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精霊の森

 精霊の森。そこは神秘的な森と言われている。

 名前の由来は言わずもがな、常に球体のオーラが辺りを浮遊していることから名付けられている。浮遊しているオーラが昔の人たちからは精霊に見えた。そういうことらしい。

 このオーラは魔力の『くず』らしく、森自体が魔力を発しているとのことだ。ちなみに、オーラに触れても問題はない。

 噂では聞いていたが、実際に目にすると中々の眺めだ。オーラが木の葉に触れて、弾ける。その滴は虹の架け橋を作る。


 そんなロマンチックな森にも、モンスターは住み着いている。ユニの言葉を受け入れるなら、ここにいるモンスターもかつては魔王に反抗していた存在なのだろう。

 しかし、この森でモンスターに襲われる確率が高いと言われていることから、人間を痛めつける方向へ捻じ曲がったことは確かだ。

 ……出会ったら一応、話しかけてみるか。まあ、無駄だとは思うが。


「さあ、精霊の森です。気を抜かずに参りましょう!」


「あ、ああ。元気だな」


「そりゃあもちろん! ここの鉱物さえ手に入れば、私は職場復帰出来ますから!」


 寝ぼけも覚めたのか、リアナはフンッと鼻息を荒くして意気揚々と森の奥へと進んでいく。

 おいおい。俺が先導しなくていいのかい? そう言おうとした時……案の定、モンスターと出くわしてしまった。


「きゃああああ!! ケ、ケイさん! お助けてー!」


「ったく、言わんこっちゃない!」


 モンスターは巨体が自慢のトロールか。何度も戦ってきたモンスターだ。すぐに決着はつけられるが……。

 俺はリアナの前に出て、剣を構える。しかし、自分から切り込むことはしなかった。やつと話をしたかったのだ。


「……おい。お前、人間の言葉は話せるよな?」


「……?」


「魔王の意思に反したモンスターってのは本当なのか?」


「……何故それを知っている?」


「ユニから……あ、いや『調整』の娘さんから聞いたのさ」


「それがどうした?」


「俺たちが戦う必要は無い。俺たちの敵はたった一人。魔王なんじゃないのか?」


「……っ!」


 トロールは自らの腕を俺とリアナに向けて叩きつけてきた。

 襲いかかる巨大な腕。影が徐々に大きくなっていく。

 俺はリアナを抱きかかえて、その場から跳躍した。


「ここで待ってるんだ」


「はぃぃ……」


 着地後、トロールと距離を置いた俺はリアナをそこへ待たせて、再びトロールへと対峙した。


「どうしても戦うってのか?」


「……貴様らのような存在を守ろうとした俺たちがバカだったんだ。そのせいで俺たちは故郷を追い出された! 貴様らは許されない!!」


「――八つ当たりがっ!!」


「うるせぇ!」


 トロールがその巨体を活かした戦いを始める。

 だが、俺は次々と木を飛び乗ってトロールの頭上へと移動していく。彼の命ももうすぐ終わる。

 俺は迷いなくトロールの頭上より剣を突き立てて彼の脳髄へと剣を刺し込み、すぐに引き抜いた。

 その巨体も、命令系統がやられてしまえばでくの坊に過ぎない。トロールは意識を永遠に手放されて、地面へと倒れていった。


「……こういうモンスターもいるってことだよな。やっぱり……」


 王様の言うとおり、モンスターと人間の友好への道のりは遠いだろう。それを間近で見せつけられたような気がした。

 地面に降り立った俺はリアナの無事を確認するべく彼女の元へと戻った。

 とにかく、安全な場所へとと思い彼女の怪我は二の次だったが、落ち着いた今見てみると、大した怪我はしていないようだ。

 少し膝に擦りむいた後があるくらいか。

 リアナはホッとしたような表情で俺を上目使いで見上げてくる。


