※頂上到着!
休憩が終わり、私たちは再び歩き始める。
とりあえず、頂上を目指してみようということで一致した私たちは、ひたすら上へと登っていく。
先ほどと同じく会話らしい会話はないけど、どこかソフィアちゃんの様子が変わったように思えた。
今までは、私を突き放していた感じを受けてたんだけど、今のソフィアちゃんは私の方を少しだけ気にしてくれている。
時折、彼女はこちらを向いて様子を確認してくれている。その度、私は彼女を心配させまいと笑顔で応える。
けど、ソフィアちゃんは恥ずかしがってすぐに顔を背けてしまうの。
「さ……さあ! 頂上はもう少しですわ」
「うん。頑張ろうねソフィアちゃん!」
「よ、余計なお世話ですわっ。あなたなんて……」
悪態の一つでも付きたいのかもしれないけど、さっきと違ってソフィアちゃんの中に恥ずかしさがあるみたい。
小さい声で私に聞こえない程度の音量で言葉を発するの。
もう。ソフィアちゃんったら。
でも、私は信じてるよ。ソフィアちゃんと仲良くなれるってね。
頂上についた頃には、お日様はずいぶん下の方へ動いてしまっている。太陽が地面に近づくと、辺りは橙色のコントラストへ染められていく。それが一日の終わりを実感させ、幻想的な景色を私に見せてくれる。
しかし、いつも見ている光景よりも素晴らしい見晴らしが、私の目を煌めかせていた。
「ソフィアちゃん! 街がオレンジ色だよ」
「本当。綺麗、ですわね」
ソフィアちゃんでさえ、目に映る光景に対して感嘆している。
それほど、頂上から見る街の光景は素晴らしいものなのだ。上空は暗い青。真ん中はオレンジ。建物や地面はそれを受けて反射された色の濃淡が染め分けられている。
どことなく淋しげで儚く、でも希望を抱かせるような光景。私はその光景に吸い込まれそうになる。
「……今日はここで野宿ですけど……あなたは大丈夫ですの?」
「……あっ、ごめんソフィアちゃん。景色に見とれてて」
「まったくあなたときたら……。今日は野宿ですわ」
「私は大丈夫。ソフィアちゃんの方は?」
「そんなの、答えるまでもありませんわ。私を誰だと思って?」
やっぱり、そう言うと思ったよ。
登山での歩き方も知らないソフィアちゃんは、頼もしそうな表情を作って私にドヤ顔している。
それがハッタリなのか実際に知識があるのかは、これから見せてもらおうかなー?
「うーん。それじゃ、ソフィアちゃんに任せるよ。どこで野宿しようか」
「あら? 私はリーダーですわよ? 部下が野宿の場所を見つけてくるのではなくて?」
「ソフィアちゃん」
「何ですの? さっさと探して来なさいな」
「……やっぱり野宿の仕方、分からないんだね」
「ギクッ! じゃない……そ、そんなことありませんわ! 私はただリーダーの努めを果たそうと!」
「ふーん……ホントかなぁ?」
「ホントですわ!」
あくまではぐらかす気満々の彼女。
よーし、ここは一つ冗談でも投げかけてみよう。
「……実はねソフィアちゃん。私も野宿の方法を知らないんだよ」
「えっ!? だ、だってあなた、さっきはあんなに上手く登山していたではないですの!」
「登ることは、ね。でも、泊まったことがないから……さ」
「そ、そんな……!!」
ガクッと崩れ落ちるソフィアちゃん。あの、そこまで大げさに驚かれなくても……。
まるで、私が最後の希望だったかのように、ソフィアちゃんは少しだけ目に涙を溜めて自問自答を始めた。
「あ……あなたが知らないのなら、私たちはどうやって野宿をすれば……!」
「ソフィアちゃん。やっぱり知らなかったんだよね?」
「当たり前ですわ……! 私、山登りなんて始めてで……登り方だってあなたに教えてもらったばかりなんですのよ?」
「あのう……ソフィアちゃん」
「え?」
「とっても言いにくいんだけど……さっきのはほんの冗談だったんだよね」
「冗談?」
「う、うん。冗談……。あ、あははっ。ジョークだったんだよね……」
ぽけーっと私の顔を見つめるソフィアちゃん。
彼女はまるで何が起こっているのか理解できないようだったが、次第に事情を飲み込み始めたらしい。
終いには彼女は完全に怒って私に突っかかってきたのだから。
「う、嘘はいけませんわ! すっかり騙されてしまいましたっ!」
「それ、ソフィアちゃんが言うセリフじゃないよ。ソフィアちゃんだって知ったかぶりしてたじゃん」
「う……!」
「知らないことはちゃんと知らないって言わないと損だよー? 今は私しかいないんだし、後で恥を欠かないように覚えようよ。ねっ?」
「……あなたには……知られたくなかっただけ……なのに」
ブツブツ言っているソフィアちゃんの腕を引いて、私は野宿するための準備を始める。
