※魔物の世界とサマリの迷い
お待たせし過ぎました。投稿が大分遅くなって申し訳ございませんでした。
ここから約4万文字まで(話数で言えばこれを含め残り二話)は二年前にすでに書いていたものとなっております。
ただ、それ以降、最後の部分がどうしても書けなくて半ば諦めていました。
ですけど、ここまで続けたからには完結させたいと思い、頑張って最後の2万文字を書きました。
最後の一話はダイジェストっぽくなってしまっているかもしれませんが、どうかご容赦下さい。
今日の天気は快晴。私の心を明るく照らすかのように、天気は元気に私を照り返していた。
少し蒸し暑いかもしれない。いつものローブで支度したけど、もう少し薄着にしたほうが良かったかな。
でも、魔界は寒いかも知れない。初めて足を踏み入れる魔界だから、どう準備すればいいか分からなかった。
アリーちゃんや後輩くんに別れを告げ、合流場所で私は一人待っている。
誰かと会話しないで迎えを待つというのは、結構つまらないものなんだなと理解した。
せめて、誰かがいれば色々と盛り上がって楽しめるんだけど。
……仕方ない。
何度も読み返したせいでくしゃくしゃになった紙を広げ、更に読み返して暇つぶしをする。
リーダーから貰ったこの紙に書かれていることは、私の同胞が魔界にいるかもしれない。単純に言えばそれだけだけど、当事者の私は単純に物事を片付けることはできない。
私が暮らしていた村はモンスターの襲撃によって壊滅。私だけが生き残り、このステル国に拾われた。
もし、生き残りがいたのなら、私の本来帰るべき場所は魔界ということになる。
……私と同じような獣人がいるのだろうか。今は想像上の魔界に、想造したモンスターを配置することしかできない。
どちらの世界にも、私のような存在は珍しいことだろう。人間とモンスター。そのどちらの特性を持った種族。それが私なのだから。
「……お前がサマリだな?」
暗証できるくらい読み飽きた紙から、呼ばれた方向へと目線を変える。
そこにはリザードマンが二体、私を見つめていた。
「そうだけど……あなた方は?」
「我々はユニ様のご命令により、お前を魔界まで護衛する者だ。準備は問題ないか?」
「そっか。あなた方がそうなんだね。私の方は大丈夫。行こう」
紙を乱暴にポケットへしまいこんで、私は二体のリザードマンの後ろをついていく。
特に会話なく、足だけが規則正しい音を奏でて進んでいく。
つい先日まで殺し合いしていたモンスターと、こんな仲良く歩ける日が来るなんて思わなかった。
これもモンスター側で一人奮闘していたユニちゃん。そして、人間側を引っ張っていった後輩くんのおかげだ。
彼としばらく会えないだろうと考えてしまうと、少し胸が苦しい。寂しいって言った方が正しいのかな。でも、どんなに辛い気持ちになっても、後輩くんのことを考えれば耐えることができそうだ。
そういえば、リザードマンはこのままずっと歩くのだろうか。
別に数日野宿でも私は大丈夫だけど、少し気になる。
会話らしい会話もないのもちょっと寂しい。いい機会だと、リザードマンと平行して歩きつつ私の方から口を開いた。
「あの……このまま歩くの?」
「ああ。安心しろ。しばらくすれば魔界と繋がっている『抜け道』がある」
「抜け道?」
「この世界と魔界を流通させるために、この世界のいくつかの場所を魔界と繋げさせてもらっている。我々はそこから来たのだ」
「へぇ……もうそこまで進んでるんだ」
多分、ユニちゃんが急いで整備しているんだろう。
彼女はこの日のために一人でこの世界で頑張っていたんだから。
これはモンスターにとって朗報だと思うだろう。しかし、リザードマンの表情は晴れない。
どこか複雑そうな表情を見せていた。
「……まだ魔界内でも混乱しているがな」
そうだよね。特に魔王に従っていたモンスターたちは今までやってきたことが全て無駄とされたんだから。
納得しないのもいるはずだよ。それはこの人間の世界でも同じだろう。そのために、後輩くんとリーダーが諸外国を巡るんだから。
私はリザードマンを安心させるように、少し呆れた口調で同調するように言葉を繋いだ。
「同じだよ。こっちも全部が全部仲良しってわけじゃないから」
「そうか……」
「身なりが違うだけで、中身はそう違わないのかもね。私たち」
「……かもな」
あ、会話が終わってしまった。
途中までいい雰囲気だったと思ったんだけどな。うーん……リザードマンの会話下手。
と思っていたら、今度はリザードマンの方から話しかけられた。
「お前……どっち側だったんだ?」
「どっち側? 何が?」
「お前は人間でもあり、モンスターでもある。そのどちらに味方していたんだ」
「私は……」
口をつぐんでしまう。私は人間の味方だったのだろうか。
……後輩くんやアリーちゃんと出会わなくても、モンスターによって村を滅ぼされなくても人間の味方であり続けたかどうかは分からない。
昔の私なら、モンスターに自分の怒りをぶつけていただろう。でも、今は違う。
「私は……後輩くんの味方だよ」
「面白い答えだな。……さすがは珍しい種族といったところか」
「え? 私のような種族見たことないの?」
「ああ。魔界でも獣人は珍しいんだ。いや、見たことがないと言った方が正しいのかもしれん。人間とモンスター、二つを兼ね備えた存在は……少なくとも俺たちは見たことがない」
「でも、ユニちゃんは人間に成れるよね? あれとは違うのかな……」
「あれは謂わば『擬態』でしかない。実際、ユニ様は人間の世界に溶け込めていただろう?」
この世界は私という存在がいたから、獣人の姿が珍しくてもそこまで気に留めていなかった可能性はある。
けど、確かにユニちゃんが変身した人間の姿はとても人間に似ていた。
ぱっと見、彼女がモンスターだとは気づかない。
「じゃあ……獣人の私は本当に珍しいんだ」
「……お前はどうしてそのような存在なんだ?」
存在。歴史なんてそんなに分からない。
だから、苦笑して分かっていることだけを伝えた。
「詳しくは知らないよ。でも、この姿は人間社会に馴染むために進化した姿だって聞いたことはあるよ」
「今ならまだしも、昔にモンスターが自ら人間社会に溶け込む努力をしたのか……?」
「そっちこそ、おとぎ話とかないの? 魔界が嫌だから人間の世界に逃げましたーみたいなの」
「いや、俺が知るところでは……ないな。魔王の政治に反対したモンスターが追放されたという実話ならあるが」
「そっか……。ねえ、魔王ってどのくらいからいたの?」
「かれこれ数百年に及ぶか……。そこら辺は、お前たちの世界が平和で無くなった時期と一致するはずだ」
うーん……数百年の間にこっちの世界に来たのかな、私のご先祖様は。
それでも魔界に残るって言ってた派閥がまだ生き残っている。
そう考えれば辻褄が合う……と思う。私の中でまだ自信が湧かないのは、村の中で一度もそのような話を聞いたことがないからだ。
噂話ってのもない。語り継がれていた話にもない。
そもそも、数百年で獣人族が栄えるのかな。もっと大昔に繁栄していないと、種族としての『社会』を作るのは難しいような気がするよ。
……私の妹の姿を模したあの女の子のことが気になる。
彼女はユニちゃんが私に教えてくれる前に、この情報を掴んでいた。
情報源は彼女から? それとも、単に私を惑わすために……?
