確約されるべき未来
ジェスから真実を話してもらうため、俺たちは城の中にあるリーダーの部屋へと場所を移した。
ユニの治療をするために、サマリにも来てもらっている。とりあえず、彼女にも話が通っていた方がいいと判断したためでもある。
何だかんだいって、一番信頼できる相手かもしれない……俺にとっては。
事件があると、どこかで彼女が助けてくれる。その力は微量なものかもしれない。でも、完璧な勝利のためには彼女の力が不可欠なような気がするな。
リーダーの部屋にはリーダーはもちろん、俺とジェスがいる。
サマリはまだ、別の部屋でユニを治療している。それについていってるアリーもいないというわけだ。
この部屋ではリーダーがジェスの身元を確認している。
彼が本当に未来の人間だとすると、リーダーの検索に引っかからないはずだ。
いつの未来から来たのか分からないが、彼は生まれてすらいない可能性もあるのだから。
「……で、どうだい? オレは引っかからなかっただろ?」
「……ええ。確かに、この国の人間ではないことは確実です」
「含みのある言い方だねえ。まだ疑ってるのか?」
「当たり前です。詳しい話は後から伺うとして、私はどうも信じることができません」
「でも、オレは正真正銘、未来人なのさ」
信じられない、彼と出会ってからずっとそのような顔をしているリーダーを差し置いて、俺はジェスに話しかける。
「体つきもそうなのか?」
「ん? ああ。そこら辺は今の時代のお前たちとそう変わりはない。ま、栄養はオレよりお前たちの方が取ってるかもだけどな」
「そうか……」
「『時を駈ける魔法』そんなの、今まで無かったのに……」
過去に戻れる魔法があるなら、おいそれと使ってもらったら困るだろう。
未来が使用できる人間の意思で勝手に書き換えることができるんだ。めちゃくちゃになっちまう。
……だけど、俺の目の前の人間は未来からやって来た可能性があるんだ。リーダーは依然として否定しているけど。
「で……でも、もう一つの可能性があります」
「へえ、どんな可能性だよ?」
「別の国から来たスパイの可能性です。この国で引っかからないなら、別の国で該当するかもしれません」
「ま、後であれを見てくれればそんな考え無くなるだろうさ」
疑ってかかるリーダーに対して、ジェスは特に焦りを見せていない。
疑いが無くなる決定的な証拠でも持ってきているのだろうか。
彼女と彼のやり取りを見てしばらくして、サマリが部屋に入ってきた。
多少の疲労はあるけど、深刻さは感じられない。
そんな彼女の表情から判断して、ユニの状態は大体察せた。けど、彼女の言葉で無事かどうかを聞きたかった。
「サマリ……! ユニは無事だったか?」
「うん。もう大丈夫だよ、後輩くん」
「そうか……良かった。あれ? アリーは?」
「ユニちゃんのそばにいるって。……難しい話になるんでしょう? だから無理は言わなかったよ」
「……そうだな。その方がいいと思う」
「で、そこにいる優男くんが未来人なの?」
「よう、可愛い女の子だね。さすがはケイ。伝説の人物は女も違うねえ」
「無駄話は止めてくれ。俺はまだお前を信用しきれていない」
「おっと。悪い悪い。でも怒らないでくれよ。まだ根に思ってんのかい? あの手合わせ」
「……手合わせ?」
そう言えば、サマリとリーダーはあの場にいなかったな。
俺は彼女たちに簡単にジェスとの馴れ初めを話した。そう、あの最悪な出会いを。
相変わらず涼しそうな表情をしているジェスは、両手を上げて敵意はないジェスチャーをしている。
「『未来』に影響がない範囲で戦えるのはあの時しか無かったんだよ。許してくれ。オレだって戦ってみたかったんだ」
「……まあいい。それより、俺たちに示してくれ。自分が未来人だという証拠を」
「……こいつさ」
ジェスは背中に背負っている武器を持つ。
そして、柄の中に入っていたラジアルロックを取り出した。
「オケージョンストーン……いや、ここではラジアルロックと言ったか。この技術はまだ確立してないんだろ?」
「こ、これは……本当にラジアルロックなのですか?」
リーダーが興味津々にジェスの手の中にある鉱石を見つめる。
ジェスはそんな彼女に鉱石と武器を手渡した。
「疑うなら、どうぞご覧あれ」
「…………」
「どうですかリーダー? ジェスのやつは本当にラジアルロックを……」
「……ええ、ケイさん。彼はこの時代にない武器を持っている。それは確定しているみたいです。悔しいですけど……ジェスさんの時代に時を戻せる魔法が存在しているんですね」
リーダーのお墨付きってことか。
これは本当に信じざるを得ないようだ。彼は未来から来たってことを……。
彼女の手に握られているジェスの武器。同じ未来の人間も同じものを持っていた。そして、アリーを襲っていた時は別の武器を持っていた。その理由は何かあるのか?
