※ユニの懺悔
漆黒の闇。目を覚ましても、私の瞳は暗闇しか映してくれない。
……これは、目隠しされているから?
「……んぅ?」
手足を動かしてそれを確かめよう。そう思った時、私は手足を縛られていることに気がついた。
ロープでがんじがらめに束縛されている手と足。どう動かしてもびくともしない。
それほど強く縛られているようだ。
この場所はどこだろう。嗅覚で分かる範囲で、何とか匂いを嗅ぎ分けていく。
多分、ここは外だ。草むらの青い匂いが私の鼻孔をくすぐっている。あと、樹木の土臭い匂いも。
それに、微量ながらレンガの匂いもしてくる。
きっと、どこかの建物の近く。そして、私は樹木に縛られている。
「どうして、こんなことに……」
独り言を呟き、唇が自由に動くことを確認する。
とりあえず、口は塞がれていない。これなら助けを呼べるだろう。でも、監視している人間がいるだろう。
私にこんなことできるくらいだ。警戒もばっちりしているに違いない。だからこそ、私の異常を反応できるために口を塞いでいないのだ。
……ええっと、私はどうしてこんなところにいて、どうしてこんなことになっているのか。
自分が辿れる限りの記憶を掘り起こしていく。
確か……ケイくんや王様、みんな集まった後、私は説得の準備を進めるためにリーダーさんと一緒にいたはずだ。
でも、リーダーさんは他の指示に忙しいから途中で私一人で準備してたんだっけ。
それから……突然記憶が抜け落ちている。きっと、ここで誰かに襲われたんだ。
「――っ!」
頭を動かしていると、てっぺんに頭痛が走る。
ああ……殴られたんだ。そう確信した。
あまり動くと、監視している人間に感づかれてしまうかもしれない。だったら、このまま黙っていた方がいいのか……。
そもそも、私を捕らえた理由は何か?
……そんなの、考えるまでもない。戦争が始まろうとし、私がモンスターの説得役ということは……戦いを広げたい何者かの罠なんだ。
だったら、モンスターの線も考えられるか。でも、私がモンスターの説得役ということはあの場にいた人間しか知らないはず……。
「……ふふっ。そんなこと、ないの」
だって、王様とリーダーさんの二人が参加してたんだ。伝達の不備はあり得ない。
あの場にいた人たちではないことを祈りたい。たったそれだけの思いで外部犯だと決めつけていた私自身に嘲笑してしまった。
あの時に集まった誰かが犯人に決まっている。悔しいけど、誰かを疑わなきゃいけない。
誰かが戦争を望んでいた。それはとっても悲しい事。
……やっぱり、ケイくんみたいな強い人間を発見する前に説得を続ければ良かっただろうか。
でも、魔王はやっぱり強い。幼少の頃、私は間近で魔王の強さを目撃していた。
魔王の強さを知った日、それは私の父が失敗を犯してしまった瞬間だった。
父は魔王に近い場所で仕えている戦士の一人だった。他にもあの『奪取』もいたけど。
父が魔界で一番偉い存在に仕えていたことは、かつて私の誇り『だった』。今では尊敬にすら値しないクズだと思っている。
小さい時は魔界のルール……ううん、魔王のルールが一般的だった私は平民に対して高圧的な態度をとっていた。
『何故そんなことで不満を訴えるのか?』
『何故下らない理由で我々に反抗するのか?』
『みすぼらしい存在は、ただ魔王に忠誠を誓えばいいのだ』
今では笑っちゃうくらい恥ずかしいけど、完全に魔王の考えに洗脳されてしまっていた。
そんな高飛車だった私が恐怖という感情を学んだのが、父の失敗だったのだ。
あの時の失敗は確か、反抗したモンスターの処刑に失敗したことに対する怒りだったと思う。
処刑するはずだったモンスターが一体、たったの一体だけ取り逃がしてしまったのだ。
しかし、魔王は許してくれない。
父のおかげで、魔王の城への出入りを自由に許されていた私は偶然、父が怒られている姿を目撃してしまったのだ。
『何故失敗をしたか、分かっているのか?』
魔王は当然のごとく理由を聞きたがる。でも、父がいくら弁明したとしても、魔王は聞き入れない。
きっと、彼はただ謝罪のみを求めていたのだろう。さっきの質問でそれが分かるかどうかは難しい。魔王も自覚してないに違いないし。
そして、父は魔王の言うとおりに弁明してしまった。だから、魔王の表情から怒りが無くなるわけがなかった。
『……『調整』。貴公に対して罰を与える。そこに座せ』
罰。その単語を聞いた父の青ざめた表情。きっと、ケイくんもその表情を見ることが出来ただろう。だとしたら、父のその顔を見たのは私と魔王、それにケイくんということになる。
そう、死ぬかもしれない。それくらいの畏怖が、魔王の時は死ななかったにせよ、父の中で生まれていたのだ。
逃げようとする父を他の側近が取り押さえる。父は反抗する。でも、そこに『奪取』が現れた。
『クックックッ……お笑いだな。確か初めてだったよな? 魔王様の『罰』』
アイツと父は仲が悪かったっけ。だから協力することができない。互いの足を引っ張る。……そんなんだから、ケイくんに敗れたんだ。
魔王に指示されるまでもなく、『奪取』が父を拘束する。
叫ぶ父。それをあざ笑う『奪取』
……人間のいるここのの世界なら、そんな光景を見せないように、誰かが気を利かせて私を遠ざけるだろう。
でも、魔界……魔王の城内ではまったく別の行動をとっていた。
『見なさい。あなたの父親が『罰』っせられる光景を。あなたもいつかは魔王様の元で仕えるはず。その時に失敗した結果があれよ……』
誰だったかもう忘れた。けど、ある一人がわざわざ私をその光景に立ち会わせた。
