鉱石調査の真実
リーダーが仕事をしている城へと向かう。
もはや顔パスで通ることのできるようになった俺たち。兵士は俺に仰々しい挨拶をして快く中へと入れてくれる。
……いくら何でも不用心ではないか? 少しは疑った方がいいと思うんだが……。
まあ、今はそれに感謝しておこう。とにかくリーダーに会いに行かなくては。
リーダーの部屋の前まで来て、俺はノックをする。
いくら親しくても、了承なしでドアを開けて入るのはマズイだろう。
「リーダー。俺です。ケイです」
「どうぞ」
「失礼します」
短い会話を交わし、俺は扉を開け放つ。
そこには数多くの書類に何かを書き留めているリーダーの姿があった。
右に書類の山。その山から一枚を取り出して書き、左の山へと移す。
……リーダーも大変そうだな。こんな時間に訪ねて申し訳ない気持ちがあるが、俺も知りたい情報があるんだ。
「……リーダー。お忙しい中すいません。お時間をいただけませんか?」
「……ふぅ。ええ、いいですよ。ちょうど休憩を挟もうと思ってたですし」
リーダーの目線が書類から俺へと移動する。そして、疲れた表情を隠しつつニコッと笑った。
早速話題を出したいのだが、その前にユニのことも説明しなければ。そう思ったが、彼女が自らぴょんぴょんと飛び跳ねて存在感を出していた。
「ん? あ、ユニちゃん! 今日の予定、覚えててくれてたんですね?」
「リーダーさん、ごめんなの! ケイくんがお寝坊さんだったからこんなに遅くなってしまったの」
「え? 本当なんですか? ケイさん」
「あ、ああ。本当だ。実は今日は朝からちょっとした仕事に出ててな……」
「へぇー、どんなお仕事なんでしょうか……」
ああ。完全に極秘だからリアナの依頼も知らないのかもしれないんだな。
もしくは、その依頼に俺が絡んでないと思っているか。リーダーなら後者かな。
「なあユニ、リーダーとの約束って何なんだ?」
「ケイくん、気になるの?」
「そりゃあな」
「別に他意はないの。ただ本を借りにきただけなの」
「本?」
「そうなの。この世界の歴史、人間の歴史を学ぶにはリーダーさんが持ってる本が一番役に立つの!」
「なるほどな」
「ユニちゃんは勉強家ですよ~。本気で、人間とモンスターの友好を望んでいます」
ユニはリーダーの近くへと行くと、本をねだる。
彼女はすでに織り込み済みのようで、ユニに渡す予定の本を手元に置いておいたようだ。横に立てかけてあった本を手に取り、ユニに渡した。
「ありがとうなの、リーダーさん」
「いいえ、どういたしましてー。この世界に平和が来ることを思えば、私の力なんて微々たるものですよ」
「……ユニ」
「ん? どうしたのケイくん」
「……悪かったな。さっきはゴロゴロしてるのを注意して」
「気にしてないの。ゴロゴロしてるのは本当だからー」
「そっか……そう言ってくれると、俺も少し救われる」
「これで私の用事は終わったのー。ケイくんはどんな用事があるのー?」
リーダーが鳩が豆鉄砲を食ったような顔つきになる。
まさか、俺は単にユニの付き添いで来たって思ってたのか?
