出発、そして大時計の塔
ユニが出ていってから、ちょうど三度目の鐘の音が鳴り響く。
それとほぼ同時に、ユニコーンの背中に乗っかった形でアリーがやって来た。
今日の授業は座学だったのか、それほど疲れた表情を見せていない。これが実技多めだったりすると家に帰ってきてからベッドに潜り込むのが常なんだけどな。
サマリはアリーが来ると、すぐに彼女に近寄って抱き寄せていく。
「おかえりーアリーちゃん!」
「ただいま! サマリお姉ちゃん!」
「うーん! アリーちゃんは今日も可愛いねえ!」
サマリ、お前はどこぞの惚気カップルか。
「サマリお姉ちゃんはいっつも可愛いよ!」
こらアリー。サマリをおだてるなと言っただろう。また調子に乗ってしまうじゃないか。
「本当!? えっへへ……ありがと、アリーちゃん」
当然、俺はこういう光景を呆れた視線で眺めている。
しかし、俺の隣で嬉しそーに眺めているやつが一人……いや、一頭と言った方が良いのか。とにかく、いたのだ。
「新しいカップルの誕生なのー。おめでとーなのー。結婚式には呼んでほしいのー」
手を叩いてパチパチと音を鳴らすその邪悪な獣。きさまぁ……俺がいるんだぞ? 隣に……。
「……ユニ。俺が隣にいるって分かってやってるのか?」
「そーなの。この方が面白いからいいの。特にケイくんの反応が」
「へぇ、そっかそっか。……さーて、今日からお前の家を作るためにユニコーン小屋を作らないとなあ」
「うぇぇん! ケイくんがイジメるのー」
「あ、おい!」
ユニがサマリとアリーに近づいていく。
あいつ、味方を作る気でいやがるな……!
だが、彼女の思っていた結末とは違う事象が発生していた。
「もーダメだよユニちゃん!」
「なの……?」
「けーくんを困らせたら、私が怒っちゃうからね?」
「ア……アリー……」
うるうるな目でアリーを見つめるユニ。
ああ、残念。アリーにはまったく効果が無いようだ……。
「ごめんねけーくん。私たちちょっとふざけすぎてて……」
「あ、ああ……分かってくれるならいいんだけど……ちょっと当たりが強すぎないかい? 友人に対して……」
「アリー……どーして信用してくれないの?」
「火の輪」
「なの?」
「あの時、私を騙してサマリお姉ちゃんに火の輪をくぐらせようとした。まだ忘れてないんだからね?」
「うぅ……ごめんなの……」
深く反省しているユニ。
ま、まあ……あれは確かにユニの悪ふざけが大きかったかな。これで、ユニも少しは大人しくなるだろう。
それにしても、友人に対しても結構容赦ないな、アリー。彼女の期待を裏切ったら、怖いことになりそうだ。
そして、大人になったら……。もしかすると、俺はとんでもない人物を育てているのかもしれない。
「あらあら。ユニちゃん。オイタが過ぎたって感じかな?」
シュンとなっているユニの頭を優しく撫でるサマリ。
「よしよしー、これからは私を見習って誰も傷つかないようにふざけようねえー?」
「……これからはサマリさんを見習うの……」
「よしっ。じゃあ今日から私のことをマスターと呼びなさい!」
「それはダメなの」
「えぇ!? 私を見習うんじゃなかったの!?」
「私の中のマスターは一人だけ。契約は切れたけど、それは変わらないの」
「むー……羨ましいなあ。私にもそんな後輩が欲しいなあー……ねえー? 後輩くん?」
ジト目で俺を見つめるサマリ。おいおいちょっと待て。
「おい、どうして俺を見るんだ? サマリ」
「あーあ。言ってほしいなあ。『ボクの中の先輩は、サマリただ一人だけだよ』って」
「誰が言うかっ! それに俺の一人称は『俺』だぞ!」
「ボクの方が可愛いよ。今からボクに変更しない?」
「しないわっ!」
先輩枠はもう埋まってるんだよ。俺の中の先輩は……村で俺と一緒に暮らしていたあの先輩しかいない。
サマリは……何だ。その……付き合いやすい友だち……みたいなもので。先輩とは違う、と思う。
先輩として接してたら……こんなに笑い合うことは出来なかったに違いない。……こういう本心を言うと、奴は絶対につけあがる。
だから、俺は絶対にこの本心を言わないと誓っている。
滑稽な漫才も終わりが近づいてきたのか、サマリが遊んでいるアリーとユニに呼びかけている。
もうそろそろで出発か。実を言うと、結構楽しみだったりする。
ギルドで仕事だったり、リーダーの元で働いていたりで、意外とこの国を見て回ることはなかったからな。
この機会に知見を広めるのもいいと思った。アリーとも遊べるし、一石二鳥じゃないか。
それぞれの準備が整ったようで、三人は玄関へと向かう。
「それじゃ、出発進行ーっ!」