彼女の目的が分からない以上、考えても前に進まないかな。
とりあえず、今は安全に魔界へ着くよう祈っておこう。
「……ここだ」
「なるほど……ここが『抜け道』ってわけ」
しばらく歩くと、リザードマンが立ち止まって、さっきの言葉を告げた。
リザードマンが指差す先にあるのは『抜け道』と言われた穴だった。
それは人間一人が通れるギリギリの大きさ。まあ、でっかく作った時にこっから攻め入られたら両世界ともたまったもんじゃないからね。
一応戦いは終わっているのに攻め入ることを考えてしまう。私がこう考えてしまうなら、他の人もそうなのだろう。
真の平和はまだまだ遠いんだなと考えさせられた。
「サマリは真ん中だ。先に俺が入り、次がサマリ。最後にもう一人が入る」
「守りは完璧だね」
「そういうことだ」
一体のリザードマンが穴の中へと入る。それを見届けてから、私もこの穴へと入っていった。
下に落ちていく感覚。それが終わった時、私はまったく見慣れない別の新しい景色を目撃することになる。
「――うわっ」
平衡感覚を取り戻した途端、バランスを崩してしまって地面に倒れてしまう私。
始めて魔界の地に手を触れたけど、地面は私たちのとそう変わらなかった。
天気の関係もあるだろうけど、ひんやり冷たい地面より立ち上がる。
そして、薄暗く濃い紫色の空と禍々しい家を見てしまった。家の形はまるでモンスターのように角が付いていたり、そもそもまっすぐ建っていないものもあったりと、建築方法が斬新すぎて逆に感動してしまう。
世界が違うだけで、ここまで建物の雰囲気が変わってしまうものだろうか。
「さ、ユニ様はこの先の城にいる」
「あ、ごめん。案内してもらえるかな?」
リザードマンは頷いて、再び先導し私をユニちゃんの元へと導いていく。
故郷に戻ってこられてリザードマンも余裕が出てきたのかな。心なしか、表情が朗らかになったような気がする。
観光気分で周りの景色を楽しんでいた私は、いつの間にか城の真ん前へと到着していた。
リザードマンが呪文を唱えると、私の身長を有に超える巨大な扉が音を立てて中へと開かれていく。
こんな大っきい扉、どうやって作ったのかな。やっぱりモンスターだから、そういうのは余裕なのかなあ。
「もうすぐでユニ様にお会いできるぞ」
「うん。そうだね」
「……あまり嬉しくなさそうだな?」
「え? そんなことないよ」
「本当にそうか?」
「うん」
リザードマンが放った何気ない一言。
心の中で隠していたユニちゃんに対しての気持ちが暴かれたような気がする。
実を言えば、私はユニちゃんと二人っきりでまともに話したことがない。
いつも、アリーちゃんが仲介にいたから楽しくお喋りが出来ていたように思える。
アリーちゃんがいない今、私は普段どおりにユニちゃんと喋れるだろうか。
……でも、私の方が年上なんだから、もし気まずくなったら私の方から話しかけないとダメかなやっぱ。
複雑な気持ちが整理できないまま、私はユニちゃんの場所へと一歩ずつ近づいていってしまった。
大きな城の中でポツンと一人。あるのは机と椅子と、机に溜まった書類。
ただっ広い空間で一人で作業をこなす。
私はそんな心が休まらないような場所で仕事をしている。
魔王がいなくなった今、ここで仕事できる人員は限られていて、さらに、私は魔王に反対して勝利を勝ち取ったリーダーのような存在だった。
だから、私はここで魔王の代わりとしてこの世界を導く役目を負わなければならない。
大きく欠伸をして、椅子の背もたれに寄り掛かる。
大きな仕事もとりあえず一段落して気が抜けたというのもあったけど、私は人間の世界で出会った仲間のことを思い出してしまった。
そういえば、手紙は無事にサマリさんの元へ届いただろうか。
最初は何とかしてアリーも連れてこれればと策を捏ね繰り回してたんだけど、やっぱりどう考えても彼女がこの世界に来る用事はない。
今の私の権限で無理やりすることもできる。
でも、そこまでモンスターたちの信頼を勝ち取っていないのもあるから、やっぱり駄目。
ようやく動き出した世界を、私自ら止めることになるのは避けなくては。
……少しだけ、気がかりなことがある。
サマリさんのことだ。サマリさんとは、面と向かって話したことが少ない。彼女と話す時は、いつもアリーと一緒だった。
言わば、アリーが私とサマリさんを繋ぐ絆のようなもの。友達の友達が訪ねに来て、私は普段通り接することができるだろうか。
扉が叩かれる音がする。これは私に用事がある時に使われる合図のようなもの。
「どうしたの?」
「はいユニ様。サマリを連れて参りました」
この地位に着く際に、私は『ユニ』としてこの世界を治めることを告げた。
これは私の大事な友人が付けてくれた名前であり、あの名前を使っていたら、過去の忌々しい記憶としていつまでも残ってしまう。
心機一転の意味も込めて、この世界でもユニとして生きていくことを決意したのだ。
「通してほしいの」
口調は未だ直らない。角が壊れてしまったから、いつまでたっても幼生のままだからかな。
この角を治さない限りは、私は多分、このままだろう。
ギィィと扉が開く。立てつけが悪いなあ。後で修理してもらおう。
開かれた扉から出てきたサマリさん。
微妙に緊張した面持ちで、私をジッと見つめている。
多分、私と彼女は同じ顔をしていると思う。私も心の中で緊張しているから。
「お、お久しぶりだねユニちゃん……」
先に口を開いたのはサマリさんだった。
彼女にしては珍しく、歯切れの悪い挨拶。それはまるで、彼女の妹がネクロマンサーによって復活した時の様子に酷似していた。
そういえば、彼女と出会ったのは二度目だったか。
最初はマスターの願いによって、彼女の記憶を封印する催眠をかけたのが最初の出会いだった。
……その時の彼女は、ケイくんと仲良くしている現在からすると考えられないくらい憔悴しきっていた。
無理もない。故郷をモンスターに襲われ、妹や親が皆殺しにされたのだから。
あれからケイくんに出会うまで、彼女は村の存在を忘れて生きてきた。
「あ……久しぶり、なの。サマリさん」
「では、我々は退散いたします」
「ありがとうなの」
ああ。行かないでほしい。更に気まずくなってしまう。
しかし、理由もなく引き止めるわけにもいかない。私は心の中で悔やみながら、笑顔を作ってリザードマンを下がらせた。
「……あ、サマリさん」
「どうしたのかな、ユニちゃん?」
「ずっと立っているのも難だし、こ、ここに座るといいの」
私は椅子を引いて、彼女に座るよう促す。
よ、よし。ここまでは大丈夫なはず。失礼なことはしていないの。
「あ……あぁ! そうだよねえ。ありがとーユニちゃん」
サマリさんは少し呆けた表情をした後、すぐに取り繕って私が促した椅子へゆっくり座った。
……うーん。どうもギクシャクしてしまうの。何とか仲良くなりたいのに……。
「ま、魔界はどう? サマリさん」
とりあえず話題を振って、何とかできないだろうか。
私は出来るだけ話題が続きそうなものを思い浮かべて、それを口にした。
でも、それは間違いだったかもしれない。彼女はモンスターに村を滅ぼされた過去がある。
だから、少しばかり抵抗もあった。この世界にサマリさんを呼ぶことに。彼女にとって大きなストレスにならないだろうか。
……でも、彼女の種族の生き残りがいるという情報を掴んだのも事実。これにサマリさんを呼ばないのも、何だか悪いことを秘密にしているみたいで嫌だった。
そんな様々な考えが頭を巡っている間、サマリさんは先ほどの問いに答えてくれた。
「うん……やっぱり暗いね。空が」
「そうなの。魔界ってそういうところなの」
「ねえ……私たちの世界に来て眩しくなかった?」
「ま……眩しい?」
「だってそうじゃない? ここって結構暗いのに私たちの世界は基本明るいじゃない。目がくらみそうだよ」
