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※奥手なサマリお姉ちゃん

「いやぁ……アリーちゃんとのんびりできるってのはいいねえ~」


 向かい合わせに座っているサマリお姉ちゃんが、腑抜けた顔つきをしながら紅茶を飲んでいた。

 顔に力が入っていないサマリお姉ちゃんの顔は緩み過ぎていて大分残念なものとなってる。

 けど、こうした表情が出来るのも今が平和だからとも言えるよね。

 けーくんのおかげで、この世界は平和になった。モンスターと人間の無意味な争いは無くなり、後はお互いに平和な時がゆっくりと流れていくだろう。


 こういうことを言うと、けーくんは決まって否定してくる。自分だけの力じゃないって、みんなのおかげだって。

 でも、私から見たら魔王を倒したのもけーくんだし……特に私なんてサマリお姉ちゃんの負担を軽減させたくらいしか役に立ってない。

 ちゃんと活躍できているけーくんは、やっぱり凄いんだなって思う。


 こうしてサマリお姉ちゃんとお茶しているのもけーくんのおかげだし。

 ……肝心のお姉ちゃんは紅茶で酔っ払っているかの如くべヘれけな表情になっているけど。

 ちょっと、注意してあげた方がいいかな? もし、けーくんが今のサマリお姉ちゃんを見たら幻滅するかもしれないよー……。

 でも、意外とギャップで関係が一気に進むかもしれない。


「サマリお姉ちゃん。幾らなんでも気を抜きすぎなんじゃ……」


「んぁ? 大丈夫大丈夫♪ アリーちゃんくらいしか見てないしー。暖かな日、モンスターとの大規模な争いも無くなり、午後の一仕事の前に紅茶を頂く……。この優雅な日常をこれからずっと謳歌できるんだから顔がヘンになってもしょうがないよ~」


「……その顔をけーくんが見たらどうなるのかな?」


「えー? 後輩くんがぁ? 大丈夫大丈夫見てない見てない♪」


「あっ! けーくんだっ!!」


「――えっ!? ど、どこっ!?」


 途端にサマリお姉ちゃんの表情が青ざめ、刹那に沸騰したみたいにほっぺたが赤々しくなる。

 キョロキョロと周りを見渡し、いるはずのないけーくんの存在を探しているサマリお姉ちゃん。

 もう……けーくんに見られると恥ずかしいなら、最初からそんな顔しなきゃいいのに……。


 サマリお姉ちゃん。彼女の心の変化は微弱だけど私にも伝わっている。

 特に最近、けーくんのことを意識し始めていると確信できる。私の女の子としての勘が。

 最初はそんなんでもなかったように思えるなー。けーくんに、先輩と思われないことに憤っているところもあったし。

 何だろー。いつからけーくんのこと好きになったのかな? サマリお姉ちゃんは。

 ある時点から、けーくんの話題をサマリお姉ちゃんに振ると、顔を赤くしてアタフタしてしまうようになった。それが可愛くて仕方ないんだけど、こっちから見てるといじらしくもある。

 ちなみに、私はけーくんに対して特に恋愛的な感情はない。どっちかというと……親に対して抱く感情に似ている。

 本当の親を覚えていない、あの窮地から救ってくれたのがけーくんだった。というのもあるのかな。

 うーん……だから一緒にお風呂にも入れるのだろうか。これが恋愛感情だったら、私はきっとけーくんと一緒に寝ることもお風呂に入ることもできないだろう。

 だって、恥ずかしいはずだから。サマリお姉ちゃんと同じになってしまうんじゃないかな。


 私の嘘がようやく明るみになったのか、サマリお姉ちゃんは大きなため息をついて低い声で唸り始めた。


「アリーちゃーん……嘘はいけないよ嘘はー」


「ごめんねお姉ちゃん。でも、そんな顔しなきゃいいんだよ」


「えー。今日だけでも腑抜けさせてよー」


「もう、お姉ちゃんったら……」


「えっへへへー……」


 相変わらずのサマリお姉ちゃんの顔を見ながら、私も紅茶を一口すする。

 これはステル国の紅茶じゃなくて、別のところから輸入してきたやつだ。だって、ステル国のはマズイんだもん。

 味がしないの。無色透明で水を飲んでるみたい。


「……ねえ、アリーちゃん」


「どうしたの?」


「……あの、さ。最近、後輩くんは……どう?」


「どう? って言われても、いつも通りだよ?」


「いつも通り……。特に変わったことはない?」


「……サマリお姉ちゃん」


「……あっ! べ、別に後輩くんの様子がシリアスってるとかじゃなくていいの! そりゃもちろんシリアスってたら大変だから話を聞いてあげないとって思うんだけど、そうじゃなくて後輩くんの近況とか――」