「何かあるんですか?」
「ああ。ちょっと……聞きたいことが。きっと、リーダーが一番詳しいと思って」
「……話を聞かせてもらえませんか?」
自分が頼られている。そう感じたであろう彼女は目つきを真剣にさせてあの本を手に持った。
調べる時に使う、魔法でペラペラめくれるあの本だ。
リーダーが協力的で助かった。さっきの仕事の多忙さからすると、今日は疲れてダメだとか言いかねない雰囲気だったからな。
ええっと……聞きたいことはあるんだが、まずは石の名前からにしようか。
アリーとリアナの乖離する名前。それに何の意味があるのか……。
「リーダー……一つ目の質問です。ラジアルロックって聞いたことありますか?」
「ええ。精霊の森にある石ですよね? それが何か」
「そのラジアルロックって……近々名称が変更になったりはしませんか?」
「え?」
リーダーが渋い顔をする。この反応はどっちなのか……。
それから、彼女は明らかに不信感を持って俺に話をした。
「……ケイさん。その情報はどこから?」
「……あ、いや、ちょっと事情があって……」
「結論から言います。ラジアルロックの名称を変更する予定はありません」
「え!? で、でも――」
「ですが、変更する『可能性』は存在します」
「か、可能性?」
「実は……ラジアルロックは魔力を多量に含んだ魔石であることは前々から確認されていたんです。ただ……抽出方法が難しかった」
「そうだったんですか」
「最近、その抽出方法が確立しつつあるんです。そして、それが正しいと証明されれば、ラジアルロックはロックでなくなる。ストーン並の使用頻度になるでしょう」
「……ちなみに、名前の候補はあったり?」
「いいえ、まだ」
「……そうですか」
やっぱりアリーは正しかった。
しかし、リアナも正しいように思える。……彼女が勝手に新しい名前を名付けたのか? いや、その事情を知らない俺にわざと言うのか? あの時、からかっているようには見えなかった。
これらの疑問が解決するのが、やはりリアナの素性だろう……。
俺は、彼女の知られざる正体を目撃するための一歩を踏み出した。
「ケイさん。石の名前にこだわっているようですけど……何かありましたか?」
「……実は、鉱石調査の同行を依頼されたんです。それが明朝でして」
「なるほど……誰かがその噂を知って、ホラを吹いたんですねぇ。まったく、ケイさんに酷いことをして! 一体誰なんですか、そんな嘘を付く悪い人は!」
「……リアナって人です」
「リ……アナ、さん、くん?」
「リアナは女性です。そして、最近まで鉱石調査員だったんですが……」
「……ケイさん。それ、本当ですか?」
「え? ええ。リアナ自身がそう言ってましたから。ピッケルとか道具も持ってたので間違いないかと」
「……!」
リーダーはすかさず本をかざして魔法を発動させた。
本が素早い速度でめくれていく。これが止まったら答えが出るのか。
個人的に、リアナは鉱石調査員であってほしかった。しかし……その期待は破られることになる。
本は止まること無く全てのページを参照し、閉じられた。
「ケイさん。リアナという人物は今まで鉱石調査員にいたことはありません」
「な、何だって!? で、でもアイツは極秘任務と言って……」
「何も盗むわけではありませんから鉱石調査は大体、公にする義務があるんです。調査を秘密にしていたら、何かあった時……例えば、鉱石が全て消失した時にまっさきに疑われてしまいますからね」
「そ、そんな……」
「ケイくん、どういうことなの……!?」
本を読み進めようと思っていたユニが本を落とす。それくらい、彼女にとっても衝撃的だったのだろう。
「ケイさん、そのリアナという人物に怪しい動きはありませんでしたか?」
「……ラジアルロックが将来的に戦争によって枯渇すると言ってました」
「戦争!? 一体どこの誰がそんなことを!!」
「……やっぱり、リーダーも知らなかったですか」
「最近力を付けてきたあの国……? いいえ、そことは友好を結んでいるはず。だったらどこが……」
「リーダー、鉱石調査員だけじゃなく、他に『リアナ』が該当する名前はいませんか?」
「ちょっと待って下さい。時間はかかりますがやってみせます」
「お願いします」
それから数時間に渡って、リーダーは名前を調べてくれた。
……だが、『リアナ』という名前に該当する人物は浮上することがなかった。
全てが終わった後、日常の業務もあってか、さすがのリーダーも疲れが見え始めていた。
「くっ……すいませんケイさん。名前は見つかりませんでした」
「……だったら、偽名を使ってた可能性があるかもしれないな」
「何か特徴はありませんか? 顔や、体格……他には……」
「……ちょうど、アリーを大人にしたような風貌……だと思います」
「アリーちゃんが大人……ですか。結構美人さんですね。分かりました。それで鉱石調査員をもう一度調べましょう」
この僅かな手がかりが救いになってほしかった。
しかし現実は厳しい。該当する人物は一切現れなかった。
「……ふぅ」
本を置いて頭を抱えるリーダー。相当疲れたのだろう。
彼女のこんな表情は初めてみた。
「すいません、無理を言ってしまって」
「いいえ、気にしないでください。私としても気になりますから、そのリアナという人物が」
「……リアナはスキルを制御できるジャネストーンを探してくれたんです。だから、信じたかった」
「その話を聴く限り、彼女は敵ではなさそうですね」
「ええ。そう思いたいですよ」
「……リアナ、ですか」
「どうしました? リーダー」
リーダーが思い詰めたような表情を浮かべる。
一体何を考えているのだろう。もしかして何か閃いたのか?