まあ、色々あるんだけど、簡単に言えば寝床の捜索と食料の調達。たったこれだけ。
寝床は外よりは洞窟のような場所の方がいい。食事はお肉を焼ければいいんだけど、この山には動物はいなさそうだし、木の実を調達するしかないみたい。
それだけを伝えると、私はソフィアちゃんに先導して寝床を探し始める。獣道を抜けることはあまりしたくないから、近くにあることを願う。
遠目で見える大きな穴が見えた。私はすぐに駆け寄って洞窟の広さを確認する。
「……よし。ここがいいかな」
そこの洞窟は、二人分が寝っ転がれるくらいには広かった。寝床が見つかれば後は簡単だ。
私は火を焚くための枝を探し、ソフィアちゃんには食料の調達をお願いした。
幸い、数日前から快晴だったためか、枝は湿っておらず良質な素材が手に入る。それは、地面に落ちている枯れ葉も同じことだ。
これが無いと、火が育てられない。枯れ葉という『きっかけ』を以って、枝は『燃える』のだ。
さて、これらの素材は洞窟の外に設置していこうと思う。何故かは分からないけど、洞窟の中で火を燃やしてはいけないと教わったことがある。
理由は教えてもらった彼らでさえ分からないと言っていたが、洞窟の中で火を灯すと悪魔が現れて命を奪っていくという迷信があるらしい。
そんなことあるわけないと思いつつも、私は洞窟の外へ枝と枯れ葉を置こうと決めてしまっている。その迷信が嘘だったとしても、イタズラにソフィアちゃんを巻き込むことはできないからね。
枯れ葉を中央に置き、その一点に向かって、放射線状に枝を並べていく。小さな囲炉裏の完成だ。
その囲炉裏へ、私は火の魔法を使う。サマリお姉ちゃんが得意な火の魔法。そして、私も得意でありたい魔法。
私の火は枯れ葉に燃え移り、火を増していく。先ほどまで枯れ葉の役目を果たしていたものは燃えて縮こまりながらも黒く焼き焦げていく。
枯れ葉というきっかけを貰った火は、その勢いを小枝にも移していく。
パチパチと枝が弾ける音を聞きながら、私は火の暖かさに心休めている。
火の魔法以外は、旅団で育てられていた時に身につけた経験の一つだ。
気分転換ということで、たまにこうして野外で旅団のみんなと準備したものだ。
あの時は奴隷を売りつける集団とは気づかず、のんきにはしゃいでいた。……それは私以外もそうだった。
大人はそんな私たちを見て、商品価値を図っていたのだろう。あの時思えば『襲撃』もどこか嘘くさいところがあった。
全ての仲間が襲撃されたわけじゃないけど、普通に引き取られた仲間は今頃どうしているのかな。
襲撃とそれ以外の違いは一体何だったのだろう。
すでに壊滅したらしい旅団。その答えは永遠に秘密のままなんだろうな。今更知りたいってわけじゃないけど……。
「……木の実、採ってきましたわ」
後ろから声をかけてくれたソフィアちゃんに礼を言うため、私は立ち上がって後ろを振り返る。
彼女はどこか寂し気に手のひらいっぱいの木の実を私に手渡してくれた。
「ソフィアちゃん……。ありがとう! 助かったよ!」
礼の一つを言えば、いつものソフィアちゃんならば悪態の一つでもつくはずだ。
でも、今の彼女は無言で唇を噛み締めている。
「ん? どうしたの?」
「……先ほどは、悪かったですわね……」
「え? ソフィアちゃん、何か私にしたっけ?」
「辛い思い出を思い出させてしまったことについて、ですわ。……あなたの過去を聞くつもりはなかったのに」
「私は大丈夫だよ。心配しないで。ねっ?」
「自分で勝手に決めつけて、あなたを悪く言った。そんな私があなたと仲良くするなんて、虫が良すぎると思いません?」
「そんなことないよ。ソフィアちゃんが今まで私に悪いこと言ってたのは勘違いだったんでしょ? さっきも言ったけど、その勘違いが無くなったんだから、仲良くしようよ」
「……いいんですの?」
「何度も同じこと言わせないでよー。ほら、仲直りの握手、しよ!」
ソフィアちゃんは恥ずかしそうに、私に向かって手を差し出してくれる。
私はその逆の手を差し出し、優しくギュッとソフィアちゃんの手を繋いだ。
「じゃ、仲良くなった印に、私のこと名前で呼んでみよう」
「……よ、よろしくですわ。アリー」
「うん! これからも一緒に頑張ろうね! ソフィアちゃん!」
それから私は、ソフィアちゃんを隣に座らせて一緒に木の実を食べた。
その間にも、私たちは色んなことを語り合った。こんなに話せたのは始めてだよね。今日、仲良くなったんだから。
ソフィアちゃんは最初だけは、遠慮しがちに話を合わせてくれただけだったけど、次第に打ち解けていった。最終的にはいつものソフィアちゃんに戻って自信を取り戻していた。




