リアナとの再会、サマリの紅涙
二人が入り口から博物館に入ろうとした瞬間、馴染みのある声が俺の名前を呼んだ。
「あっ……ケイさんじゃないですか!?」
「ん? あっ、お前は……!」
「お久しぶりです! リアナです!」
俺の故郷にあった洞窟。そこで出会った彼女はリアナと言う。
荷物を全て奪われ、洞窟内で途方に暮れていたのを助けたんだっけか。この国の出身だというので、ついでに送ってあげたりもしたんだが……。
オーヴィンが壊滅した後、彼女はサマリの家から消えていた。一緒にいた人にも聞いてはみたんだが、彼女は忽然と消えたそうだ。
その彼女が何故ここに……?
疑問は募るばかりだが、彼女にそんな様子は微塵も感じられない。
「どうしたんですか? ケイさん?」
「あっ……いやな。お前、どうしてサマリの家から姿を消したんだ?」
「えー……っと。それはですね……」
何やら困ったようなそうでないような表情をしながら、彼女は人差し指で頬を掻く。
「……一応極秘の任務だったもので」
「俺の故郷の鉱石調べがか? 確かにそんなこと言ったような覚えがあるが……」
「だから、ケイさんたちに送ってもらって帰ってきた。そういうわけにはいかないんです」
「けーくんとか私が知ってるということになるから?」
「そうです! さすがはアリーちゃん!」
「えへへ……ありがとうリアナさん」
「……そんなお前が、どうしてこんな博物館にいるんだ?」
「――結局、バレちゃったんです。極秘の任務なのに人と接触してしまったってことが」
「ハァ? おいちょっと待て。リアナは秘密にするためにわざわざサマリの家から抜け出したんだよな?」
「はいぃ……ぞうなんでずげどぉ……」
目に涙を溜めて、思いっきり流しているリアナ。
あまりにも喜劇的過ぎてわざとらしく感じられるが、最初に見たときから表現がわざとらしいから、これが彼女の持ち味なのかもしれない。
「王様とかにバレたのか?」
「ええ……偉い人にバレてしまって……お仕事首にされたんです」
「お役御免、切り捨て御免ってところなのー」
「ユニちゃん、切り捨て御免はちょっと違うと思うよ……?」
「それで、首の後の就職先はここってわけか」
「はい! 私、頑張りますよ!」
ころころと表情を変えるリアナ。今度は目をキラキラさせて博物館の仕事に誇りを持っている。そんな様子が見て取れる。
……だが、彼女は何故この仕事を選んだんだ? 鉱物調査なら、ギルドの仕事をこなすとかでも構わないだろうに……。
俺の不審な表情を読み取ったのか、リアナは博物館の方向を眺めながら言葉を発した。
「……歴史、好きだから」
「歴史が好き?」
「ええ。ご存知だと思いますが……歴史はこの国だけじゃない。他の……全滅した村の歴史も、ここには保管されています」
「ああ。そうらしいが……」
「過去にどんなことがあったのか。それを知るのって、ワクワクしませんか?」
「過去……か」
「過去の出来事が未来を決定づける。そう、過去があるから、未来がある。……だから、確約された未来は変えてはならない」
「な、何を言ってるんだ?」
「――あっ、ちょっと語り過ぎちゃいましたね。ごめんなさい」
「とりあえず、博物館の職員ならこの二人を頼む」
俺はユニとアリーの背中を押してリアナへと向かわせる。
リアナは特に嫌がる様子もなく彼女たちのお世話役を買ってでてくれた。
「ケイさんは来られないのですか?」
「え? お、俺はもう見たからいいんだよ。この二人は初めてなんだ。だからしっかりと歴史を勉強させてやってくれ」
「はい、分かりました! それじゃ行こうか。お二人さん♪」
二人は元気の良い返事をして、リアナの後をついていった。
……よし、これで邪魔者はいなくなったな。サマリと一対一で話ができる。
「後輩くん……どうして……?」
「……サマリ」
俺はサマリに振り返って真剣な表情を浮かべた。
俺の考えに気がついたのか、彼女はバツの悪そうに下唇を噛みしめる。まるで、いけないことをして怒られた子供のように。
「……私、バカで最低だよね」
「どうしてだ?」
「……だって、みんなと楽しいことをする今日なのに、結局自分の都合を押し付けちゃってる。特にユニちゃんに……」
「サマリ……」
「――分かってる。分かってるよ。モンスターを踊らせていたのは魔王で、悪いのはソイツだけなんだってこと。でも……さ」
サマリは俺に顔を見られたくないのか、俺から顔を背けた。
でも、今のお前は見なくても分かるんだぞ……? だって……肩を震わせて声が上ずってるんだからな。
「割り切れないよ……! 私の故郷は……モンスターと必死に戦ってたみんなの犠牲が……全部……無駄に――」
俺はサマリの肩を掴み、彼女を回転させて俺と視線を合わせるようにした。
そして、優しく抱きしめた。
「……言いたいことがあるなら、今ここで全部出しきれ」
「でも……それじゃ私……」
「俺だってモンスターの襲撃で両親が死んだ。きっと、そのモンスターだって最初は魔王に反抗していたんだろう。そんなモンスターと手を組むなんて、普通は嫌だよな? でも……それじゃダメなんだ。一生、どっちかを滅ぼすまで争ってしまう」
「……綺麗事だよ……」