「ジェス、その武器なんだが……」
「ん? こいつか」
「その武器、剣身が全く同じ物をリアナも使用していた。未来では共通なのか?」
「ああ。そうさ。戦える人間はみんなこいつを持っている。だからこそ、未来ではオケージョンストーンが枯渇したんだけどな」
「なるほど……。でも、リアナと二度目に戦った時は別の武器を使用していたがそれは……」
「あの武器も未来のものさ。確かに、リアナはそっちの武器の方が使いやすいとは言ってたな」
……共通の武器、か。未来の事情が分からないので、今はジェスの言葉を信じるより他ない。
そして、次に気になるのはその目的だ。
リアナはどうも俺の命を狙っていたように見えたけど……。
……未来で俺の評価がどうなっているのか知らないが、俺を仕留めるためにわざわざ使いにくい武器を使用する意味があるのだろうか。確かに、使いやすい武器で弱いアリーを始末することは意味がある。無駄な労力がかからないからな。けど、その前に俺を殺したかったはずだ、彼女は……。
「ジェス。リアナとお前の目的は?」
「簡単に言うと、オレは正義の味方。リアナは悪の手先ってところだな」
「もう少し難しく言っても大丈夫だよ? 私たちはそんな子供じみた言葉で納得は出来ないから」
はぐらかさないでほしい。今の言葉にサマリの思いが詰まっていた。
サマリが意外にばっさりと言うタイプだったのにびっくりしたのか、彼は目を丸くしながらも説明を続けた。
「そうだな……。リアナ、奴は『未来を変える危険な存在』だ。オレは彼女の企みを潰す『未来を守る戦士』なんだよ」
「お前が未来を守る? 俺を狙っていたみたいだが、それが関係してるってことなのか?」
「――悪いが、未来は知らない方がいい。ケイ、確かにお前が未来においての『鍵となる人物』だが、それ以上はオレの口から語らないぜ」
俺が『鍵』?
どういうことだ。俺がこれからの未来で何かを成し遂げるというのか?
知りたい未来。それはサマリも同じようで、彼女は不満そうにジェスに文句を言っていた。
「どうして? 別に知ったっていいんじゃないの?」
「オレは……未来は確約されるべきと考えている。確約された未来を勝手に変えることは許されない」
そう言って、ジェスは黙り込む。しかし、何かを思いついたのか、間髪入れずに自ら続きを話した。
「……だがまあ、少しくらいならいいか。もう変えられない未来はあるしな」
「変えられない未来?」
「ああ。リアナも言ってたかもしれないが、戦争は起こるぜ。確実にな」
「それは本当ですか!?」
リーダーが声を荒げる。彼女は人と人の戦争を想像しているのだろう。
だが、彼の口から発せられる真実は違うはずだ。そう……。
「ああ。数日後に魔王が多数のモンスターを従えてこの国にやってくる。……いや、もうすでに侵攻は始まっているか」
「何ですって!? 何故それが分かるんですか!」
「何故って……今日がその日だからだよ。魔物の世界に一番近い国か村が全滅する。いわゆる、魔王の決起集会ってところか」
「嘘……!! すぐに連絡を取らないと!」
明らかに焦っているリーダー。
彼女は椅子から立ち上がって部屋から出ていってしまった。
きっと王様に報告するのだろう。そして、様子を見に行かせるお願いをするに違いない。
だが、すぐに扉は開かれる。彼女は後ずさりしながら戻ってきたのだ。
新たに部屋に入ってきたのは一人の兵士だ。彼の顔は青ざめている。
「リ、リーダー……。今、ハーデッド国が壊滅したとの連絡が来ました……」
「だ、誰が壊滅させたの……?」
確かに未来を知っているのは酷かもしれない。答えは分かっているのに、それを兵士から聞かなければならないのだから。
「……魔族です。魔王が数多くのモンスターを従えて……国を襲ったとのことです……」
「嘘……。こんなことって……」
全身の力が抜けたリーダー。彼女は腰が抜けたのか地面にペタリと座り込んでしまった。
「なっ? 言っただろ。これでオレを信用してくれるかな?」
この状況下なのに変わらない彼の顔つき。今の状況を仕方ないとし、未来を見据えている。それは今までの人生の中で一番冷淡に見えた。
とにかく、今はリーダーを奮起させなければ。彼女を連れて王様に報告し、対策を……。
「リーダー、こんなことしてる場合じゃない。これからどうするかを考えないと!」
「……ケイさんの言うとおりですね。すいません、取り乱してしまいまして……」
