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※『力』の目覚め

 ソフィアちゃんは翼をはためかせて、こっちに飛んでくる。

 でも、一直線じゃない。私の目をくらませる目的で、様々な方向を行き交って近づいてくる。

 私も目で追うのが精一杯。そうしている内に、ソフィアちゃんが私の後ろに近づいてしまった。


「――後ろっ!」


「遅い」


 振り向く前に、私は首を締め上げられてしまう。

 持てるとは思えないほど小さなソフィアちゃんの手。華奢な体が、ドラゴンに使われている。

 こんなことばかりソフィアちゃんにさせたら、きっと彼女の体が限界を迎えてしまうはず。

 だからこそ、早く決着をつけなきゃいけないのだと、私は悟った。


「ぐ……ぐぅぅ!!」


「ふん。面白い武器を使ってはいるがこれで終わりだな」


「まだ……終わりじゃない……!」


 空気が脳に行き渡らなくなり、次第に朦朧としていく私の意識。

 でも、ここで失うわけにはいかない。

 銃口の装備品を取っ払って拳銃にし直さないと……。


「おっと」


 武器を握っていた右腕が掴まれる。

 それはソフィアちゃんの残りの手だった。武器を使わせまいとする彼女は、私の動きを封じつつ、武器を持っている腕を握ったんだ。


「く……そんな……!」


「少々残念な死に際だが、貴様はここで終わりだ」


「……ソフィア……ちゃん」


「この娘に呼びかける気か? 無駄なことだ。この人間の魂は奥底に封印されている」


「……ほらね、言ったでしょう? 私、こんなに弱いんだよ……」


「何?」


「誰かがいなきゃ、何もできない……モンスターに勝つこともできない……。私とソフィアちゃんは同じなんだよ」


「何が言いたい?」


「だから……仲良くなれるんだよ? ……これからは……不幸も幸運も……一緒に……分かち合って……」


「――っ!? な、何だ? これは……」


 ソフィアちゃんの手が緩み始める。

 人の体を乗っ取ったところまでは良かったかもしれない。でも、その娘は私の大事な親友なの。だから……!