「も、もう終わったんですか?」


「ああ。話し合いで済ませれば良かったんだけど……そう上手くはいかなかったよ」


「そうですか……」


 憂いを帯びた眼差し。彼女もきっと平和を望む者の一人なんだ。

 だが、彼女にはモンスターと話し合うための力がない。襲われた時に対抗できる力がなければ、モンスターと話そうにもかなりの覚悟がいるだろう。

 ……ってちょっと待て。


「リアナ……お前、武器は持ってないのか?」


「……えへへ」


「『えへへ』じゃないだろう。もしかして、俺に頼り切るつもりなのか?」


「やっぱり、いけませんかね?」


「自衛くらいはしてほしいな。仮にも鉱石調査の人間で、モンスターとの戦いは避けられないんだから……」


 まったく。リアナってやつは……。

 もう少し、危機感を持ってほしいところだ。当の彼女は苦笑いを浮かべながらモジモジしている。

 悪いと思ってはいるようだが……。すると、彼女はふところから一つの剣を取り出した。何だ。持ってたなら早く言ってくれよ。

 知らずに注意した俺が洞察力のないただのバカみたいじゃないか。


「これ……私の武器、でした」


「でした? 訳ありなのか?」


「ええ。……実は、この剣はある鉱石をはめ込むことで本来の力を発揮するんです。今の剣はただの鉄の塊。あの時、奪われなければ……」


「鉱石? どんなやつだ?」


 まあ、聞いたところで分からないんだけど、話のタネにはなるだろう。

 こういう時にアリーがいたら、きっとズバッと答えてくれるんだろうなあ。


「幸運にも、この精霊の森で手に入ります。その名前は『オケージョンストーン』」


「……へぇ。そんな鉱石があるんだなあ」


 全然わからない。だが、アリーはきっと知ってるんだろう。


「そして、私が集めなければならないのも、同じ鉱石なんです」


「ってことは、自発的に取りに行かせて復帰を待ってるってことか。良かったじゃないか。上も、まだリアナを捨てるには惜しい人材って判断なんだからな」


「はい。だから私、ケイさんのお力を借りて、どうしても復帰したいんです」


「……分かった。リアナに協力するよ」


「今までは協力じゃなかったんですか?」


「あ、いや。そういう意味じゃないんだが……」


「分かってます。ありがとうございます。私に力を貸してくれて」


 その後、俺たちは森の中を進んでいく。リアナがやたらと先導したがっていたが、それは俺が止めさせた。

 俺が前に立って、リアナの指示で進んでいく。こうすればモンスターの気配にも気が付き、先手を打てる。

 そうやってモンスターの襲撃をこなしながら、俺たちは森の最深部へと足を進めることが出来たのだった。

 空が見えないくらい木々が成長し、光を遮っている。雰囲気は暗い。それは確かだが、この場にいるだけで心が洗われていく。そんな気がするほど清々しい。


「ここが一番深いところか?」


「ええ。この位置が森の中心のはずです。そしてここには……」


「何とかストーンがあるってことだな」


「ケイさん。『オケージョンストーン』です」


「お、そうだったか」


 マズイな。後でアリーが知ってるかどうかを聞くためにちゃんと覚えておかないと……。

 オケージョンストーン……よし、多分大丈夫だ。頭の中で繰り返し、俺の脳内にその単語を焼き付けていく。


 その間に、リアナは鉱石を調べているようだった。やっぱり、オケージョンストーンの採取だろうか。


「……ありました! これがオケージョンストーンです」


「へえ、どれどれ……」


 リアナの小さな手のひらに乗せられたオケージョンストーンという名前の鉱石。

 ……うん。やっぱり他の石と見分けがつかないぞ。どこが違うのかな?