「……確かに、最初は眩しかったかもしれない、なの」
「あーやっぱり?」
クスクスと笑ったサマリお姉ちゃん。彼女は私と会話するために色々と話題を出してくれる。
そんな彼女に私は申し訳なくなってしまった。
……雰囲気は温まったかな。そろそろ本題に入っても良さそう。
「……サマリさん。まずは、この世界に来てくれたことに礼を言わせてもらうの。ありがとう」
「……うん。割と抵抗はあったんだけどね。でも、私個人の感情で動いちゃダメだから。それに、ユニちゃんからの手紙に気になったし」
まただ。サマリさんは決して『個人の感情』では動かない。少なくとも、私の前では『大衆』を気にしている。
自分の故郷を壊滅させた存在がウロウロいるこの世界で、彼女はどんな思いをしているのだろう。
心苦しいとは思うけど……本心のところは本人しか分からない。
「……そう、なの。実はサマリさんの種族の生き残りがいるかもしれない。そういう情報が私の耳に入ったの」
今はまだ本心を聞かない。いや、聞けないと言った方が正しいか。
「ねえユニちゃん。その情報の提供主は誰か分かる?」
「え? 特徴はこれといった報告は受けていないの」
「そっか……」
何かあるのだろうか。サマリさんは私の言葉を聞くといささか落胆した様子を浮かべた。
「あの……情報を提供してくれた場所なら分かるの」
「場所?」
「なの。サマリさんが調査しやすいようにって、そこは抑えておいたの。だから、その場所へ向かって情報提供してくれた人を探せば……」
「自ずと、私が知りたい情報が手に入るかもしれないってことだね」
私はコクリと頷く。
ありがとう。サマリさんはそう言って席を立った。
これから私にその場所を聞いて、すぐにでも旅立つつもりなのだろう。でも、その旅に私も同行したい。そう思った。
「待ってサマリさん」
「ん?」
「私も……同行させてほしいの」
「でも、ユニちゃんはこの世界で重要だし、他にやらなきゃいけないことが……」
「お願い。……せめて、私で償わせてほしい」
「ユニちゃん……」
この世界のモンスターが、サマリさんの種族を壊滅させてしまったこと。
それの罪滅ぼしになるのならと、私はサマリさんに頭を下げて頼み込んだ。
「……もう。この世界で一番偉い人に頭下げられちゃ、断る理由がないじゃない。……ありがと、ユニちゃん」
サマリさんの表情を見るために私は顔を上げる。
彼女はそっと微笑みかけて、それから私に向かって手を伸ばした。
「一緒に行こう?」
「……うん!」
私も手を伸ばし、サマリさんの手をギュウッと握る。
彼女の暖かい手。温もりを感じながら、私はサマリさんと同じように微笑んだ。
サマリさんと行く魔界の旅。
この旅で、サマリさんと少しでも仲良くなれればなと思う。
私は一旦、全ての仕事を他の者に預け、私が不在でも大丈夫なように色々と指名していく。
こうしておかないと、仕事自体が停滞してしまう。それは避けないと……。
こうして始まった旅だけど、サマリさんとの会話はやっぱり少ない。
どっちも話しかけにくいというのもあるかもしれないし、恥ずかしさがあるのかもしれない。
ポツポツと小さな会話はあるけれど、込み入った話はなく、すぐに会話が終わってしまう。
うーん……。できるだけ仲良くなりたいんだけどな。
「サマリさん」
「何? ユニちゃん」
「あの……これから向かう場所が……」
「あーうん。そこら辺はユニちゃんに任せようかなって思って。まずは情報提供してくれたモンスターのところに行くんだよね?」
「うん。私についてきてほしいの」
「分かった。お願いね」
再び沈黙。
私はサマリさんに先導するため前に出て歩く。
情報を提供してくれたのはある村。そこには獣人族の伝説の言い伝えが古くからあり、村では常識なのだという。
そんな常識がある村で、獣人族を見たという証言が上がったのだ。
サマリさんは今、どんな気持ちなのだろうか。
期待も不安も、私から見た彼女では持ち合わせていないように思える。
でも、心の中ではきっと複雑な感情が渦巻いていることだろう。
そのように不安定だと思うサマリさんを、どうしても一人で行かせたくない。一番は罪滅ぼしだけど、そんな思いもあった。
だって……ふとしたきっかけでサマリさんがこの世界で絶望してしまったら……この世界のモンスターを殺してしまうかもしれない。
それは彼女だけでなく、二つの世界に関わる問題だ。
……私はもちろん信じてる。彼女は落ち着いて行動できる人だと。でも……それでも……今の私の役目では彼女を見届ける必要があるんだ。
これは彼女の信頼に対する裏切りじゃない……言い訳がましいかもしれないけど、私はそう自分に言い聞かせている。
「サマリさん。これから向かう場所……少し特別な村なの」
「特別? どういうこと?」
「そこでは昔から獣人族の言い伝えがあるの。その村で、獣人族を見かけた……。それが情報として私の元にやってきたの」
「……そう、なんだ」
言いよどむサマリさん。何故だろう。どうして彼女は不審がってしまっているのか。
このまま黙っていてはあらぬ誤解を生みそうだったから、私は意を決して彼女に尋ねてみた。
「何かあるの? サマリさん」
「ちょっとね……。魔界に来る間、リザードマンに護衛してもらってたんだけど、そんな昔話は聞いたことがないって言っててね」
「ああ。そのリザードマンはその村の出身じゃないから当然なの。村独自の昔話や言い伝えは、中々世間に広まらないものなの」
「そういう意見もあるんだけど、ちょっと気になってね……」
「サマリさん……」
私の不安げな表情が彼女に伝わったのだろうか。
サマリさんは突然取り繕った表情を見せて焦るように笑顔を見せた。
「あっ! ユ、ユニちゃんの情報を信頼していないってわけじゃないからね! どっちみち情報は自分自身で確かめなきゃいけないから。ただ、私は一つの可能性として……」
「そういうことだったの」
彼女から否定的な言葉がなくてホッとする。
サマリさんが行かないとか言い出したらどうしようと思ってしまった。
……やっぱり、心の奥底では私はサマリさんを信頼していないのかな。
数日かけて、私たちはようやく目的の村につくことができた。
今度からは移動手段を考えておいた方がいいかもしれない。例えば、ドラゴンの背中に乗るとか。
徒歩でも結構時間がかかってしまい、サマリさんには申し訳がない。
でも、彼女はこの数日間、疲労の色は見せずに私についてきてくれた。
「へぇ、ここが獣人族の伝承がある村なんだ」
「なの。とりあえず、私が話をつけてくるの」
「あ、お願いね。ユニちゃん」
サマリさんがいきなり出ても、村と話は通じないだろう。
まずは私が趣き、村長らと話をしなければ。
私はサマリさんを村の入口に置いて、村の中へと入っていく。
近くのゴブリンに呼びかけて、私は事の説明を始めた。
「私、ユニと申しますの。獣人族の生き残りがいるかもしれない。その情報をこの村で聞いたのですが」
「ああ! あなたが魔王に変わってこの世界を統治している方ですか! 少しお待ち下さい! 村長をお呼びします!」
丁寧に敬礼ポーズを取って、ゴブリンは行ってしまった。
「……ユニちゃん。ずいぶん有名になったね」
「あ、サマリさん」
待っている時間が耐えられなかったのか、サマリさんが私の後ろから話しかけてきた。
しみじみと私の事実について語っているサマリさん。
私はちょっと恥ずかしくなってうつむいてしまう。
「そ……そんなこと、ないの」
「ほら、シャキッとしないと。この世界の命運はユニちゃんにかかってるんだから、さ」
「うん……なの」
「……でもさ」
「え?」
「もし、一人だけで抱えきれなくなったら、いつでも私たちを頼っていいからね。後輩くんや、アリーちゃん。少ない仲間だけど、一番頼れる人たちだから」
「サマリさん……」
サマリさんは私に向かってウインクを見せる。
