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矯正される未来、抵抗する今

 会議が終わった後、俺はリーダーの部屋でジッとその時が来るのを待っていた。

 窓から見下ろした光景は中々凄いものになっていた。

 一斉に兵士たちが動き出し、馬を駆って国の入り口から飛び出していく。あれは近場の国と村に助けを呼びに行く集団だろう。そして、魔王の襲撃を逃れるために女と子どもの避難も始まっていくのだろう。

 この、魔王が襲撃してくるまでの時間にどれだけの戦力を集められるか。ユニが呼びかけられる時間は、戦力で決まる。

 たった数秒だけでもいい。出来るだけ、彼女に説得の時間を与えたい……。

 そのためなら、俺の力を使ってでも……。


「……くっ」


 ……俺は自分の中にある力を確かめるように、拳を作ってギュッと握りしめた。

 ユニのおかげで、この力を恐れずにすむようになった。使い方に気をつけさえすれば、とても強い力だ。

 魔王と戦うのは俺だ。……今までの部下とは違って、苦戦は必須だろう。だからこそ、俺はこの力を制御し尚且つ魔王を殺せる力を身に着けなければならない。

 ともあれ、魔王に勝つためなら、俺はこの力を暴走させてでも――


「……ん?」


 部屋の入り口の扉が開かれる。

 ふいに振り返り、そこにサマリとアリーがいることを確認した。

 アリーは不安げな表情が拭えないが、サマリの方は相変わらずだ。テンションの高い口調で俺に話しかけてくれた。


「やあやあ後輩くん! そんなところで憂いているなんて、らしくないぞー?」


「サマリ。無理しなくてもいいんだぞ?」


「……無理なんてしてないよ。もう覚悟は出来てるから、大丈夫」


「そうか」


「それよりさ! ユニちゃん見なかった? 声を届ける練習したいんだけどなー」


「いや、こっちには来てないが……」


「そっかー……」


 顎を触ってユニの行方を推理しているサマリ。

 多分、ユニならリーダーと一緒にいるんじゃないだろうか。モンスターとの説得だ。もしかしたら、リーダーに意見を聞いているのかもしれない。


「……サマリお姉ちゃんもけーくんも凄いね」


 ふと、アリーがぽつりと言葉を残す。

 彼女の表情から読み取れるのは一つ。不安だけだ。その不安をさらけ出すように、彼女は言葉を続ける。


「私には無理だよ。心が潰されそう」


「――大丈夫だ。アリーは俺たちが守る」


「けーくん……」


「だろ? サマリ?」


「そりゃあね! だって、私たちの大事な子どもみたいなもんだしっ!」


「……おい、何が俺たちの子どもだって?」


「え? 違ったっけ?」


「違うわっ!」


「えっへへーごめんね後輩くん! サマリちゃん、ツーコンの勘違いっ♪」


「……ふふっ」


 俺とサマリの即効のやり取りに、アリーが思わず含み笑いする。


「ありがとう、けーくん。サマリお姉ちゃん。ちょっと元気出た」


「よしよし」


 アリーを安心させるために、俺は彼女の頭を優しく撫でる。

 彼女は気持ちよさそうに目を細めて俺に全てを委ねてくれる。

 柔らかく、きめ細かな栗毛が彼女の儚さを感じてくる。もし……もしもだ。俺とサマリがいなくなったら……死んでしまったら……彼女はどうなるのだろう。

 俺とサマリを失った彼女がその後にどうやって生きていくのか、俺には想像付かない。

 ……面白い話だよな。元は、彼女は奴隷として盗賊に囚われていて、俺とサマリなんか関係なかったのに……。

 失わせない。絶対に。


「……けーくん?」


 アリーを失いたくない。そんな気持ちが呼び覚まされて、俺は彼女を強く抱きしめた。


「アリー」


「どうしたの?」


「……また、どっかに行こうな」


「うん! もちろんだよ!」


 彼女の心を確かめられた俺は、アリーを離す。

 不安げだった顔つきは無くなり、彼女の心は無事に温まったようだ。


「……で、お前は何なんだ?」


 あからさまに、サマリが口を尖らせている。

 俺とアリーがいい雰囲気になっているのが気に入らないのか? それともいつものおふざけか?

 ……こうした彼女の表情も、今のこの状態では一種の清涼剤になるけど。


「ぶぅー……! アリーちゃんばっかりずるいなーって」


「何がズルいんだよ」


「だって……」


 おい。その先は言えないのか?

