この先の未来で
次に目が覚めたのは、お城のベッドの上だった。
白を基調とした内装はとても清潔感があり、そして心を癒してくれる。
だが、俺には落ち着いていられる心の余裕はない。魔王を倒したのはいいものの、それ以外を放り投げて気絶してしまったことには変わりない。
俺はすぐに起き上がって戦いに出ようと考えていた。それを止めてくれたのはサマリだった。
「後輩くん。もう大丈夫だよ」
「サマリ……?」
戦いのことが気になって周りを見ていなかった。彼女の声のおかげで、ようやく彼女を認識できた。
サマリは俺が寝ている間、ずっと看病しててくれたんだろうか。それとも、タイミングよく俺が目を覚ましたのか……。
彼女は寝ぼけ眼の俺を神妙な面持ちで見つめてくる。笑顔になろうと努力しているのだが、顔が上手く動いてくれない。そんな感じの表情だ。
「どうした? 何かあったか?」
「え? あ、ううん。何でも。それよりさ、戦争のこと……」
「ああ。俺が倒れてからどうなったんだ?」
「うん。魔王が死んだことで指揮系統は混乱したの。魔王が率いていた遠くの軍勢はすぐに退いたよ」
「そっか……」
「後輩くんが気絶したってことを伝えなかったのも効いたのかも」
「魔王を倒した人間がいる……そうなれば恐怖感を煽ることにもなるか」
「うん……」
コクリと頷くサマリ。
う、ううむ……。今日の彼女は珍しく真剣だ。少しだけ、調子が狂うなあ。
そんなことを思っていると、サマリが俺の太ももに頭を乗せて大きく息を吐いて安堵し始めた。
彼女の目線は依然として俺を見ている。ジッと見つめられると少し照れてしまう。彼女の吸い込まれるような瞳に誘われながら、俺は彼女の言葉を耳にしていた。
「良かった……後輩くんが生きてて」
「何言ってるんだよ。サマリ」
「だって……嫌な予感がしたんだよ? もしかしたら後輩くんが……魔王に殺されるんじゃないかって」
「おいおい、俺を信用してないのか?」
冗談っぽく言ったつもりだった。
けど、サマリは目に涙を溜め始めて小さく嗚咽してしまった。
少しからかい過ぎてしまっただろうか。謝ろうと思うよりも前に、先に彼女が俺に謝ってしまった。
「ごめん。泣かないようにって思ってたんだけど……。あのね、信用してないってわけじゃないの……。なんか、後輩くんと私があそこで死ぬのが運命のような気がして……戦いが始まってからずっと心がざわざわしてて……。勝っても後輩くんがずっと寝てて……このまま目を覚まさないんじゃないかって……嫌でも想像しちゃって……!」
「……俺の方こそ悪かった。ずっと、ここで心配してくれてたのにな」
今の彼女はアリーのような幼い子どものように見える。
甘え足りない子ども。夜に親が帰ってきたら親のぬくもりを確かめるためにギュッと体を抱きしめてくる。
そんな光景があるとしたら、親が取る行動はある程度限定されるだろう。
俺はその中で今出来そうなことを実行することにした。
「……あ」
こっちを見つめているサマリの頭に手を伸ばす。
そうして、彼女の頭をゆっくりと撫で始めたのだ。
「サマリ、俺はここにいる。どこにも行かないよ」
「……うん。そーだね……!」
彼女が落ち着いてから、俺は戦争が終わった後のことをもう少し詳しく聞けた。
ユニは魔界へと帰るつもりらしい。戦争が終わった。つまり、魔王の支配も終わったことと同じ。
魔界側をまとめる人材が不足していることもあり、白羽の矢が立ったのがユニだった。
彼女も自分の使命を理解して、魔界へ戻る決意を固めたらしい。彼女のことだ。きっと魔界でも上手くやれるさ。
……あいつにも、ちゃんとモンスターの仲間はいる。もちろん、始めは大変だろう。魔王が死んだといっても、魔王を支持している者が死んだわけじゃない。残党はいくらでも湧いて出てくるはずだ。
それをいかにしてまとめるのか。それはユニや……俺たち人間側にかかってる。
「ユニはいつ出発を?」
「うん。後輩くんが目覚めたから、明日になるかな?」
「俺が目覚めるまで行かないつもりだったのか?」
「そりゃあね。ユニちゃんだって、後輩くんにちゃんと挨拶してから行きたいんだよ」
「そっか……そう言われるのは嬉しいな」
「アリーちゃんは今日も学校に通ってるよ。ちゃんと勉強してて、偉いよね。あの子」
「俺たちは全然勉強してないからな」
湧き上がる、二人の苦笑。
こんな体たらくだから『勉強しろ』と強く言えないのが困るんだよな。
でも、アリーはちゃんと自分で動いている。……朝が弱いのは何とかしてほしいけどな。
アリーと言えば、未来からやって来たもう一人の彼女……リアナにも助けられた。
彼女がいたからこそ、俺たちは別の未来を掴むことが出来たんだ。
そう言えば、彼女はどうしたのだろう。サマリに聞いてみるか。
「なあ、サマリ。リアナはどうしたんだ?」
「リアナさん? え~っと……」
目を丸くして意外そうに言葉を詰まらせるサマリ。
そんなに意外だっただろうか。一応、一緒に戦ってくれたじゃないか。
しばらく考えていたサマリだったが、思い当たる節があったようだ。
「リアナさんはあの後、少しだけ一緒にいたんだけど、いつの間にかいなくなっちゃったよ」
「いなくなった?」
「うん……。一人で色々見たいところがあるって言って」
「そうか……」
「……あ。でも、今日帰ってくるんだったかな? 確か、帰ってきた時は博物館に立ち寄るって言ってたから」
「本当か?」
「私の記憶に間違いなければ、絶対に!」
「……リアナに会いに行こう」
「別に私は止めないよ? ただ、体の方は大丈夫?」
「ああ。これくらい、何ともな――っ!?」
強がりだったことが、起き上がったことで分かってしまう。
ズキズキする体の節々。こ、これは筋肉痛か?