「だろ? 俺の説教が聞きたくなかったら、ここで正直に吐くんだな。吐いた方が楽になることだってあるんだ」
「……ひきょーもの」
けど、少しだけ彼女は笑ってくれた。
そして、ギュッと彼女の方から抱きしめられた。
「……今、この時間だけ……悪者になってもいい?」
「ああ。聞いてるのは俺だけだ」
「きっと酷いことを言うよ? 私のこと、嫌いになっちゃうよ……」
「大丈夫だ。全部俺が飲み込んでやる。肯定してやる」
「……ごめんね後輩くん」
「気にするな。俺だってユニに愚痴をぶつけたことがある」
「そっか……ユニちゃんも難儀だね」
「…………」
「最初はね、そんな気は全然なかったんだよ。純粋に、みんなで観光名所を巡ろうと思ってた」
「ああ」
「でも……ユニちゃんを見ていると、自然と博物館に足を運んじゃってて……。ユニちゃんに分かってほしかった。人間の犠牲を……」
「……そうか」
「――酷いよ……遅すぎるよ……! こんなの犠牲が出たのに、今更モンスターと友好を結ぶの!? ユニちゃんがもう少し早く……誰かに魔王が悪いんだって教えていれば……私の故郷はずっとあそこにあった!!」
「……」
「り……理想論を……ユニちゃんは……語って……でも……この時になるまで……行動してくれなくて……!!」
自分の考えを言葉に出来ないのだろう。サマリは泣きじゃくりながら単語を並べていく。
サマリの気持ちは痛いほどよく分かる……つもりだ。けど、ユニの気持ちだって俺は理解出来ている。
ユニもすぐに伝えるつもりだったのだろう。隊長と出会ったのがいつかは分からない。けど、ユニと出会って直後に悲劇は起こった。いや、起こらされた。
それは隊長の心を壊し、友好への道を閉ざしてしまった。
「だ……駄目! わ、私……酷いこと言ってる……!! ち、違う……私はこんな……」
「いいから言うんだ。心の中の全てをここで吐き出せば……後が楽になる。俺を信頼してくれるサマリを……俺はどんなことがあっても受け入れるから」
「うぅぅ……!! ユニちゃんが王様に話した時……気持ちがぐちゃぐちゃになったの……! ユニちゃんを信じたい気持ちと、ユニちゃんを信じられない気持ちが……ごっちゃになって……!!」
「あの時のお前……辛そうだったもんな」
「ユニちゃんはずるいよ!! 一人でもいいから早く行動してよ!! 私の……家族を……妹を返して!! ……うぅ」
俺は彼女の気持ちを素直に受け取ることしかできない。
ここで余計な説教は不要なんだ。今、俺の脳内で言葉を組み合わせても、サマリ自身が一番分かっている。
彼女に必要なのは……悩みを聞いてくれる人。それが出来るのは俺しかいない。
彼女の言葉はまだまだ続く。彼女の内に秘めていた感情を全て洗い流すまで止まらないだろう。
「……落ち着いたか?」
数十分は彼女の激昂を聞いていただろうか。
いつしか、彼女は時折嗚咽をもらしながらも呼吸を整え始めていた。
「……ん。ちょっと、落ち着いた」
俺の問いかけに微かに頷く。その表情は憑き物が落ちたようにすっきりとしていた。
「ごめんね、後輩くん」
「気にするなって言ったろ? 誰だってこういう時はあるさ」
「……そっか」
「気持ちに整理がついたか?」
「うん。……後輩くんが聞いてくれなかったら私……壊れてたかも」
「そんなことないって。でも……鬱憤した気持ちは一生引きずってたかもな」
「もう……謙遜しちゃって……」
泣き疲れたのだろう。彼女は次第にまぶたを重くさせていた。
まだ時間に余裕はあるだろう。俺は彼女に肩を貸しながら近くにある大木へと向かった。
幹だけで二人分の横幅はあるだろうか。この大木は昔からここに存在し、あらゆる事象を目撃してきたのだろう。
そんな頼りがいのある大木の体を借りよう。俺はサマリと一緒に座り込んで、大木を背もたれにした。
「アリーたちが来るまで寝ててもいいぞ」
「そんな……みんあにわるいよ……」
「もう言葉もろくに喋れてないじゃねえか。ほら、さっさと寝ろ」
「んぅ……」
すうっと、サマリが意識を手放していく。
そして、俺の肩を枕代わりにして彼女はすやすやと眠り始めたのだった。
「……ったく、世話が焼けるな。本当に……」
でも、悪くないと思う。
みんなと生きていくって、多分こういうことなんじゃないだろうか。
って、世界もまだ知らない方が多い自分が言うのも浅はかかな。
……だが、暇になってしまったな。サマリはアリーたちが来るまではずっと眠りこけるだろう。
あいにく、本を読む習慣もないため暇つぶしも出来やしない。
「……ん?」
まだ背丈も大人には程遠い若い男女が俺たちを眺めながら博物館へと向かう。
あいつら……腕を組んでイチャイチャしている。
始めて見るなあ。先輩が言っていたが、あれが『カップル』というものらしい。
俺たちの姿が物珍しいのか、あのカップルはニヤニヤしながら中へと入っていった。しっかし楽しそうだなあ。あのカップルは。
……俺もカップルというものが出来るのだろうか。正直、恋というものが分からない。これは先輩のせいだろう。先輩が余計なことを俺に続けていたからだ。
恋とは何なのか。それを考えるだけで暇つぶしにはなりそうだ。
体験したことのないその気持ちに思いを馳せながら、俺はアリーたちが来るのも待つことにした。




