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初めての仕事

 二日目の朝に俺を起こしてくれたのは栗毛ちゃんではなかった。

 ドアをドンドンと叩く音に目覚めた俺は、寝ぼけ眼で立ち上がる。

 誰だこんな朝早く……。まったく眠たいのになあ。

 しゃがんで寝ていたこともあり、バキバキに固くなった体を大きく捻ってストレッチをする。

 それから面倒くさい気持ちを心の奥にしまい込んでドアを開けたのだった。


「よう、元気か?」


「ヴィクターか……どうしたんだよ一体」


「いや、今日はギルドの初仕事だろう?」


「ああ……そうなるかな」


 昨日の出来事が思い返される。

 ゴブリンの小隊にサマリがすごく苦労していたな。あの子、本当に先輩なんだろうか……。

 確かに魔法は凄いと思う。それは栗毛ちゃんの体中の傷を治してくれたことからも分かる。……多分、彼女は力の使い方が分かってないのだろう。

 俺が教えられたらいいんだけど、魔法は専門外だしな。剣術の教えが魔法にも有効的なら問題ないんだけど。


「それでだ。最初だし、報告書を提出してもらいたい」


「報告書?」


「ああ。ユリナ隊長に直接な」


「ユ、ユリナ隊長にか……」


「何だ? 嫌なのか?」


「そういうことじゃないさ。いきなり隊長に提出することになるってことでビックリしただけだ」


「そーか。まあ、簡単な感想文だと思えばいいさ。初ギルドの手応えを書くのもよし、ギルドの素晴らしい先輩方をかっこよくまとめるのもよし。こんな任務つまらんと愚痴をこぼすのもよしと何でもござれだ」


