※リーダーからの司令
私とサマリお姉ちゃんが入れ替わってから、私の周りで変化があった。
サマリお姉ちゃんとけーくんの距離が縮まったように感じられるんだ。
きっと、私のアイディアが上手い方向に行ったんだと思う。お姉ちゃんも、最近は清々しい表情でけーくんと接しているし、前より少し積極的に行動している。
うん。本当に良かった。私も、二人が結ばれた方が嬉しい。
もし、結婚したら、私は二人を『パパ』とか『ママ』とか言うのかな?
まだ誰にも聞いていない素朴な疑問なんだけど、どうなんだろ。
……って言ってるのはちょっと舞い上がり過ぎてるかな。ちょっと反省。
今日も、サマリお姉ちゃんがけーくんの家にやって来ている。
何をするというわけでもないけど、けーくんといるサマリお姉ちゃんはどこか嬉しそうだ。
そんな感じでけーくんたちと談笑していた時、玄関のドアが開かれる音がした。
けーくんは来訪者を招くために玄関へと向かう。
ちょっと残念がっているサマリお姉ちゃんに、思わず誰が来たのかを質問してしまう。
「誰だろ?」
「リーダー……とかかな?」
サマリお姉ちゃんの推測どおり、この家にやって来たのはリーダーさんだった。
リーダーさんはいつもと変わらない表情で、キャミソールの上にジャケットを着こなしている。
うーん、私もリーダーさんみたいにオシャレになってみたいなあ。今はセーラー服だけで問題ないんだけど、卒業したら少しはオシャレに気を遣わないといけないから。
それをサマリお姉ちゃんに聞いても……多分、分からないだろうなあ。お姉ちゃん、ローブしか着てるところ見たところないし。
「お久しぶりです、アリーちゃん」
「あ、こんにちは。リーダー」
私に手を振るリーダーさん。私も彼女に応えるべく手を降った。
そんなやり取りに少し困惑しているけーくん。一体、どうしたというのだろう。何かあったのかな。
「久しぶりって……ついこの間会ったばかりじゃないか?」
「え? ああ、『ケイさん』はまだ知らないんでしたっけ……?」
「はい? 何が?」
「――あーっ!! そ、そんなことどうでもいいじゃない!」
何故か慌てるサマリお姉ちゃん。彼女はけーくんとリーダーさんの会話に割って入ってあからさまな動揺を見せていた。
……多分、サマリお姉ちゃんが私の体になっている時にリーダーさんと会ったのだろう。でも、リーダーさんには入れ替わりの件がバレていた。
だから、リーダーさんはイジワルっぽく私に『久しぶり』って言ったのだろう。
「どうでもいいって……そうかあ?」
「そうそう! もうっリーダー! 私たちをからかわないで下さいよっ!」
「えっへへー、どうもすいません。それよりもケイさん、頑張って下さい♪」
「え? ええ……」
リーダーはけーくんに謎の激励をし、近くの椅子に座り込んだ。
そうだ。からかうために来たわけじゃないんだ、リーダーは。きっと、何か問題があって私たちを訪ねてきたに違いない。
懐に手を伸ばして、リーダーは二枚の紙を取り出した。
「さてと、前置きはこれくらいにして……。ひとまず、これを見ていただけませんか?」
「ん?」
二枚の紙を、けーくんとサマリお姉ちゃんそれぞれに渡すリーダー。
受け取った二人は紙に書かれた文章を目で追っていた。
あれ、私の分は無いのかな?
二人は紙に夢中になってるし、やることがないからリーダーをぼーっと見てた。
すると、視線に気がついたリーダーが私にそっと微笑みかけた。
「ごめんなさい。アリーちゃんにはちょっとお願いできる相談ではないんです」
「……うん。分かったよ」
「リーダー。この内容……」
紙を読み終わったけーくんが、真剣な表情でリーダーと向き合った。
どうも簡単な問題じゃなさそう。またけーくんが誰かと戦うのかな。魔王がいなくなって、平和になったのかなと思ったんだけど……。
「ええ。私と一緒に周辺国を回っていただけませんか?」
「……人間との争いは終わっているものと思っていたんですがね」
「『表面上は』です。まだ、どこも友好条約を結んではいないんです」
「『なあなあ』でも、今まで国同士の争いは無かった。ということですか」
「今まではそうです。ですが、魔王もいなくなり、これから本格的に交流が始まるというのに、国同士の連携が取れていないというのはどうかなと思いまして、私が進言したのです」
「確かに……」
「それに、魔王との争いが終わったことを知らない国もあります。そこで、ステル国が音頭を取って各国へ連絡しようということになったんです」
「そのリーダーのお供に、俺が選ばれた……ですね?」
「はい。……一緒に行っていただけますか?」
けーくんがどこかに行くということは分かった。
でも、国を巡るってことは長い旅になるんじゃないのかな。これってもしかして、しばらくけーくんに逢えない?