私は、彼女の期待に応えるために表情を固く引き締めて、ゴブリンの到着を待った。
「お待たせいたしました。ユニ様」
「あなたが村長さん……ですか?」
「はい。さて、長くなる前置きを飛ばして、本題に入りましょうか」
「……お願いします」
私の事情を察する村長。ゴブリンの姿をしている村長は曲がった背中に手を当てながら、鋭い耳をピクピク動かしている。
表情としては他のゴブリンより年老いている印象があるか。緑の体色は彼らのアイデンティティを示している。
そんな村長は、獣人族についての情報を私たちに話すため、重い口を開いた。
「獣人族ですが……この村で現れたんです」
「その姿を見た者はいるんですか?」
「……私です。私がこの目で獣人族を見ました」
「村長さんが、なの」
「ええ」
「どんな姿をしていたんですか?」
「……まず、およそ我々の仲間とは言えませんでした。どちらかと言うと……体格は人間に近い」
「なるほど」
「そして、耳がついておりました。頭のてっぺんに」
確かに、獣人族の特徴ではある。
でも確証がちょっと……と思っていた矢先、サマリさんが前に出て村長に話しかけた。
「……横から申し訳ございません。もしかして、私のような姿なのでは?」
村長さんは大きく頷いてサマリさんの風貌を肯定している。
「そうそう。あなたのような姿で……ま、まさかあなたは獣人族なのですか!?」
「人間世界での唯一の生き残り、です」
「まさか……この目でまじまじと見れるとは……長生きするものですな」
「教えて下さい。獣人族は本当に魔界にいるんですか?」
「それは分かりませんが……ちょうど、あなたを小さくしたような風貌ですよ。私が見たのは。そっくりでした、あなたに」
「まさか……」
サマリさんは顎に手を当てて深く考え始める。
今の村長の話を聞けば……サマリさんの家族がいる? それとも……妹。
いいや、妹はサマリさんの目の前で死んだはず。ネクロマンサーだとしても、魔界まで来てサマリさんの妹の姿を模す意味がない。
それなら、別れた祖先の生き残りだったり?
例えば、兄が魔界に残ったけど、弟は人間世界に移動した、とか。
「サマリさん……」
「ユニちゃん。私がこの世界に来た理由、もう一つあるんだ」
「え?」
「それはね、リノに……私の妹に会ったの。人間の世界で」
「そんな! 妹さんは……!!」
「分かってる。本人だなんて思っちゃいないよ。でも、妹は意味深な言葉を吐いて消え去ったの」
「その妹の姿を模した存在が、村長さんが見た者と同じ可能性がある……ということなの?」
「……そうなるね」
深く考え込んでいるサマリさん。その『妹』を模した存在はサマリさんに何か伝えたいことがあるのだろうか。
答えはまだ出せない。今は村長が語る話を聞くしか他ない。
「村長さん。その獣人族はどこに消えたの?」
「この先にあるダンジョン……そこの中へ入っていきました」
「追わないのには……何か理由があるんですか?」
サマリさんが疑問に思うのも当然ではある。けど、単に村長さんが村を離れるわけにいかない。
そういう理由はすぐに思いつく。でも、村長さんはダンジョンについた『曰く』を語り始めた。
「……そこのダンジョンには恐ろしい魔物が住んでいるとの噂があるのです」
「魔物? モンスターとは違うの?」
「ええ。我々の存在をいとも簡単に潰してしまうほど強大な力を持った存在。その魔物が隠居しているらしいのです」
「なるほど……なの」
「……ありがとうございました。村長さん」
サマリさんはそう言って、村長さんが指さしていた方向へと歩き始める。
それはつまり、ダンジョンへ向かうということ。私は急ぎ足で進むサマリさんの腕を掴んだ。
「ま、待つのサマリさん! 今の話を聞いているの?」
「うん。聞いてる」
「だったら少し慎重になっても……」
「ここで待ってても結局何もできないよ。それに、危なくなったらすぐに逃げるし。だから大丈夫」
「サマリさん……」
「ユニちゃんはここで待ってて。私一人で侵入してみる。もし戻ってこなかったら――」
「そんなの、許さないの」
そうやってすぐに自分で抱え込もうとするのが、サマリさんの悪いところなんだから。
私だって、サマリさんのことを大事に思っている。少しギクシャクはしているけど、今まで一緒に戦ってきた仲間なのだから。
「ユニちゃん」
「私も行くの。サマリさん一人にはさせないから」
「……ありがとう、ユニちゃん」
彼女も心の底では怖かったのかもしれない。サマリさんは私の決意を聞いてフッと笑みをこぼした。
ダンジョンの中へと入る前に、私たちは辺りを最大限に警戒する。
ケイくんより察知できないけど、強大な敵意くらいは私たちだって察せられるはず。
しかし、ダンジョンの入り口には敵意らしきものは何一つ感じられない。
本当に、魔物が住んでいるのだろうか。それとも、魔物に恐れて他のモンスターが近づかない?
「サマリさん……この洞窟、どう思うの?」
「怪しいよね。敵意がさっぱりだし」
「私たちが下手くそってこともあるけど……」
すると、サマリさんは苦笑いして頭を掻く。
「そ……それが一番可能性があるかな?」
「入ってみるの」
「うん。慎重に行動しようね」
私たちは、いや、少なくとも私は詰まった息をゆっくりと吐き出しながらダンジョンへと侵入した。
しかし、私たちを待ち受けていたのは……下らない一本道だった。
ダンジョンと言うには程遠い平坦な道。道はあぜ道よりも整備されたタイルになっており歩きやすい。
壁には良く分からない紋様が文字のように敷き詰められている。
ただし、分かれ道はない。一本だ。
それに……ダンジョンに住み着いているモンスターも見られない。
村長が言っている恐ろしさを心に秘めて入ったのに、拍子抜けもいいところだった。
「これは……罠なの?」
「でも何のために? 私たちをはめる目的って……」
「今の私はこの魔界を仕切っている存在。サマリさんは獣人族……それが理由にはならないの?」
「そう、かもね。でも……進まなきゃいけない。私は」
「なの。私もサマリさんに同行するの」
一本道の長いダンジョン。その終わりは意外と早い。
細長い道から、いきなり開けた空間へと出ることができた。
見上げると、天井は球体のような形をしていた。楕円形の天井にキラキラと小さく光っているのは金属だろうか。
この空間に小さな煌めきを作って幻想的な雰囲気を醸し出しているのは、天井の金属で間違いないだろう。
そして、この広い空間の中央には一つの石碑が建てられていた。
もしかして……ここはダンジョンじゃない? 何かを伝えるための……神殿なの?
「私、見てくる」
そう言い残して、サマリさんは一目散に石碑へと走っていく。
見たところ、罠も無さそうだ。本当にここはダンジョンじゃないのかもしれない。
他人を貶めるような罠。心を惑わす分岐路。体を傷つける敵。
それらがいないのだから。
「これ……私たちの歴史?」
私も近づいて石碑を見る。それを見るサマリさんの目は真剣そのものだ。
それもそのはず、書かれている内容は獣人族の誕生と滅亡の歴史だった。
獣人族は神より神託を受けた唯一無二の存在であり、この世界の歴史を編纂する役目を司っているらしい。
二つの世界にバランスをもたらす存在らしい。その力は『チート』というもの並らしく、獣人族はそれが原因でほぼ滅ぼされた。
……チートが何なのか分からないけど、どうやら滅ぼされた原因はそこにあるとみて間違いない。
「私の妹はこれを見せたかったのかな」
「まだ目的がハッキリしていないから何とも言えないけど、少なくとも私たちの敵ではなさそうなの」
「そうだね……」
その時、パチパチパチと乾いた拍手が私の後ろから聞こえてきた。
このダンジョンに私とサマリさん以外の人がいたのだろうか。
まさか、村長が言っていたモンスター……!?