「……アリーちゃんと名前が似てますよね」
「……はい?」
「あ、いや。リアナって、並べ替えるとアリーっぽくなりませんか? 見た目も似てるって言うし、もしかしたら生き別れの姉妹なのかもしれませんねえ!」
拳が震える。それが今、何の意味があるんだ……!
怒りそうになってしまうが、今日はリーダーは俺たちに協力してくれたんだ。きっとリーダーは疲れているんだ。だからこんな変なことを言い出すんだ。
「き、今日はリーダーの働きに免じて怒らないでおきます」
「……あ、今日も空気読めてませんでした?」
「ええ! まったく!!」
「ふぇぇ……サマリさんのようにはいかないんですね」
「時と場合を考えた方がいいのー。リーダーさん」
「そうします……勉強あるのみですよね……」
一応言葉ではそのように言っていたリーダーだが、表情はどうも納得のいっていない感じに見て取れた。
サマリとの違い。それはリーダー自身が見つけなければならないんだ。頑張ってくれ、リーダー。
リーダーも、いつまでもこうして猛省しているわけではない。彼女はコホンと一つ咳をして、場を整える。
そして、キリッとしながら俺に視線を移した。
「……とにかく、リアナさんには注意して下さい」
「敵とは思いたくないんだけどな」
「ケイさんの気持ちは分かります。ジャネストーンを見分けられたのはリアナさんのおかげ。しかし、それは一種のポーズだった可能性も考えなければなりません」
「まずは一つの成功を俺たちに示し、味方として取り入ろうとする。その奥でリアナは爪を研いでいたって可能性……ですね?」
俺の言葉にリーダーはゆっくりと頷く。
しかし……しかし、俺は信じたい。彼女が何か理由があってこんなことをしていると。もし、解決に俺が協力できるならしたい。
やっぱりアリーに似ているからだろうか。俺は彼女を見捨てることができなかった。
「ケイさん。またリアナさんが現れた場合、すぐに私にも一報を。何かできることもあるかもしれませんから」
「分かりました。それと……リアナが来たら、一人で接しないように気をつけます」
「懸命ですね。……ユニちゃん。お願い出来ますか?」
「分かったの。リアナさんは私も知ってるから色々と真相を聞きたいところだからー」
「悪いなユニ」
「気にすることないの。サマリさんやアリーには負わせられない役目なの」
「……そっか。ありがとうな」
「では、本日はこれまででよろしいでしょうか?」
リアナに関するこれからの事項がまとまったため、リーダーは締めようと進んでいく。
リーダーの視線に映るのは大量の書類。……ああ。これを休むために俺たちの話を聞いてくださったのに、あんまり気休めになる話でもなかったなあ……。
「私は大丈夫ですよ、ケイさん。それに、話してくれてありがとうございます。もう一歩遅かったら……手詰まりになってた可能性もありますから」
「ええ……では、失礼します」
頭を下げて俺とユニはリーダーに背を向ける。そして、出口へと歩いていく。
だが、そんな俺たちをリーダーが呼び止めた。
「あ……あの!」
「……え?」
まだ何かあるのか? 振り返る俺は、彼女の理由が読めず首を傾げてしまう。
「大丈夫と言った手前恥ずかしいのですが……」
恥ずかしそうに、両手を使って手いじりしているリーダー。
おずおずと切り出す彼女の視線は俺と書類の山を行き来している。ま、まさか……!
