ハッピーエンド
これがリーベルの力なのか……。
俺とリーベルは確かにステル国とは離れたトシナ国にいた。
そこでゲイリス大臣と戦い、勝った。だが、国王を守れず、正気の兵士だって何十名も犠牲にしてしまった。
ゲイリスには勝てたものの、実質的には敗北と言えるかもしれない。
ゲイリスの他にもまだ神が存在している。そして、それはゲイリスのように自分勝手でこの世界に住む人々のことなんかこれっぽっちも考えちゃいないのだろう。
……そう考えると、リーベルのような存在は貴重なのか。
リーベルの力によって、一気にステル国まで戻ることが出来た俺。
久々に帰ってきた我が家の様子を見ながら、俺は一人で思いあぐねていた。
「これから他の人を呼んできます」
ゆっくりしている暇はないと、リーベルは足早に俺の家から出ようとする。
呼ぶってことは……また瞬間移動するってことなのか?
「この際、リーベルの力について何も言わない」
「ありがとうございます、ケイさん」
「でも、ようやく全て話す決心がついた。こう解釈していいんだよな?」
「ええ。ちなみに、ケイさんも覚悟を決めてくださいね」
「もう覚悟なんてとっくに決めてる。今まで知りたかったんだからな」
「それを聞いて安心しました。じゃ、行ってきますね」
フッと微笑み、リーベルはその場から一瞬にして消え去った。
あの力……多分、ゲイリスと同じ力なんだろう。きっと、関係は深いはずだ。だからこそ、俺に何度も戦いを止めるよう言ってきたのだろう。
先に迎えに行ったのはサマリかユニだろう。彼女らは魔界にいるはずだし。
逆にアリーはこの家に帰ってくる可能性がある。今の時間帯はどのくらいかなっと……。
陽の光からそれを予測しようと窓を開けて外を見てみると、俺の瞳に一人の少女が映った。
長いブロンドの髪の毛が彼女の育ちの良さを物語っている。言わば令嬢のような感じだ。気品もありそうだな。
その少女は俺を見ると明らかに変質者を見るかのような目つきで驚きを隠せないようだった。
「あ……あなたは一体誰なんですの!?」
「え? 俺はケイ。この家の主だが……」
「え? ケ、ケイ……? それじゃああなたが――」
目が点になっている彼女の後ろからもう一人の少女が駆け寄ってくる。
彼女は玄関を開け放ち、俺に向かって走ってくる。そして、俺に抱きついてきた。
そう、彼女はもちろんアリーだ。
「けーくん!!」
「おぉ! アリー! 久しぶりだな」
「寂しかったよー……」
「よしよし。ゴメンな一人にさせて」
アリーの顔をよく見ようとすると、いつの間にか彼女の髪留めが一つ増えていた。
これは……確か俺がバッグに入れたリアナの髪留めか?
何か必要になったのだろうか。それとも、リアナの正体に気づいたのか。
まあ、これは後で詳しく聞いてみる必要がありそうだ。
「なあアリー」
「なーに?」
「あちらのお嬢さんは一体……?」
「あ。紹介するね! 私の大事な友だちのソフィアちゃん! すっごくいい子なんだっ!」
「あぁ。これはどうも。家のアリーがお世話になってます」
思わず窓越しにお辞儀をする俺。
しかし、何故かソフィアは顔を赤らめて俺よりも深々とお辞儀し始めた。
「い、いえいえ!? わたくしの方がお世話になってますわ! アリーにはいつも助けられっぱなしでして……」
「あれー? いつものソフィアちゃんとちょっと違うよ? いつも私にイジワルなソフィアちゃんはどこにいったのかなあ?」
「ア、アリー! あなたの方こそおかしくてよ! あなたがこんなに甘えん坊さんだなんて、全然知りませんでしたわ」
「けーくんとサマリお姉ちゃんは別なの。ねー?」
俺に同意を求めるな。まあ、彼女がこんなに明るい笑顔を見せるようになったきっかけは俺かもしれない。
でも、この道を選んだのはアリー自身だ。俺は彼女が困らないように最大限の補助はしていく。
いつか、彼女が一人で旅立てるように。
しばらくアリーとの再会を楽しんでいたが、俺の家に入ってきたソフィアが思い出したように進言する。
どうやら、こっちも深刻な事態に陥っているようだ。
「ケイさん。一つ相談がありますの」
「どうしたんだい?」
「……マーティスという名をご存知ですの?」
「マーティス……」
「あのね、けーくん。その人が私たちの学校で悪さをしてたの。詳しいことは省くんだけど、何か争いを望んでいたみたい」
ゲイリスがポツリと言っていたことを思い出した。確かにやつはマーティスの名を口にした。そして、それはもう一人いる。メアリスもそうだ。
あいつら……各地で事件を起こしているのか? だけど一体何のために。魔王が倒されて世界が平和へ前進したのが許せないのか?
「聞いたことはあるよソフィアちゃん。実は俺もその件でこっちに戻ってきたんだよ」
「マーティスの件で、ですの?」
厳密に言えば違うけど、余計な混乱の元になる。俺は頷いて肯定した。
アリーにはマーティス。俺にはゲイリス。となると……サマリとユニにはメアリスが接触したのだろう。
「それでね、けーくん。私たち、心配だったから王様に今回の事件を言ったんだよ」
「へー、それは偉いな。で、どうだったんだ?」
「えへへ~。うん、王様もちゃんと戦力を整えておくって。でもやっぱりけーくんが帰らない限りはこっちも対策を立てようがないって言ってた」
……下手に動いてくれなくて良かったかもしれない。
ゲイリスと同じ力を持っているなら、この国の兵士……いや、村の人間でさえ敵わない。
余計な犠牲が出なくて良かった……。
……ん? アリーとソフィアはマーティスに出会ったんだよな?