 どうにも顔を赤らめている。熱でもあるのだろうか。

 うーん……分からない。


「大丈夫か? 額触ってもいいか?」


「え゛!? そ、それは……! どうして!?」


「顔赤いじゃんかよ」


「サマリお姉ちゃんもね、ナデナデシテホシイんだよねー?」


「ア、アアアアリーちゃん!!!!!!」


 サマリの顔の温度が急上昇していく。

 ほっぺただけが赤かったのに、今や顔全体が真っ赤に染まっている。


 というか、そんなことかよ。ったく……。

 案外、幼かったりするんだなあ。サマリって。


「お前は子どもか」


「こ……子どもじゃ……ないもん……」


「……ほら」


「あ……」


 アリーにしたように、同じく優しくサマリの頭を撫でた。

 様々なことがあったからだろう。彼女の髪はアリーのより艶がないように思えた。


「も、もう……いいよ。別に私を撫でなくても……」


 憎まれ口を叩くサマリ。だけど、顔と言葉が一致してないぜ。

 こんな感じの日々を送るために、俺たちは絶対に生き残らないと、だな。

 非日常に片足を突っ込んでいるにも関わらず、ほのぼのとした時間が流れる。その時間は、長く続くわけがなかった。


「ケイさん!!」


「……リーダー?」


 血相を変えたリーダーが扉を乱暴に開け放ってきた。

 彼女がそれほど慌てているということは……良くないことが起きたってことだな?

 俺は彼女を落ち着かせるために、冷静な声で話しかけた。


「……何かあったんですか?」


「ユニちゃんはここにいませんか!?」


「ユニ? ユニがどうしたんですか?」


「そんな……!」


 見る見るうちに顔が青ざめていくリーダー。彼女の脳内で、最悪の事態がすでに再現されてしまっているようだ。

 俺は彼女の肩を掴んで呼びかける。


「リーダー……! 落ち着いて話して下さい。ユニに何かあったんですか?」


「城のどこを探しても……ユニちゃんがいないんです!」


「……アイツ」


 ユニがいなくなった。

 アイツ自身、今の状況で自分が重要な位置にいるってことは分かっているはずだ。それに、彼女が責任を放り出して逃げるなんてあり得ない。

 ……となると、囚われた、か。


「やっぱり……ここにはいなかったんだ」


 そう言えば、サマリもユニを探していたな。

 まずは彼女が消えた時間を調べる必要がある。


「サマリ、いつからユニを探し始めた?」


「え? えーっと……結構前から……かな?」


「俺と会う前から時間は経ってるってことか?」


「そう……だね。うん、そうだよ」


 サマリが俺に頷く。となると、ユニが消えてからかなり時間が経ってしまっている。

 これは早く探さないとマズイことになる……!


「みんな、ユニを探そう。リーダー、城には確実にいないんですよね!?」


「ええ! それは兵士総出で探しましたから間違いありません!」


「分かりました。じゃあ、俺たちで探そう。戦闘の準備もある。兵士たちにはそっちに尽力してもらおう!」


「分かったよ、けーくん!」


 互いに頷いた俺たちは、すぐに城から出る。

 各々、心当たりがある場所へと向かおうとしたその時、偶然にもジェスが通りかかった。

 彼は俺たちの決死の表情に面食らったように呆けていた。


「な、何だよお前たち。そんな怖い顔して」


「ジェス! ユニを見なかったか!?」


「え? いや、オレは見てないが……」


「……クソッ!」


「どうしたんだよ?」


「ユニがいなくなった! いや……誰かに連れ去られた!」


「……何?」


 ここで、ジェスはようやく俺たちと同じように表情に変わってくれた。

 彼にも協力してもらおう。人探しくらいなら、未来に影響はないだろう?


「頼む、一緒に探してくれないか?」


「……ああ。もちろんだ。恐らく、ユニを連れ去ったのはリアナだろうからな」


「何故分かる?」


「怪しい奴はソイツしかいないだろう? この国に長い間潜伏してたようだし、お城の抜け道とやらも知り尽くしている可能性もある」


「なるほど……悪いな」


「気にするな。一緒に未来を守ろうぜ」


 余裕のある笑みが、ある意味今は頼もしい。

 誰が言ったのか分からない。だが、その誰かの一言で俺たちはすぐに散らばった。


「みんな! オレは博物館を探す! だから他の場所を頼んだぜ!」


 ジェスが探す場所を大声で叫ぶ。

 確かにいい発想だ。同じ場所を複数人が探すよりも違う場所を一人一人探した方が、今は効率がいい。

 そんな、ジェスの発言を皮切りにみんな、捜索する場所を主張する。

 俺に残されていたのは……時計塔の方面か。ここは国の中心だし、集合場所はここにさせてもらおう。


「見つからなかった場合、集合場所は時計塔にしよう!」


 多分、みんなには伝わったはずだ。

 俺は全力疾走で時計塔へと向かったのだった。


 結論から言うと、ユニは見つからなかった。

 時計塔の周りだけでなく、少し遠くまで探し尽くしたが、彼女の姿は全くない。

 一体、どこに行ってしまったというのか……! それとも……もうこの国にいない……!?