とっさに後ろを振り返る。そこには……サマリさんの妹と同じ姿をした存在がいた。
「はーい。ここまでの旅、お疲れ様でーっす」
演技全開で私たちを祝福しようとするその存在。
引き笑いをし、同時に私たちを馬鹿にしたような邪悪な眼差しが送られる。
そんな彼女に対して、サマリさんは落ち着いた声で彼女の名前を呟いた。
「メアリス……」
「あっ! 名前覚えててくれたんだねサマリお姉さま♪ 意外と名前覚えてくれない人が多いんだけど、あなたにとっては私の印象が強かったってことなのかなっ?」
サマリさんの表情を見るために見上げる私。
彼女は落ち着いた声とは裏腹に、警戒に満ちた顔をしていた。
「サマリさん。あれが前に見たという……」
「そう」
短い言葉に、彼女の気持ちの揺らぎが感じられる。
きっと、サマリさんも私と同じことを思ってる。何故ここにいるのか。何故妹の姿を模しているのか。そして……。
「んでさ。どうどう? 獣人族に関する情報は見つかったかなー?」
小さい子どもに対して語るような口調で、メアリスは私たちに問いかける。
「――一つだけ、見つけた。……この石碑に書かれている事象。これが真実だというの?」
「んーん。違うよ?」
キョトンとした表情をしたメアリス。彼女は幼気な印象を持ちつつ、言葉を続けていく。
「それ、私が好き勝手に書いた小説みたいなものだよ。面白かったでしょう? 事実より奇なる物語」
「それ、どういう意味?」
「事実はねぇ、むかーしむかしにモンスターがあっちの世界で人間と子ども作っちゃったってだけなんだよね。それが始まり。それからズッコンバッコンしやがって獣人族が増えていったってわけ」
「そ……そんな! メアリスさん! モンスターがはるか昔に人間の世界に姿を現していたというの!? しかも、子どもを作るくらいまで交流していたなんて……!!」
「うん。だって人間の世界に記述された書物だってあったじゃん。あれ、そのモンスターが書いたんだよ」
「それは確かにそうだけど……でも……!」
考えづらい。それが私の答えだった。
元々、魔界と人間の世界は干渉が無かったはずだ。確かにメアリスさんの言う通り、人間の世界に関する書物はこの世界にあったけど、交流があったかどうかまでは書かれていない。
だから、あの書物は人間の世界に憧れたモンスターがこっそり見てきた光景をまとめたものだと思っていたのに……!
「んでんで、人間の遺伝子とモンスターの遺伝子。その両方を受け継いだ進化体がサマリ姐さんってわけ。どう? 理解しましたかなー?」
「……あなたの言葉をそっくりそのまま信じるなら……魔界に獣人族は最初からいなかった。そういうこと?」
「当たりっ! そこの腐れユニコーンより、進化体の方がまだ話が分かるねぇ」
私に対して冷たく言い放つメアリスさん。
どうして私を憎んでいるのか分からないけど、今はそれを気にしている場合じゃない。彼女の話が真実だとすれば、どうしても解決しなきゃいけない矛盾がある。
「ま……待って欲しいの! 魔界にいたっていう伝承はある村に伝わっていたの! それはどう説明をすれば――」
「そこの村を一度壊滅させて、私が洗脳したモンスターを配置しただけだよ♪」
「……え?」
「誰にも気づかれず村を壊滅させるのは難しかったよ。でも、やりがいがある仕事でしたよ。ええ」
「――メアリス。答えて。どうして私をこの魔界に行くよう差し向けたの? そして、わざと魔界で獣人族の情報があるように見せかけたのも」
「うぜぇから。獣人族の存在が」
メアリスさんの印象がガラリと変わる。果たして、本当のサマリさんの妹さんはこんな醜悪な表情をしたことがあったのだろうか。
憎しみに満ち満ちる、獣人族の全てが気に食わないと言っているのがひと目で分かるほどの表情。
彼女の変貌に私は思わず声を出してしまっていた。
「……な、何を」
「だって私が想定してない命なんだもーん。普通有り得ないでしょ。人間とモンスターが性交して成功するなんて。後少ししたら、獣人族が一つの国家を作るくらいだったんだから」
「でも、私の種族は全滅した。……私一人を残して」
「ああ。あれ。モンスターの仕業だと思ってたんだよね? 実は違いまーす。全部私の仕業だよ」
「メアリス。あなたの……」
「そう。国家が作られたら色々とメンドーだから、近くにいたモンスターを洗脳して襲わせたのさ。えーっと。確か潜在能力を百倍にして襲わせてたっけなあ。脳みそぶっ壊れたモンスターが面白可笑しく踊り狂うの。君たちにも見せたかったなあ」
「それを私に知らせて、あなたはどうしたいわけ?」
「ムカつくでしょ? 苛立つでしょ? 私を殺したいと思っちゃうでしょ? そんでもって、この旅の意味は……ありませぇーん! 君の決意、想い、歩み、ぜーんぶ無・意・味! 徒労で残念でしたっ! どうどう? 絶望して何もかも破壊したくなったでしょう?」
「――っ! サマリさんの意思は無駄なんかじゃないの! 今まで……今まで彼女がどんなに苦しい想いをしたのか……笑顔になるために何年費やしたのかを知らないのに、勝手を言わないで!!」
「相変わらずうぜぇなユニコーンは。勝手に喚いてろ。角折のくせによ」
「くっ!」
「私のしてきたことって……一体……」
サマリさんがガクッとうなだれ、地面に崩れ落ちる。
前髪が彼女の目つきを隠してしまったせいで、彼女の表情が見えない。ブツブツと何かを言っている声は聞こえるけど、それが何かまでは聞き取れない。
もしかすると、全てに絶望してしまったのかもしれ――ううん。サマリさんに限ってそんなことはない。絶対に……ない!
