは一体どこで何をしてるのよー!」
それは私も聞きたいよお姉ちゃん。でも、私の脳内には一つのストーリーが出来上がってる。
けーくんはサマリお姉ちゃんのことを頼りない人だと思っているところがあった。
だから、今日はサマリお姉ちゃん抜きでギルドに行って、依頼を受けたんじゃないかな。
私の傷を治してくれたし、魔法が全然使えないってことはないと思うんだけどな。……まあ、ちょっと頼りなさそうな雰囲気だけど。
「こんな美女二人を放って、一体どこの依頼を受けにいったのだか……」
自分自身を美女と言うのはどうなのか。それに、私は美女じゃない。可愛い女の子だ……と思いたい。
美女というのはもうちょっと大人の人が使っても良い言葉だと、私は思ってる。
「……まあいいや。ここに後輩くんがいないなら他どこを探しても無駄みたいね。そうだ栗毛ちゃん、夕飯は食べた?」
私は再び首を横に振る。
「そっか。ま、そりゃそうだよね。ねえ、これから私の家に来ない? どうせ後輩くんは明日まで帰ってこないわよ」
どうしよう。サマリお姉ちゃんが怪しい人ではないというのは昨日の治療とけーくんの知り合いだってことで分かる。
けど、もし今日けーくんが帰ってきて部屋に私がいなかったら混乱しないだろうか。
でも……お腹空いたしなあ。
「大丈夫大丈夫! 後輩くんには私の家の場所を教えてるから! あ……多分、教えたはず。うん。いや……教えてなかったかな? いや大丈夫! さあ、行こう栗毛ちゃん!」
何だか不安だなー。本当にけーくんに教えたのかなサマリお姉ちゃんは。
何だかんだいって私も空腹だから、サマリお姉ちゃんの家に厄介になることにした。
ちゃんと部屋の戸締まりをして、私はサマリお姉ちゃんについていく。
サマリお姉ちゃんの家は私とけーくんのホテルの部屋と違ってちゃんとした家だった。
少し小さい家だけど、人が一人で住むには十分なほどの広さだ。
「じゃーん。ここが私の憩いの場だよ」
「…………」
サマリお姉ちゃんと二人きりでも無言を貫いているのは理由があった。
一緒に暮らしているけーくんよりも先に、サマリお姉ちゃんに話しかけたら、それこそけーくんに失礼だと思ったからだ。
私が奴隷から抜け出した最初に話しかけたいのは、やっぱりけーくんにしたい。でも、今までは彼を信用してなかったから話しかけてなかった。
そろそろ、話しかけてもいいのかもしれない。でも、ここまで無言を貫いてしまったら少しだけ恥ずかしく思えてくる。ウソをずっとホントのことだと言い続けて、ネタバラシする時と似ているかもしれない。
「ねえ、栗毛ちゃんは何が好きなの?」
どうしよう。素直にパンが好きだと言えばいいのかな。
でも、サマリお姉ちゃんの家にパンが無かったら失礼だし……。いや、私の好みが必ず夜ご飯になると決まったわけじゃないんだけど。
それでも、ウソをつくわけにもいかないので、私は机に乗ってあったチラシに描かれてあったパンの絵を指差した。
「へー、パンか。案外普通だねえ」
私はパンが好き。旅団でも、奴隷になっていた時でもご飯は満足に食べることは出来なかったから。
その中でちょっとの量で空腹を満たすことのできるパンは私にとって神様のような食べ物だった。
それに、パンは色んな形をしている。どんな形でも、パンは作れるの。そんな、自由な姿にも惹かれていたのかもしれない。
「でも、それなら今日のご飯は栗毛ちゃんにとって良い物になるかも」
サマリお姉ちゃんの言葉の意味が分からず、首をかしげる。
すると、彼女はニヤニヤとしながら台所へと向かった。
むぅ。一体何を考えているのやら。
ごきげんな鼻歌を歌いながら、サマリお姉ちゃんは鍋の中をかき混ぜている。今は温めているところだ。ということは、作りおきの何かなのかな?
「よし、これで完了!」
数十分間鍋の中をかき混ぜて、サマリお姉ちゃんは火を止める。
それから器に鍋の中の物体を取り分けていく。
彼女は取り分けた器をテーブルへと置いて、私にスプーンを手渡した。
「はい、どうぞ!」
サマリお姉ちゃんがかき混ぜてたもの。それは私が見たことのない料理だった。
白色の汁が器を満たしている。汁に埋もれているのはじゃがいもだろうか。
それに、人参やお肉とかが入っている。サマリお姉ちゃんがありあわせの材料を適当に入れたのかな?
それより、これ、何の料理なんだろう。
「んー? 食べないの?」
食べないのと言われても、白色の汁物を食べるなんて抵抗があるよ。
今まで見たことのない色の料理だもの……。
「実はね、これはシチューって料理よ。まあ、見た目は私オリジナルだけどねっ! だから、これは私の創作料理! 名付けて『ホワイトシチュー』!」
えぇ!? これがシチュー!?
た、確かに材料は似ている。
でも、シチューって言ったら焦げ茶色のソースで味はカレーを薄めたような味だよ。
今、私が目の前で見ているこの料理は、どう見てもカレーの味をしているようには思えない……。
「バターとチーズ程度にしか使われない牛乳。液体だとかなり保存期間の短い牛乳を何とかして保存しようと思った時、私は閃いたのです。牛乳をソースにしてやればいいじゃないと!」
な、なるほど……。
ということは、この白色は牛乳のおかげということなのかな。
見てるだけで食べないのも悪いから、私はスプーンを手に持って器の中を掬った。
スプーンの腹に角切りになった人参と液体が乗せられる。
私は、ゆっくりとスプーンに口を付けて食べた。
……うーん。シチューと比べるとあんまり美味しい感じじゃないなあ。ちょっと甘いし……。
「どう!? どう栗毛ちゃん! 私の作った創作料理は!!」
私の口には合わない。ちょっとがっかりだなと思いながら、私はサマリお姉ちゃんに苦笑いするだけだった。
サマリお姉ちゃんは顔を引きつらせたけど、すぐに持ち直す。今度はパンを持ってきたのだ。
「た、単体で食べるからマズいのよ。パンと一緒に食べれば最高に美味しいんだから!」
本当かなあ?
疑いながら、私は一口サイズにちぎったパンを食べ、それからお姉ちゃんの言う通りホワイトシチューを口に含んだ。
あ……。これならちょっと美味しい。食べ慣れてないだけで、食べ続ければ美味しく感じるかもしれない。
基本的に言葉を交わさない私は、無言でもぐもぐとシチューとパンを食べることで美味しいと彼女に伝えた。
彼女もそれを分かってくれたみたいで、ニッコリと笑顔になった。
「いやーこんな料理何で今までみんな気づかなかったんだろうねえ。きっと私が一番乗りだよこの料理は!」
うーん……。牛乳を使ったところは凄いと思うけど、多分もう誰かが開発してると思うよ。お姉ちゃん。
けーくんは知ってるのかな? この料理。
今度、話しかける時がきたら聞いてみようかな。……何か話しかけるタイミングが見つからなくなってきてるけど。
とりあえず、今日はサマリお姉ちゃんの家に泊まることになりそうだ。もし、けーくんが帰ってきてたら悪いけど、私もお腹が空いてたからね。しょうがないよ。