「でもアリー。よく生きて帰れたな。マーティスに会ったんだろ?」
「うん……。見逃してもらったって言った方が正しいのかな」
「そうですわね。わたくしたちのことなんて、気にも留めていないようでしたもの。……まるで、人間のことを劣等種のように扱って」
そうだ。ゲイリスも同じだった。あいつも俺を見くびっていた。
俺たちの目の前に現れて、そこまでの余裕を見せつける。それだけの力の差を、奴らは持っている。
悔しいが、この悔しさは次の戦いで晴らしてみせる。
しばらく待っていると、リーベルが残りの二人を連れてやってきていた。
サマリと、ユニ。彼女たちも複雑な表情を浮かべていることから、やはりメアリスに接触したのだろう。
ユニはアリーの元に向かい、お互いを抱き合って再会を喜んでいる。その裏で恨めしそうに眺めていたソフィアもいるが。
一方、サマリは……いや、俺もかもしれない。二人はお互いの顔を見ると思わず顔をほころばせてしまった。
「おかえり、後輩くん」
「そっちこそおかえり、だな。サマリ」
「申し訳ありません。まだ、その感動に浸ってる時間はないかもしれません」
いつもなら茶化すリーベルがいつになく本気の口調で俺とサマリに話しかける。
それほど、彼女も真剣なんだ。
各自、思い思いの場所に立ったり座ったりして、リーベルの話を聞くことに決めた。
「……まずは、自己紹介します。私の名前はリーベル。今まで名を語らず申し訳ございませんでした」
「リーベルさんって言うんだ……」
「でも、今まで気にならなかったのは不思議なの」
「それは私の力によるものです。名前をこの世界の人間が『認識』してしまえば……私がこの世界にいるという事実がバレてしまうのですから……」
「バレる? 誰にだ」
「あなた方が出会った存在……メアリス」
ピクッとサマリとユニが動く。やはり、俺の推測通りだったか。
「マーティス」
アリーとソフィアがお互い目配せする。きっと、二人の仲が良くなるくらい辛い出来事があったのだろう。
「最後に……ゲイリス」
俺の方を見るリーベル。
「リーベルさん……でいいかな」
サマリがその名を初めて口にする。付き合いが長いのに名前を初めて発言するってのも奇妙な感覚だな。
「私が会ったのはメアリスについて……彼女、魔法が効かなかったようだけど」
「魔法?」
いつものことじゃないのか。そんな失礼なことを思ってしまったのが顔に出たのか。
サマリは口を尖らせて俺に反論した。
「あっ、後輩くん。その疑いの目は何よー? 私だって時間をかければ強い魔法が使えるんだから!」
「魔法陣を使って、なおかつ時間もかけた魔法なの。あの威力は私も保証するの」
「まあ、ユニがそういうなら信じるか……」
「もー……。まあいいか。話を戻すけど、私は一つの推測を立てたわ」
「サマリお姉ちゃん。それって?」
「――メアリスには、この世界の魔法が……ううん、それだけじゃない。この世界の攻撃が全て通用しないんじゃないかって」
「無敵……ってことですの?」
「あ、可愛いお友達だねアリー。アリーはいい子だから、仲良くしてあげてね」
「は、はいですわ」
おずおずと話しかけたソフィアに、サマリは優しい笑みでソフィアを見つめる。
やっぱり、子どもには優しいなサマリは。
その後、サマリはゴホンと咳払いし、脱線した話を元に戻す。
「そう、無敵。一応、私の推測に過ぎないから、もしかしたら後輩くんだったら勝てるかもだけど」
「――いや、俺でも敵わなかった」
「……ま、またまたー……冗談、だよね?」
「冗談じゃないんだ、残念だけどな」
説得力の補強のために、リーベルも言葉を紡ぐ。
「はい。今のケイさんでも、『剣』が無ければあの存在には敵いません」
「けーくんでさえ勝てない敵なら、じゃ、じゃあどうやって勝てばいいの……?」
「待ってアリーちゃん。その前に一つ、聞きたいことがあるの。メアリスやマーティス……あなたもそうだけど、結局何者なの?」
サマリの言う通りだ。奴らの正体は何か? そこに逆転のヒントくらいは隠されているかもしれない。
しかし、深い深呼吸の後にリーベルが言い放った単語は俺たちに衝撃をもたらした。
「……私たちは神様と呼ばれる存在です」
「か、神様!? 神様ってあのお天道様から世界を見てるっていう……」
「ええ。その神様です。正確に言えば、私は『元』ですが」
ゲイリスとの会話からなんとなく察しはついていた。
俺以外の面々は驚きが隠せないようだが……まあ、当然の反応といえば当然か。
「詳しく聞かせてくれ。リーベル」
「私はメアリス・ゲイリス・マーティスと共に、この世界を作りました。目的は観測。監視せず、調整することなく、幸せを奪取する必要はない。何を想い、何を成すのか……。世界が求める自由をただ観測する。それがこの世界を作った理由でした。もっとも、私と他の神は最初から仲違いしていたのかもしれませんが」
「自由の観測……か」
「しかし……一々名前を呼ぶのもアレなのでここは『人』を使わせてもらいますね。メアリス含む三人はこの世界を『管理』したかったのです。この世界は単なる遊び場に過ぎない。そこに生まれる人の命も、モンスターも、あの三人にとっては駒に過ぎないんです。自らが楽しむための……」
「だから、平和が許せないってこと?」
サマリは険しい表情を崩さず、リーベルへ言葉を発していく。
きっと、サマリも同じような体験をしたのだろう。あの神と称される奴らは、俺たちの命を何とも思っていない。いや、リーベルの言葉を借りれば単なる『駒』としか見ていない。
俺たちの世界を見下し、管理という傲慢を隠さない性格。
「もちろん、私はその事実を知ったときに三人を否定しました。神が手を加えてしまえば、すなわち世界の流れが停滞してしまう。観測ではなく鑑賞になってしまえば、それは常に刺激を求めてしまうものです。だから、この世界はどこか歪で、争いの絶えない世界になってしまっていた。さすがに神を三人相手にすることが出来なかった私は恥ずかしながら敗北してしまい、この世界へ堕ちてしまった」
「酷い……快楽のためにこの世界を監視してたなんて……。ここにいる人たちは確かに生きてるのに」
「事実、この世界は何度か平和になる機会がありました。サマリさんの種族である獣人族が栄えれば、モンスターと人間の友好は早まったでしょう。また、人間同士のまとまりも重要です。しかし、それは一人の女性……護衛隊の隊長の不幸によって長引いてしまった。その原因を作ったのは魔王です。しかし、彼でさえメアリスたちが仕掛けた争いへの細工。魔王さえ居なければ、そもそも人間とモンスターが争う必要はないのですから……」
この世界の歴史が動いたのは――これは自分自身を過剰評価しているきらいがあるが――俺やサマリが出会い、ステル国のギルドという概念を潰したことから始まったように思える。
それから矢継ぎ早に色んなことが起こった。人間とモンスターの友好を実現するために、ユニは俺を訪ねてきた。俺が魔王に敗れる歴史を刻むために、未来から敵と味方がやってきたこともあった。
そして、平和への障害が全て打ち崩された今……傲慢な神が動き出したんだ。
「その平和になる機会が今まで潰されていたが……俺たちというきっかけで平和に進み始めたってことなのか」
