表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/143

任務の実態

 依頼を遂行する場所、つまりトロールと戦う場所はこの国より少しばかり離れた村だった。

 目的地への移動は馬車を使用するのだが、何とか他のモンスターに出会うことなく到着することが出来た。

 モンスターの出現頻度も各村によって違いがあるのだろうか。なら、俺がいた村はどれだけモンスターに好かれてるんだって話だけど……。

 ここは国と距離が近いということもあり、ギルドの人間が村人に代わって村を守っているらしい。

 しかし、俺が見た光景は『守っている』とは言い難い光景だった。


「何だよ……これ……」


 村はいくつかの家を残して荒廃していた。荒らされた畑。崩れ去った家屋。そして、傷だらけの村人たち。

 子どもや女性までもが包帯を巻いて生気のない表情で歩いている。

 一瞬、自分の村とこの村が重なった。村長がモンスターに蹂躙され、無残に殺される姿。そして、先輩までもがモンスターに体を引き裂かれてしまう。

 僅かに生き残った村人はおこぼれを貰うために集まった弱小モンスターに食われていく……。そこにかつての元気はかき消されていく……。


「くっ……」


 自分勝手にあり得ない想像をしてしまい吐き気を催す。

 故郷の村は俺の他にも強い人たちがいるんだ。先輩を筆頭に、今日も村を守っているに違いないさ。それより、俺は早くこの村を元気にしてやらないと。

 俺の村のような活気を取り戻さないと……!

