トロール退治、開始!
夜になり、俺は村の中心でトロールの襲撃を待っていた。
本当は村のど真ん中で戦うのは抵抗があった。だけど、ここに入ればトロールがどこからやって来ても対処ができる。
もし村の被害を恐れて端で待機していたら、離れたところにトロールが出現した場合に被害が増えてしまう。
トロールは全部で七体。一体減ったのは昼に偵察のやつを倒したからだ。
さすがにトロールでも七体とも同じ位置から襲撃してくるとは考えにくい。
少しの被害で対応できるなら、村の真ん中で待っていた方が効率がいい。
俺はそう判断した。この作戦は一応村長にも伝えている。彼は俺を信じてくれた。なら、俺は彼の期待に応えなきゃいけない。
「責任重大だぞ、俺……」
気合を入れるために、独り言を呟いて責任感を感じさせる。
そう。ここで失敗したら村の被害は大きくなってしまう。
「よう、新入り」
「……何か用か?」
ギルドの兵士が俺の様子を見に来たようだ。
彼らはニヤニヤと憎たらしい笑顔をしている。俺の作戦に不満があるのだろうか。いや、彼らに俺の作戦は伝えてないはずだが……。
とにかく、彼らは戦う気がないのだろう。これからトロールが襲撃してくるというのに武器すら持っていないのだから。
「本当にトロールと戦うつもりか?」
「ああ。そのための作戦を実行中だ」
「作戦? 村の広場にただ突っ立ってるだけがか?」
「……ここは村の真ん中だ。どこからトロールが来ても対処できる」
「へーっ、少しは考えてるんだな。お前は」
「お前たちはどうなんだ? 戦わないのか?」
「悪いが命が惜しいんでね。それに、ここでぬくぬくと過ごしてれば嫌でも金が入ってくる。これ以上にいい仕事があるか?」
「ないだろうな。けど、俺は村の人たちを救うために戦う」
「そうかい。じゃ、勝手にしな」
ギルドの兵士たちはテントを畳み、撤収作業を始める。
本当に戦わないのか……。だが、俺は絶対に村の人たちを助けるぞ。
テントを完全に畳んだギルドの兵士はさっさと逃げ始める。
その間際に、最初に俺に声をかけた兵士がある意味で激励の言葉を投げつけた。
「じゃあな。精々殺されないように頑張りな!」
「……俺は死なない。待っている人がいるからな」
俺が死んだら誰が栗毛ちゃんの面倒を見るんだ。
それに、故郷の人たちが悲しむ姿は俺が死んで直接見ることがなくても見せたくない。
ギルドの兵士が撤退して、数十分が経った。空は暗くなり、視界が狭まっていく。だが、夜戦も経験している俺にとっては想定内のこと。
やがて、四方から大きな足音が聞こえてきた。
「……やっぱり、ここで待ってて正解か」
俺は音を聞き分けて、一番足の早いトロールを見つけ出す。
どうやら、北の方角のやつが早いらしい。それに、二体ほどいるのが分かる。
「よし、行くか!」
俺はすぐに北の方角へ駈け出していく。巨体のトロールは足が早いと言っても人間の歩くスピードよりは遅い。
つまり、俺が全速力で走れば村の外れでトロールと出会えるということだ。
森を突き抜けて、俺はトロールの姿を見つける。
「待て! 村に入る前に俺と勝負しろ!」
「ガアアアアア!」
トロールは俺の出現にあまり驚きを見せていない。それもそうか。偵察がやられたことで情報は行き渡っているはずだ。
寂れた村に手練が現れたということを。
俺はすぐに剣を引き抜いて、トロールに向かっていく。
先程も言った通り、トロールは動きが鈍い。だから攻撃をしてきても簡単に回避できる。
だが、今回は二体。一体の時よりも慎重にいかなければならない。動きは遅いが、一撃を喰らっただけで致命傷だからな。
先に前にいたトロールが俺に棍棒を叩きつけてくる。
「っと!」
それを俺は横に動いて回避する。すかさず、後ろのトロールが俺を踏み潰そうと足を浮かす。
なら、俺が取る行動は一つしかない。
「おらぁ!」
剣を横に振って踏み潰そうとしてきたトロールの上げた足を切断した。
足は自重を失って大木の幹へと当たり、同時に血液が霧雨のごとく吹き荒れる。
もちろんバランスを失ったトロールはそのまま後ろへと倒れていった。
「これで実質一対一だな」
仲間の足を消した俺に対し、トロールは大きな雄叫びを上げて怒りを表現している。
だが安心しろ。お前もすぐに死ぬ。
俺は跳躍してトロールの腕に乗り、そのまま顔に向かって走る。