「ぐっ! うう!!」


 ソフィアちゃんの気持ちが揺らいだ瞬間に、私は腕が掴まれている手を払いのける。

 そして、力ずくで首を締めている手を両手でこじ開けた。

 地面に転がりながら彼女と距離を取る私。

 ソフィアちゃんは頭を抱えながら封印されていたはずの心を抑え込んでいた。


「ふざけるな……。我の封印が揺らぐだと?」


「これが人間の想いの強さってこと。ソフィアちゃんは私のことを特に気にかけてたし……当然だよね?」


 そう言いながら、私は剣とは違う装備品を銃口にくっつける。

 これは……槍かな。引き金を引いて作られたものは、剣の時より剣身の高い槍だった。


「これで終わりだよ……ドラゴン」


「くっ……!」


 槍を持った私はそのままソフィアちゃんへ突撃していく。

 勢いのまま、私は槍をソフィアちゃんの腹部へと突き刺したのだった。

 苦痛が入り混じった声を捻り出したソフィアちゃん。しかし、彼女の表情に怒りはない。

 ただ、私を興味深そうに眺めていた。ドラゴンにとって、ソフィアちゃんの体というのはそれほど意味を持たないのだろう。


「……力が足りないながらも、様々な知恵で我を追い詰めようとするか」


「お願い……ソフィアちゃんの体を手放して」


「そうなれば、貴様が契約者となるが?」


「それでも構わない。ソフィアちゃんの命が助かるなら……」


「貴様はソフィアよりは弱い。だが……その心、気に入った」


 そう言ったソフィアちゃんの体から、光が漏れ出す。

 その光は魔方陣から出ていた濁った赤色だ。あれがドラゴンの魂と言うべきものなのかな。


「契約成立だ。貴様の体をいただくぞ」


「くっ!」


 光は私の体を包んでいき、飲み込んでいく。

 その瞬間、全身が縛られたような感覚が私を襲った。これはドラゴンが私の体を乗っ取ろうとしているんだ。

 でも、私は命の限り抵抗する。だって……


「どうした? 早く我に体を明け渡せ」


「ふ……ふふ。契約するとは言ったけど、体をあげるなんて……一言も言ってないんだから……」


「屁理屈を……! ならば、力づくで乗っ取るまでだ」


「あ……うぅぅ!!」


 ドラゴンの支配が強まっていく。私の意識が次第にドラゴンに塗りつぶされていく。

 ……ソフィアちゃんも同じ感覚を味わったのかな。自分自身なのに、自分じゃ無くなっていく感覚。魂が奥底に閉じ込められ、暗闇に隠れていく。

 ……ダメ。ここで私がドラゴンに乗っ取られたら、きっとソフィアちゃんを攻撃するはず。そうしたら、私がドラゴンと契約した意味がない。

 ここはなんとしてもドラゴンに対抗しないと。後少しで消えそうになった私の心は、再び燃え上がってく。


「貴様……諦めが悪いな」


「当たり前でしょ……!? ソフィアちゃんを……助けるためだもん……!」


「……いいだろう。手加減はしない。これで貴様の心は完全に破壊されるだろう」


「なんですって――ガハッ!」


 私の心が押しつぶされていく。

 ドラゴンに無理矢理抑え込まれる感覚と同時に『私』が消えていく。

 ――くっ! こんなことで……こんなことで死ぬわけにはいかない……!

 だって私は……まだ……生きたい……!! お願い! 何でもいい! 誰かを救える力を……!!


「何っ!?」


 その声を出したのは私だろうか。それともドラゴン?

 どっちの意識なのか分からなくなっていたはずなのに、急に私としての意識がドラゴンを凌駕した。

 そこで始めて、私は落ち着いて周りの景色を見ることができた。

 そっか……今まで自分の心を守るのに精一杯で目すら開けてられなかったんだ。

 でも、どうして私はこうして無事でいられるのだろう。


(貴様……まさかスキルを……?)


「え? ど、どこから……?」


 もう一度、集中してドラゴンの声に聞き耳を立てる。

 すると、その声は私の心の中から聞こえてきたようだ。これってもしかして……。


「私……ドラゴンを抑え込めたの?」


(くっ。どうやらそうらしい)


 さっきドラゴンが『スキル』って言ってた。それが私を助けてくれた?

 分からないことだらけだけど、私は胸の中のドラゴンと会話することにした。


「ドラゴン……どうして私のスキルだと分かったの?」


(テイマーだ。そのスキルが貴様に宿っていた)


「テイマー……何それ?」


(モンスターをある程度使役できる能力のことだ。まさか、我もその対象に含まれていたとはな……)