「そういうことです。そして、未だかつてない平和への前進に、あの三人が本腰を入れてきた」
「俺たちに会うまでの間……何もしなかったのか?」
「ええ。私が手を出してしまえば、あの三人と同じことになってしまう。だから……今までは手を出してなかったのです。いずれ、この世界の想いが三人の神を打ち倒すと信じて……」
「でも、現にあなたは手を貸している。それは何故?」
「世界は平和に向けて前進していた。でも、三人の神が常に阻害し、世界はそれに負けてしまっていた。だから、この世界の自由を取り戻すには私も協力するしかないと思ったのです。ですが、決定的なきっかけは……リアナさんがくれたバタフライストーン。あの石が見せたのは、魔王が支配する絶望の未来。あそこに自由はない。抵抗を続ける人間すらも数少なく、いずれ絶滅する……。それを見てしまったから、私は全てを投げ出す覚悟でこの世界の未来を変えてしまったのです」
「やっぱり、俺たちだけじゃ魔王には勝てなかったのか……」
魔王の力は、戦った俺が一番良く知っている。あれは、確かに勝てる戦いではなかった。
今までの力を結集しても、全てが無意味に帰してしまうほどの圧倒的な力。魔王にはそれがあった。
リーベルは控えめな微笑みを作り、それから軽くため息をついていた。
「そのせいで私の力のほとんどが使えなくなってしまったんですけどね」
「でも、ありがとうリーベル。こんな私たちのために、力を貸してくれて……」
サマリがリーベルにお礼を告げる。
一緒にお辞儀したのは、彼女なりの感謝の気持ちなのだろう。
しかし、リーベルは彼女の感謝を否定した。
「いいえ、私も身勝手……あの三人の神と同じようなものです。この世界に自由を取り戻させるために、力を使ってしまった……。未来でしか生まれない命だってあるのに、私はその機会を失わせてしまった……だからいつかその罪を断罪する必要があります」
「でも、そのおかげで世界は平和になろうとしたのに……」
「この世界の力で勝てば、です。私が早とちりしただけで、もしかしたらあの先の未来に勝利が待っていたかもしれない。……ですが、その恥を受け入れて、皆さんに伺います。この世界の自由を取り戻すために……共に戦って下さい」
俺の答えは決まってる。
それは、他のみんなも同じようだ。各々に否定の表情は見られない。決意を秘めた、敵と戦うための表情がそこにある。
「もちろんです。いや、こう言った方がいいかもな。リーベル……この世界の平和のために、力を貸してほしい」
「ケイさん……!」
「じゃあ、これで決まりだね。私たちは神様を倒して、真の平和を手に入れる!」
サマリが拳を天井へと突き上げてみんなの決意を総括する。
そうだ。俺たちがやろうとしていることは、神という存在への反抗。
今までの歪められた未来を……正しい方向、本来の流れへと戻すための戦い。
その時、家の外で大きな爆発音が鳴り響いた。
言葉にしなくても分かってしまうものだが、リーベルはそれを確実にするかのように凛とした声色でその存在を口にした。
「神が――やって来ました」
「何人かは分かるか?」
「――二人、ですね。それぞれの気を感じます」
「丁度いい。俺たちも奴らに話があるからな」
俺を先陣として、家から飛び出していく。
そこにはリーベルの言ったとおり二人の神がいた。
飄々と立ちはだかるメアリス・マーティスという神。それに対峙する俺とサマリとリーベル。念の為、他の者には家で隠れててもらっている。
サマリの推論が正しければ、俺たちが勝てる見込みはゼロだが、こっちにはリーベルがいる。そして、ゲイリスを討ち滅ぼした剣もある。彼女と剣が俺たちに勝利をもたらしてくれる女神となるはず……というのは言い過ぎだろうか。
先に口火を切ったのはメアリスだった。
「うふふっ……劣等種がいっぱい集まってきたねえ。弱い奴らが何匹いようと、所詮雑魚は雑魚なんだけどなー☆」
「メアリス、あなたは相変わらずなんだね」
「サマリん。あのモンスターに勝てたんだ。すっごーい! 尊敬しちゃうネ!」
パチパチと手を叩いてサマリを祝福するメアリス。サマリは意に介していないようだが、コイツは俺が会ったゲイリスより人間という存在を馬鹿にしている。
「サマリ……あんなヤツに会ってたのか?」
「後輩くん、油断しちゃダメだからね。やっぱり、あいつも神だったから」
「ああ……だろうな」
長身で細身の男性。ゲイリスとは正反対の体型をしている神は、大きなため息をついて俺たちに失望している。
あれは恐らくマーティスだろう。アリーが遭遇した神、か。
「やれやれ。何故、敗北する運命で決まっている勝負を仕掛けてくるのですか?」
「勝てない……俺たちの力じゃ、か?」
「我々が赴いた瞬間、あなた達の敗北は決まっているようなものなのです」
「へぇ……ずいぶん自信たっぷりだな、マーティス」
「それもそのはず――」
「あなた達は私たちからの贈り物、つまり『ギフト』を受け取ってるからね☆」
マーティスが理由を言おうとした瞬間、割り込んでくるメアリス。
もはや、神ではない。邪神とでも言うべきか。世界の悪意を全て集めると、ああいうのが出来上がるのだろう。
メアリスの存在について考えるよりも前に、彼女が放った言葉の方に耳を傾けた方がいいかもしれない。ギフト……?
「どういうことだ?」
「それは神様からのほんのささやかな『祝福』。まあ、この世界の劣等種は『スキル』とか勝手に名前つけやがったんだけど」
「スキルが……神の力だってのか?」
「あったりまえでしょー? じゃなきゃ、おっかしな力なんて持てるはずないもんねー、劣等種にさ。ハハッ」
「スキルがあるから何だって言うの? ただ味方するだけじゃないんでしょ?」
「グッフフフ……気になる? 気になるよねえ。でも教えませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!! 残念でしたっ!」
「――いや、ここはさらなる絶望を叩き込むために私の方から教えましょう」
言い方は柔らかい。しかし、その言葉には確かに俺たちを蔑む言葉が見え隠れする。
「むー。それじゃ私が啖呵切った意味ないじゃん。マーティスのバーカ」
マーティスは、口を膨らませて怒っているメアリスを差し置いて、スキルの真相を語りだした。
「あれは簡単に言ってしまうと『スティグマ』。標のようなものです」
「標だと?」
「我々は神に反抗する愚か者が現れるのも計算の内に入れていました。そこで考えたのがスキルというスティグマ。このスティグマがある存在は我々に反抗出来ないようにしたのです。いえ、言い方を変えましょうか。劣等種は我々に攻撃することができない」
「何……!?」
「やれやれ。理解の低い劣等種はこれだから困ります。もう一度言いましょう。この世界は、我々神に勝てない。この世界の全ての事象は我々に通用しない。剣術・体術・魔法・近代的武器。この世界で発現したものは、理を超えている私たちには通用しないのです」
スキルがあるから、俺たちは目の前の存在に勝てないっていうのか……?
だが、俺には今、スキルがない。といっても……ゲイリスには剣以外何も効かなかった。それなら、剣が無くなったら……あいつらに勝てないってことなのか……!?
