出発前の日常
王様から言い渡された休暇。俺には休む時間なんて無いと思っていたけど、確かに働きすぎも良くない。
王様直々のご命令とあらば、守らない理由はない。この間に、ユニやアリー、サマリと楽しい時間を過ごせたらいいなと思う。
その一つが今日の午後だ。最初に提案したのはサマリだった。彼女が言うには、俺たちは自分が住んでいる国について何も知らないと言う。
まあ、確かに彼女の言うとおり俺やアリーはまだ国の内部に詳しくない。
それを言った時のサマリのドヤ顔は少しムカついたが、事実は事実と認めなければ……。悔しいが。
だから、今日はサマリがこの国の観光名所を案内してくれるらしい。
俺も知ってる場所もあるが、そこは被らないだろうか。……まあ大丈夫か。国だし、色々あるんだろう。観光地が。
午前中はユニを暇つぶしの相手にしながらのんびりと過ごしていた。今日の本番は午後だ。
待ち合わせ場所はサマリの家。俺とユニはとりあえずサマリの家に行く。
玄関をノックすると、サマリがあふれるウキウキな表情を見せながら招き入れてくれる。
「やあやあみんな! 今日は良く来てくれたね!」
「お……おう」
「おはようなの、サマリさん」
「うん! おはようユニちゃん!」
出発はアリーの授業が終わってからだ。今日の予定を予めリーダーに伝えているので、午前中だけにしてもらっている。
少し卑怯な手かもしれないけど……たまには良いかなと思う。
「そろそろアリーの授業が終わる頃なの」
「そうだな……今から行ったらちょうど、だったか」
家の窓から陽の光を見て判断する俺。
まあ、具体的な時間は分からないけど、大体は分かるからな。
「じゃ、迎えに行ってくるの」
「ああ。気をつけてな」
「分かったのー」
ユニが頷き、玄関から外へと出ていく。
その時、大きな鐘音が空一面に鳴り響いた。
「お、珍しくちょうどに出発したな」
この鐘音が、時間の目安だ。
定期的に鐘を鳴らすことで、人々は時間の感覚を取り戻すことができる。
うるさいこともあって、さすがに夜中は鳴らないが……。
俺の足では、サマリの家からだと、この鐘が二回鳴る頃に学園にたどり着ける。
ユニならもっと早いだろう。彼女がユニコーンの姿になって町中を駆け巡れば、鐘が二回鳴る頃にはもう俺たちの目の前にアリーを乗せて到着するはずだ。
自分の家からだったらもっと近いだろう。
もともと先に学園へ行った方がいいとユニには言ったのだが、彼女は頑なに俺と一緒にサマリの家に行くと言っていた。
俺の家からの方が近いし、すぐにアリーに会えるだろうに……。多分、学園に早く着いても暇なのだろう。アリーの知り合いといっても所詮学園内では『部外者』だからなあ。
人の目も気になるのかもしれない。
……うーん。学園の校門前でジッと佇むユニ。行き交う人々の視線に晒されながらアリーを待つ……か。
確かにちょっと嫌かもな。俺が前学園の様子を見た時はそんな意地悪をしそうな人は見られなかったけど、奇っ怪な目で見られるのは抵抗があるだろう……。
「後輩くん、何を考えているの?」
「え? ああ。ユニが学園で待たない理由を考えてたんだよ」
「うーん、確かに後輩くんと一緒にこっちに来て、すぐに出発したからね」
「それで想像したんだよ。ユニが一人ぼっちでアリーを待つ姿をな……」
サマリも同じような想像をしたのか、バツの悪そうな表情を浮かべてため息をついていた。
「あー……確かに嫌かも……」
「ま、ユニならユニコーン状態で鐘の音一回で学園に付くだろうし、すぐだよ」
「そうだね」
「それにしても、この鐘の音……国の真ん中にある塔の大時計から鳴ってるらしいよな?」
「え!? う、うん……そうだけど……」
「この大時計、歴史があるらしいって話を聞いたことがあるんだが、サマリは何か知ってるか?」
「わ、私ぃ? そ、そーだな……」
何かおかしかったのか?