そして、すぐにトロールの首を斬ったのだった。
意識を失う瞬間まで怒っていたトロールは、自分が死んだことさえ理解できないまま死んだだろう。
その事実を悲しむ暇もなく、俺は片足を失ったトロールの首を掻っ切る。
これで二体が死亡。残るは五体。この調子で俺はトロールを倒していく。
結局、村に入ったトロールは最後の二体だけだった。
それでも村の畑が荒らされたくらいで、最小限の被害に留めることに成功した。
村に入ったトロールは出来るだけ血が吹き出ないような殺し方にした。
さすがに村の中で血の処理をするわけにもいかないだろう。
少し難しい方法だが、トロールの眉間に向かって剣を突き刺すのだ。
これは足を斬れば簡単だが、それでは血が吹き出てしまう。
立っているトロールに対して、平行に剣を刺す。垂直なら体重を掛けられて力も入るが、平行というのは意外と力が入らないものだ。
薙ぎ払う、切り刻むといった方なら平行の方がいいんだけど……。
だけど、妥協するわけにはいかない。村の平和がかかっているんだ。
「……これで終わりか」
全てのトロールを片付け、俺は木の葉っぱで剣にまとわりついた脂肪と血液を拭いつつ、終わりを感じた。
トロールを八体全て倒した時、ギルドより渡されたカードから音が鳴った。恐らく任務完了を知らせる音なのだろう。
だが、他にも伏兵がいるかもしれない。今日は広場で待機して様子を伺おう。
「本当に倒したのか……!? あのトロール共を!」
「俺は無理なことは言わない。村を守るって言ったしな」
広場で待機している間に一人の兵士が戻ってきた。もちろんそれはこの村で最初に話しかけてきたギルド兵士だ。
俺は彼に証明するためにカードを手渡す。こういう時は便利な機能だと思う。ウソもつけないしな。
受け取ったカードを見た兵士は、驚きの表情で顔を変化させている。
まるで信じられないとでもいうようだ。俺からしてみれば、村を見捨てて逃げ出すお前たちが信じられない。
「……まさか、有言実行するとはな」
「今日は念のため、この広場で待機する。トロールの他にモンスターがいるかもしれないからな」
「……あーあ。もうこの場所で生活できないってことか。国から近くて気に入ってたんだがなあ。まあ、次の強そうなモンスターの出る任務でも受けるか」
「お前たちに謝る必要はないだろう?」
「村出身だと思ってバカにしてたが……案外村の奴らの方が強いのかもしれないな」
「なあ……一つ聞いていいか?」
「何だ?」
「国のギルドって、みんなこうなのか? 村を見捨てて、仕事をしないヤツらばかりなのか?」
「まあ、大半はな。それで壊滅した村は数多いだろう」
「おかしいと思わないのか?」
「悪いが思わない。所詮村だろ? 国に成れなかった哀れな生き残りだ。最近は国が村を守ろうとし始めているが逆効果だ。国生まれの人間が村を守るわけないだろ?」
「村を何だと思ってるんだお前は……!」
「何とも思ってないな。何故なら、国だけで経済が回るからだ。経済のお荷物になる村なんか、国と関わってほしくないと思ってるだろうよ。第一、モンスターを倒せないほど自立できてない村は潰れればいいのさ」
「……俺は全部守ってみせる」
「村も国もか?」
「ああ。この力がある限り、ずっと守っていく……! どんなモンスターだって倒してみせる!」
「みんながただの理想論だと釘を打ってもか?」
「もちろんだ。俺は俺の為すべきことをする」
「……面白い考え方だな、お前。ま、そういう人間が増えれば村を守る人間も増えていくだろうな」
そう言いながら、彼は俺の横に座り始めた。
「……どういう風の吹き回しだ?」
「いや、お前の考えにちょっとだけ賛成しようと思ってな。お前みたいなのが増えて、国と村が仲良くなったら面白いだろうよ」
「お前……」
言い方に少し棘があるが、彼も村を守ろうとする気持ちが少しでもあるのだろう。
もしかしたら、彼も前は俺と同じ考えだったのかもしれない。だから、昔の自分と重なった俺に話しかけて、遠ざけようとしてたのだろう。
でも、目の前で彼が思い描いていたことを実行する男がいた。それが、彼の考えを少しだけ修正できたのかもしれない。
全ては自分の身勝手な推測だけど、俺はそう思いたい。
それからは、俺は彼と話すことなくモンスターの襲撃に備えていた。




