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戦いの前の休息

 リーダーから場所は予め伝えられてある。

 ステル国の……いや、人間の最終防衛線はステル国の入り口だ。この短時間でどれだけの人間を集められたのだろう。

 もし、人数が集まらなかったら魔王の一点突破しかない。その時は俺が命に代えてもみんなを救う……!


 入り口にたどり着いた俺とリアナ。それをリーダーが迎え入れてくれた。


「おかえりなさいです。ケイさん」


「ああ。リーダー、人数はどれだけ集まったんですか?」


 そう言いながら、俺は周囲を見渡す。見慣れない装甲に身をまとった人、逆に何も付けずにいる村人のような人。だけど、威圧感は他にも劣らない。

 この国以外の人間も集まってはいるようだ。ただ、その数は少ない。

 やはり、300程度しか集まらなかったんだな……いや、それだけの人数を短時間で集められた。そう考えた方が精神衛生上良い。

 これだけの人間が集まるのは中々見られない。雑踏とざわめきが反響しあい、装備品の金属音が退屈な会話に時折刺激を与えてくれる。


 俺の考えがリーダーにも伝わったのだろう。彼女は少し苦笑いしながら現状を伝えてくれた。


「……ええ。ケイさんの察した通りです。人間はざっと……300程集まりました」


「そうですか……。ん? 『人間』ですか?」


「ええ」


 リーダーの言い方が少しだけ淀んでいた。人間だけなら300。それ以外にもいるってのか?

 ポカーンとした俺の表情にリーダーが再び苦笑。その顔つきはリーダーでさえも予期していなかった事態に思えた。


「……一部のモンスターも、こちら側で協力してくれています」


「本当ですか!?」


「ユニさんのおかげかもしれません。彼女の噂を聞いてやって来たモンスターがいたんです」


「そうですか……!」


 一筋の光明が見えた。ユニがする説得も、もしかしたら効果があるかもしれない。

 それは、これから絶望しか見えない戦争をする俺たちにとっての希望になる。モンスターと分かり合えることは出来るんだ……!

 心なしか、リアナの表情も明るい。きっと、彼女のいた未来では説得すら行われなかったのだろう。

 そう考えると、未来はすでに動き出しているのかもしれない。ジェスの言葉を借りれば、俺たちの未来はもう不確定になっている。魔王に勝てる可能性があるってことだ。


 俺とリーダーが話しているのをどこかで見つけたのだろう。俺の周りにサマリやユニ・アリーが集まり始めた。

 最初に来たのはサマリだった。彼女はいの一番に俺に駆け寄り、嬉しそうな表情を覗かせた。


「後輩くん、戻ってきてくれたんだね」


「当たり前だろ? 俺は嘘を言わないよ」


「うん、そうだね……!」


 元気よく頷いたサマリ。俺の帰りをこんなに待ってくれていたサマリ。

 そんな彼女の期待に応えないわけにはいかないだろ?

 ところで、作戦は大丈夫なのか? 確か、サマリが音を届ける役目を請け負うんだったか。彼女に負担がかかるのが心配だが……。


「作戦はあの時と変わらないのか?」


「うん。私がユニちゃんの声になるよ」


「大丈夫なのか?」


「安心して。アリーちゃんが手伝ってくれることになったんだ」


「アリーが?」


 誇らしげに立っているアリーが目に映る。彼女は石を取り出して俺に見せつけてくれた。

 これは……何だ? オケージョンストーンかな?


「えへへ、けーくん。これ、何だと思う?」


「うーん……オケージョンストーンか?」


「違うよー。私とサマリお姉ちゃんが合体する石なんだよ」


「が……合体?」


「ああ。ケイさんは見てませんでしたか」


 腕組をしながらしみじみと語り始めるリーダー。

 確かに、あの時リーダーからアリーとサマリがメルジスしてるなんて聞いたな。そのメルジスってのが合体ってことか。


「あれは私がウィゴに囚われていた時のことです……。彼の隙を見つけ出してようやく抜け出したその時、ドアがぶっ壊れたんです! 巻き上がる粉塵! これはまさしくケイさんがやって来たと思ったのに……来たのはサマリさんとアリーちゃんの中間くらいの姿だったんです。それはもう………………」


