待ち合わせにて
用心を兼ねて、俺は夜明けを迎える前に彼女が指定した待ち合わせ場所で待つことにした。
空を見上げ、橙と青の濃淡を楽しむ。めったに見られない光景。さしずめ、アリーを呼んだら歓喜することだろう。それくらい、今の空は物珍しく、美しい風景になっていた。
その余韻に浸っていたいのだが、そうは問屋が卸さない。砂利を踏みしめる音を聞いた俺は即座に物陰へと隠れた。
「……リアナ、か」
当たり前なのだが、リアナがいつも通りの表情で扉の前へと歩いていく。
その様子は特に異変は見られない。俺やユニたちが知っているリアナそのものだ。
明朝ということもあり無理をしたのだろう。彼女はしきりにあくびをして眠たそうな目をこすっている。
背中に背負っている皮製のリュックに荷物が詰まっているのだろうか。細長い道具はリュックの入り口からひょっこり顔を出しているが、あれは鉱物を取る際に必要なピッケルだろうか。
リュックの中身は分からないが、パンパンに膨らんでいることから大層な物が入っているのだろう。
……俺の考え過ぎなのだろうか。今まで、色んなことが立て続けに起こってきただけに俺の心も疲れているのかもしれない。
心の疲労が、大切な仲間を疑っている。
数十分彼女の姿を観察したが、おかしな動き、いつもの彼女とは違う風程はない。
やっぱり、俺の考え過ぎか。いや、良かった。もし彼女が何かを企んでいたら、やっぱり心が傷ついただろうからな。
俺は緊張感を捨て、リアナの元へと駆け寄った。
「リアナ!」
「あ、ケイさん。お早うございます……ふあぁ……」
「この紙に書いてあることだが……」
「分かっていただけましたか?」
「お前の職復帰のためなんだろ?」
「ええ。お恥ずかしい話ですけど、私一人じゃ精霊の森を歩くことは出来ませんから……」
しょぼくれた表情になるリアナ。だが、俺がいれば安心、そうなんだろう?
「じゃ、行くか」
「はい。場所は私が知ってますのでご案内します」
「ああ。頼む」
扉を守る兵士に近づいたリアナは一枚の紙を手渡す。恐らく、通行許可証だろう。
兵士はリアナに対して訝しげな視線で舐め回している。そりゃそうだろう。こんな朝っぱらから国を出るなんて、夜逃げか何かと疑われてもおかしくない。スパイの可能性だってある……ってこりゃ無いか。スパイだったらこの扉から通る以外の方法を取るよな。
しかし、兵士は俺の姿を見つけてすぐに顔つきを変えた。って、お前は……!
「お前……城の入り口で警備してた兵士じゃねえか」
「そういうお前こそ……!! まーた女を取っ替え引っ替えしやがって!」
「違っ! というか、幼女好きなお前には言われたくないわ!」
「何だと!? 言っておくがな! 俺は正装をした幼女が好きなのであって、決して全ての幼女を愛しているわけではない!!」
「いやそこ強調するところか?」
「ああ!」
「――アリーは」
「何?」
「アリーは……もう立派な国民だよ。ここのな」
「……そうか」
兵士は紙にサインを施し、リアナへと差し出す。そして、兵士は国の境界線を開け放った。
新鮮な外気にさらされ、俺とリアナは精霊の森への一歩を踏み出す。
しかし、その前に後ろから兵士の声が聞こえた。
「……あの時は悪かったな」
振り返ることなく、俺はそのまま後ろ向きで兵士と話す。
彼が面と向かって言わなかった。これには必ず理由があるはずだから。
「お前がアリーの風貌に怒った時のことか?」
「王様やリーダーのような位の高い者の命を狙う奴らが、ああいった格好で忍び込むことも多いんだ。『可哀想な身分』として城に乗り込み、いとも簡単に命を奪う。最初はあの子もそうだと思っていた」
「……俺も悪かったよ。アリーの服をちゃんと買ってやるべきだった」
「もし、出来るならあの子に伝えてくれ。この国を救ってくれてありがとう、と」
「ああ。忘れてなければな」
「アリーちゃん、だったか」
かつて嫌悪していた相手の名前を口にする兵士。その言葉には若干の迷いがあるように聞こえた。
……自分が名前を言っていいのか。そんな迷いが。
「……学校、無事に卒業できるといいな」
「……ありがとうな」
兵士の表情は見ず、俺は手を振って彼との別れを告げた。
その方がいいだろう。よく分からないけど、そんな気がする。
リアナは俺と兵士の関係を興味深そうに眺めていた。
そうか。リアナはあの兵士とは初めてだったのか。
「知り合い……なんですか?」
「腐れ縁ってやつかな。数回しか会ってないんだが、会う度に色々面倒なことになってたんだ」
「へぇぇ……さすがはケイさん。顔が広いんですねえ」
「あいつと知り合ったって特に意味はない……と、さっきまでは思ってた」
「今は?」
「知り合ってよかったと思ってる。この国に、本当の意味でアリーは馴染んでくれたんだなと実感させてくれたからな」
「……そうですか。アリーちゃんも良かったです」
「さて、そんなアリーに説明しないでここにいるんだ。さっさと帰ってアリーを安心させてやらないとな」
「すいません。少しだけ、私に付き合って下さい」
「あ、別にリアナに憂さ晴らししたわけじゃないんだ」
「ええ。分かってますよ」
ニコッと今の発言を安心させてくれるような笑顔を浮かべる彼女。
その後、俺とリアナはとりとめのない世間話をしながら、精霊の森へと足を運んだのだった。