 俺が目を細めているだけで彼女は理解したらしい。口を尖らせて、俺に説教を始めた。


「ケイさん……! こんなに見分けがつく石はそうそう無いんですよ?」


「へっ? そうなのか?」


「ほら! こっちが普通の石。んで、こっちがオケージョンストーンです!」


「う……ううむ……」


「普通の石は――」


 そう言って、リアナはトンカチで石を割った。

 石はバラバラな方向に割れていく。


「こうして破片が不規則にバラけてしまいます。ですが――」


 次にオケージョンストーンと言われる石をトンカチで割る。

 すると、オケージョンストーンの方はトンカチによって衝撃が走った箇所から放射線状に石が割れるじゃないか。


「どうですか? オケージョンストーンは割れ方がキレイなんですよ」


「はぁぁ……なるほどねえ……。でもさ、リアナ」


「え? 何ですか?」


「やっぱり、見た目だけじゃ分からないって」


「…………」


「見た目だけじゃ、分からないよ」


「……ま、まあ。それは置いときましょう!」


「おい」


 リアナは俺に背を向けてせっせとオケージョンストーンの採取に励む。

 ……だが、あれは特徴的だ。放射線状に割れる石。これを覚えていればきっとアリーにもイメージが伝わるはず。


「……これでやっと、戦える」


「ん? どうした?」


「ケイさん。このオケージョンストーン。将来的には枯渇するんです」


「それは本当なのか? だが、どうしてそんなことが分かるんだ?」


「乱獲ですよ。戦争によって戦力が必要になるんですから」


「戦争?」


 彼女は理由を話さず、戦争という新たな言葉を俺に教えてきた。そんな情報、俺には流れてきていないが……。

 もし戦争が起こるならリーダーが真っ先に俺に知らせてきそうなものだがな。……戦争なんて大きな力に俺がどれだけ役に立つかは置いといて、だが。

 でも、モンスターと人間が平和に向けて歩み出しているんだ。そんなこと、起こさせないさ。


「リアナ。もし戦争が起こりそうになっても、俺が止めてやるよ」


「……ケイさんが?」


「ああ。絶対にな」


「あなたの力では叶いませんよ。魔王に反逆したモンスターのストレスも、限界に近づくいい時期です。魔王はこれを待っていたんですから。元々敵だった存在を味方に変える方法。それは過酷な環境に身を置かせることで考える力を奪うんです」


「……聞き捨てならないな、それは。まるでこれから起こる事象を目撃してるみたいだが」


「この世界に放たれたのは魔王に叛いたモンスター。そして、そのモンスターは人間を襲っている。その『過去』があれば、簡単に『未来』は割り出せます」


「なら、人間の未来はどうなるんだ?」


「ほぼ、消滅するでしょうね。そして、この世界は魔王の物になる」


「――そんな未来、俺は否定するよ。逆に、人間がモンスターを殲滅する場合もだ」


「いいえ」


「何?」


「この未来は確定しています。何故なら過去があるから。私たちが勝手に過去とは違う未来を変えてはならない」


「リアナ……」


 まただ。リアナがこんなに『過去』と『未来』にこだわるのは何故なんだ。

 彼女の謎のこだわりには、一種の不安も感じてしまう。まるで俺とは別の次元にいるような、そんな達観した発言。

 いつから入れ替わったんだ? いや、今日俺が見ているリアナは本当にリアナなのか?

 無意識に柄に手を触れていた俺は、振り返ったリアナに少しだけ安堵することになる。


「――なーんちゃって。驚きました?」


 ケラケラ笑う彼女はいつものリアナだ。


「やっぱり、嫌な未来は変えた方がいいですよね?」


「あ、ああ……」


「ケイさんなら、それが出来るんですから。もし魔王が攻めて来ても、頑張って下さいね♪」


「もちろんだ。俺の命に代えても……みんなを守る」


「今日は本当にありがとうございました! ケイさんのおかげで職場復帰出来そうです!」


「ま、お役に立ててなによりだよ」


 彼女の様子の変化。それから始まる異変。

 それを肌で感じて、俺とリアナの鉱物採取の時間は終わりを告げた。

 モヤモヤを胸に秘めながら、俺は森を抜けて家へ帰宅したのだった。

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