メアリスは高笑いをして勝利を確信している。
……酷いことをする。もしも、この世界に邪悪という概念を一つだけ上げるなら、メアリスがそれに該当するだろう。
そして、彼女の態度も許せないものがある。私たちのことを弱いと認識し、敵とすら思われていない。脆弱で小さな生き物を見るかのように私たちを見下し、心を引き裂く言葉を紡いでいく。
異物。世界の悪意を全て集約した存在。それが彼女なのかもしれない。
「ヒャッヒャッヒャッ! ユニコーン。そこの獣人族はすでに再起不能だよ。早く逃げた方がいいんじゃな~い? 彼女、キレたらアンタなんか簡単に死んじゃうんだよ?」
「……私はサマリさんを信じているの」
「で、その根拠は? 気持ちの問題じゃなくて、ちゃんとした説明をお願いしまーす」
「なら……答えを見せてあげるの!」
私は懐に忍ばせていた角を取り出し、成長する。
いつもの状態では、やはり勝ち目はないだろう。それは戦わなくても分かる。
だから、私は自分自身を成長させ、目の前の諸悪に対抗しようと考えたのだ。
「ほーん。つまりだ。私を殺せば。サマリは元気を取り戻す、と。そういう訳?」
「ええ。腐った性根を持ったアンタを殺せば、サマリは言葉に惑わされることがなくなる。どう? 私の考えも悪くないでしょう?」
「まー悪くないんじゃない? でも百億万点中五点くらいかな」
「戯言を言うのもここまでよ!」
全ての力を駆使して戦わないと、多分やられる。
私は相手の動きを注視しつつ、高速で近づいていく。
そして、頭に復活している角でメアリスの心臓を的確に突き刺した。
血は……出ていない。
「――っ!?」
しかも、彼女は涼しい顔をして自分の胸に刺さった角を愛おしそうに触っていた。
「おおっ。やるじゃん。嬉しいねえ、成長してくれるとさ」
「どういうこと!? 即死のはずなのに!」
「それはねえ……ひ・み・つ♪」
「グッ!?」
木の枝を折るかの如く、メアリスは突き刺さっている角をへし折った。
もちろん、私は力を失いその場に倒れ込んでしまう。そして、成長も元に戻って幼い姿へと変わってしまう。
「楽しいねー。もっと変身してよ。その度に私、角を折っちゃうから!」
「アンタの楽しみのために……変身なんかしないの……!!」
「あれあれ。そんなこと言っていいのかな? 私の目の前にいるってことは、死ぬってことなんだけど?」
「――!」
メアリスのつま先が私の顔面を蹴り上げ、空中に吹き飛ばされそうになる。
その前に、彼女が私の髪をわしづかみにして宙にぶらぶらと浮かんでしまったが。
私の髪が引きちぎるくらい強い力で掴まれている。純粋に痛い。
「ねえ。弱っちいユニコーンさん。お腹に何百発入れられたい?」
「……そんなの、お断りなの」
「じゃあ千発入れるってことで! よろしく!」
メアリスが私の腹部に拳をめり込ませていく。
骨が砕け散るくらいの激痛が私を襲い、吐き気と共に皮膚が破ける感覚を感じる。
「おや。一発でダウンじゃん。お腹弱いなー君。もっと鍛えなきゃ、私だって面白味がないよ」
ダメだ……。もう喋ることさえままならない。
私をおもちゃだと勘違いしているメアリスは、動かなくなった私をつまらないと思ったのか、私を乱暴に地面へと投げ捨てた。
「そろそろサマリんも絶望に絶望して暴走しだす頃合いかな? どうかなー? 準備は整ったかなあー?」
霞む目でサマリさんを見る。
彼女の顔には、ほのかに涙が流れている。あれは悲しみの涙……?
このまま、サマリさんはメアリスの思うままになってしまうのか。信じたくない。絶対に、サマリさんは……。
いくら希望的観測を心で作ろうとも、目の前の現実が否応なしに私の心をえぐっていく。
「私の……私が今までやって来たことは……」
「分かったでしょ? 無駄だったの。全部ね」
「……った」
「ん? 小さくて聞こえないなあ。もう一度だけチャンスを上げるから、言ってみ?」
「――良かった」
「……は?」
「良かった」
サマリさんが顔を上げる。その表情には悲しみがまったく見えない。
鋭い目つきでメアリスを突き刺していた。涙の後があるにも関わらず、その意思は強大で揺るがないものだ。今、彼女の存在が何倍にも大きく見える。
「私、もうモンスターを恨まなくていいんだ。ううん。最初から恨む必要なんて無かった」
「いや、何でそうなるかな?」
「ごめんねユニちゃん……私……本当にバカだったよ。獣人族を滅ぼした首謀者はモンスターだと思っちゃってた」
「おいおい。冗談は止めてもらえないかい?」
「――メアリス。何でもあなたの思い通りになると思ったら大間違いだよ。私は絶望なんてしてない」
「じゃあさ、何で崩れ落ちてたんだよ? あぁ?」
「何でだと思う? 人をバカにする頭はあるのに『ムツカシイ』ことを考える頭は無いんだね。少しは考える頭、持ったらどうかな?」
「何言って――!?」
不敵に笑うサマリさん。彼女が座っていた位置が突然光りだす。
彼女……もしかして今まで魔方陣を作っていたというの?
「私が覚えてる中で一番強力な魔方陣だから時間が掛かったのよ!!」
「くっ――!?」
光はどんどん強さを増し、メアリスへと集約していく。
集約した光はメアリスの中へと入っていき大きな爆発が起こる。
吹き飛ばされたメアリスは地面を引きずっていきダンジョンの壁にぶつかって壁に穴を開けてしまった。
「……メアリス。これで最後よ。――ユニちゃん!」
「サ、サマリさん……」
メアリスの最後を見届けた後、サマリさんはすぐさま私のところへと駆け寄ってくれる。
「本当にごめんね! 魔方陣作るのに時間が掛かったせいでこんな大怪我になって……」
「ううん……私は大丈夫なの……。だから……」
「喋っちゃダメ。今治療するから落ち着いて。ねっ?」
「……ありがとうなの。サマリさん」
サマリさんの魔法で、私の腹部が治っていく。
出血が多いせいで朦朧としていた意識も、次第に平静を取り戻しつつある。
服の方はしょうがないけど、体の方は全回復した。やっぱり、サマリさんの治癒魔法は凄い。それは彼女がいつも体を張った立証をしているっていうのもあるか。
「――ユニちゃん」
私の体をギュッと抱きしめ、サマリさんは優しく私の頭を撫でてくれる。
「私……今まで無理してた。モンスターと頑張って仲良くなろうと思っても……過去が邪魔してたの」
「うん」
「もう大丈夫なんだよね? 私……もうモンスターを憎まなくてもいいんだよね?」
「大丈夫なの。全部、メアリスが悪いってことが分かったの」
「……でも、情けないよね。結局、元凶が違うって分かるまで……気持ちの整理が出来なかった」
「しょうがないの……自分一人しか種族が残っていないくらい殲滅させられたのなら……割り切ることも難しいから」
「今日までの私を……許してくれるの?」
私は黙って、彼女に向かって首を縦に振った。
今のサマリさんはまるで子どものように泣きじゃくっている。
涙は止まることなく、滝のように流れ続けていく。それを止められるのは、今は私しかいないのかな。
私は頬を伝わった雫を指で拭い、微笑んだ。
「サマリさんは悪くないの。だから、安心して笑って?」
「でも……やっぱり私……情けないよ……。何も分からなかったのに……モンスターを傷つけてた……!」
「サマリさんはいたずらにモンスターを傷つけなかった。それにこっちも悪いの。モンスターが魔界から離れてサマリさんの世界を襲っていたことは事実。サマリさんは自分が楽しいからモンスターを殺していたの?」
「ううん! 違う……。みんなを守るために戦ってた」
「じゃあ、おあいこ。だから……自分を責めないでほしいの」
私の動きが遅かったから事態が悪化してしまったこともある。
そんな私が、どうして彼女を責められるだろう?