 俺は努めて元気な表情で村人たちに接触することにした。


「すいません! 国から来たギルドの者です! この村を襲うトロールたちを倒すためにここに来ました!」


 俺は村の真ん中で自分の所属、目的を叫んだ。

 しかし、村の人々は俺を無視して通り過ぎていく。


「……失敗したかもしれない」


「おい、お前新入りか?」


「え?」


 俺に声を掛けてくれる村人がいたなんて。少しだけ感激だ。

 しかし、その声の主は村人ではない。俺と同じ任務を受け持ったギルドの人間だったのだ。

 彼は俺よりも早くトロールの討伐を受けているらしい。だから、彼はこの村の実情に詳しいだろう。


「ま、とりあえずこっちに来い。話はそれからだ」


「あ、ああ。分かった」


 彼は俺をテントへと連れて行く。

 昨日のゴブリン討伐もそうだが、モンスターの討伐の時は毎回ギルド用のテントが張られているのだろうか。

 テントの中は思ったより広い。その中には他に二人のギルドの兵士がいた。


「それにしてもお前……よくこの任務を選んだな」


「俺には力があるからな。この力を最大限に活かせるのがここだと思っただけだよ」


「……カード見せな」


「これのことか?」


 彼に言われ、俺は何の疑問も持たずにカードを渡した。

 彼はカードを見て、それから大きなため息をついた。


「ハァ……ただの勘違いか」


「どういうことだよ?」


「お前、まだ依頼を受けたことないじゃねえか。そういう世間知らず、お前村出身の人間だな?」


「ああ」


「あのな、村じゃ弱小モンスターしか狩ってないと思ってるが、トロールは強いんだ。悪いことは言わない。さっさと帰れ」


「トロールは俺の村にも何度か出現したことがある。だから戦い慣れてるぜ?」


「そりゃ相当弱いトロールだったんだろうよ……」


 渡したカードを投げつけられ、俺は何とかキャッチする。

 村に出てきたトロールは弱い存在だったのか……? 何人か死人が出て、村の中でも厄介な存在だったんだけど、この村を襲うトロールはあれより強いのだろうか。

 だったら尚更逃げるわけにはいかない。誰かがここのトロールを倒さないと村に活気が戻らない。

 今見てきた村人の顔を見てしまっては、逃げるわけにはいかないよな。


「早く逃げたほうがいい。トロールは今日の夜やって来る」


「なら……この村の悪夢は今日で終わる。俺が終わらせる」


「どんなもんか試してみたいもんだな。その自信……」


「とりあえず今日の夜まで待ってくれ。必ず力になる」


 テントの中でずっと待っているのも癪だ。そう思った俺は少しでも村の人々と仲良くなるためにテントを出た。

 俺がみんなを救うんだ。

 村の人々は意気消沈している中でも、必死に体を動かしている。

 家を建て直している人、崩れた畑を耕している人など様々だ。

 畑の知識は持ってないし、かと言って家の基礎なんて学習してない。はて、どうしたものか……。

 その時、俺をジッと見つめる視線に気がついた。


「……あ」


 それは一人の小さな女の子だった。背丈も低くまだあどけない言葉遣いだろう。

 彼女は物珍しそうに俺を見つめている。そして、トコトコと俺に近づいてきた。


「ねえ、ギルドの人なのー?」


「え? ああ。もちろんだ」


「大っきいモンスターやっつけてくれるの?」


「悪夢は今日で終わらせる。だから明日から安心して暮らせるよ」


「ほんとー?」


「約束する。絶対に守るよ、この村を」


 そう言うと彼女はニッコリと笑顔になる。

 それから俺の服の裾を引っ張る。


「あのね、みんなを元気にするためにお花を取りたいの」


「花?」


「うん!」


「……よし、じゃあ俺と一緒に取りに行こう。それなら安全だろ?」


「ありがとーお兄ちゃん!」


 この村は村人が戦っているわけじゃない。だから戦闘慣れしてない彼らは村の外には安易に足を運べないのだろう。

 それに今はトロールが村の周りを蹂躙している。いつもなら余計な犠牲が増えるだけだろう。

 だが、今日は違う。俺がいるのだから。

 トロールが襲撃してくるのは今日の夜だと聞いている。

 それまでに戻ればいいだろう。俺は彼女にお花を摘んでもらうために、彼女と一緒に村の外へと歩き出した。

 彼女の華奢な手を握り、一緒のスピードで歩いて行く。

 活気のない村で、一番輝いているのは彼女かもしれない。

 彼女は時折スキップを交えながら早歩きをしている。子ども特有の無尽の体力とでも言えばいいのだろうか。とにかく、彼女の小さな体でどこに体力を隠しているのかと思うほど彼女の足取りは軽く、元気いっぱいだった。