推測で物事を語ることしかできないが、サマリの話や俺自身のゲイリスとの戦いから想像してしまうこれから先の結果は……あまり考えたくない。
だが、諦めるわけにはいかない。リーベルが俺たちに期待してくれているのなら、俺たちは出来る限りのことをしてみるつもりだ。
「そんなこと、百も承知なのよ! だからって、諦められないの!」
敵わないと知りながらも、サマリが魔法陣を作り上げる。
「そうです。私はケイさん達に希望を見出した。その希望は、あなた方という絶望を打ち砕く銀の弾丸になる!!」
リーベルも二人の神をキツく睨みつける。彼女には絶対に打開策がある。
そうじゃないと、俺たちに世界を救うお願いをした意味がない。
メアリスはため息をついて肩をすくめていた。
「劣等種は学ぶってことをしないんだよねえ……。リーベルちゃん。アンタもそんな劣等種なんて捨てちゃってよ」
「メアリス。あなたはこの世界を実験台にし過ぎた。私たちの干渉は、この世界に不要なものだったのに……!」
「はぁぁぁぁぁ……。創造主が何したっていいでしょーが。例えば、すっごい金持ちな奴らにコンプレックス増々付加してみたり、びんぼーな奴にすっごい能力つけさせて、他の貧乏人に疎まれてその短い一生を終えさせたり……。そういう理不尽を作り上げるのが楽しいんだよ。ケイくんだって楽しかったでしょ? モンスターに囲まれた村で常に死の危険を感じながら戦った結果、あなたはクッソ強くなったの。私が作り上げた世界じゃなかったら、キミはきっとあの貧相なボロ村で生涯を終えてたんだろうなー。ねっ? 可能性は無限大でしょ!」
「それが原因で世界が歪んでしまっても……ですか?」
「じゃあ歪んだソースってあるんですかー? なんかしょーこでもあるんすかー? 歪んだって、結局は結果論じゃん。この世界は、これが正義であり、正史なのよ」
「『正史』……ですか」
リーベルがフッと笑う。そうか。本来リーベルが介入しなければ、リアナがいた未来に進んでいたんだ。
その未来を、メアリスとマーティスは知らない。いや、知るはずがない。それを馬鹿にしているのだろう。リーベルは。
「はいっ! 反論ないから私の勝ちーっ!」
この世界がすでに変わった結果だと知らないメアリスが勝手に勝利宣言をしている。
今、この瞬間だけ、メアリスは哀れな道化だ。
一方、マーティスは涼しい顔を崩さずに、俺に視線を向け、それからリーベルへと移した。
「ゲイリスを殺したようですね……。その剣は天界から盗みだしたものですか? リーベル」
「……そうです。いつか、あなた達に対抗するために」
「それが『今』というわけなのですか」
神を殺した剣。頭のいいマーティスはそれを十分に警戒しているようだ。
「しかし、劣等種にそれが使いこなせますかな?」
明らかに見下した口調。そろそろ決着を付けよう。
俺は剣を構えて、マーティスに向き合う。
「使いこなせるさ。俺はゲイリスを殺せたからな」
「ふーん。ま、ゲイリス程度でイキってもらっちゃ困るんだよねえ。アイツ、一番弱いやつだったから♪」
横槍を入れるメアリス。
遊び――こちらは殺し合いという緊迫とした状況なのだが――に飽きたのだろう。
彼女は俺たちから後ろを向いて手を振る。
「マーティスがそんな朽ちた剣に負けるわけないでしょ? さて、アタクシは天界に戻ろうかしらん? 後はよろぴこ。マーティスちゃん」
「天界……そんな場所があるのか」
天界に興味を示した時、リーベルが俺にしか聞こえない小さな声で話した。
「ケイさん。あなたはメアリスを追って下さい」
その提案は疑問が残るものだった。マーティスをここに残してメアリスを追えば、待っているのは敗北しかないじゃないか。
現状、神は俺の持っている剣でしか対抗できない。それは神も、俺自身もよく知っているはずだ。
だが、リーベルの表情は変わらず真剣だった。
「……何か秘策があるってことですか?」
「ええ。私を信じてください。マーティスはこちらで決着させます」
「……分かりました。リーベルを信じます」
だが、天界の場所は一体どこに……。
その時、俺の脳内にイメージが送られてくる。それは前に見た精霊の森。
魔力が溢れているあの場所……。そうか、そこが天界に一番近い場所だったのか。
「何のことかわかんないけど、ここは私達に任せて。後輩くん」
サマリがグッと真剣な顔つきで俺を送り出す。
彼女がいたから、俺は今まで戦ってこれたんだと思う。だから思わず、彼女の手を握ってしまう。
「えっ」
俺の行動が予想外だったようで、彼女はポッと顔を赤くする。
そんな単純な君が、俺は大好きなんだ。
「サマリ……俺は絶対に生きて帰る。だから君も……生きててくれ」
「……うんっ!」
「感動的、と言えばいいんでしょうか? その愛する心というのは、劣等種が単に種族を繁栄させるために起こる不快なプロセスでしかない。性行為をするためのまやかしに過ぎないですよ」
「勝手に言ってろ。例えそうであっても、俺たちは前に進む。この感情に偽りはないからな」
「さっ、ケイさん! 早く向かって下さい!」
「私が簡単に行かせるとでも?」
「攻撃が効かなくても目くらましにはなるでしょ?」
俺の周りには、今まで一緒に過ごしてきた仲間がいる。
彼女たちはいつも俺の助けとなり、かけがえのない存在だ。
信じているからこそ、俺は振り返らずに前へと進んだ。
後ろで聞こえる戦い合う音。普通じゃ敵わない相手だ。だが、俺は信じていた。
彼女たちはマーティスに勝つと。
精霊の森。そこは前と変わらず異様な雰囲気を醸し出していた。
前に来たのは何でだったか……。いや、今はそんな感傷に浸っている場合じゃないな。
リーベルから渡されたイメージはこの剣をかざせばいいんだったか。その通りに、俺は剣をかざす。
剣はそれに応え、空気中の魔力を吸っていく。剣のきらめきが戻ってくる。そして、その剣の光に導かれて上へと続く階段が作られていく。
階段は様々な色に染められ、心が洗われるような気さえする。
神秘的、と言えばいいのか。とにかく、この世のものではない。そんな気がした。
この階段を登れば、メアリスがいる。彼女を倒し、この世界に自由を取り戻す。
それが俺の目的。
思えば、村でモンスターを退治していた時はこんなことになるとは思っていなかった。きっかけは、村にお金が入るからってことでステル国に入隊したからか。
その時から、俺の運命は決まっていたのかも。
そこからアリーを助け、サマリに出会い、ユニなんてモンスターとも仲良く慣れた。
隊長を救うことができなかったのは残念だった。もしかしたら、彼女も救える未来があったかもしれない。
自分自身の能力に恐怖を覚えたこともあった。けど、出会ってきた仲間のおかげで大切なことに気付かされたっけ。
魔王を倒し、モンスターと人間の交流も増えてきたこの世界を、俺はこれからも見たい。だから、この世界をおもちゃにする神を潰す。
階段を登りながら、俺は今までの記憶を振り返っていた。楽しい記憶ばかりじゃなかったけど、全て自分を形作ってくれた大事な記憶だ。