「……ありがとう。ユニちゃん」
まだ涙は流れている。でも、サマリさんは努めて笑顔を私に向けてくれる。
ああ……。やっと、サマリさんと仲良くなれそう。今までのわだかまりが無くなって、私とサマリさんは始めて笑顔を交わした。
このように一見全て解決しているように見える光景。でも、まだ終わりではなかった。
それは後ろから聞こえてきた声によって気付かされた。
「――ってぇ……」
ガラガラと壁だった物の塊を避けて、一人の女の子が立ち上がる。
彼女はサマリさんが倒したはずのメアリスだった。
「――メアリス! そんな……!?」
「もー、サマリんってば大胆なんだから。いくら何でもガチで殺しに来なくてもいいじゃない~」
「嘘でしょう!? 人間なら一撃で死ぬくらいの攻撃だったのに……!」
「何ででしょうねぇー? 不思議ですよねぇ~。でも、その答えはまた今度にしようか」
体にまとわりついた土ホコリを軽快に手で払って、涼し気な表情をしているメアリス。
自分が殺されるかもしれない状況だったのに、彼女は気軽にサマリさんと会話を続けている。……正気の沙汰じゃない。
彼女は本当に人間? いや、サマリさんの妹さんの体を……姿を奪っているなら、ネクロマンサーのスキルを持った『人間』でなければならない。
矛盾する二つの事実に、私はメアリスの姿に恐怖し始めている。
「私も色々と忙しいから、『私』はここまでにしてあげる」
「私……? どういう意味?」
さすがのサマリさんも、いつもの強気な口調は鳴りを潜めている。
これ以上、彼女の戦力を上げることはできない。彼女は最大限の力をメアリスに放った結果、無傷だったのだから。
「ふふふっ。マーティス先生ー! 出番だよー!」
唇の近くに手を添えて、彼女は辺りに響くように大声で一人の名前を叫んだ。
「――やれやれ。メアリス。私を呼ぶ時は敬意を払うよう言ったはずですよ?」
「え!? な、何で!」
まるで、最初からここにいたかのように、マーティスと呼ばれた男は姿を現していた。
私とサマリさんが気づかない間にここに来ていたのだろうか。いや、そんなはずは……!
整った顔立ちをしているマーティスはあのメアリスと対等に話している。
まさか……実力も同じくらいなんじゃ……!? だったら私たちだけじゃ絶対に勝てない!
「払ってるじゃん。先生って呼んでるし」
「それはこの世界の時の役職に過ぎません」
マーティスはミノタウロスを地面に叩きつける。そのミノタウロスも、瞬間に現れた。
もう、何がなんだか分からなくなってきているけど、正気はちゃんと保っていなければ……!
ミノタウロスはその豪傑な肉体にそぐわない雰囲気を醸し出している。
まるで、魂が抜けたような。無表情で、体の各部位をダランと垂らしている。
牛の頭を持ち、人間で言うところの強靭な体を持ち合わせているモンスターが、何故そんな哀れな姿になっているのだろうか。
「ぶー。つまんないこと言っちゃってさ。ま、いいや。準備できてるの?」
「ええ。出来ていますよ。これでしょう?」
マーティスは手のひらに光を集めた。漆黒に染められた、闇の集合体。到底光とは言えない邪悪な明かりが、マーティスの手のひらで揺らいでいる。
彼はその光を気の抜けたミノタウロスへ移した。すると、ミノタウロスは突然雄叫びを上げて立ち上がったのだ。
息を吹き返した? それとも、目覚めたの?
「わおっ! びっくりー!」
「メアリス。わざと言ってますね?」
「うん。わざと言ってた。でさ、これがマーティスの成果ってこと?」
「魂を奪われた肉体に新たな魂を吹き込む。その魂は私たちの都合のいい魂を吹き込むことができる。例えば、目の前の劣等種を殺すためだけに作られた魂とかをね」
「――っ!?」
あくまで冷静に言葉を紡ぎ、最後に私たちを睨みつけたマーティス。
「少し気にはなりますね。記憶は継承しつつ、魂だけ邪悪に染まった状態。果たして自身でどう理屈つけているのかはね。このミノタウロスは劣等種を殺すつもりのようですが」
「エライッ! クソユニコーンよりも頼りになるぅ!」
「……ところでメアリス。何故その汚らわしい劣等種になっているんですか?」
「あ、これ? 確かに劣等種だけど可愛いじゃん♪ イメチェンだよイメチェン」
「私は分かりたくありませんね。まあ、趣味の悪さはいつものことですが……」
「女の子だよ? ロリータだよ? 何か感じるものはないの?」
「ありませんね。下らない」
「うぅーん。マーティスはロリコンじゃなかったか。残念」
呑気に下らない漫才を聞かされる私たちは、逆に絶望を心で感じ始めていた。
震える手。ダメっ……! 怖いってことが知られたらメアリスとマーティスが私たちを……!
その時、温もりの豊かな手が私を支えてくれた。その手は私の手をそっと触れ、やさしく握ってくれる。
「サマリさん……」
「いっぱい泣いたから、私はもう大丈夫。……ユニちゃんは私が守る。だから安心して」
「そんな! 守るなんてサマリさん……!」
「ユニちゃんはここで死んだらダメ。絶対に生き残って」
「サマリさん……」
それは私が大切な仲間だから?
それとも、魔界と人間の世界を繋ぐため?
……確かに、私もそれは分かってる。だけど、その前に、私は目の前のサマリさんを見捨てるわけにはいかない。だって……私にとっても大切な仲間だから。
ミノタウロスは依然として耳をつんざく咆哮をしながら、私たちを殺そうと血走った目で睨みつけている。
あんな凶暴になっているモンスターに……サマリさんが敵うのだろうか。
気高い心を持っているはずのミノタウロス。普段は秘めているその力を全開にして私たちに襲いかかってくるだろう。
正気を失い暴走している存在が一番厄介だ。自分でどう行動するか『自分』でさえ分からないのだから。
メアリスは突然笑い出す。下品にも程がある吹き出し方をしながら。
そこには明らかに私たちに対する侮辱の意味が込められていた。
「ふへへぇ! おっと失礼。あまりにもふざけすぎた会話で変に吹き出しちゃった♪ ねえサマリん。どうやってそこのユニコーンを守ろうというのかな? お得意の死に芸はそこの凶暴君には通用しないし、サマリん自身だって、勝てるかどうか……いや、負けると思ってるんでしょうに」
「……自覚はしてるよ」
「死にすぎて頭がイカれたのかな? かわいそうに。じゃ、私たちはこれでおイトマさせてもらうよーん。じゃね。生きてたら、また会おうじゃないの」
「……メアリス」
「ん?」
「私たちは……絶対に死なない」
「ならやってみ? この状況を打開できるんならさ」
メアリスとマーティスは一瞬の内に私たちの前から姿を消した。
瞬きする暇もなく、ほんの僅かな時間で消え去る能力。一体どんな魔法なのか……それとも他の方法があるのか。
その答えを探すには、まず目の前の困難を打ち砕かないといけない。
「サマリさん。どうやってミノタウロスを倒すの!?」
「――今の私とユニちゃんなら、これが出来る」
サマリさんが取り出したのは一つの鉱石だった。
それはいつもアリーちゃんとサマリさんが一緒になる時の――。
「……『融合』するための石」
「私が人間として、ユニちゃんがモンスターとして融合すれば問題ないでしょ?」
「それじゃ、私を守るって……」
「私と融合して、中に取り込んじゃえば一番近くで守ることができるってこと。危なくなったら切り離せばいいしね」
「……分かったの。サマリさん、やろう」
「そう言ってくれて良かった。――じゃ、行くよ!」
石が光だし、私とサマリさんが一つになる。
この時、サマリさんの記憶が私の感情に触れた。暗く儚い過去。希望に満ち溢れた未来。
サマリさんの本質を理解できた、始めての瞬間だった。
二人の記憶と感情が混ざり合ったからか、いつもの二倍の速度で物事を考えることが出来るみたい。
ミノタウロスを倒す方法もサマリさんとユニちゃんの力を使えば簡単に浮かんでくるよ。
うーん……。今の私はサマリさんでも、ユニちゃんでもあるから、どっちの口調でもしっくりくるというか……。