「え? 近況って、サマリお姉ちゃんって昨日けーくんに会ってたよね?」


「あ゛。そ、そうじゃなくてさ! ほら! 家の中と外じゃ様子が違う人がいるじゃん! そんな感じ!!」


 ああ。午後の仕事のお手伝いは単なる『名目』だったのか。

 つまるところ、サマリお姉ちゃんはけーくんが何か自分を話題にしていないかが気になっているんだ。

 自分からアプローチするのが恥ずかしくて、私を頼っているわけだ。

 ……いつものサマリお姉ちゃんみたいに突撃すれば、すぐに結果が分かるのに。どうしてお姉ちゃんは恋愛に関して奥手なのだろう。


「うーん。特にないよ。いつも通りだった」


「いつも通り? ホント?」


「うん」


「そっか……ハァ……」


 意気消沈してしまうサマリお姉ちゃん。それならもっと積極的にいかないと!

 ため息ばかりじゃ誰かに取られちゃうよ?

 ……ここは、私が背中を押してあげた方がいいのかな。少しだけ、サマリお姉ちゃんにアドバイスしてみよう。


「ねえ、サマリお姉ちゃん」


「なーにー?」


 ズズズッと紅茶をすするお姉ちゃん。

 私はうわずる声を抑えながらお姉ちゃんに提案することにした。


「そろそろ……『ケイ君』って呼んでみたら?」


「ブッ!? ゲホッ! ゲホッ!」


「だっておかしいよ。いつまでも『後輩くん』なんて呼び方。けーくんと親密になりたいのなら、ちゃんと名前で呼んだ方がいいに決まってるよ」


「ちょ! ちょっとアリーちゃん! 何をおっしゃいますの!」


 慌てすぎてお嬢様になったお姉ちゃんが可愛いんだけど、これは深刻な問題。

 だって、だってだよ? もし、結婚したとする。その時、けーくんに対して『後輩くん』って呼ぶのはおかしいよ!

 ……でも、結婚したらさすがに呼び方は変わるのかな?


「どうしてずっと『後輩くん』なの?」


「そ……それは……今更変える必要がないと思ったからだよ……」


「でもさ、呼び方を変えたらけーくんも意識し始めたりして」


「それは……!! ……呼び方一つだけじゃ変わらないよ~」


『意識し始める』

 この言葉にサマリお姉ちゃんは一瞬ハッとなっていたけど、すぐに否定しちゃう。

 軽く俯いていじけてるサマリお姉ちゃんを見ながら紅茶をすすっていると、少しずつお姉ちゃんの顔が私を向き始めた。


「……恥ずかしいよ」


「え? どうして?」


「ずっと『後輩くん』で通ってきてたから、今更名前で呼ぶのは……やっぱり」


「そっかあ」


「それに……『ケイくん』なんて私が呼んだら、嫌われないかな?」


「それくらい大丈夫だよー」


 けーくんがそんなことで嫌いになるはずがない。

 そう思うんだけど、サマリお姉ちゃんはどうやらそうは思わないらしい。

 私はまだ子どもだから分からないけど、恋心は嫌われたくない気持ちを増長させるのかな。

 まだまだ分からないことの多い恋心をサマリお姉ちゃんで習おうと思いつつ、私は一つの疑問をお姉ちゃんにぶつけることにした。


「ねえ、サマリお姉ちゃん。けーくんとは普通に話せるんだよね?」


「え? まあ、そりゃあね」


「じゃあさ、それと同じように話してみればいいんだよ♪」


「同じように……って、何を?」


「『ケイくん♪』や『大好き!』とか!」


「……わ、私が……後輩くんに……大好き……って? はぇぇ……」


 どんな場面を想像しているのだろう。サマリお姉ちゃんは顔を増々赤くして両手を頬に当ててしまう。

 そんなお姉ちゃんの挙動を興味深く観察している私は、ある意味で残酷だろうか。こうしてお姉ちゃんをからかってばかりで、具体的なアドバイスは一つとしてしていないことが。