「……少しでいいので手伝っ――」
「それじゃ! 朝も早いので失礼しますっ!!」
「あ、あのケイさん!?」
裏切られた。そんな今にも泣きそうな悲しい表情を見せないで下さいよリーダー。
話を聞いてくれたお礼に、それくらいはしますから……。
「……なんて、嘘ですよ」
「じょ……冗談が過ぎますよーケイさんー」
「で、どうすればいいんですか? この書類に署名すればいいだけですか?」
「あ、それはですね……」
リーダーの机に再び向き合う。彼女に書類にしてほしいことを教えてもらいつつ、俺はその通りに仕事を進めていこうとする。
その前に、ユニに話さないとな。
「ユニ、先に帰っててくれないか?」
「……アリーも心配だし、ケイくんの言うとおりにさせてもらうの」
「アリーには謝っておいてくれ」
「夕食はどうするのー?」
「ああ……適当に外食してくれないか? 昼間寝ちまったこともあって準備してないんだ」
「分かったのー。暇ならサマリさんも誘ってみるの」
「じゃ、アリーは任せたぞ」
ユニは頷いて出口へと走っていく。
さてと。後はこの書類を片付けるだけか。それにしても、どうしてこんなに書類が多いのか。
……暇つぶしにでも聞いてみるか。
「リーダー、今日は何かあったんですか?」
「えっ?」
「こんな量、今まで見たことありませんから」
「ああ……実はこれ、全部休暇届なんですよ」
「へぇ……これが全部、ですか」
まだ未確認の書類をペラペラとめくってみる。確かにリーダーの言うとおり、書類は全て同じタイプになっており、それぞれ別の人物の名前が記載されていた。
「なんか、最近モンスターの動きが鈍いようなんです」
「モンスターが? 襲撃を止めたんですか?」
「ううーん……どうも村や国の周辺からモンスターが消え去った情報がまことしやかに流れているんですよ。確かに以前と比べてみてもモンスター討伐の依頼は減っています。それが最近になって顕著になったんです」
「モンスターが争うことを止めた……ってことですかね?」
「……あるいは、戦争の準備をしている可能性」
「リアナの言ってたことですか?」
「彼女がどの戦争に対して発言したかは気になりますが……可能性の一つくらいはあるでしょうね」
ぞわっと怖気が走る。
もし、村や国の周辺で暴れていたモンスターが徒党を組んだとしたら……。
いくら俺でも太刀打ちできないのではないか。数千体のモンスターを相手に無双が出来るほど、俺は強くない……はずだ。
数の暴力で追い込まれたら、この国もすぐに落ちてしまうだろう。
「……でも、単なる噂ですから。確かに依頼は減っているので、今のうちに休暇を消化しておこうという流れが出来てるだけですよ」
「そう……ですか」
手を止めず、俺は大量の休暇届にサインを記述していく。これ……俺のサインで問題ないのだろうか。
まあ、リーダーがやってほしいと言っている手前、ツッコむ気にはならないんだけど。それより気になるのは……。
「でも……どうしてリーダーがこの仕事をやってるんですか?」
「ん? どういう意味ですか?」
「いや、これって全部ギルド関係の申請ですよね? だったらギルドの受付嬢とかにお願いすればいいんじゃないですか?」
「――ケイさん! 分かってくれるんですか!? 私の気持ちを!」
「え? ええ……」
「どうせ護衛隊なんて暇なんだからって押し付けられたんですよ!? もちろん反論したんですけど、ケイさんも休んでるし、お前がやれってゴリ押しされてぇ……!」
「……実のところ、護衛隊って暇なんですか?」
「え!? ひ、ひひひ暇じゃないですよ!! 日がな一日平和について考えてるんですからっ!!」
ああ、これは嘘だな。そりゃ押し付けられるわけだ。
……で、忙しくもないから大した反論もできないと。
結局、リーダーに最後まで付き合わされてしまった。
二人がかりでもかなりの時間がかかったため、リーダーからはかなり感謝された。
もし、これが一人でやっていたら……お日様を拝むことになってただろうからな。
リーダーと別れた際、リアナについてもう一度お互いの認識を確認しあい、その日は終わりを告げた。
次にリアナと接触した時、それが彼女に対する最終評価になるだろう。……どうなるか。それは誰も知らない。リアナが俺を尋ねない限り。