俺の言葉にサマリは異常なほどに反応を示す。まるで触れてほしくない。そんな感じの素っ頓狂な声色だった。
心配になり、俺はサマリと目を合わせる。途端、サマリは目をそらす。何だ? 悟られたくないってことか?
「どうした? 俺が時計の話をしたのが悪いのか?」
「い、いやあ……そうじゃないんだけど……そうなんだけど……」
「どっちだよ」
「だって……」
「だって?」
「……今日の予定にそこが入ってるんだもん……」
「あっ……」
「…………」
開幕後、早速ネタをばらしてしまった俺。
さすがに気まずくなってしまい、沈黙が続いてしまう。
しかし、このまま何も話さないのも気まずいドツボにはまってしまうだろう。
「きょ……今日はいい天気だな、サマリ」
「アハ……アハハ……絶好の散歩日和だね」
「…………」
だ、ダメだ。話が続かない。
くそっ、どうすればいいんだ……! その時、俺の中で一つの閃きが頭の中に過ぎった。
そうだ。その手があったか……!
「そうだ。サマリ……今日のアリーの夢、お前が出てたらしいぞ」
「え? アリーちゃんの夢に?」
「ああ。アリーによると、お前は死んだらしい」
「死んだ!? 私が!?」
「ったく、いつも死んだフリするからアリーがそんな夢見るんだよ。確かに助けられてるけど、少しは反省しろ」
「うぅ……アリーちゃんにそんな夢を見せちゃうなんて……」
さすがに反省しているのか、サマリは落ち込んで椅子に座り込む。
よ、よし。少し調子が元に戻ったみたいだ。更に話を続けていこう。
「でも……よく今まで俺たち、生きてこれたよな」
「後輩くんのおかげだよ。だから、私も安心して死んだフリが出来るってもんなの」
「あまり俺を買いかぶるなよ。みんなの力が無きゃ、俺は何も出来ないんだから」
「えへへ……そっか……」
「……サマリは、死なないよな?」
「え?」
「朝食の時はアリーを心配させまいと黙ってたんだが……アリーの表情、あれは本当にお前が死んだ夢を見たんだと思う」
「……どんな感じだったの?」
「汗の量、寝起きなのにやつれた表情。ただサマリが『死んだ』ってだけじゃなさそうなんだよな」
「――例えば、私の死に際を見た……とか?」
即、サマリが予想という名の箱へ欠片を埋め込んでいく。彼女がすぐに答えられたのは彼女自身の経験によるものなのだろう。
サマリは出身の村が壊滅した後、ショックで記憶を失っていた時期があった。それがより強いショックで記憶が戻ったらしいのだが……。
きっと……記憶が戻った後……『偽物』の妹に出会う前まで、彼女は悪夢を見ていたのだろう。
それは妹が死ぬ直前の夢。大切な人の死に目。アリーが見た夢と同じ状況を再現できるのだろう。
「サマリが言うなら、そうなのかもしれないな」
「アリーちゃんがそんなになるくらいの私の死の瞬間って……なんだろう」
「……さあな。そこまでは俺たちじゃ分からないだろう。かと言って、アリーに聞くまでもないことだしな」
「そうだね。嫌な夢はさっさと忘れるに限るよ」
「嫌な……夢。本当に、そうだな」
「……ぷっ」
突然、サマリが吹き出しながら笑い始める。
こんな真剣な話をしているというのに、どういう訳か?