私はけーくんを見上げた。彼の真剣な表情は消え去っていない。けーくん、リーダーさんと一緒に国を巡るのかな?
「……分かりました。お付き合いしましょう」
「ありがとうございます。そう言っていただけて……心が楽になりました」
「でも、一つだけ」
「……アリーちゃんのことですよね?」
けーくんはゆっくりと頷く。そうだ。私はどうすればいいんだろう。けーくんがいなくなったら、私は暮らせるのだろうか。
すっかり骨抜きになってしまった私は、けーくんがいないと暮らせないようになってしまった。……昔は昔で楽しかったけど、ここまで他人に依存して暮らしていたわけではなかった。
旅団では私がリーダー的な存在としてみんなをまとめていた。むしろ、私がけーくんみたいにみんなを引っ張っていたんだった。
……このままじゃ、けーくんがいないと何もできなくなってしまうんじゃないか?
「ええ。それについては何か配慮は……?」
「本当はサマリさんにお願いするつもりだったんです。アリーちゃんのことについては。しかし……」
もう一枚の紙を読んでいたサマリお姉ちゃんの手が止まった。
読み終わったサマリお姉ちゃんは、困惑しながらリーダーさんを見つめていた。
「……リーダー。ユニちゃんが、私を呼んだんですか?」
「そうです。魔界でサマリさんと同じ種族の生き残りがいるかもしれない……。その情報を手に入れたらしいのです」
「生き残り……まただ」
「また? どういう意味でしょうか?」
「あっ。わ、私の話です。気にしないで下さい」
ちょっと気になるけど、お姉ちゃんが気にしないでって言ったんだから大丈夫だろう。
それよりも、お姉ちゃんの選択はどうなるのかな。サマリお姉ちゃんの種族はモンスターによってお姉ちゃん以外全滅させられたはず。
その生き残りがいるなら、お姉ちゃんは今すぐにでも探しに行くべきだよ。
「それで、答えは……?」
「リーダーさん。私、行きます。魔界へ」
「本当ですか? ありがとうございます。ユニさんもこれで喜びます」
「もし、魔界に私と同じ種族がいるなら、何故こっちの世界に来たのか興味がありますし、私だって仲間がいたら嬉しいですから。ただ……」
そう言いながら、サマリお姉ちゃんは私の方を見た。
けーくんもいない。サマリお姉ちゃんもいない。ユニちゃんもいない。となれば、私は一人でここに残ることになる。
「……リーダー。アリーちゃんのことですけど、一緒に魔界に行くことはできないんですか? ユニちゃんに言えば、何とかなったりは?」
「一応、今のユニさんは魔界のトップにいる存在です。まだ日が浅いのに、ご友人を自由に魔界へ呼ぶことは権威が落ちてしまうことになりかねません。今回サマリさん抜擢されたのは、生き残りがいるという情報があったからです」
「人間とモンスターの友好は、まだまだ時間がかかりそうだね……」
憂いをおびるサマリお姉ちゃん。確かに、今のユニちゃんで勝手にすることはいけないことだよね。
……うん。決めた。ここで一度頑張ってみよう。けーくんと会う前は辛い出来事はちゃんと乗り越えてきたんだ。今回はその中で一番簡単じゃないの。平和な国で、平和に暮せばいいだけ。ご飯はどこでも買えるし、雨風を守ってくれる家もある。そして、暖かいベッドが毎日私を待ってるの。
「まっ。まずは人間同士の友好だけどな」
紙を見せて、けーくんがサマリお姉ちゃんに話しかける。
そうだ。けーくんの任務は友好条約を結ぶこと。人間同士が仲良くなってからモンスターと仲良くなればいい。
それはそうと……。けーくんはそう言いながら、屈んで私と視線を合わせた。
「本当に大丈夫か? 俺はとっても心配なんだが……」
「大丈夫だよけーくん。私だってもう大人のようなものなんだからっ!」
「俺にとってはまだまだ子供だよ。朝、自分で起きられない内はな」
コツンと私の額に人差し指を押し当てるけーくん。
う……。それを言われると弱い。この暮らしがすっかり気に入ってしまって、朝のベッドから抜け出せない。
これだけは反論しようのない事実だった。でも、ここで黙ってしまってはけーくんたちが旅立てない。
私はえっへんと体を反らして自信有り気な雰囲気を醸し出した。
「だ、大丈夫だよ! けーくんがいなくなったら、一人でちゃんと出来るから!」
「リーダー、アリーを連れて行くことはできないんですか?」
「……すいません。私とケイさんで、先に申請を出してしまったので。先にサマリさん宛の手紙が来ていれば人数に含めたんですが……」
「そうですか。うーむ……やはり心配だ」
私の強がりもけーくんにはお見通し?