 そんな彼女に連れられて、俺は村の外まで来た。

 そこに広がっていた光景は素晴らしいものだった。


「ここ、いっぱいお花があるんだよー」


「へえ……これは凄いな」


 川を中心として、様々な色の花が咲いていた。

 川は村の辛気臭さなど知らずに日に照らされてキラキラと輝いている。

 それをより美しく見せているのが周りに咲いた花だった。


「ちょっと待っててね、お兄ちゃん」


「ああ。でも、川に近づきすぎるなよ?」


「うん! ありがと!」


 彼女は目を輝かせて川の近くへと行く。そして、目移りさせながら花を選別していくのだ。

 栗毛ちゃんもいつかはこういうことをするようになるのだろうか。いや、あの子はもうちょっと年齢が上か。

 でも、今目の前で花に夢中になっている彼女のように、栗毛ちゃんも元気になってほしい。

 ……そうだ。せっかくだし、何かプレゼントでもしようか。この任務が終わればお金も手に入るだろうしな。

 プレゼントか。何がいいだろう。衣服とかは当たり前過ぎてちょっとな。

 その時、俺は一つの花に注目した。


「これ……髪飾りにしたら似合うだろうなあ……」


 その花は青紫色をしていた。

 五つの花びらからなり、星のように広がっているその花に俺は興味を持ったのだ。

 素朴な感じで、だけど目立たないってわけじゃない。

 きっと髪留め何かに使えれば、栗毛色している髪の毛のあの子にこの色は映えるはずだ。

 でも、残念ながら俺に花を加工する技術は持ち合わせていない。

 だったら、これと似たような加工品を買うまでだ。お金は作れる。任務をこなせば。

 俺は花の色や形を忘れないように、しっかりと目に焼き付けるのだった。

 俺の眼差しがそんなに物欲しそうにしていたのだろうか。

 女の子はあどけない笑顔で俺に花を一輪手渡してくれた。


「お兄ちゃんにもおすそ分け。どーぞ!」


「……ありがとう」


 断る理由もない。俺は彼女の優しさに感謝しながら花を貰った。

 彼女も花を摘めて満足したのだろう。先程通った道を戻ろうとしている。

 早く摘んだ花をみんなに見てもらって元気になってほしいのだろう。

 俺はその願いを叶えるために先走る彼女についていくのだった。


 帰り道も難なく通れればよかった。しかし、現実というのはそう上手くいかないものだ。

 モンスター特有の殺気を感じた俺はすぐに彼女の足を止めさせた。


「待ってくれ」


「どーしたの? お兄ちゃん」


「……俺から絶対に離れるんじゃないぞ」


「う、うん」


 動揺している彼女。俺の態度が一変したのが原因だろう。

 だが、今は生きるか死ぬかを選択する時だ。出来るだけ優しく声をかけるつもりだが、少々乱暴になってしまうかもしれない。

 後で謝らないと、だな。

 殺気を感じる方向へと俺は前に出て、彼女を守るために剣を引き抜く。

 草を踏み潰す音からして……恐らく体格は大きい。この辺りで体格の大きいモンスターと言えば……一つしかいない。

 そのモンスターは、俺たちを軽々と見下ろすほど大きな体を誇っていた。


「……やっぱりトロールか」


「お兄ちゃん……! 怖いよ……」


「大丈夫だ。俺が絶対に守る」


 一体でやって来たのだろうか。およそチームワークのない出来損ないか、偵察か。

 出来損ないならきっと弱いだろう。こういうのに強いヤツはいない。

 偵察だとしたら……少し厄介かもしれないな。偵察には意外と手練が潜んでいる可能性がある。

 ……どっちにしても、倒されるのはトロールの方だがな。


「グアアアア!!」


 トロールは俺たちを発見し、大きな雄叫びを上げる。

 興奮してんのか? ザコを発見できて。

 ギルドの兵士、そして小さな女の子。

 ヤツから見たら狩りには最適だろう。だが、そう安々と狩られるほど俺らは甘くないってことを教えてやる。


「来いよトロール! 俺が狩ってやるぜ!」


「ガアアアアア!!」


「せっかく取ったお花。絶対に手放すんじゃないぞ」


 トロールは手に持った棍棒を振り回す。

 棍棒はもちろん俺たちを叩き潰そうと襲い掛かってくる。

 俺は、女の子を抱えて空高く飛んだ。


「わー! お空飛んでるー!!」


「っと!」


 そのまま木の上へと着地する。これでようやくトロールと同じ目線に立った。


「ここで大人しくしてるんだぞ。後、目を閉じといた方がいいな」


「うん! 分かった!」


「さて、さっさと決着を付けさせてもらう!」


 剣の感触を確かめて、俺はすぐに大木から飛び立つ。

 目的はトロールの首を狩ること。

 しかし、トロールも負けずに棍棒を振り回す。

 棍棒の対処法は先輩から何度も注意されたことだ。今更苦手意識などない。


「甘ぇんだよ!!」


 俺は剣の腹で棍棒を受け止める。

 そして、そのまま受け流していく。

 棍棒の周りを回転しつつ、勢いを強めていくのだ。一回転ほどしたその時、俺はトロールに飛びかかる。


「これで終わりだ!」


 体格が大きいということは、それだけ攻撃時に隙ができるというもの。

 一度棍棒を振り回してしまえば、体勢を立て直すにも時間がかかる。

 要は、最初の棍棒さえ何とかできればトロールは敵じゃないのだ。

 俺はトロールの首を剣で切断した。

 血が吹き出てさながら花火のようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