天界にたどり着く。やはり神というだけあって、白一色で、余計な色が存在しない。無駄を省き、効率的な建築をしており、威厳のある格式が俺のいた世界とは全く異なる場所にいることを実感させた。
「……リーベルの導きでここまで来たってわけ?」
いつしか、目の前にいたのはメアリスだった。
彼女は明らかに不快そうに椅子に座る。その椅子も、空中に浮いてどことなく異世界を思わせる。
「ああ。お前を殺せば、この世界はようやく自由を取り戻せる」
「取り戻した先に地獄が待っているとしても? 正直言って、アンタら劣等種にこの世界を構築していくことは『不可能』よ」
「かもしれないな」
肯定する。メアリスの言う通り、この世界の住人たちは、今は平和に向かって団結しているが、また争いを起こしてしまうかもしれない。それが原因で世界が滅びてしまうことも……考えたくはないけど、あり得る。
だけど……。
「うっそぉー。そこ肯定するわけぇ? じゃ、何でアンタはこんなところにいるのさ」
「俺たちが滅びようと、繁栄しようと、それはこの世界の『自由』だからだ。少なくとも、お前らのような神が『自由』を決めていい理由にはならない」
「私たちなら、ある程度のスパイスと甘味を合わせて、この世界を存続させることなんてお茶の子さいさいなのよ? 時にはアメのようにギャグを……時にはムチのようにシリアスを……。私がいるから、この世界は『生きていける』」
「管理された世界なんて、少なくとも俺はごめんだね。それにリーベルから聞いたぞ。お前たちは『管理』したいがためにめちゃくちゃやったってな」
「ふーん。それもどーだか。騙されてるのはアンタかもしれないよ?」
「ここに来た時点で、俺の決意は変わらない。もしリーベルが俺たちに牙を剥くようなら……リーベルだって倒す。それが俺の決意だ」
「……調子に乗っちゃって。ま、ここまで来てもらったんなら、残るは『死』しかないけどね」
メアリスが椅子から離れて立ち上がる。彼女もいよいよ本気を出す、そういうことなのだろう。
俺も持ってきた剣を構える。この剣で全てが決まる。
俺はメアリスに向かって剣を振り下ろす……が、メアリスの予想以上の素早さで俺の攻撃は外れてしまう。
俺はメアリスの動きを目で追う。背後に回った彼女は躊躇なく手刀をかましてくるが、俺はそれを剣の腹で受け止める。
「へぇ、少しはやるんだねぇ。お姉さん関心しちゃうわー」
「当たり前だ……! どれだけの敵と戦ったと思ってる?」
「でも、ざーんねん。私は『神』なんだよねぇ」
戯言を聞く暇はない。俺は目にも留まらぬ速さで剣を薙ぎ払い、彼女の右腕を切り落とした。
血は出ない。それは神だからか。それとも別の理由があるのか。
メアリスは意外そうな表情で切断された自分の右腕を左手で持った。
「……まさか、ここまでやるとは思ってなかったよ。スキルがなければ何もできない劣等種のくせしてさ」
メアリスは神だ。だから、何事もなかったかのように右腕をくっつけてしまった。
攻撃はできる。けど、まだ決定的な何かが足りないというのか?
「ちな、私を殺しちゃったりしたら、この世界では一生スキルなんてクッソ便利な能力が失われてしまうんだけれど……その辺はオッケーなわけ?」
「この世界にスキルなんて必要ない。必要なのは……人の生きていく意思だ。モンスターと人間が手を取り合って生きていく。それがこの世界の意思なんだよ」
「全世界の多数決を取ったわけでもないのによくそんなこと言えるねぇ……。私が授けたスキルという名のギフトに喜んだ存在もいるかもしれないってのに」
「不要なんだよ。そもそも。この能力は不幸を生み出す。こんな能力に頼らなくても、俺たちは生きていける」
「どうしてそんなこと言えるのさ? 見てきたってわけ? スキルという唯一性がなく、没個性でレベルアップも感じられない怠慢でつまらない世界を」
「――もう、自分のやってきたことを正当化するな。メアリス」
「ひっ!?」
凄んだ俺の表情がそんなに恐ろしかったのか?
メアリスは恐怖に引きつった表情で尻もちをつき、ガタガタと震えていた。
ゆっくりと歩き、メアリスに近づく。もう、彼女は戦意を喪失しているように見える。
「お、お願いですっ! 殺さないで下さい! な、何でもしますから――」
「これで終わりだ……! メアリス!!」
「――なーんて、いつもとちょっと違う仕草をしたら人気出るってこと、知ってた?」
「なっ――」
決して油断していたわけではなかった。むしろ、俺は全力でメアリスを仕留めようとしていた。
だが、メアリスは俺の予測を大きく上回っていた。そう、彼女が尻もちをついた理由。
それは彼女の行動にわずかに時間ができるからだった。立っている状態と、地べたに座り込んだ状態だと、剣が自身の頭部に振り下ろされるまでの時間が違う。
彼女はその時間に勝機を見出していたのだ。
彼女の力によって、俺の振り下ろされていた剣が止まる。
力を込めてもそれより下に下がらず、まるで凍らされたかのように固くなっていた。
「こうやって相手を油断させて罠に嵌めるの、サマリんがやってたんだよねえ。私も一度試してみたくなったけど、案外引っかかるもんだね、これ」
「く……くそ……!」
「アンタはこの剣が最後の希望だと思っているようだけど、まさしくその通り! この剣が壊れちゃったら、もうアンタに抵抗できる手段はナッシング。つまり、ゲームオーバーってわけ。アンダースタンディング?」
俺の答えを待つまでもなく、メアリスは俺の目の前で剣を破壊した。
「一度動きを止めちゃえば、こんなの簡単だよねえ。だって私は神なんだから」
「な……何だと……?」
「はい、これが現実。君の視点じゃあ……アニメや小説だとバッドエンドってところかな? 私には大団円のハッピーエンドだけどねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「くっ!」
悪あがきか。俺はメアリスを殴る。彼女の腹に拳をめり込ませた感触はあるが、彼女は全く意に介さない。
「どうどう? 自分の力で世界に平和をもたらしそうになったけど、実際は惨めに敗北する気分は? 後学のためにお姉さんに教えなさいよー」
「ふざ……けるな……!」
「ふざけてなんていませーん。お姉さんは至って真面目でぇーっす」
こんな奴に俺の世界はこれからも弄られ続けるのか……?
こんなところで……諦めてたまるか……!
「こんなことしても、私はつまんないからもう殺すよ? いいかな?」
「殺されるつもりなんてない……! 俺は絶対に……!!」
「はいはい。辞世の句を詠む暇なんて、私は与えないのよ。じゃ、死んでね☆」
最後の力を込めて俺は拳を握る。
敵わないなんて考えない。俺がどうなろうと、コイツだけは……この神だけは殺す。
――そんな意思を、どこかの神が受け取ったのか、俺の視界は一瞬にしてメアリスから離れていた。
……高速移動? 俺にそんな力があったというのか?