「よく分からないけど、とにかく私の中で大人しくなってくれたってことでいいのかな」


 ドラゴンは会話を続けない。でも、スキルのおかげで何とかなって良かった。

 私にもスキル……あったんだ。偶然にもモンスターと相性のいいスキルで良かった……。

 これがサマリお姉ちゃんとかけーくんのようなスキルだったら、私はドラゴンに支配されてしまっていたことだろう。

 ……もしかして、ユニちゃんが妙に私に懐いていたのはこのスキルのおかげだったのかな。覚醒はしないまでも、兆候はあったかもしれない。


「――そうだ。ソフィアちゃんは……!」


 周りを見渡し、ソフィアちゃんの姿を確認する。彼女は、ドラゴンの支配を逃れて地面に横たわっていた。

 私はすぐに彼女を抱き起こして、必死に呼びかけた。


「ソフィアちゃん! ソフィアちゃん大丈夫!?」


「……ア、アリー」


「ソフィアちゃん!!」


 うっすらと目を開けて、私に応えてくれたソフィアちゃん。

 ドラゴンに乗っ取られていた影響からか少し疲労しているようだけど、命に別状はないみたい。

 私は彼女の無事を確認すると、思わず涙を流してしまった。


「泣いていますの……?」


「だって……だってソフィアちゃんを傷つけちゃったから……!」


「……何を言いますの? もっとシャキッとしなさいな……」


「どうして……?」


「……昨日まで嫌っていた私を救ってくれたのは他ならぬあなたですのよ? 泣きたいのはこちらの方ですわ……」


 いつの間にか、ソフィアちゃんも泣いていた。

 私たちは抱き合って、二人で涙を流した。

 二人共無事だったことに対する安堵。そして、共に味わった恐怖。お互いを認めたからこそお互いが救えた。

 昨日、私たちがちゃんと話していなければ死んでいただろう。どっちも救われず、謝罪することもできない。


 しばらく二人で泣きあっていたけど、次第にそれは嗚咽に変わり、落ち着きを取り戻していく。

 そうなった時、ソフィアちゃんは始めてドラゴンの行方を気になり始めたの。


「アリー……あのドラゴンは……」


「もう大丈夫だよ。私のスキルで……封じ込めたみたい」


「スキル……なるほどですわ。アリーはそこまで考えて私を救おうと……」


「違うよ。これは単なる偶然。私もそんな力があるなんて今日まで知らなかったんだもん」


「え……!? では、私からドラゴンを引き離した後、あなたはどうやってドラゴンを退けようと思いましたの!?」


「……えへへ。その時はそこまで考えてなくて」


 ソフィアちゃんはため息をついて、私をジト目で見つめる。

 しかし、その表情はすぐに直って涼し気な顔つきになった。


「まったく……そういう風に親から教わりましたの?」


「けーくんは……もっとちゃんと考えてると思う」


「では、あなたがただのバカだということですわね」


「え⁉ 酷いよソフィアちゃん!」


「でも、そのバカを超えるバカがここにいますわ」


「だ、誰……?」


 バツが悪そうに、自分を指差すソフィアちゃん。

 私はクスッと笑い、それにつられてソフィアちゃんも笑い出す。

 一通り笑いあった後、私たちは真剣な表情に戻る。


 私は地面に倒れた先生を助けようとソフィアちゃんに提案する。

 彼女も賛同して、意識を失っている先生を安静に落ち着ける場所へと移動させる。

 本当は洞窟の中で休息させたかったんだけど、入り口は私が激突した時に壊されちゃったし……。

 とにかく、草の多い場所へ先生を横たわらせる。草が簡易的なマットになってくれればいいんだけど。

 先生はまだ目を覚まさない。誰かに話して、先生の様子を見てもらわないとダメかも。

 その時、私の中で一人の人物が浮かんだ。マーティス先生だ。

 彼はソフィアちゃんに本を渡した。それはドラゴンを呼び寄せる魔方陣が書かれた本。

 ……彼女の気持ちを利用し、私を狙っていたに違いない。私を狙った理由……さっきも同じ結論になったけど、恐らくけーくん絡みだろう。

 私は真実を知りたい。マーティス先生に会って、問いたださないと。


 眼の前で先生の様子を見ているソフィアちゃん。彼女はマーティス先生に憧れている。

 だから言いにくい。どうすれば……。

 私の様子に気がついたソフィアちゃんは、不思議そうに私に尋ねてきた。


「どうしましたの? アリー」


「ソフィアちゃん。先に謝らせて……。ごめんね」


「アリー……」


「私、マーティス先生に真実を聞きに行く。これ、ただの勘違いとは考えにくいよ」


「……そう、ですわよね」


 今回の事。私はマーティス先生がソフィアちゃんをはめて何かを考えているに違いない。

 それが何かは分からない。そして、私たちに良いことかどうかも分からない。

 でも、聞かなきゃ前に進まないと思うんだ。

 さすがにソフィアちゃんも私の発言に怒らない。彼女もマーティス先生の真意を知りたいんだろう。


「ええ。分かりましたわ。私の感情だけでアリーを否定するわけにもいきませんもの。ただ……アリーは行かない方がいいですわ」


「……分かってる。魔方陣は私を狙ってたもんね。でも、危険だろうと私は行きたい。マーティス先生から、直接話を聞きたいの」


「本気で言ってますの? わざと罠に掛かるようなものですわよ?」


 本気で心配しているソフィアちゃん。私は彼女にただ頷くしかない。

 マーティス先生が何をするか分からない。無謀なのは私が一番知ってる。それでも、私は向かいたい。