リーダーの横にしゃがみ、彼女に肩を貸す。そうして立ち上がれたリーダーは報告に来た兵士に命を下した。
「すぐに王様と謁見できる準備をしなさい。事は刻一刻を争う事態です」
「……分かりました!」
兵士はリーダーに敬礼し、すぐに部屋から出ていった。
とりあえず、今はこれでいい。後は王様と一緒に事態の収束に取り組むだけだ。
「ありがとうございます、ケイさん。私はもう大丈夫ですよ」
「そうですか」
「私も色々と準備がありますので少し席を外します。謁見の準備が整い次第、呼びに行くのでこの部屋で待っててもらえます?」
「了解です」
俺から離れた彼女もまた、この部屋から出ていく。後に残されたのは俺とサマリ。そしてジェスだった。
未来ではこういったやり取りがないのか、ジェスは感心しながら黙ってさっきまでの状況を見つめていた。
こいつがいた未来は一体どうなってんだ。魔王を倒せたと思いたいが……。
「中々面白いことになってきたな。ケイ」
「……どういう意味だ?」
「オレはこれから起きる事実を知っている。様々な人間の過去が、ああいう未来を引き起こしたって考えると、とても興味深いのさ」
「王様との謁見にはお前も参加してもらうぞ」
「ああ結構。未来に影響しない範囲なら、オレはいくらでもお前たちに協力するぜ」
これで、ジェスとの協力を取付けることができたか。……だが、俺はまだ彼を信用できない。
それは最初にリアナと出会った時と似ているかもしれない。何故、この人物が今ここにいるのか。その不信感がどうにも拭えない。
「――私、死ぬのかな」
「え? 何言ってんだサマリ」
「もし、アリーちゃんが見てた夢がこの戦争のことだとしたら……私の命はここで終わりなのかなって」
「サマリ……」
「ねえジェス、教えてよ。私はここで死ぬ運命なの? それは変えられないことなの?」
「……それを教えてしまえば、未来は変わってしまうかもしれない。もしその答えが『イエス』だとしよう」
「――っ」
一瞬だけ苦痛に歪んだ顔を覗かせるサマリ。
しかし、ジェスは説明を続ける。何故、自分が最小限の未来しか語らないのかを……。
「すると、未来が変化しお前が死なない未来が出来上がるかもしれない。だが、それはその先にある未来を歪めてしまうことになる。それによって与える世界への影響は計り知れない」
「私は死んだ方がいいってこと?」
「そうは言ってないさ。ただ、その先の未来は、『サマリが死ななきゃ見ることができない現実』もあるってことだ」
サマリが死んだ方がいい……!?
そんな未来あってたまるかよ。彼女は……俺にとって……!!
「おいジェス……!」
「睨むなよ、ケイ。オレはサマリと話をしているんだ。それにお前だって死んだほうがいい人間に助けられてるかもしれないんだぞ?」
「何!?」
「この国の歴史の中で、ギルドの隊長だった人間がいたそうだな。もし、お前がその人間の死を予め知っていて、それを阻止したらどうなるか想像がつくか?」
「それは……!」
「つまりはそういうことだ。すでに走り出した未来を変える。それは自分の常識が通用しない世界へと足を踏み入れることになる。隊長が死んでから今までに出会った人間、変化した感情。それらが全て『無かったこと』にされる危険性が高い」
「でも……」
「ん?」
「それでも……隊長を助けられるのなら……俺はそうする」
彼女が憎まなければならなかった対象が、今なら分かる。それが分からずに関係のない人々を傷つけてしまい、その責任を取って自殺してしまった彼女を救えるなら……救いたい。
「どんな未来が待ってても……平和で変わらない今日が来るように俺が引き戻してみせる」
「甘いな。やはり、この感覚はこの時代の人間には分からないのかもな」
「甘くてもいい。俺は俺だ。サマリが死ぬ運命なら、俺がそれに抗ってやる。例え俺の命が――」
そこまで言った俺を、サマリがそっと肩に触れる。
その表情は複雑そうに微笑んでいた。
「後輩くん。ダメだよ自分の命を犠牲にしたら。命は大事に、だよ」
「……そう、だな。ありがとう、サマリ」
大事な人を守り抜きたい。そのためなら、俺の命を差し出してもいい。
そう思えるようになったのは良いことなのか? 自分の命を守りながらも、みんなを救う。
それが出来なきゃ、結局は守った人を悲しませてしまうんじゃないのか……?
少し、考え直さなきゃだな。