 話し足りないのか、リーダーの話は続いているが無視しておこう。耳に入れなくても特に重要そうなことは言ってないし。


「私とサマリお姉ちゃんがメルジスすれば、魔力も強まるの。だから、負担も少なくなると思うんだ!」


「そっか。迷惑かけるな、アリー」


「気にしないでけーくん。私だって、誰かの役に立ちたいんだから」


 とにかく、サマリの負担は少なくなるってことだな。……ありがとうアリー。

 誰かの役に立てる。そう確信したアリーの表情は一人の大人のように頼りがいのあるものになっていた。彼女も日々成長している。

 その成長がこの責任感を生んだんだな。


「サマリさん、アリー……。私、絶対に成功させてみせるの。だから……頑張って欲しいの」


「うん。みんなで頑張ろう、ユニちゃん。ユニちゃん一人で戦ってるわけじゃないんだからね?」


「……ありがとうなの。アリー」


 アリーの言葉に心動かされているのか、ユニはそっと微笑んだ。

 こっちと合流してから、妙に緊張して顔を強張らせていた彼女も、リラックスできたことだろう。親友から暖かい言葉を掛けられれば、誰だって勇気づけられるさ。


 ふと、サマリが俺の後ろを眺めて、怪訝な表情を浮かべた。

 その視線の先にはリアナがいたのだ。


「……あれ? あなたって確か……リアナって人?」


「あっ……」


 サマリの言葉を皮切りに一斉にリアナへと視線が動く。

 リアナは偽りの自分のせいで自身の評価が下がっていることに敏感になっていた。こうした視線を集めたくないから、彼女は俺より距離を取って歩いていた。

 さらに、俺とリーダーの会話が始まってからは自分の存在を気取られないように、より距離を置くようになった。

 それがサマリの一言によってバレてしまったのだ。

 彼女は少し恥ずかしそうに俯きながらも、無言を貫く。……おいおい、そうやって黙ってるとあらぬ疑いを掛けられてしまうぞ。

 ……いや、これはあれか? サマリを久しぶりに見たからってもじもじしているのか?


