※アリーちゃんのイタズラ……って言えるのかなこれは
「……アリーちゃん」
「何かな。サマリお姉ちゃん」
「……これ……どういうことなんだろ」
「んー……何でだろうねえ」
そう言って、『私』が首をかしげる。
えーっと……順を追って思い出してみよう。今日、私はアリーちゃんを連れてカフェで一休みしてたんだ。
そこでアリーちゃんにからかわれて恥ずかしい思いをしたんだけど、時間が経ってモンスターを退治しに行ったんだっけ。
モンスターというのは魔王軍の残党で、局地的に人々を襲っている。それを退治するのが今日の私の仕事だった。
アリーちゃんに頼んでたのは、彼女とメルジス……融合することによって私の力が強くなるからだった。そうすれば、楽勝で仕事が終わると思ったからだ。
実際、モンスターとの戦いはあっけなく終わった。
メルジスをし、アリーちゃんと一つになった私は自慢の爪と魔法でモンスターを難なく倒すことができたんだから。
でも……何故だろう。メルジスしている間、私は何故かアリーちゃんの心に触れることができなかった。いや、正確に言えば、彼女に触れたくない場所だけ、鍵がかかって見えなかったと言った方がいいか。
とにかく、そこで嫌な予感はしていた……んだけど、その感情をアリーちゃんに抑えられてしまっていてまったく気づかなかった。
まあ、モンスターとの戦いもあったから、迷ってる暇はなかったんだけど……。
……で、その不安感を白濁されていた結果がこれである。
『私』は、自分の胸をまじまじと見つめて呆けている。……うん。私ってこの視点だと結構大きいんだなあ。胸とか身長とか。
「へぇ……やっぱり、お姉ちゃんの胸って大っきいんだねー」
あわわ……。『私』が興味深そうに胸に手を当てて、ゆっくりとその感触を確かめている。
ぐにぐにと手に合わせて形を変えていく私の胸。今の私の目から見ても、とても柔らかそうな感触だ。
それに比べ、今の私の体は小さく、頼りない姿になってしまっている。……と言うのは失礼かな。何故なら……。
「……アリーちゃんの体になっちゃったんだから……」
ハァ……とため息をついて、私は能天気な『私』を見つめる。アリーちゃんにとってはイベントの一つとしか捉えていないのだろう。
彼女は目を光らせながら『私』の体で遊んでいるのだから。
けど、私にとっては大問題だ。何故こういうことになってしまったのか。どうやって元に戻ることができるのか。もし、このまま二人の体が入れ替わったままだったら……。
不安は別の不安を呼び、心が押しつぶされていく。
「大丈夫だよお姉ちゃん。何とかなるって♪」
「……アリーちゃん。これはあなたの問題でもあるんだよ? 元に戻れなかったら……私……」
今更後悔しても遅いかもしれない。
でも、私は何故か後輩くんの顔が浮かんでしまった。あぁ……こうなってしまうのだったら、ちゃんと『ケイくん』って呼びかけて見たかった。
アリーちゃんにはああ言ったけど、本当は誰よりも後輩くんを名前で呼びたかったんだよ。でも、呼んでしまったら……今まで『後輩くん』で培った関係がリセットされそうで、嫌だった。言ってしまったその日から、もう……お互いをバカにできる関係じゃなくなってしまう。そんな気が、私の中で勝手に生まれてた。
……でも、こうして後悔ばっかしてるってことは、関係が変わってでも言うべきだったのだろう。
「ねえ、お姉ちゃん。大丈夫なんだよ」
「ど……どうしてそんなこと分かるの?」
アリーちゃんが『私』の顔でニヤニヤしながら言葉を紡いでいく。
ああ、イタズラしてる時の私ってこんな顔してるんだ。結構、ムカつくかも。
「だって……私が入れ替えたんだから♪」
「……え?」
「メルジスから分離する時にね、私が先にサマリお姉ちゃんの体に入ったんだ。その代り、サマリお姉ちゃんが私の体に入っちゃったってわけ。だから、もう一度メルジスすれば元に戻るんだよっ!」
「そう……それなら……安心だね」
ホッと胸を撫で下ろす私。
なーんだ、アリーちゃんが勝手にやったことだったんだねっ。それじゃ、もう心配事も何もない――ってそんなわけあるかぁっ!!