 もし私が行かない場合はソフィアちゃん一人でマーティス先生に真実を聞くことになるだろう。その場合、ソフィアちゃんの命の保証がない。

 私はそんな危険な場所にソフィアちゃんを一人で行かせたくない。


「うん。罠を張っているなら、わざと掛かってあげるよ。マーティス先生の考えを暴くためなら、ね」


 私の決意に折れたのか、ソフィアちゃんはハァっとため息をついて呆れた表情を見せた。

 説得は無駄だと悟った彼女は、しょうがないといった感じで言葉を続けた。


「……なら、私と二人で行きますわよ? それは文句はなくて?」


「本当は私一人で行きたいんだけど……ソフィアちゃんが一緒になら嬉しいよ」


「私だってアリーを行かせたくないんですから」


「えへへ、これじゃ堂々巡りで終わらないね」


「だから、二人で行こうと提案したんですの」


「そうだね。それが一番いいかも」


 お互いを大事に思いやる気持ちの押し付け合いは終わりを告げる。

 私とソフィアちゃんはお互いの顔を見た後、マーティス先生を探すために山を下っていく。

 その間にも、私たちは大きな声でマーティス先生を呼んでいる。彼はまだ私たちの思惑に気がついていないはず。

 なら、『先生』として近づいてもらえる。


「……どうしましたか? 二人とも」


「あ、マーティス先生!」


 茂みからガサッと出てきたマーティス先生。

 彼は大声で自分の名前を叫ばれてて、少し困惑した表情をしている。

 彼の顔はまだ先生を保っていている。


「あ、あの……」


「どうしたんですか? ソフィアちゃん」


 声をかけられたソフィアちゃんが、ギュッと私の手を握る。

 大丈夫だよ。そう声をかけたように、私は彼女の手を優しく握り返した。


「こ、この本……ありがとうございましたわ」


「ああ。使っていただけましたか?」


「――うん。使ったよ。マーティス先生」


「ア、アリー?」


「この本で描いた魔方陣、ドラゴンを召喚させる陣でした」


「……はて。そうでしたか?」


 あくまでしらを切るマーティス先生に、私は冷静に言葉を重ねる。


「ソフィアちゃんの気持ちを利用して、私を罠にはめようとしたんだよね?」


「さあ、私が渡したのはただの本ですよ? そうですよねえ? ソフィアちゃん」


「……お願いしますわ、マーティス先生。あなたの真意を……聞かせていただけます?」


「ソフィアちゃん……あなたも、ですか」


 マーティス先生はため息をついて、ソフィアちゃんの手から本を奪った。

 彼はパンパンと本の汚れを落とし、パラパラとページをめくる。


「魔方陣は確かにドラゴンを召喚するものでしたが……失敗しましたか。まあいいでしょう」


「マーティス先生、何が目的なの?」


「――争い」


「え?」


「争い、ですよ。ん? どうしました? その答えを聞きに私を訪れたのではないんですか?」


 少し時間が掛かるものだと思っていた。だけど、マーティス先生はいとも簡単に答えを出したのだ。

 私たちが取るに足らない存在だから油断しているの? それとも何か別の意図が……。


「どうして……どうしてドラゴンを契約させるのが争いに繋がりますの!?」


「どちらでも良かったんですが……どちらかがドラゴンと契約し、その力に飲み込まれる。そうすれば、ドラゴンはこの国で暴れることでしょう。幼き少女に人々が蹂躙じゅうりんされていく。その『絵』が見たかったんですがね」


「絵……!? 人が死ぬかもしれないのに!」


「ええ。だから面白い。そうじゃありませんか?」


「……酷い」


「まあ、劣等種からすれば酷いのかもしれませんね。私には人が何人死のうがどうでもいいことなんですが」


 この考えはおかしい。

 まだマーティス先生のことはあまり知らないけど、直感で私はそう感じる。

 そして、私は無意識に戦闘態勢をとっていた。私の中の心が強く反発したからかもしれない。


「可愛いものですね。敵わない相手に戦う意志を見せるのは」


「くっ……!」


「別に立ち向かってきても構いませんが、私は戦いませんよ? これから別の場所に赴いて準備しなければならないことがありますからね」


「別の場所……!?」


「ええ、魔界へね。あそこも面白いことが起こりそうですよ。おっと。早く行かなければ怒られてしまいます」


 魔界はユニちゃんがいるところだ。それに、今はサマリお姉ちゃんもいる!


「では、ごきげんよう。またいずれ出会えることを願って」


「待って!」


 私は思わず手を伸ばす。けど、マーティス先生は煙のように一瞬にして消えていってしまった。


「アリー。マーティス先生……一体何者だったんですの?」


「分からない。でも、サマリお姉ちゃんが心配だよ」


「魔界に向かいますの?」


 私は首を横に振る。招待されてもいないし、私一人で魔界に行けるわけがない。

 最低でも護衛を付けてもらわない限りは……。だったら国王に直談判するしかないんだけど、間に合うかな……!?


「ソフィアちゃん。私、今日のこと王様に話してみる」


「魔界に行けるように……ですの?」


「それもあるけど、大事なのは争いを起こそうとしている存在がいるってこと。早く伝えれば、それだけ準備時間が増えるってことだから」


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