「クソッ! リアナの奴……!!」


 時計塔の壁に拳を叩きつける。だからといって何になるわけでもないが、今は怒りをどこかへぶつけてしまいたい衝動に駆られていた。

 リアナはこうなることを事前に知っていて、その未来を変えるために連れ去ったというのか……!!

 俺がもっと早く彼女を調査していれば……! 『極秘』だからといって信用しなければ……!!

 今更後悔しても遅い。そんなこと分かってる。分かってるけど……!

 やり場のない怒り。そして無念。

 刻一刻と迫る時間に対する焦燥感。

 それらが混ざり合って、今の俺には恐怖という感情が生まれ始めていた。


「これが……これがお前のやり方なのかよ……リアナ……!」


 人を騙し、陥れて、あまつさえ人の目を盗んで鍵となる人物を誘拐する。

 全てが彼女のシナリオ通りに動いている。それを崩すことができない……!

 そんなこと……そんなことさせてたまるか……!!


「後輩……くん」


 息を切らしたサマリが合流する。彼女の側にユニがいない。それだけで答えが分かってしまう。

 彼女は申し訳なさそうな表情をしている。だけど、彼女が悪いんじゃない。そんな顔しないでくれ……。


「俺のせいだ……。サマリのせいじゃないさ」


「誰のせいでもないよ、後輩くん。もっと……もっとユニちゃんに気を配っておくべきだった……! モンスターを説得するっていう重要な役目があったのに……」


「クッ……! 一体ユニをどこに隠しやがったんだ……!」


 ……ダメだ。検討がつかない。

 廃墟か? いや、あそこはリーダーが探しに行ったはずだ。

 敢えて城の中か? 違う。リーダーと兵士が探したんだぞ。灯台下暗しなわけがない。

 学校はアリーが探しに行った。彼女もじきに来るだろうが、恐らく、そんな簡単な場所にユニを隠すわけがない。

 リアナのことだ。例の『秘密基地』かもしれない。どちらにしても、小癪なリアナだ。簡単な場所には隠さないはずだ……!


「……時計塔」


「サマリ。どうした?」


「時計塔。そっからなら全体を見回せるから、見つかるかも……」


「悪くないが……時計塔のてっぺんに行くまでに時間がかかってしまうだろう?」


「うん……そうなんだよね。でも……何もしないよりはマシかなって」


「……確かに」


「後輩くん。私、時計塔に登ろうか? わ……私なら時計塔から落っこちても何とかなりそうじゃない!? だから戦争が始まる前の、今のうちに登れるだけ登ってみても……」


「…………」


「……ご、ごめん」


 時計塔を見上げる。コイツは、ユニの行方を知っているのだろうか。

 時間があれば時計塔に登って見回したいところだが、そんな時間はない。転移魔法くらい発明してほしいものだ……!


 鳴らす人がいないからか、鐘は沈黙を保っている。定期的に鳴らしていた鐘が昼間に鳴っていないと、こうも不安を覚えてしまうものだろうか。

 サマリが心に闇を抱えていた時も、リアナが国の入り口で俺を待っていた時も、そのリアナが俺に襲い掛かってきた時も……時計塔の鐘は休まず鳴り続けていたというのに。

 ……ん? 俺は一つの矛盾に気がついてしまった。

 待てよ……となると、あの時にアレを使っていたのも……? アレがあったのも……?


「後輩くん……? どうしたの?」


「サマリ……ありがとうな」


「へ?」


「お前が時計塔の話題を出してくれたおかげで、本当の敵が誰か分かった」


「ほ、本当の敵って……! その敵がユニちゃんを連れ去ったってこと!?」


 サマリに頷く。その通りだ。

 後は『彼女』に確かめるだけだ。ある魔法のことをな。


 やがて、彼女がやって来た。

 彼女も息を切らしているようだが、今は時間が惜しい。

 俺はすぐに彼女にある質問を投げた。ある魔法についてのことを。

 彼女は面食らいながらも、何も疑問に思わずに答えを出してくれた。

 俺が予測していた通りの回答だった。

 矛盾が分かれば、全ての欠片が綺麗に埋まった。全て……ヤツの計画だったんだ。今まで何でもないように装って、俺たちを騙してきやがって……!!


 ……ふざけやがって。今までのお返しをたっぷりとさせてもらおう。


「サマリ、後は頼む」


「後輩くん……」


「……ユニの帰りを信じててくれ。俺が絶対に連れ戻すから」


「……うん。待ってる」


 サマリは強く頷いてくれた。

 俺は彼女の意思を強く感じながら、本当の敵がいる場所へと走った。

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