「アリーちゃん!! も、元に戻しなさいっ!」
「……ダメ」
「な、何故に!?」
「これもね、お姉ちゃんを思ってのことなんだよ」
「私のことを思って……?」
はて。アリーちゃんは一体何を考えているのだろうか。
私とアリーちゃんが入れ替わることに、何の意味があるのだろうか。
「ほら、サマリお姉ちゃん。けーくんの様子を見たいんでしょう? でも、サマリお姉ちゃんの姿じゃ恥ずかしいだろうし、私の姿なら何でも聞けるよ!」
「……た、確かに」
「安心してサマリお姉ちゃん! 私が、ちゃんとけーくんと仲良くしてみせるから」
「……う、うーむ……」
悪い話……じゃないのかもしれない。
確かに、この姿なら後輩くんの知られざる一面を垣間見ることができるかも。
アリーちゃんの『仲良く』って単語が気になっているけど、まあ、アリーちゃんなら多分大丈夫だろう。
「ねっ? いい案だと思わない?」
「……そう、だね。あの、アリーちゃん。少しだけ体、借りるね」
「うん!」
とりあえず、アリーちゃんのご厚意を受け取ろうと思う。
悪意があってやったわけじゃないし、戻り方もちゃんと分かってるなら安心。
それに、アリーちゃんなら大丈夫な気がする。私の体で変なことは起こさないと思う。
「じゃ、けーくんに会う前に練習しようか」
「練習? 何を?」
「お互いになりきる練習!」
「あ、そっか。バレちゃったら意味がないもんね」
「うん。じゃ、私はこれからサマリお姉ちゃんの真似をするから」
「私はアリーちゃんの真似をすればいいんだね?」
これは簡単だろう。なんてったって、いつもアリーちゃんと会ってるわけだし。
今はユニちゃんもいないから変な詮索もされないだろうし。
うん。いけそう。
早速、アリーちゃんは私になりきっていた。
「……さ、後輩くんのところに行こうか。アリーちゃん」
「あ……うん。サマリお姉ちゃん」
自分のことを『お姉ちゃん』と呼ぶのはいささか恥ずかしい。
でも、今の体はアリーちゃんなんだからお姉ちゃんと呼ばないといけない。
うぅ……羞耻心さえなければ、なりきりが楽なんだけど……。
「後輩くん……楽しみだな……えへへ」
「あの、サマリお姉ちゃん」
「何? アリーちゃん」
「……何が楽しみなの?」
「ふふふっ……秘密♪」
私は、いつもこんなことを言ってるのだろうか。
自分を客観的に見たことがないから、何とも言えない。
そんなわけで、私たちはステル国へと戻った。
私の代わりに、私の姿をしているアリーちゃんが許可証を兵士に見せて、通行を許してくれる。
その時のドヤ顔の私が少し可愛いと思えてしまったが、中身はアリーちゃんなのだ。
きっと、私がやってもあまり可愛いとは思えないだろう。
確か、後輩くんとは街の広場で待ち合わせていたはずだ。
任務が終わるので、アリーちゃんを後輩くんに渡すついでに色々話そうかなと思ってたんだった。
今日はどんなことを話そうかな。……と言っても、今の体じゃ考えても意味ないかな?
「アリーちゃん、何か元気ないねえ」
「ふぇ!? そ、そう?」
「うんうん! もっと元気よく歩かないと! そんなんじゃ後輩くんから心配されちゃうぞー?」
「う……うん! 元気元気!」
「よしよし! その粋だよ!」
ニヤニヤして、私の頭を撫でるアリーちゃん。
あぁ……。始めて自分が『姉』の立場にいるからウキウキしているんだ。
ちゃんとお姉さんらしいことをしようと、背伸びしているアリーちゃん。
ちょっとだけ、昔の自分を思い出す。
「おーい」
「あっ……」
後輩くんの姿が見える。アリーちゃんの身長から彼を見ているからか、いつもより頼りがいがありそうな気がした。
……ううん。いつも後輩くんはかっこいいし、みんなのために戦ってくれる頼もしい人だよ。
私は、そんな彼に元気よく呼びかけようと声を発した。
「後輩く――ふぐっ!?」
とっさに覆われた私の口。な、何をするのアリーちゃん!?
私の姿をしているアリーちゃんは笑顔を絶やさない。しかし、その表情は何かどす黒いものを感じた。
――サマリお姉ちゃん……ちゃんと『けーくん』って呼ばなきゃ……ダメだよ?
……え。
彼女の威圧。そっか……そうだった。私は今アリーちゃんになっている。それがどういうことか?
そう。私は後輩くんを後輩くんと呼ばないで『けーくん』と呼ばなければならないのだ。
……ちょっと。私に出来ると思う? まだ一言もケイくんと呼んだことのないこの私に。
呼び方を変えようかどうかで眠れないほど悩んでしまう私が! アリーちゃんの姿で! あだ名で呼ぶんだよ!?
あ、あだ名だと思えばいけるかも。ちょっと、頑張ってみようかな。
後輩くんはまず私を見て、それからアリーちゃん(サマリ)の方を見る。
やっぱり、アリーちゃんの方が大事なのかな。まあ、一緒に暮らしてるから当たり前なのかも。私だって、妹と待ち合わせしてたら妹の方を先に見ちゃうよ、きっとね。
「おいサマリ……アリーに何してんだ?」
「え? あっ、これはちょっとした余興で……」
「余興ねぇ……。お前、また何かやらかしてないだろうなあ?」
「やだなー後輩くんは。私がそんな変なことをする人間に見える?」
「……前科があるんでな」
「ひっどーい。後輩くんって私をそんな目で見てたの?」
「え? あ、そんなんじゃないんだけど……」
……アリーちゃん。役者にならないのかな。
私の真似、完璧じゃない? もしかして、この計画を前々から立てて、隙きあらば私の真似をしていたとか?
まあ、それは後でアリーちゃんに聞けばいい。問題は、私がアリーちゃんの真似ができるかどうかだ。
……よし。まずは声を出そう。そして、後輩くんを呼ぶのだ。