そこでようやく、俺は誰かに体を抱きかかえられていることに気がつく。
「よっ、奴隷ちゃんは元気でやってるかな?」
「お、お前は……ヴィクター!?」
「名前を覚えててくれるなんて嬉しいもんだな。死人であっても」
どうして彼がここに……。死んだはずじゃあ、いや、本人自身が言っている。死人だと。じゃあ、彼は本当に死んだ人間の……。
「ここは天界だろ? 生きてる人間と死んだ人間が相まみえる唯一の場所でもあるんだよ」
「俺を助けてくれたのは……」
「いやあ、俺はそんな気はなかったんだが……アイツがさ」
「えっ?」
ヴィクターが指差す方向。そこには、本当は救いたかったあの人が目の前にいた。
「……ユリナ隊長」
「ケイ。久しぶりだな。あの時の傷はさすがに癒えたか?」
彼女は変わらず、涼しい表情で俺に微笑んでくれた。
罪を償ってほしかった。まだ、あの世界には彼女が必要だった。だけど、彼女は自らの死を選んで世界から姿を消した。
その彼女が俺の目の前にいる。
「どうしてあなたたちが……」
「私が死を選んだ時、『贖罪』とお前は言っていたな?」
「……はい。死を選ぶより、罪を受け入れて前に進んでほしかった……」
「それについては悪かったと思ってる。私のわがままで……キミには辛い思いをさせてしまった。だから、今がその時なんだ」
「えっ?」
「贖罪をする……罪を滅ぼすその時が」
意外なる人物の登場で面食らっていた俺だったが、それはメアリスも同じようだった。
彼女は舌打ちをしながら不快感をあらわにする。
「……ちょーっと不快なんですけど。勝手に天界に入ってくるんじゃねーよ。死人がよー」
「私と彼が思い描いていた世界を壊したのは……貴様か」
「ん? あー……モンスターと人間の垣根を越えようとしてたのを、私が邪魔してたんだっけ? だってそうなったら平和になっちゃうもの☆ つまんないじゃん」
「――だから、そんな貴様に復讐をしにきた」
「へぇー、死人が口を開くってのもおかしな話だけどさ、あんたら二人が加わったところで何の意味もないんだよねえ。だって私は神で、その剣が壊れた今、無敵の存在となったのだから」
「ケイ。これを受け取れ」
メアリスの文句を無視し、ユリナ隊長は俺に光の玉を手渡した。
暖かい。それはまるで人の優しさに触れたときのような、なんとも言えない、安心する暖かさだった。
「この光は、人の意思が込められている」
「人の意思?」
「あの世界で犠牲になった人々の平和を願う強い思いだ。ケイが頑張ってくれたおかげで、私たちは一つにまとまることができた。だからこそ、ここまで強い想いが生み出せたんだ」
「そう……なんですね」
「ありがとう、ケイ」
「隊長……」
「キミのおかげで、私は救われたんだ。私が死んでからも……真実を探してくれた。私もそうすれば良かったかもしれない。と、今言うのは遅いかな」
「そんなこと――」
「さあ、決着をつけるんだ。早くあの世界を平和にしてくれ」
ユリナ隊長に言われて、俺は再び立ち上がる。
さっきまで脳内を過ぎっていた敗北の二文字は、今はない。
何故だろうな。状況は変わっていないのに、暖かい気持ちでいっぱいだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ? ズルなんですけどー? あり得なくない? ご都合主義ここに極まりって感じだろうが。こんな展開、絶対に認めないっての!」
「ご都合主義なんかじゃない」
「何言ってんだテメー?」
「この光は今までケイが平和に向かって努力してきた結果の結晶だ。彼が生きて、戦い、選択し、積み上げてきたものがここにはある」
「……嘘でしょ? こんなありきたりな展開で神が死ぬっての?」
「嘘じゃない。メアリス、お前はここで終わりだ。お前の言葉を借りるなら……負のご都合主義はここで終わりだ。これからは俺たちの主義でやらせてもらう」
光が形を変え、新たな剣が生成される。これは今までの古い剣じゃない。神に抵抗するために俺たちが……この世界が作り出した神を殺す剣だ。
柄を握りしめる。それだけで、犠牲になった数々の命の想いが溢れ出てくる。
そう、俺たちはこの犠牲者を心に刻みながら前に進む。そうして、平和を掴む。
剣の不思議な力だろうか。メアリスは体を拘束されているようで、一歩たりとも動くことができない。
「ふ……ふざけんな! もう……神は私一人しか残ってないってのに!」
マーティスは無事にサマリたちが決着をつけてくれたようだ。
だが……多分……リーベルも犠牲に……。
一瞬だけ、リーベルに思いを馳せ、それから、俺はメアリスを睨みつける。
「これで終わりだ……この世界は……今日ここで、お前らの支配下から抜け出す!」
剣を振るう。それは、今まで握った剣のどれよりも軽く、そして重い一撃だった。
真っ二つにされたメアリス。彼女の体が光の粒子となって消えていく。消滅を意味していた。
「こんなことが……だから……リーベルは殺しておくべきだって……言ったの……に」
最後の言葉を残したメアリスは、そのまま消えていなくなった。
住む神がいなくなったからだろうか。同時に、天界が崩れ始めた。
「さて、私達の用は済んだな」
「ユリナ隊長。俺は……」
「もう君と交わす言葉はない。なぜなら私はもう……死人なんだからな。必要以上の言葉は不要だ」
「……ありがとうございました。感謝します」
もう言葉のやり取りもないユリナ隊長。彼女は俺に背を向けながらも、手をかざして応えてくれた。
ヴィクターも同じく隊長と一緒に帰っていく。
あの二人がいなかったら、俺は神に勝てなかった。本当にありがとう……。
……だが、新たな問題が浮上する。俺はここからどうやって帰ればいいのだろう。
その時、メアリスによく似た姿の少女が俺の裾を引っ張った。
……いや、違う。あの姿はメアリスの本当の姿じゃない。この姿は……サマリの妹の……。
「こっちです。お兄さん」
「あ、ああ……」
ネクロマンサーが偽った姿や、メアリスが化けていた姿は見ていたが、彼女の本当の姿を初めて見た。
彼女はサマリの妹らしく活発そうな印象があるが、何故かサマリよりしっかりしている印象を受ける。彼女はサマリより幼いのに。
いや、サマリがあんなんだから、彼女がしっかりものになったのか?