依然として不安げな表情を見せるけーくんは、思いついたように立ち上がって棚のところへと向かった。
そして、棚の中の何かを取り出すと、再びこっちに戻ってくる。それを見せながら、彼は私に話しかけた。
「ほら、これ」
「ん? これってなあに?」
けーくんから手渡されたもの。
それは見覚えのある武器だった。確か、名前は『拳銃』だったような……。あっ、これってリアナさんが持っていた銃だよ。
けーくんやサマリお姉ちゃんが言うには、リアナさんは遠くの地へ旅立っていたって言ってたけど、これはどういうことだろう。
「これはな、リアナが俺たちに託してくれたんだ」
「そうなの? でもけーくん、旅立ったなら、武器は必要なかったのかな?」
いくらモンスターがいなくなったと言っても、野蛮な人間がいるはず。
しかも、女性一人で旅立つなんて危険極まりないよ。変な人はどこにでもいるんだから。身を護る武器くらいは持っておかないと。
「この武器はアリーが困った時にって渡してくれたんだ」
「え? どうして?」
「……アリーが一番使いこなせるからって、アイツは言ってた」
私が? 使ったこと無いのに、どうして使いこなせるだなんて……。
まあ、答えの出ない問答を頭の中で繰り返してもあまり意味はない。ここは素直に受け取っておこう。
「うん。ありがとう、けーくん」
私はそう言って、拳銃をバッグに入れる。これは学校に行く時にいつも持っていくバッグだ。ここに入れておけば、日常的にいつも手元にあることになるからね。
拳銃がバッグに入った時、私は拳銃の後ろに隠れていたもう一つのものに気がついた。これはヘアピン?
飾り付けがなく、ボロボロの状態になっている。恐らく、塗装は剥げている。こんなになるまで使い続けているなんて、相当貧乏か……それほど大切なヘアピンだったのか。
とりあえず、何も考えずに一緒にバッグへ入れていく。
「これで大丈夫……とはまだ言えないが、あれが助けになってくれればいいと思う」
「もー、大丈夫だよみんな。数週間の間だけ、一人で暮らせればいいだけでしょ? 魔王もいないし、この国も安全だから心配することないよー」
サマリお姉ちゃんが私の頭を撫でながら、心配性のけーくんへフォローしてくれる。
「アリーちゃんもこう言ってるわけだし、後輩くん。彼女を信じてあげようよ。ねっ?」
「まあ……そうだな」
サマリお姉ちゃんの言うことをしっかり踏まえて、自分なりに納得をしているけーくん。
私の言葉じゃ足りなくて、サマリお姉ちゃんがぴしゃりと言い放ったら呆気なく納得してくれる彼。
やっぱり、あの夜何かがあったんだ。
気になるなー。自分の体は経験したんだろうけど、心の方は記憶にないんだもん。ちょっと残念だったかも。
さーて。明日は学校があるんだ。今日は早く寝て、学校に遅刻しないようにしないとねっ!