魔王との戦いでそんなに無理しただろうか。あ、違う。それとは別に激痛も走ってる。
魔王に体を傷つけられた箇所が布に触れるたびにチクチクと神経を刺す。いてぇ……。
「っ……! っ!」
「肩、貸そうか?」
「……お、お願い……します……」
「……もー、しょうがないなあ後輩くんは! 私がいないと全然ダメなんだからー♪」
「くっ……! 今だけは否定しようがないのが辛い……!!」
リアナと再会するため、俺はサマリの肩を借りながら彼女が来ると思われる場所へと向かった。
その道中、俺は常に体の激痛と戦いながら歩みを続けている。くっ……! 今まで戦ってきたどんな敵よりも強敵かもしれんぞこれは……!
なんて冗談を考えていると、サマリが耳元でこんな疑問を投げかけてきた。
「ねえ後輩くん。何でリアナさんに会いたいの?」
「え?」
「だって、私たち、そんなに親しくないと思ってたんだけど……。今まで会ってたリアナさんは偽物だったんでしょ?」
まあ、サマリの疑問ももっともだ。
彼女は特にリアナと接点が無かった。でも、遠い未来は絶対に出会うはずなんだ。リアナの姿とは。
だから、俺は彼女にこういう回答をすることにした。
「まあな。でも、リアナと俺たちは心で繋がってる仲なんだよ」
「心……?」
「ああ、心だ」
「ふーん……そっか」
「お前の方こそ、何かあったのか?」
「な……何でもないよ」
「……?」
少しだけ顔を赤らめて、サマリはぷいっと顔をそむける。
俺のせいで足取りは重いが、着実に目的地へは近づいてきている。
だが……体が痛い。こんなに痛みが走ったのはいつぶりだろう。
「リアナさんと言えば……」
「ん?」
「どうして私に憧れてたんだろ。初対面のはずなんだけどな……」
「ああ……」
「……でも、どっかで見たことあるような顔なんだよねえ。リアナさん。うーん……どこで見たんだろう」
「いずれ分かるさ。きっとな」
「そうかな?」
そんな話をしている内に、俺たちは博物館に着いた。
さてと、リアナはどこに……。
俺はキョロキョロと目を動かしてリアナを探し回る。
ボーイッシュのあの外見なら見つけやすいと思ったんだけど……。
「あ、いた」
「どこだ?」
サマリが指差す方向。そこには確かにリアナがいた。
ただ、彼女の様子は少しばかり寂しそうに思える。
声をかけづらい感じもしたけど、せっかくここまで来たんだ。
「リアナ!」
「……え? あ、ケイ……くん」
「リアナ、おかえり」
「……うん。ありがとう。その、サマリさんは」
「へっ?」
自分に話を振られたのが意外だったのか、素っ頓狂な声を発したサマリ。
しかし、すぐにその真意を理解して大げさに笑い始めた。
「あっ……あー! これはねぇ、後輩くんがどうしてもリアナさんに会いたいって言うから仕方なーく私が肩を貸してあげてるんだ!」
「くっ、今は誰かの肩を借りないとまともに歩けないからなぁ……!」
「ふっふーん。感謝しなさい♪」
「……クスッ」
リアナが控えめに笑う。
このやり取りがまるで懐かしいとでも言わんばかりに、彼女は目を細めている。
過去の記憶を思い返して懐古に浸っているのだろうか。
「リアナ、これから行くところはあるのか?」
「……ううん。ボクはこの世界じゃ異邦人みたいなものだからね。行くところはない」
「そっか。じゃ、俺の家で暮らさないか?」
「え?」
「別に強要はしないさ。ただ、帰れる場所はあった方が安心するだろう?」
「ケイ……くん」
「もしかして、後輩くんの家が狭いかどうか気になってたりする? 大丈夫大丈夫! 後輩くんの家はすでに二人居候がいるんだから! 今から一人や二人増えたところで問題ないよ! 問題ないよね後輩くん?」
「おいサマリ。どうしてお前が俺の家事情を語ってるんだ?」
「え? いやあ……その……もし、スペースが空いてたら……ねぇ?」
「ねぇって言われても分からんな」
「……ぶぅー……」
すっかり二人の話になってしまったが、今はリアナを家に招待する話だったはずだ。
さて、彼女の回答は……。
「……凄く嬉しい。ボクがまたケイくんと一緒にいられるなんて……」
「そうか。じゃあ――」
「――でも、ボクはそっちには行けない」
「……失礼じゃなければ、一応、理由を聞いてもいいか?」
「……ボクは、もうこの世界で生きていくことはできないんだ」
そう言って、リアナは懐から一つの魔石を取り出した。
これも何とかマテリアルとかなのだろうか。