少し怒りを持って、俺はサマリに尋ねることにした。
「な、何だよ?」
「でもさ、たかが夢の話でこんなに深く考えることもないよね?」
「……ま、まあ。そうか」
「大丈夫だよ後輩くん!! 私が死ぬわけないじゃん! ……生きたかったはずの村のみんなのためにも、絶対に死ねないもんね」
「サマリ……」
「さて! ……あれ? 私たちってどうしてこんな暗い話してたんだっけ?」
「あっ、それは……」
「うーん……あぁ! 確か後輩くんが時計台の鐘について喋りだしたからか! 喋りだしたから……か……」
「お、おい! せっかく元気になったのにまた落ち込むなよ!」
「うぅ……」
「わ、悪かった! 今日の話のネタを先にバラしてしまったことは謝る! ごめん! そんなに落ち込むなんて俺知らなくて――」
「いいよ、後輩くんなら」
「……え?」
「えへへ……」
何故か赤く頬を染めるサマリ。な、何を恥ずかしがってるんだろうか。
とにかく、許してくれるとのことなので安心だ。
「ねえ、待ってる間、暇だし何か食べる?」
「そうだな。じゃあ、軽食でも取るか」
「分かった。じゃ、何か用意するね」
「ああ。頼む」
サマリは頷いて、台所へと向かっていく。
まあ、もう昼だけど少し食べる分には良いだろう。俺にはアリーやユニの相手をするという体力の使う仕事があるのだからな。
体力を付けておかないと……。
それより、サマリは一体何を用意するのだろうか。軽食だろう? パンかな。でも、パン今日の朝に食べたんだよなあ。
「ハァァァァ!!」
「うおっ!? な、何だ!?」
その時、台所からサマリの叫び声が聞こえた。気合を入れるための儀式か何かか?
同時に、パチパチと何かが燃えるような音が聞こえる。あ、これって火の魔法を使ったってことか?
そのまま待っていると、何やら美味しそうな焦げついた匂いが俺の鼻をくすぐっていく。
すると、サマリが一つの皿を手に持ってこちらにやって来た。
「へっへーん。お待たせ!」
「何を作ったんだよ」
「ん? パンだよ」
「パンか……悪いが朝食に食べ――」
「ただのパンじゃないよ! 私の魔法で更に焼いたんだよ!」
「焼いた……?」
「ほれ」
テーブルに置かれる食パン。しかし、それはいつも見ているパンではない。
耳に囲まれている身の部分はキレイな白色からくすんだ茶色の焦げ色に変わっている。
まあ、衛生上汚いかもしれないが、俺はその身を指でなぞっていく。
ザラザラとした感触は、長い間放置された食パンの感触に似ているかもしれない。
……な、なんだか軽く食べられそうな感じだ。
「どうどう? お店で売ってるような感じでしょう?」
「店で売ってるのか?」
「もー、後輩くんはどこのお店でパンを買ってるの? もしかして、こういう料理されたパンはパンと認めない昔気質のお店なのかな?」
「そ、そうかも……」
確かに、町中でパンの中に何かを挟んで食べているのを見たことはある。
もしかして、サマリが言っているお店にはそういうのまで陳列されているというのか!?
「フッフッフッ……ここは、都会暮らしが長いサマリちゃんに軍配が上がった。ということでいいのかな?」
「う、うるさい! 俺だって知ってるわこのくらい!」
「ほーう。ならば食してみせよ! 後輩くん!」
「ふん……こんなの、お店で食べているものと同じ……っ!?」
サマリが調理した食パン。それを何もかけずに頬張る。
するとどうだ。歯と食パンの身が触れた瞬間、サクッとした感触が俺の脳髄を刺激する。
香ばしさがすでに最高のスパイスとなり、味覚に革命を起こす。
パンの耳という脇役も、スナック感覚になったおかげで主役級にまで上り詰めている。
焼いた影響で粉がポロポロとこぼれていくが、そんなのは関係ない。こいつは美味い。
「その様子だと、ホントに食べたことない?」
「……は、恥ずかしながら」
「もー、ちゃんとお店巡りして美味しいもの探した方がいいよ?」
「……じゃあ、今日はそういうところも紹介してもらえるかな?」
「うん! 喜んで!」