よし、俺も彼女らと共に出発するか。まだ見ぬ景色たちに思いを馳せながら、俺は休日への一歩を踏み出したのだった。
サマリのステル国観光地巡り。
その第一弾は国の中心に存在している大時計の塔だった。
この国で二番目に高い建物。それがここの塔だ。
頑丈な朱色のレンガで敷き詰められた塔は、その長い歴史の中で崩れることなく立ち続けている。
見上げると首を痛めてしまうほど高所にある大時計は、この国のシンボルにもなっているらしい。
毎日狂いなく鳴り響く鐘の音。周辺の人々はうるさいとの評判だが、それほど大きい音でなければ国中には届かない。
仕方ないと言えばそうなのだが……。
ちなみにここは、俺が先にネタをバラしてしまったところだ。
彼女に申し訳ないと思いながら、俺は彼女の説明を黙って聞いていた。
さっき俺がバラしてしまったものとほぼ変わらない。定期的に鳴る鐘の音が時間を表し、夜は騒音の問題で鳴らない。
この鐘の音で、この国の人間は時間を測ることが出来る。目安になっているのだ。
ユニもステル国暮らしが長かったのか、あまり興味なさそうな雰囲気が見受けられる。逆に、アリーは目を輝かせて大時計の塔を見上げていた。
「へー! こんなに大きいんだー!」
「そうだよ。国中に響き渡らせるために、こんなに高い塔があるんだよ」
「そっかー。ねえ、サマリお姉ちゃん。ここを登ったりは出来ないの?」
「それはちょっと……。一日かかっちゃうよ」
一日かかる? じゃあ、鐘を鳴らすのは誰がやってんだ?
「……サマリ。塔に人はいるのか?」
「一応いるよ。まあ、聞いた話だと交代制らしいね。塔の中に部屋があって、数日置きに交代の人が来るんだって」
「そうか……」
「どうしたの? まさか魔法で動いているなんて思ったりした?」
「魔法についてはまだちょっと分からないんだが……逆に魔法で動かないのか?」
「そんな便利な魔法、あるわけないよー……。私的には、もっと便利な魔法が生まれてほしいんだけどね」
「例えば?」
「うーん……あっ、瞬時に別の場所に移動出来るとか!」
「そりゃ便利だな」
「でもでも、他人の家に侵入し放題なのー」
ユニの鋭いツッコミ。ムッとなったのか、サマリは更にあり得ない魔法を想像していく。
「じゃ……じゃあ! 家の周りに絶対に侵入出来ないバリアみたいなの付けるとか!」
「それ、きっと人にも通用すると思うの。絶対に侵入出来ない。それって魔法が効かないってことなの」
「そ、そうだよ! それがどうしたのかな!?」
「だったらもう魔法なんて誰も使わなくなるのー……そのバリアさえ覚えれば、自分にかけることで魔法なんて怖くないからー」
「うっ……!!」
「はっはっ。三本くらい取られたな、サマリ」
「いいじゃん! 別に想像するくらいさ!」
ムーっと頬を膨らませてふてくされるサマリ。
ちょっと言い過ぎたと思ったのか、ユニはサマリに謝っていた。
まあ、便利な魔法があれば良いかもしれない。けど、そうなると、事象の綻びが出てきてしまうんだろうな。
今の火や水が出て来る魔法で、俺たちは十分なのかもしれない……。
自分の考えた魔法が否定されているのがよっぽど気に食わないんだろう。
サマリはさらにあり得ない魔法を提示していく。
「こうなったら……絶対に不可能なやつ考えちゃうもんね!」
「サ、サマリお姉ちゃん……! 深追いは禁物だよ……!」
「大丈夫だよアリーちゃん! 私、死なないから!」
「いやサマリ、その使い方おかしくないか?」
「後輩くんは静かに! むむむぅ……!」
気難しい顔をしているサマリ。その後、ピンっと閃いたのか顔を明るくさせた。
一体どんな変態な魔法を考えついたというのか。……ったく、ある意味で恐ろしいよ。
「フッフッフッ……これは絶対に不可能の魔法!」
「へぇ、じゃ、聞かせてもらおうかな」
「その名も……『変身魔法』!」
「変身魔法?」
「そう! 他人に完全に変身できる能力!」
「サマリ、お前のトラウマを抉るようで申し訳ないんだが……」
「後輩くん、あれは死んだ人間を取り込める能力でしょう? 私が考えたのは違う! 生きている人間を完全にトレースできるのよ!」
「……なるほど。あの能力は死んだ人間の謂わば『皮』を着込んでいたな。それと違って、サマリが考えた魔法はまさに『魔法』の力で他人に成り代わるってことか」
「そういうことっ! さあユニちゃん! いくら魔法が便利だからと言って、こんな魔法はこの世に存在しないでしょう!?」
何を勝ち誇っているのかよく分からないが、サマリは完全勝利した顔つきになっている。
ユニはユニでサマリが言った魔法について色々と考えを巡らせ始めている。ユニ……。そういうところまでサマリに付き合わなくてもいいんだぞ?