 そう言って、ヴィクターは紙を俺に手渡した。

 それから、彼は部屋の奥を見るように視線を合わせる。

 きっと、栗毛ちゃんの様子を見たいのだろう。

 彼女は昨日サマリに抱きしめられたせいか、すぐに眠りこけてしまった。

 異性よりは同性に出会ったことがいいカンフル剤になったのかもしれない。サマリは自分の体を治してくれた張本人だし、安心してくれたのだろう。

 今日の朝も、すやすやと眠っている。

 昨日より何だか嬉しそうに見えるのは俺だけだろうか。


「……意外と慣れてるようだな、奴隷の子」


「ああ。ギルドの先輩が体の傷を治してくれたから、なおさらな」


「いいのか? その先輩にお前の秘蔵っ子が取られるかもしれないぜ?」


「別にあの子がその道を選びたいならそれでいいさ。無理に引き止めはしない。ただ、一人で生きていくって言われたらちょっと心配だけどな」


「なるほど……」


「で、今日はこの紙を届けにきただけか?」


「ああ。ま、あとは奴隷ちゃんの様子を見に来たってところかな」


「何だかんだ言って気にかけてるのか、お前も」


「本来なら助けられるはずのない命だからな。それにこっちに来るまで一緒に馬車の中にいたんだ。多少の情が芽生えても仕方あるまい」


「お前に栗毛ちゃんに対して情があるとは思わなかったよ」


「あったのさ。ところで、お前はこれからどうする?」


「せっかく目覚めたし、俺は今からギルドに向かうよ」


「それがいいだろう。だがあの子を一人にして大丈夫か?」


「それについては一応置き手紙を置いた。お金も一緒にな」


「ちゃんと考えてるんだな。じゃ、俺は自分の職場に戻ることにするよ」


 俺とヴィクターは、栗毛ちゃんの眠りを妨げないように静かに部屋を出る。

 俺はもちろんギルド商会へと向かうんだけど、ヴィクターはどこに向かうんだろうか。

 職場って言っても、特に思いつく者はないな……。俺みたいな村人をスカウトする役目でもあるんだろうか。


「そういえば、ヴィクターの職場ってどこなんだ? ユリナ隊長に会う時の門番にカードを見せたら態度が変わったように思えたんだが……」


「ああ。ギルド兵じゃないぜ。ちょっとギルド商会に用があってな」


「じゃあ、一体何の仕事をしてるんだよ……」


「俺はユリナ隊長の右腕のような存在さ」


「み、右腕?」


「と言っても、俺はお前ほど戦闘能力が高いわけじゃないし、強くない」


「じゃあ、やっぱり俺のような村の人を……」


「ああ。ユリナ隊長のお目に適う人間を探しているのさ」


「もしかして、俺はユリナ隊長に気に入られてるってことなのか?」


「ま、自然にそう解釈するよな。でも気をつけろ。隊長は滅多に人を気に入らないからな」


 そんな話をしているといつの間にかギルド商会にたどり着いてしまった。

 確か、昨日サマリ『先輩』は受付の人にどんな依頼があるのかを聞いていたはずだ。

 俺もそれに習おう。


「それじゃあ、俺は受付に行って依頼を聞いてくる」


「そうか。じゃあお別れだな。ま、せいぜい弱いモンスターから退治していくことだ。いきなり強いモンスター相手だとせっかく選ばれたのに村に無言で帰ることになるからな」


「俺は死なないさ。村の期待を背負ってここに来たんだ。それに栗毛ちゃんだって家で待ってるんだからな」


「そうかい。ま、頑張れ。おう、そうだ。お前が死んだら栗毛ちゃんは俺が貰ってやるよ。だから安心して死んでこい」


「それじゃあ、ますます死ねなくなったな」


「……それを聞いて安心したよ」


 そう言って、ヴィクターは俺と別れた。

 よし。早速ギルドに仕事を貰おう。

 俺は受付へと向かい、一応カードを見せた。まだここじゃあ新人だし、顔を覚えてもらうにはちょうどいいかもしれないと思ったからだ。


「すいません。昨日からここのギルドで働くことになったんですけど……」


「おはようございます。依頼を受けに来た、ということでしょうか?」


「ええ。どんな依頼があるんでしょうか」


「そうですね……まだ新人ならこんな依頼はどうでしょうか」


「どれどれ……」


 受付の人が机に紙を何枚か並べていく。

 それらは全て初心者向けの依頼に違いない。でも……なんだろうか。

 この程度のモンスターなら、村じゃ朝飯前の規模じゃないか。

 グレムリンの討伐、五体。こんなの数秒で終わる。

 ゴーレムの討伐、一体。出会った瞬間に首斬って終わるぜ。


「あの……もっと困難な依頼は無いんですか?」


「え? でも、まだ初心者なのでは?」


「大丈夫です。俺ならもっと困難な依頼だってこなせます。俺には力がある。なら、もっと難しい依頼を受けて世の中を平和にしたいんだ」


「そ、そうですか……それでは……」


 受付の人は困惑しながら、次々と紙を交換していく。

 今度のは少しばかり難しそうな依頼が並んだ。

 でも、そのどれもが村の見回り感覚で戦える代物ばかりだった。


「もっと無いんですか? 難しいのは!?」


「え!? い、いや……これ以上の依頼はここでは受け付けておりません……!」


「そうですか……分かりました。なら、これを受けます」


 仕方ないが、これを受けるしかあるまい。

 俺は机に並べられた依頼の中から一つを選び、受付に提示した。

 その内容とはトロール八体の討伐。さっき並べられてたもので一番難しい依頼だ。

 俺は受付の驚きに満ちた顔を眺めながら、依頼の受注を完了した。

 これで後は目的地に行けばトロールと戦えるということだ。


「あ……そういえば」


 俺がギルドの任務を受ける時はサマリは自分と一緒にって言ってたな。

 ……まあいいか。居ても居なくてもあんまり関係ないと思うし。あの子にトロール八体の討伐は無理だろう。

 昨日見た戦闘技術じゃあ、とてもじゃないがお互いの背中を合わせて戦えない。

 戦いは一瞬の隙も見せられない。ちょっとでもお互いの足を引っ張ったり、必要以上に気にかけてしまうとこっちが死ぬ。

 サマリには内緒に、俺は依頼を受けることになった。

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