「これを使って……ボクとジェスはここにやって来た。最初は光ってたんだ。今は力を使い果たしたのか、もう光ってないけど……」
「リアナさん、その魔石と今の話。何の関係があるわけ?」
「サマリおね……さん。この石の輝きが消えたということは、ボクはこの世界から消失してしまうんだ。それは決まってる事。未来からこっちに来る時、そう言われたんだよ」
「えっ……!? それじゃリアナさんは……!」
「うん。ボクはもうそろそろ消えちゃうんだ」
「待ってくれリアナ! まだ……まだリーダーに言えば同じものを探してくれるはず……!!」
「……そのリーダーが生命を削って作ったとされるんだ。この石。そして、その代償にボクの未来のリーダーは死んだ」
「死っ……!?」
「……この時代のリーダーを、ボクのために殺すわけにはいかないよ」
最初、俺は目を疑った。しかし、確実にリアナの体に異変は起こっている。
こうやって話している間に、彼女の体は少しづつ透明に、薄れていっているのだ。
「元々、ボクはこの世界にいちゃいけない存在。同じ人が二人いたら、世界が混乱しちゃうよ」
「……リアナ……!」
「ありがとうけーくん。この世界に居場所のなかったボクに居場所を作ってくれて。それだけで嬉しいよ」
「そんな……せっかく未来が変わったのに、リアナさんはそれを見ずに消えてしまうっていうの……!?」
「サマリお姉ちゃん」
「え? リア――あっ」
「――私、どんなことになっても……サマリお姉ちゃんが大好きだから。……けーくん」
リアナは自分の頭に付いている髪留めを外して、拳銃と共に俺に託す。
髪留めも拳銃も透明になりかけていたが、俺が触れた瞬間、実態を取り戻した。
それを見て閃いたことがあったが、リアナは黙って首を横に振った。
「……せめて、これだけでもこの世界にいさせて」
「……ああ」
「二人共、そんなに悲しまないで。ボクは未来で待ってるから」
「……じゃあ、さよならじゃない。よな」
「うん。……先に、未来に行ってきます」
「ああ。俺たちも向かうよ。絶対にな」
「……うん!」
リアナは、涙を溜めながら笑顔で消えていった。
彼女の痕跡は、俺の手に残っている髪留めと拳銃。彼女は消えてしまったが、彼女が生きていた痕跡はちゃんとここに残っている。
「絶対に未来で会おうな。リアナ」
「……後輩くん。あの子……アリーちゃんの未来の姿だったんだね」
「黙ってて悪かった。混乱させないために敢えて……」
「うん。大丈夫だよ。そっか……アリーちゃんが私たちを救おうと過去にやって来てたんだね」
「ああ」
「……私たち、絶対に生き残ろうね」
「もちろんだ」
未来へと旅立ったリアナにまた出会うため、俺たちに死は許されない。
どんなことになっても、必ず生きる。今日からの俺たちの新しい目標だ。
「……さてと! 後輩くん、そろそろユニちゃんのところに行こうか!」
「そうだったな。ユニは魔界に帰るんだよな」
「私たちもお見送りしなきゃね」
「……じゃあ、またその場所まで肩を貸してくれ」
「へっへっ! この代償は高いよぉー?」
「な、何だよ。何が望みだ!」
「望み!? そ……それは……。あぅ……」
何だよ。自分から振っておいて急に黙りこくって。
最近のサマリは調子が悪いんじゃないのか? 俺と一対一になったらどうにも歯切れの悪い会話になる気がするぞ。
まあ……前みたいに深刻な悩みじゃなさそうだから多分大丈夫だろうけど。
俺は仕方なくサマリの肩を借り、ユニの元へと行くことになる。
魔王はいなくなった。ユニが魔界へ帰ることで魔界とこの世界の友好も深まるはずだ。
もう、この世界に驚異はない。これからはずっと平和な日常がやってくるんだ。
まあ……小さな小競り合いはあるだろう。魔王を慕っている存在も少なくない。
でも、あんな戦争行為や争いは無くなるはずだ。
そう、俺たちの本当の日常がこれから始まる。きっと、楽しいはずだ。
……様々な犠牲の上に成り立った平和だと心で噛み締めながら、俺はこれから先の楽しい日々を想像していたのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
4章はこれで完結です。
次回の更新ですがお時間頂きたいです。
現在仕事が忙しいので、ある程度書き溜めておかないと安定して更新出来ないと判断したためです。
申し訳ございませんが、少しだけお待ち頂くようお願いします。




