※彼の想いと私の想い
私は悪くない。アリーちゃんが悪いんだ。
そう私の中で無理矢理結論づけて、私は後輩くんと一緒に浴室にいる。
始めて後輩くんの家の浴室を見たけど、割と広い方だと思う。でも、ほとんどの家で浴室を使うことは少ない。
オシャレさんは国が建てた施設を使ってお風呂に入るし、家で同じことをしようとすると大量の水が必要になる。
つまり、魔法で水を出すことができるかどうかで、このお風呂場の価値が決まる。
幸い、後輩くんは魔法が使えるようになったから、ここは有効活用できているのだろう。
そう言えば、後輩くんはスキルの力で魔法を使えるようになったという。私が魔法を使えたから、それを継承したとのこと。私としては後輩くんの役に立ってとっても嬉しかったんだけど、とんでもない力だと思う。
そんな力がスキルとして使えていた後輩くん。今は乗り越えているけど、それまでは苦しかったに違いない。他人とは違う力……強大過ぎる力を恐れて、嫌われないために人助けをしていたなんて……。
……もし、後輩くんにそんな力がなかったら、私との出会いはなかったのかな。だったら……私はずっと記憶を失ったままギルドに殺されてたかもしれない。
「よし、じゃあ……髪洗ってやるよ」
「うん。ありがとう」
感慨にふけっていた私を、後輩くんが呼び覚ます。
私は軽く頷いて、それから後輩くんの前に座った。
……何故こんなに冷静でいられるかって? 『敢えて』冷静でいないと、私の本能が暴れだしてしまうのだ。
だから、私はなるべく後輩くんの姿を見ないように浴室にいる。
お湯を私の頭上へ流し、髪を濡れさせる後輩くん。
それから、泡立てたシャンプーを頭上に当てて、ワシャワシャと洗い始めた。
私の指じゃ再現できない、彼の大きな指。それで洗われる私の……アリーちゃんの頭皮。
爪が立たないように、マッサージするように指が淀みなく動いてくれる。
後輩くん……結構上手いのかな。
……このまま黙って頭を洗ってもらっているのも悪い気がする。
でも、気のいい会話は私にはできない。……せっかく浴室にいるんだ。私のこと、どう思っているのか聞いてみるのもいいかもしれない。
……今はアリーちゃんの体なんだから。
「ねえ……」
「どうした?」
「……サマリお姉ちゃんのこと、好き?」
我ながら大胆だと思う。
言った本人が、その後後悔してるくらいなのだから。
後輩くんは手を止めず、私の頭を洗いながら答えてくれた。
「うーん……好きってのはよく分からないかな」
「分からない?」
「けど……一緒にいるだけで落ち着くっていうか……楽しいとは思うな」
「楽しい?」
「……これが好きって気持ちなのかどうか、分からないんだ」
「そ……そうなんだ」
後輩くんの意外なる反応。
私もどう答えていいか分からない。これは脈があるのか無いのか……。
やっぱり、私と後輩くんは仲間なだけなのかな。あまり期待しないほうが良かったかも。
私は少しだけがっかりの気持ちを前に出して言葉を紡いでしまう。こればかりは、今の私じゃ制御できなかった。
「……サマリお姉ちゃんとは、仲間って認識だけ……なんだよね」
その時、後輩くんの手が止まった。
数秒間、時が止まったかのように静かになる。一体、どうしたのかな。
後輩くんは、そんな重い空気の中でポツリとつぶやいた。
「いや……ただの仲間という気持ちじゃない。なんかな……気になるんだよ、アイツが。そのせいかどうかは分からないけど、アイツが側にいるだけで……なんか安心できるんだよな」
「気に……なる」
「ああ。気になるんだ。恥ずかしいこと言ってるかな」
あぁ……。私はここで、ようやく二人が両思いなんじゃないかって確信ができた。