「ここから地上に戻れるはずです。ただ……」
「ただ?」
「想像を絶する痛みが伴うかもしれません。生きて帰れたとしても、その後、元と同じ生活ができるかどうか……」
「それなら安心してくれ」
「え?」
「俺は死なない。サマリ……いや、君のお姉さんと、俺は生きていく」
「ふふっ。おねーちゃん、お兄さんを困らせてばっかりですよね? ごめんなさい。私がいたら、少しは窘められるのに」
「気にしないでくれ。あれでも結構楽しく暮らせてる」
「そうですか。なら、良かったです。でもおねーちゃんに言っといて下さい。あまりお兄さんを困らせないでって」
「ああ。分かったよ」
見下ろすと、俺が生きてきた世界が広がる。
ただ落ちるってわけではなさそうだけど、やっぱり痛いだろう。
俺が駆け上ってきた階段は天界が崩壊してきた時に同じく崩れ去ってしまっている。
「じゃあ、俺は行くよ」
「はい。気をつけて――あっ」
「ん? どうした?」
「おねーちゃんを、よろしくおねがいします」
「もちろんだ。こんな形だけど、キミと話せて良かったよ」
そうして、俺は元いた世界へ戻っていった。
後輩くんがメアリスを殺すために天界に向かってから、早一年が過ぎました。
結局、後輩くんが帰ってくることはなく、私はずっと待ち続けています。
神がいなくなった影響は感じられない。ただ、みんなの間で不思議な力……スキルが使えなくなったことはちょっとした騒ぎになったかな。
でも、それで得をしてた人もいれば、不利益を被っていた人もいるわけで……。世の中はスキルがなくともなんとか回ってるみたい。
後輩くんは未だ姿を見せてくれない。誰も、彼が世界を救った事実を知らない。
だけど、時折聞こえてくることがある。名もなき村人がこの世界を救ったのだと。
私はその村人が後輩くんだと知っている。だから、言いふらそうと思った。
でも、ステル国はそれを許さなかった。あくまで『ケイ』は死んだものと扱われ、名前を公表することすら拒んでいた。
一応、『名もなき村人』は勇者の称号を得て、銅像まで建てられるほど神格化されている。
……今日の私は、後輩くんがどこか遠くへ行ったのだろうと思って、こうして手紙を書いている。
後輩くんへ。アリーちゃんはあのまま順調に成長して学校で頑張ってるよ。
ユニちゃんだって、モンスターと人との調和を目指して頑張ってるし……。
え? 私? 私は……えへへっ、恥ずかしながら、あなたの活躍をまとめています。
今日、その活躍をまとめたものが完成するの。本だよ。本にしたの。
だって、後輩くんの活躍を知らない人が多いんだもの。後輩くんは世界を救うという凄いことをやってのけたのに、実際に評価されているのは見知らぬ村人、他人が思い描いた理想の勇者で、架空の存在なんだもん。
……いろんな人に後輩くんの話を聞いて本にまとめるのは大変だったよ。だって、後輩くんが一人で行動してる時って何考えてるのか全然分からないんだもの。
あーあ。後輩くんがいれば、この本は完璧になるのになー……。
でも、こうして事実をまとめることで後輩くんがいかに頑張ってたか、分かったんだ。
やっぱり凄いよ後輩くんは。私なんて……全然役に立ってなかったよね?
「……後輩くん。どこにいるの?」
誰かが答えてくれると思って、私はコトリとペンを机に落としてぼんやりとつぶやいた。
……ステル国は後輩くんが死んだものと扱っているけど、私は信じない。彼が簡単に死ぬわけがないのは、私がよく知ってる。
それに、私に約束してくれた。絶対に生きて帰るって、約束してくれた。
それなのに……どうして姿を見せてくれないの? 私に顔を見せてよ。そうして、一緒に暮らそうよ……。
それまでに私ができることと言えば、こうして彼の活躍を本にして出すこと。
ステル国という事実をひた隠しにする国なんて当てにならない。私だって、戦えるってところを後輩くんに証明したい。
そして、再会した時に褒められたい。よくやったねって、頭を撫でられたい。
「……よし」
本なら、真実を記述することができる。
私一人が街頭に立って喋っても頭がおかしい人にしかならない。けど、こうして文章にまとめれば、説得力は増す。
私は、真実が語られるための抵抗を歩みだした。
最近は外に出る機会もそんなにない。専ら、ギルドでお金を稼ぐこと、買い物すること、そのくらいだろうか。
でも、ギルドでお金稼ぎも滅多にしてない。モンスターが沈静化したため、討伐依頼なんてそうそう出てくることがない。今のギルドは警備を主としている。また、モンスターに限らず、人間の悪人に対しても討伐依頼が出るようになった。
それに、家にこもっているだけなら、意外とお腹は減らない。だから、お金を使う機会もない。
今まで頑張ってた分、私は今、休めている。
五日ぶりの外の空気を吸い込んで、家の中が淀んでいることが分かった。
少し換気しないといけないかな。確かに、気持ちまで沈んじゃうよね。
私は本を量産し、売るために本屋を尋ねる。
確か、私の家からだとそう遠くない場所にあるはずだ。もうっ、あんまり外に出ないから本屋の位置も忘れかけちゃってるよ。
「後輩くんのせいだぞー……」
声に出して見るけど、かすれた声しか出ない。
意外にも、私は会話すらままならないほどだったのかと気付かされる。
みんな、別々の道を歩み始めてる。だから、昔ほど会話することもなくなった。
……違う。私自ら拒んだんだ。みんなと話していると、どうしても後輩くんの影がちらついてしまう。
それが苦痛だったから、私はみんなから離れた。
あははっ、なんだ。私のせいだった。ごめんね後輩くん。
そんなこんなで本屋にたどり着いた私。よくやったぞ。今日はごちそうだ。
……から元気でも、ちゃんと体に活力が湧いてくるものだと思った。
本屋のドアを開けようとする。けど、そこで私を呼び止める声がした。
「待て」
「……何ですか?」
面倒くさいけど、振り返る。そこにはステル国の兵士が立っていた。
「お前、サマリ・コーフィスアだな?」
「だったら何だってのよ」
面倒がないように一応肯定しておく。
身元の確認ができた兵士は、次に私が持っている本に興味を持ったようだった。
「その手に持っているものは何だ」
「何でもないわ。あなたのような国の奴隷には関係ないことよ」
「見せてみろ」
兵士がその本に手を伸ばす。
「――いやっ! 離して!」
もちろん、私は抵抗する。魔法でも使おうと考えたけど、そんなことしたら、私は殺人犯になってしまう。
本を離さまいと必死に抵抗するけど、ろくに動いていない私は一年前のような力は失われていた。
兵士は私の本をパラパラとめくり、中身を調査している。
「……ケイは死んだと何度も言っただろう」
「死んでなんかないもん」
「何故そこまで彼にこだわる?」
「後輩くんは死なない。私には分かってるの」
「まったく、これは一度城へ連れて分からせてやる必要があるな」
「……は? 何をするつもり?」
「とにかく来い。お前を連行する」
真実を伝えるのがそんなに悪いことなの?
きっと、私は処刑されるのだろう。国家侮辱罪とかなんとか、適当に罪状をつけられて。
観念するしかないのだろうか。かと言って、今の私じゃ多分、兵士にも勝てないかもしれない。本を奪われないように抵抗した時、気がついた。私の力は確実に落ちている。
おとなしく着いていく意思を見せたのが意外だったのか、兵士は面食らいながらも私に手錠をかけ、連行していく。
お城に着き、私が連れて行かれたのは王を間近で見られる謁見室だった。
一年前だったら、私は仲良く王様と喋れたのだろう。
でも、今は悪態をつくまでになってしまっている。
「あっ、サマリお姉ちゃん……」
懐かしい声が耳に入ってきたと思ったら、謁見室にはアリーちゃんがいた。
彼女も何らかの抵抗をしてここに連れられたのだろうか。
「アリーちゃん……」
「久しぶり、だね。こんなところで会うなんて思ってもみなかったけど」
一年ぶりに見た彼女は一回り成長していた。体も、心も。
私は逆に退化したみたい。これじゃお姉ちゃん失格かなあ。
「えへへっ……アリーちゃんはおっきくなったねぇ」
「私語は慎め。王がいらっしゃるのだからな」
「……どうせ、何を言っても私達を殺すつもりなんでしょう?」
「そうなるかどうかは、王が決める」
一瞬の緊張。そして、これから私の罪状を決める王が現れる。
王は玉座に座り、私とアリーちゃんの顔を一瞥した。
「……調子はどうかな。サマリ」
「すこぶる悪いですよ。王様」
「そうか……。まあ、そうだとは思っていた」
「王様。聞きたいことがあります」
「何だ……というのは愚問か」
「どうして後は……ケイのことをひた隠しにするのです!? 彼は世界を救った英雄なんですよ!? そんな彼の活躍を……どうしてなかったことにできるんですか!!」
「サマリ……辛かっただろうな」
「何を言ってるんですか!? ううん、もう敬語はいいや。ステル国の国王! あなたは今までに後輩くんに助けられた恩をそんな形で返すの!? 後輩くんは……後輩くんは……」
ああもう! 言葉にならない。
今までろくな会話もしなかったからかな。もうちょっと話せばよかったな。
王様は依然として口をつぐむ。自分が悪いことをしていたという自覚はあるようで、その表情に迷いが見える。
だったら、最初から後輩くんの活躍を広めればいい話だった。それなら、後輩くんは誰の記憶からも残り、忘れられることはないだろう……死んだとしても。
「――っ!?」
今、私は何を考えていた?