「ねえ、けーくん。どうしてリアナさんがここにいるの? リアナさんって、敵じゃなかったの?」


「あのねアリー。今まで会ってたリアナさんは偽物で、こっちが本物なの」


「本物……? 偽物……?」


 よく分からないと言ったように目を丸くするアリー。

 確かにそれだけだと分からないかもしれない。だが、話す時間もない。


「それを話すと長くなってしまうんだが……ひとまず、俺を信じてはくれないか?」


「うん。分かった! 後輩くんの言う事なら私ためらわずに信じるよ!」


 一番最初に聞こえてきたんのはサマリの声だった。

 その後でアリーの賛同する声が聞こえてくる。


「うーん、よくは分からないんだけど、とりあえず今のリアナさんは私たちの味方ってことなんだね」


「そういうこと。ネタは後で話すよ」


「むぅ……絶対に話してねけーくん! 絶対だよっ!」


 口を尖らせて俺に話している君の未来の姿だ。

 そんなことを言えばきっと混乱するだろうから、そこは秘密にさせてもらおう。きっと、リアナだって恥ずかしいに違いないだろう。

 当のリアナは、幼い自分が憤っていることに苦笑し始めていた。自分の子供時代の姿を見ているのってどんな気分なんだろうか。後で聞いてみるか。


「あれ? リアナさんの付けてるのって……」


 リアナの髪留めに気がついたらしく、サマリが興味津々に彼女に近づいてくる。

 そして再びあたふたするリアナ。大人になっても、お姉ちゃんが好きなのは変わらないみたいだな。


「ねえ、ちょっと触ってみてもいい?」


「あっ……サマリ……おね……」


「ん? どうしたの?」


「い……いや……何でも……ないです……」


「ねえ後輩くん。リアナさんってこんなに大人しい人なの?」


「え? いやあ、普段は目つきをキリッとさせてかっこいいんだけどな。今日は憧れの人物が目の前にいるってことで緊張しているみたいだな」


「へっ? 憧れの人物……? だ、誰!? もしかしてこの戦争を終らせることのできる最強の人物がここに来て――」


「お前のことだよ、サマリ」


「わ……私ぃ!? ウソウソ♪ そんなにおだてたって何も出ないぞ後輩くん♪」


 満更でもないらしく、サマリは頬に手を当てて嬉しそうにはしゃいでいる。

 言っておくが『リアナの』憧れの人物だからな。勘違いするんじゃないぞ。


「あの……サマリさん」


「えー♪ 何かなリアナさん……ううん、リアナちゃん♪」


「一つ……聞いてもいい?」


「もーっ、どうやってめっちゃ強い魔法が使えるようになったかって? そりゃもちろん日々の鍛錬に尽きるなー」


「……アリー、ちゃんのこと、好き?」


「え? ……うーん。『好き』というよりも……」


「好きじゃ……ない?」


 リアナの表情が固まる。というか、俺も固まる。なんてことを言ってんだ君は。

 しかし、サマリは満面の笑みで次の言葉を言い放った。俺たちを安堵させる、彼女なりの最大限の愛情表現だった。


「……『大好き』かな!」


 そう言って、何故かリアナを抱きしめるサマリ。

 こいつ、リアナの正体を分かってるのか? いや、そんなわけない。単なるノリだろう。


「サマリ! リアナをびっくりさせるんじゃないよ! というか、今のは俺もびっくりしたぞ!」


「アハハ、ごめんごめん後輩くんにリアナちゃん! でも、大好きなのは本当だよ。本当の妹みたいに可愛がってるんだから!」


「まったく……お前という奴は……」


「そうですか……」


 リアナは本当に嬉しそうにサマリに微笑みかけていた。

 彼女の思っていたサマリと変わらない。それが、彼女の安心に繋がったのだろう。そうだ。ここはまだリアナにならないアリーがいる。

 悲しい思いをさせて『リアナ』になってしまう未来には……俺が絶対にさせないさ。


「――というわけなんです。分かっていただけましたか!?」


 誰にも耳を傾けてくれなかったリーダーの話がようやく終わった。

 彼女は俺たちを見て目を輝かせている。しかし、その話を聞いていないのだから意味が分からない。

 それはリーダー意外の、ここにいたみんなが思っていることだった。その証拠に、リーダーの顔つきにみんなが苦笑しているのだから。


「……あれ? あ、あの……」


「……リーダーさん。非情に申し訳ないの……」


「わ……私の感動的な話を誰も聞いていない、と?」


「う、うん。そうなの」


「……なんてこったい!!」


 リーダーが膝から崩れ落ちる。そして、地面に両手をついてがっくりと項垂れた。


「あぁぅ……!! い、今までの私の語りは何だったの!?」


「リーダー……まあ、そのなんだ。強く生きてくれ」


「ケイさん!! それはあんまりじゃありませんか!? ……ハッ!」


 何を思ったのか、リーダーはリアナに顔を向ける。

 その、何かを期待しているかのような顔。真面目そうな彼女なら話を聞いていると思ってるのか?

 残念だが、その望みは……。


 リアナはリーダーから目を逸しながら、申し訳なさそうに呟いた。


「……ごめん。ボクも聞いてない」


「そう……ですか……」


 すっくと立ち上がったリーダー。

 それから、淡々と作戦を語り始めた。心なしか彼女の言葉から感情が見えないのは話を聞いてもらえなかったショックからだろうか。

 まあ、作戦を聞くのに感情はいらないか。これから起こる戦争の作戦を、聞かせてもらおうか。


「……もうっ、誰も聞いてくれないのでさっさと作戦を伝えます。他の国やここから逃げる人々のために、私たちはこの場所で魔王軍を食い止めます。しかし、ただ食い止めるわけではありません。ユニちゃんに協力していただいて、モンスターの説得を開始します」


「ユニちゃんの声を届けるのは私……サマリとアリー。ユニちゃんの声を増幅して、広範囲に届ける」


「ええ。その通りです。そしてケイさん」


「ん? 俺の出番か」


「ケイさんは……魔王を一直線に目指して下さい」


「やっぱり、そうきたか」


「正直、今の戦力で魔王を倒せるのはケイさんしかいませんから」


「だが、一つ疑問が」


「何でしょう?」


「魔王が直々に現れるだろうか。まずは説得を終わらせて敵の戦力を減らしてからじゃないと、きっと魔王は姿を現さないと思うんだ」


 リーダーは深く考え、そしてリアナを見つめた。


「リアナさん。あなたの未来ではどうなったのですか?」


 なるほど。リアナから先に未来を聞いて対処を変えようという作戦か。

 しかし、彼女の期待に沿った答えは出ないだろう。リアナの表情は困惑しつつ、何とかリーダーの質問に答えようと必死だった。


「ごめんリーダー。ボクの未来では、魔王の襲撃にステル国は何の対処もできなかったんだ。でも……魔王は前線に出ていた。もしかしたら、ここでも同じことが起こるかもしれない」


「そうでしたか……。すいませんリアナさん。でも……」


「状況は確実に良くなっている。そうでしょうリーダー?」


「ええ。ますます希望が出てきましたよ」


 奥を見据える。地平線の彼方にある小さな影は、次第に巨大に、脅威になってくる。

 横に広がり、段々と襲い掛かってくるモンスターの輪郭が露わになっていく。俺たちを死に追いやる魔王軍の行進。

 だが……予め聞いていたよりも圧倒的な印象は無かった。この人数なら、俺たちでも覆せそう……そんな気がしてしまった。

 戦いの前の武者震いみたいなものだろう。実際の数よりも過小評価して、自分を奮い立たせているのかもしれない。

 ……俺たちはそれほどまでの脅威に勝たなくてはならない。そのためにも、俺は魔王を一直線に狙う。

 そろそろ開戦だ。サマリやリーダーなど、各々が予め決められていた配置へ付く。


「サマリ!」


 決意の眼差しで持ち場に行こうとするサマリに、俺は声をかける。

 こちらを振り向いて、厳しそうな目つきをふっと和らげたサマリ。彼女は俺の言葉を待っている。


「……頑張れよ。期待、してるからな」


「……うん。ありがとう。ユニちゃんのためにも、私頑張るから」


「ああ」


 さて、俺も行きたいところだが、その前にリーダーに確認したいことがある。


「リーダー。もし魔王が現れなかった場合は、近くのモンスターを倒そうと思うんですけど……」


「そうですね。そこは臨機応変にお願いします」


「了解です」


 先んじて、俺は駆け出していく。

 目的地は地平線の奥、魔王。もはや、影は横に広がりすぎて、まるで俺たちを取り囲むように地平線を覆い尽くしていた。

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