だから、アリーちゃんはあんなに急かして私を応援してたんだ。だから、後輩くんはこんな私と一緒にいてくれたんだ。だから……私は後輩くんを名前で呼ぶことに恥ずかしさを覚えていたんだ。
……私は泡が目に入らないように、いつもより強く目を瞑った。
ありがとう、アリーちゃん。私、臆病だったね。
そして、ありがとう……ケイくん。私、これからもずっとケイくんについていくから。絶対に、私だけは裏切らない……どんなことになろうとも、私はあなたを信じ、一緒に生きていきたい。
その後は、私はぽーっとしながら後輩くんと一緒に過ごしていた。
後輩くんが作ってくれた料理はとっても美味しく、感動した。
残念なのは、どんな料理を作ってくれたのか覚えていないことだけど。
そして、いつの間にか私は後輩くんと一緒のベッドに眠っていた。
「……後輩くん」
彼はすでにスヤスヤ寝息を立てていた。
見慣れた整った顔立ちだと思っていたけど、こうして後輩くんの寝顔を見たのは始めてだった。
いつもは周りに気を張って真剣な表情を隠さない後輩くんが、こうして無防備に素顔を晒している。
思わず、私は人差し指で彼の頬を優しく触れた。
「柔らかい……」
私は後輩くんの役に立てているだろうか。やっぱり、どこか足手まといになっていないだろうか。
後輩くんの力は凄い。それは誰でも知っている。だから、大抵のことは後輩くん一人で何とかなってしまう。
……そう。私なんか本来はいらない人間なんだ。後輩くんの後ろに引っ付いて、何も出来ない。後輩くんが強いから、戦う敵も強大なものになってしまう。
私はいつも一生懸命、彼の役に立とうと頑張っているけど、いずれ邪魔だと言われないだろうか。
ある時一瞬だけ、後輩くんの力が弱くなったらどうなるだろうと想像したことがある。
そうすれば、手を取り合って一緒に生きていくことが出来るんじゃないかって、思ったことがある。
でも、そんなこと考えても無駄だって答えがすぐに出てしまった。
……彼の強さだけが、好きな理由じゃないから。言葉で表すのは難しいけど、色んな魅力があって、一つじゃ選べないのかな。
……これは私だけが思ってることだから、他人がどう思っているのかは知らない。けど、私はどんな後輩くんも大好きになると思う。
間近で見る、彼の素顔。
寝ている彼の表情は、まさに無垢で純粋だ。私は、そんな彼を見ているのに邪な考えが浮かんできてしまう。
向かい合う私と後輩くん。
後輩くんは寝ているから気づかないけど、今の私はきっと顔を赤くして恥ずかしがっていることだろう。
体温が上がり、胸がドキドキしてくる。いけないことを、これからしてしまう。
「……ん」
この時間をいつまでも記憶しておくためなのか、私はゆっくりと後輩くんの顔に自分の顔を近づけていく。
こんな私は、やっぱりズルいだろうか。想いを伝えていないのに、こんなことをやってしまうのは……。
もう、人差し指くらいの距離まで近づいてしまった。私の心は後輩くんへと迫っていく。けど、どこかで私自身がその行為を止めるように訴えている気がした。
「…………」
後輩くんの顔と、私の顔が触れ合う。
しかし、私の唇の先は……後輩くんの頬だった。
寸前で私の良心が勝ったようで、私の唇は後輩くんの唇から離れてほっぺたへと触れ合ってしまった。
これが……いいんだ。アリーちゃんの体で、こんなことしちゃいけないよ。
アリーちゃんの大事なキスを、私が奪うわけにはいかない。だから、これでいい。
「……寝ている時に、ごめんね後輩くん」
今度は、起きてる時にしたい……かな。
……さ、さーてと。早く寝なきゃね。だって、明日は私の体を返してもらうんだから。
緊張は相変わらずしていたけど、私は目を瞑って寝れるように必死に願った。
その願いだけが心を支配していたのが功を奏したのか、私は次第に重くなっていく瞼を感じながら夢の中へと落ちて行ったのだった。