後輩くんが死んだ? あ、あり得ないよ。そんなことを考えて……私はなんてひどいことを……?
「サマリ……私としても、彼の活躍を後世にまで広めたいという想いはあった」
「だったら……だったら何故!?」
その時、アリーちゃんよりも懐かしい声が私の耳に届いた。
最初は幻聴かと思った。けど、違う。
私の目に、ちゃんと映ってる。ずっと待ち焦がれていた、あの人の姿が。
「後輩……くん?」
「よっ、サマリ」
「え……嘘。本当に……?」
「本当だよ。ただいま、サマリ」
目の前の後輩くんは私に向かって歩いてくる。
私も待ちきれなくて、立ち上がって彼の元へ走る。
そうして、私は後輩くん…………もう、やめよう。ケイくんの体に抱きついたのだった。
体の温もりは変わってない。あの日のままだった。
本物だ……本物のケイくんがここにいるんだ。
もっと彼の温もりを感じていたいから、私は彼の体をギュッと抱きしめた。それに応えてくれるケイくんも、私を強く抱きしめてくれた。
「ケイくん……! 私……私……ずっと待ってた」
「ああ……ごめんな。会えなくて」
彼が私の頭を撫でる。ああ、待ってよ。私、まだ何もできていないのに。
そんなご褒美はまだ早いよ。
「公表できなかった理由、それはケイが生きていたからだ」
「生きていたから……? どういう意味ですか?」
言葉にならない私の代わりに、アリーちゃんが王様に話を促してくれる。
「彼が世界を救った日、彼はこの城にボロボロの姿でやって来た。すぐに治療が必要だと判断した私はこの国の医療を結集させて彼を救った」
「ありがとうございました。俺、ちょっと危なかったですから」
「彼が治療されている時、私はその後のことを考えていた」
「その後? けーくんが生きて、私やサマリお姉ちゃんたちと暮らすのではいけなかったのですか?」
「……彼は世界を救うほどの力を持つ。つまり、この世界では行き過ぎた力を持ってしまっている。あの日時点では重宝された力だが、平和になった世界ではどうだ? ケイの存在を疎ましく思う者は必ず現れる。そして、彼の力を利用しようとする者もな」
「確かに、けーくんが世界を救ったとなれば、今度はけーくんが混乱の種になるかもしれませんけど……」
「だから、私はケイを殺すことにした。世間的にな。ユニに協力してもらいつつ、彼を殺したことを全世界に通達させるのには、一年間という長い歳月が必要だったのだ。そして、世界を救った英雄は別に存在させた。架空の存在を立たせ、その人物が死んだことにすることで、世界はケイを受け入れる準備を整えたのだ」
ああ……王様はそこまで考えて一年間我慢したんだ。
私とケイくんを会わせるのを。……私ったらとんでもないことをしようとしてたんだね。
王様の計画を潰すような、ひどいことを……。
「サマリ……本当に悪かった」
「ううん! こっちこそごめんね! 私……私……バカだから気づかなかったよ……」
涙ぐみながら、嗚咽混じりに、私はケイくんと会話する。
「そんなことないさ。そういうところが、俺は――」
その時、ケイくんの唇と私の唇が触れ合った。
こんなこと、一年前は想像すらできなかった。心臓がときめく。これ……夢じゃないよね? 本当の出来事だよね……?
というか、夢だったら怒るよ。ホントに。
幸せな気持ちに浸りながら、私は王様とケイくんの話を聞いていた。
「ケイ。本日から拘束を解こう。自由に暮らすんだ」
「ありがとうございました。こんな長い時間匿ってくれて」
「気にしないでくれ。この程度で世界を救ってくれた恩を返せそうにないからな」
「十分ですよ」
「時にケイ、これからどうするのだ?」
「……やっと平和になった世界です。俺は旅に出て確かめたい。世界が平和になったその空気を」
旅? ケイくんは旅に出るの?
だったら私も――と思ったら、ケイくんは私を見つめていた。
「もちろん、一緒に来るよな? サマリ」
「……も、もちろん!! 当たり前だよ!」
「はいはい。サマリお姉ちゃんが幸せそうで、アリー、大満足ですよー」
ちょっとばかり妬いているのか、アリーちゃんは少し不満そうに口を尖らせる。
ごめんね。アリーちゃん。
「アリー。お前はどうする? 一緒に来るか?」
「ううん。私は学校があるし。それに、いつまでもけーくんに頼ってられないからね」
サマリお姉ちゃんの邪魔をしたくないし。
アリーちゃんはそう言いながらいたずらっ子のように笑った。
「そっか。だけど困った時はちゃんと頼れよ?」
「うん! 分かった!」
私はケイくんの手を握る。そうして、一緒に階段を降りる。
「じゃあアリー、行ってくる」
「うん。お土産、楽しみにしてるからね! お姉ちゃんも、けーくんに迷惑をかけないように気をつけるんだよー?」
「う……わ、分かってるよ。もぅ……ここに私の妹がいたら言いそうなことを……」
この世界に争いを生み出す神はいない。これからは、私たち一人一人の意思で世界が動いていくんだ。
その一歩を、私たちは踏み出す。
私たちの新しい人生が、ここから始まる。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。
一度、まだまだ本編は続くのに完結済みにしてしまった(なろうの仕様で、完結済みにすると『完結済みの連載小説』の欄に作品が載るんですが、その掲載が一回きりになってて、二回目以降『完結済み』にしても『完結済みの連載小説』は載らない・更新されない仕様となっているんです。まあ、読者にとっては何の関係もないことですよね)頃から若干テンションが下がりつつ小説を書いていたのですが、なんとか完結させることができました。
最後を書くのに難儀して、結局二年も放置してしまったので、どのくらいブクマが減るのかある意味で恐ろしくも楽しみですけど、まあ、二年も経ってしまってますからね……。
あまりブクマの数とか、この作品は気にしてないです。
『今更更新されてもなあ……』という人もいるでしょうからね(というか大半そうでしょう)。
また別の作品が投稿された時に会えたら嬉しいですね。その時はまたよろしくおねがいします。