普段は、魔王の視界に入るのが無礼だと思ってたから隠れて見ていた。でも、その人のせいで、あの時だけは魔王の前に謁見することになってしまったのだ。
その時の私にとっては神のような存在だった魔王。そんな存在の視界に映る場所に佇む私。私の足は竦んでいた。
でも、魔王は私に対して微笑んでいた。それが可愛い子どもを見るからだろうか。それとも父が処刑される光景を見られることに対して狂喜していたのか。今の私には分からない。
準備が整ったのか、魔王は立ち上がった。そして、人差し指をちょいっと動かした。
ほんの、それだけ。なのに、父は急に絶叫し始めた。この世の痛みを全て集め、いっぺんに味わったような。そんな激痛なんじゃないかと思わせるほど、父は白目を向いて断末魔を上げていた。
異様過ぎる光景に目を疑っていた間に、父の体に異変が起こり始めた。体が赤く滲み始め、細胞一つ一つが炎上しているのだ。
いや、あれは炎上じゃない。細胞の間から沸騰した血液が吹き出しているんだ。
臨界点を超えたのだろう。父の体から血液が飛散する。
父の強さは、あの時の私でも十分理解していた。気に入らないモンスターを殺し、軽く甚振る。その腕っ節を買われて魔王にスカウトされたのもあるし、父が強いってことは私の中の不変だった。
それが、目の前で崩れ去った。
魔王のたった一つの指先で、簡単に父が負けたのだ。
『……どうだ? これが痛みだ』
魔王の冷静な口調。まるで、私たちの存在すら『下』に見ているかのような。
そこで、私は気づいてしまった。……私や父ですら、魔王にとっては『みすぼらしい存在』だったということに。
私の今までの行為が、私の目を通して実行されている。自分は素晴らしい存在じゃない。誰だって機会さえあればこうなる。今まで、自分が行ってきた仕打ちを受けることになる。
自分が当事者になったことを想像することで、私はようやく気づくことができたのだ。こんな酷いことを……自分はやって来たのか、と。
誰かを下に見て、その誰かが苦しむ様を楽しむわけじゃない。悲しむなんてあり得ない。ただ『下等』として冷静に処理している。
あの時、私は思わず口を手で覆っていた。腹部にたまった栄養を漏らさないように、必死で抑えていた。
血を全て吐き出した父は無残に倒れ落ちる。物の処理を促すように、魔王は周りに『罰』の終わりを告げた。
即運び込まれる私の父。強いという幻想はすっかり崩れ落ち、私には恐怖しか残っていなかった。
そんな私へ、魔王が近づいてくる。
『ほう。肉親の『罰』を見届けるとはな』
魔王が幼い私の頭に触れる。
前までは光栄だと思ってただろう私の心は、固く凍っていた。
これは魔王が魔法を使ったんじゃない。思わず戻しそうになる。けど、ジッと耐えた。戻してしまったら、私の命が死ぬ。
魔王を見ず地面を見て、必死に堪えた。人生で一番長い一秒だっただろう。
私の頭から魔王の手が離れ、魔王はまた玉座へ座り込む。
もう、私は限界だった。不敬かもしれなかったけど、私はその場を後にして走った。
その後から、私は魔王が信じられなくなった。それからは、この世界の真実を探るため生きてきた。
父の権限を利用し、魔王の城を出入りできたのは幸いだった。そのおかげで、様々な書類を見ることが出来たのだから。
そこで、魔王の誕生起源、誕生前の環境。そして、その結果。今の魔界の現状を全て知ることができた。それと、もう一つの世界の存在を……。
……人間の世界。そこは魔界とは違って青空という美しいものが広がっているらしい。
また、今の魔界とは逆に助け合って生きてきているというではないか。
そして、魔王の政治に反対していたモンスターたちは、その世界に左遷させられたらしい。
魔王はおかしい。元のように、みんなで話し合える環境にした方がいい。出来れば、人間とも共存した方が良い。
父を何度説得しようとも、受け入れてはもらえなかった。処刑されなかったのは、父の愛だと思いたい。思えば、あの世界で反抗した私が処刑されても文句は言えなかった。
父を説得できないと踏んだ私は……とうとう魔界を抜けてしまった。人間の世界に行き、私と同じ考えを持つモンスターに魔王を打倒しようと……。
でも、広がっている青空は私を励ましてはくれない。見たこともない景色は私の歩みを引っ張っていく。出会う人間は私に恐れおののき、逃げ去っていく。
誰にも頼れない。一人で生きていかなければならない。こんな、自分の心さえ救えない状況で誰かの心を救おうだなんて、無理だった。
それに……ひとりぼっちになったことで魔王の恐怖が再び浮き上がってきてしまったのも問題だった。
恐怖に打ち勝てない。そんな私はいつしか毎日生きることしか考えられなくなった。説得、反旗。そんなのは下らないものと思ってしまい、どうでも良くなってしまっていた。
そこで恐怖に打ち勝ち、誰かの心を救えたら、ケイくんやマスターとの出会いはなかっただろう。でも……こんなに人間とモンスターが争うことはなかった。マスターの心が死ぬことはなかった。魔王を失脚させることが……出来たかどうかは分からないけど、出来たら……きっと友好的な関係を結べただろう。
ただ、信頼できる強い人が欲しかった。
ただ、誰かと一緒にいたかった。
ただ、寂しさを拭いたかった。
そんな自己の感情を優先させたせいで、こんなことになってしまった。
ごめんなさい……サマリさん。
……でも、サマリさんは私の謝罪を求めないだろう。きっと彼女なら、謝るより一秒でも早く争いを終わらせて欲しい。そう言うだろう。