「わ、私! 後輩くんとはまだ短い付き合いで……! だ、だから……後輩くんのこと……全然知らないから……そんなことはまだ早すぎる……から……」


 誰に言い訳しているのか。

 サマリお姉ちゃんはポヤポヤとした表情をしながら、未来の自分の姿を思い浮かべているのかもしれない。

 あーあ。早くしないと誰かに取られちゃうよ。今までは事件を解決した一個人だったけど、今や魔王を倒した一種のヒーローなんだから。

 色んな女の子がけーくんになびくよ。きっと。これは私の勘だけど。

 あと、けーくんの村にも『先輩』とかいう大人の女性がいた。あの人もけーくんを狙っているのだろうか。

 ……このままじゃあ、サマリお姉ちゃんが負けちゃう。……うん。ここは私が何とかしてあげないといけないっ。


 でも、どうやってサマリお姉ちゃんを助ければいいんだろう。サマリお姉ちゃんの心をけーくんに伝えようか?

 それじゃ意味がないような気がする。結局、サマリお姉ちゃんが自分から言わないなら、態度は変わらないと思う。

 サマリお姉ちゃんがけーくんに直接伝えないと、サマリお姉ちゃん自身が納得しないよ。彼女の性格上、ね。


 とにかく、何かを考えないと。私はまだ案が浮かばないのに、サマリお姉ちゃんの手を握って頼りがいのある表情をしたつもりだった。


「お姉ちゃん!」


「ア、アリーちゃん? どしたの? そんな顔して」


「安心してっ! 私がサマリお姉ちゃんの恋の天使になるから!」


「て、天使……」


「うんっ! だからサマリお姉ちゃんは頑張って『ケイくん』って言えるように頑張って!」


「……あ、あの。何か良からぬことをお考えでは?」


「考えてないよっ! というか、今はまだ何も思いつかないの!」


「……き、気持ちだけ受け取っておくよ。これは私個人の問題だし、アリーちゃんに迷惑かけるわけにはいかないよ」


「ほらー。またそうやって自分一人で抱え込むぅー。サマリお姉ちゃんはそういうところがダメなんだよー」


「いや、これは別に死線とかをくぐり抜ける問題でもないしシリアスじゃないから……」


「サマリお姉ちゃんの場合は、誰かにちゃんと相談することっ! いい?」


「は……はい……」


 よしっ。これでサマリお姉ちゃんも嫌とは言わないはずだ。結構酷いことを言ったと思うけど、これくらい言わなきゃサマリお姉ちゃんは首を縦に振らないだろう。


「――というか。そろそろモンスター退治しに行こうよ。今日はそのためにアリーちゃんを呼んだんだよ?」


「それ、本当にするんだ」


「あったりまえ! 今日はちょっと強いモンスターだからメルジスして楽に勝とうと思ってたんだよ」


「メルジス……。そっか、私とメルジスするんだ」


「ん? そうだよ」


 メルジス。不思議な石を使ってサマリお姉ちゃんと心と体を一つに融合すること。

 二人の考え方、そして、融合した結果、強化された魔法と身体能力で普段の二倍以上の力を発揮できる。

 この融合は、サマリお姉ちゃんと私が一番相性がいい。一度、ユニちゃんとメルジスしたことがあった。あの時はあの時で面白かったんだけど、まあ、それは置いといて。


 ……そう言えばメルジスって、心が混じっちゃうんだよね。そして、分かれた時一人の人間に分裂できる。

 ……なるほど、この手があったか。


「よしっ! やろうサマリお姉ちゃん! 早く魔王の残党を倒そう!」


「……アリーちゃん。一つだけ聞いていいかな?」


「っと! どうしたのお姉ちゃん?」


 椅子から降りてすっくと立ち上がる私。

 サマリお姉ちゃんは不安そうに私を見つめている。


「……変なこと、考えてないよね?」


 サマリお姉ちゃんを心配させたくない。その一心で、私はとびきり元気な笑顔を向けたのだった。


「うん。大丈夫だよ!!」

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