「……どうよ!? やっぱり無いでしょう?」
「――あ」
「どうしたユニちゃん!?」
「あった。あったの。その魔法」
「……へ? あ…………あー……イマ、ナンテイッタノカナ?」
「良かったのサマリさん! サマリさんが考えた変身の魔法、一応存在してるの!!」
「……マジで?」
「マジなの」
硬直しているサマリ。まるで数億年前の化石のようだ。
いや、石膏像と言っても差し支えないかもしれない。
同情するために、俺はサマリの方をポンッと叩いたのだった。
「……強く生きろ、サマリ」
「…………」
もはや無言を貫いているサマリ。黙秘権とでも言うのか。
ま、まあサマリは放っておこう。いずれ復活するさ。
だが、俺が気になったのはユニの言葉だ。『一応』存在しているって、どういうことだ?
「ユニ、変身魔法のことだが、『一応』っての何だ?」
「実はその魔法は禁術として禁じられているの。前にマスターの持ってた本で見たことがあるから間違いないの」
「禁術……か。まあ、普通に使えたら自他のアイデンティティがおかしくなって誰も信じられなくなるってのが理由の一つだと思うが……他にも何かあるのか? 例えば使用後の反動が凄いとか?」
「……確か、命を削る危険な術だと本には書いてあったの」
「命を削る……か。確かに、おいそれと使えるもんじゃないな」
「なの。もし自由に使えても、使用する人は少なかったと思うの」
「そうだな……。おーいアリー。サマリは元に戻ったのかー?」
「あ、ちょっと待ってけーくん! あと少しだから!」
アリーが硬直したサマリを叩き続けている。
今は少しだけうめき声を上げているだけだが、すぐに目覚めることだろう。
時間をかけて、無事に復活したサマリ。
えーっと、どこから脱線したんだったか。……ああ、そうだ。大時計の説明だったな。
「それで、大時計の説明はこれで終わりなのか?」
「あ……うん。そうだねえ……後はこの時計の成り立ちとかかな? 別に興味は無いでしょ?」
「うーん……まあ、暇つぶしに聞いておきたいかもしれない」
「でも、もう少し待っててくれない? そういうのまとめて紹介出来る場所も、今日は用意してあるので!」
「じゃあ、それに期待するか」
今日はサマリがメインで話を進めてくれるので助かる。
アリーもしきりにサマリへ質問を投げかけている。ユニはまあ、まだ興味を持てないだけかもしれないが、いずれアリーと同じようになるだろうな。
俺は塔を形作っているレンガにそっと触れて、その長い歴史の一端を感じ取っていた。
ここは国の歴史をずっと見てきたのだろう。発展し、繁栄していくその姿を……。
鐘が鳴り響く。人力で鳴らしているその鐘。
少しうるさいと思うこともあった。けど、ズレのないように鳴らす人たちがいるということを知り、感謝の気持ちが溢れてくる。
「どうかな? こんな近くで見るのは初めてじゃない?」
「そうだなあ。時計の存在は知ってたけど、めったに来ないからな、こんなところ」
「でしょでしょ!? いやあー、連れてきた甲斐があったってもんだよ!」
「ありがとうな、サマリ」
「へっ!? あ、いやいやどういたしましてー……」
サマリは目を逸しながら俺へ言葉を紡ぐ。最近、彼女の態度が妙におかしい時があるんだが、気のせいだろうか。
嫌な感じはないから、気にするものじゃないんだろうけど、気になる……。うん、後で聞いておこう。
「サマリさん、次はどこなのー?」
「ん? 次はねー凄いよー」
「ほう、随分と煽るじゃないか」
「お次は、世にも不思議な観光名所さ!」
サマリも自信満々に息を巻いている。それほどインパクトのある名所なのだろう。