『自分』のことを『自分』と認識することも『他人』として扱うことも抵抗がない。
例えば、私と私の違いは、私は魔界にいる期間が多いけど、私は人間の世界にいる期間が多い。
……アハハ、これは余計にこんがらがるなあ。やっぱりサマリさんとユニちゃんで区別した方が分かりやすいの。
「メアリス……見せてあげる。これが私たちの力!」
お互いの考えを理解した上で、ミノタウロスに挑発的な視線を送る。
心が染まったミノタウロスは、その気高い心を失ったせいで簡単に私たちの挑発に乗った。
巨大な斧を振り回し、感情だけの叫びで突進してくるミノタウロス。
ユニちゃんの力を借りて、サマリさんが魔法でユニコーンの角を生成させた。
斧が振り下ろされる。でも、私は角でその斧を防いだ。ユニちゃんが元々持っていた角より強いかもしれない。
今の角には傷一つついていない。逆にミノタウロスが持っていた斧にはすでにひび割れが起こっていた。
「このまま――」
サマリさんの考えが流れ込んでくる。ユニちゃんはすぐに承諾してつばぜり合いしている角を天井に向ける。
そして、ミノタウロスをそのまま乗っけた上で私たちは飛び上がった。
ミノタウロスの体重を軽々と持ち上げて天井まで運んでいく今の私。二人の力が合わされば、こんなにも強いのか。
天井までもうすぐだが、私はその天井をぶち破る。正直、このダンジョンには用はない。
あの石碑が嘘だと分かれば、後はあの人に知らせて一緒に戦うんだ。
あの人ってケイく……こ……ちょっと思考に『違和感』が走る。好きだからっていつまでも名前で呼べないならそこから先、仲良くなれないのに……ということはちゃんと分かっている。分かっているけど――
「――あーもうっ!! 考えるのは後にしてっ!!」
その言葉でまた二人の意識が合わさる。
そう。気にしてはいけない。今はあの人ということにしておこう。
硬いダンジョンの壁を背中に打ち付けたミノタウロスもさすがにうめき声を出して、痛みを表現してくれる。
様々な形で崩壊した壁の雨が降りしきる中、ミノタウロスは地面を転がりながら体をさらに打ちつけていく。
当然、私は上手く着地して体勢を整えていた。
ミノタウロスには悪いけど、完全に消滅してもらう。
倒れたところをちょうど立ち上がろうとしていたミノタウロスへ向かって、私は疾走する。
「ガァァァ!!」
雄叫びを上げて、ミノタウロスは目の前に来た私を薙ぎ払おうと腕を振り回す。
けど、その腕を私はいとも簡単に掴むことができた。
彼の腕っぷしも、私の前では無力。片手を掴んだまま、私はミノタウロスの腹部に手をかざす。
「これで終わりよ」
サマリさんが念じるのは魔方陣。
本来、魔方陣は地面に描くものだ。『人』に対して描くものじゃない。いや、普通はできない。
体には魔力があり、その魔力は流動的に流れている。例え魔方陣を描いたとしても、魔力の流れによって陣がすぐに崩れてしまう。
だから比較的安定している地面や壁でしか描けないはず。
それを私が成している。ということは……。
ミノタウロスの体に、私は魔方陣を焼き付けていた。
焼き付けるほどの魔力を今の私は持っている。
この力を恐ろしく感じるか頼もしく感じるかはこれからの自分に掛かっているのだろう。
魔方陣を描き終わった私は、心で念じて『起動』させる。
すると、ミノタウロスの体は一瞬の内に青い炎に支配されてしまう。
相手が死ぬか、魔法を解除させるまでは決して消えない呪いのような炎。
ミノタウロスは苦しみ、のたうち回りながらその生命を炎に捧げていた。
炎が消えた瞬間、ミノタウロスは命を停止。メアリスによって操られたミノタウロスは生まれて間もなく死んだのだった。
「……終わりっと」
一応周りを確認し、敵意がないことを確かめる。
サマリさんとユニちゃんが、元の二人に戻る時だった。
体が離れて、目の前にサマリさんが立つ。
彼女の表情はどこか儚げで憂いを帯びていた。
「……サマリさん?」
「ミノタウロス……可愛そうなことしちゃったかな」
「あのままでも、ミノタウロスは操られていただけなの。少し強引に戦ってしまったけど……サマリさんは悪くないの」
「そう言ってもらえるだけで嬉しいよ。ごめんね心配かけさせちゃって」
「――悪いのはメアリスなの」
「それと、マーティスって人か……」
「サマリさん、早く人間の世界に戻るの。そうしてケイくんを呼んで対策を……」
「うん……でも、後輩くんは今はステル国にいない」
「え? どうして……」
「今はリーダーと一緒に魔王が死に、魔界との交流が始まったことを伝える旅に出てるんだ」
「そうだったの……」
どうしてこんなタイミングで……。
この事態はケイくんがいなければ対処できないに違いない。
あの魔王さえ倒すことができたケイくんなら、メアリスだろうとマーティスだろうと簡単に倒してくれる。
その彼が不在だったとは……。
「ユニちゃんも準備が必要だと思う」
「……サマリさん?」
「きっと、後輩くんだけじゃ勝てないよ。あの二人には」
「どうして、分かるの?」
「今から話すこと、これはあくまで私の想像だからあまり反対しないでね?」
最初にそう付け加えてから、サマリさんは真剣な表情で自分の考えを語り始めた。
「私の中で一番強力な魔方陣……時間はすごくかかるけど、威力は凄いんだ」
「でも、メアリスには全く敵わなかったの」
「そこが引っかかるんだよ。……当たるかどうかは別として、後輩くんだってあの魔方陣をまともに受ければただでは済まないかもしれない。それほど強力な魔法がメアリスに効かなかった」
「メアリスには魔法耐性があるとか……? それでもケイくんは剣術で対抗できるの」
「――もし、私たちの攻撃が全部効かなかったら?」
「え?」
「瞬間移動、傷一つ付かない異常な回復力。そして……ミノタウロスの器に『魂』を入れる技術。どれも私たちの想像を超えてる」
「私たちが生きているこの世界の常識を覆す存在……ということなの?」
「……あくまで、推測だけどね」
サマリさんは真剣な表情を崩さない。
それほど、自分の考えに自信を持っているんだ。確かに、私の攻撃も全く通用しなかった。角で心臓を貫いたはず。なのに、メアリスはピンピンしていた。
……でももし、もしも、サマリさんの考えが正しかったら、私たちは愚かケイくんでさえメアリスに通用しない可能性があるということだ。
こんな恐ろしい結論を出してしまったサマリさん。事の重大さが分かっているのだろうか。
「サマリさん、それなら、私たちは永遠にメアリスを倒せないの?」
「それをこれから何とかしないと、だね」
「でも、今のサマリさんの推測を聞いている限りじゃ……」
「だからさ、みんなで考えようよ。魔王を倒すことも出来たし、未来だって変えられたんだよ? 何か逆転の秘策はあるよ。そりゃあ、今は思いつかないかもしれないけど、みんな集まって考えれば、答えは出るはず」
多分、無理して笑っている。
先ほどの光景がまだ目に焼き付いていると考えることができるくらい焦燥しきったサマリさんの笑顔が私の心を澱ませる。
「うぅ……楽観的すぎるの……」
「楽観的じゃないとやってけないよ。あんなの、近くで見せられたら……」
彼女は自ら本心を語ってくれた。そして、その真相はやはり私が思っていた通りだった。
サマリさんだって恐ろしいんだ。あのメアリスたちが。それなのに、私が彼女を否定しちゃいけない。私は私で出来ることをしないと。
「分かったの。とにかく、魔界での意見は私の方で頑張って統一させておくの。人間に味方するのは確実だと思うけど……」
「うん。よろしくね、ユニちゃん。私は人間の世界に戻って、この事件を話してくる」
メアリスにマーティス。二人の力に恐れてはいる。だけど、それで進まないわけにはいかない。
サマリさんは人間の世界で、私は魔界でこの事実を話さなければならない。
先ほどまで村があった場所で倒れている屍たちを横目に見ながら、私は城へと戻る旅路を進んでいくのだった。




