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春子と最強執事  作者: 白川れもん
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午後の授業

お待たせいたしました!

ちょっとずつ書いてます。

「春子、私の執事も女の子が良いって思ったでしょ? 嫌だ! そんな酷いことを思わないで! こんな、執事、どう見たって男だよ! だから、こいつは女じゃない!」


 ちっ、やっぱりバレた。

 そして、紺は私に必死にしがみついてきて「こんなの男だ! 女じゃない!」と訴えている。


「いい加減にして! 失礼でしょ! 紺は黙ってて」


 紺の失礼な発言の連発にも、椿の執事は黙っている。怒っている雰囲気もなく、静かに、椿を眺めていた。


 ああ、同じ執事なのに、こうも違うのか。


 そんなことを、つい、心の中で思ってしまった。


「春子…………僕のこと、嫌い?」


 いつもより、かなり沈んだ紺の声。

 驚きで紺を見上げると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。そして、すがるように、私を見つめていた。


「……ねえ、いや? 僕が、春子の執事で、最悪な気分? ……僕よりも、こいつのが、良い?」


 紺の、この感情の激しさは、一体何なのだろうか。

 喜んでみたり、怒ってみたり、こうやって、悲しんでみたり。

 椿も目を見開いている。それは、そうだ。あれだけ騒いでいたのに、急に泣きそうになるのだから。


「あのね、紺。私は別に、紺じゃなくて、椿の執事の方が良いなって、そう思っている訳じゃないよ」


「…………本当?」


「本当。分かるんでしょ? 私が心で何を思っているか、分かるんでしょ、紺は。察してよ」


 本心だった。確かに、椿の執事の方が、弱くても紺の様に暴走しなくて、従ってくれそうで、羨ましい。

 でも、紺と取り換えたいか、と言われれば、そうでもない。


 やっぱり、何だかんだ、過ごしてしまえば、情がある。


「……良かった! じゃあ、僕、春子の為にもっと頑張るね!」


 何を読み取ったのか、紺は椿の執事に向かって「お前には負けないからな!」と、声を張り上げた。


 椿の執事は、表情こそ変えないが、少し怯えた様子が伺える。なんというか、動物とかが、よく喧嘩したくないときに相手と目をそらすのと一緒……みたいな。


「あ、あのね、紺さん。うちの(ごう)は、弱いから……そ、それに、春子は、もう紺さんを頼りにしてるかと……」


 助けて、と言わんばかりに、私をチラチラと見ながら椿は申し訳なさそうにした。

 椿の執事――――黄も、椿の袖を掴んでいる。

 そんなに、強いのかな、紺って……。


「……そうよ、紺。誰かと張り合うのではなく、一生懸命やることが、大切なの」


 紺の視線を私に戻そうと、なるべく声を張った。

 私の言葉に、紺が目を輝かせた。


「春子!! わかった。僕、頑張る! こんな奴より、僕だよね!」


 ……まあ、いいか。

 そういうことにしておこう。そう思った。



 昼も過ぎて、午後の授業。

 やっと執事も交えた授業だと、少しの緊張と、心を高鳴らせていた私は今、一人、いや、正式には、紺と、巨大なグラウンドに体育座りをさせられていた。


 学校から少し離れた、ドーム状のグラウンド。東京ドームなら、何個分だろうか、というような、まるで海外並みの大きさだ。

 そこに、私と、紺。そして、ジャージの上からでも分かるマッチョな図体の良い男性体育教師、佐川(さがわ)先生の三人しかいない。




 どうして、こうなったか、というと。


 昼から教室に戻って直ぐ、担任から「三星さん、あなたは、今日が初日でしたよね? 午後の授業は、執事を扱う授業です。いいですか、執事のレベルを知るのも、主の務めです。よって、体力測定をして来なさい。もちろん、あなたも」


 何故、体力測定?

 疑問に思ったが、それを口にすることなく、ここまで連れてこられた。


 そして、佐川先生の話を紺と聞いている。


「今から、体力測定をするのだけれど、体力を知るというのは、とても大切なものだ! 己の体力を知るのも大切だが、執事というのは、底知れぬ体力を持つ者が多い!」


「あの、佐川先生。体力測定をして、何が解るんですか?」


 話が長くなりそうなので、早めに理由を知りたい。

 それと、紺が佐川先生を無視して、こちらをガン見しているのも、そろそろ耐えられない。


「良い質問だ! 三星! いいか、執事というものは、レベルが存在する。そのレベルを決めるのが、学力や体力はもちろん、器用さや絶対音感、さらには料理力や掃除力までもが関係する。まあ……だいたいは、学力と体力で決まる」


「へー! そうなんだ」


 そんな難しいことを、たくさんテストするのか、お前は。と、紺を見そうになるが、ぐっと抑える。

 目が合ったら、何か言われそうで。


「学力テストは、入学前にしていただろう? 次に重要なのが、体力測定ってことだ! さあ! 存分に測定しよう!」


 佐川先生は、自分の体力を一切測定しない。

 なのに、このテンションである。体育教師とは、摩訶不思議なものだ。


「……ふんっ!」


 一番最初が何故、砲丸投げなのかは不明だが、精一杯投げても、全く飛距離が伸びない。

 私の腕筋の弱さよ……。


 対して紺は。


「さあ! 次は、執事の紺、君だ! 宇宙を目指せ!」


「…………」


 確実に届いているであろう、佐川先生の言葉が、聞こえていないみたいな、この反応。そして、私から視線を一切逸らさない。


どうなってるんだ、この執事は。


「…………紺、投げて」


「投げるの? これ?」


 人見知りなのか、他人が嫌いなのか。手の掛かる執事だ。


 紺がニコニコ私を見ながら「思いっきり?」と声を弾ませる。


「そうだ! 執事、紺よ、思いっきり投げるがいい!」


 佐川先生は、紺の様子を気にしていないらしく、紺同様に、声を弾ませて、投げるのを待っている。

 それでも何も無かった様に、私を見続ける紺が凄いよ。私なら、こんなに無視できない。


「……投げて。思いっきり」


 はあ、と、ため息と共に、言葉にした。次の瞬間。


 ぶんっ! と、風を切る音に顔を上げた。

 紺の手にあった砲丸が、存在していない。

 目を白黒させながら、砲丸を探すが、どこにも落ちていない。


 あれ? こいつ、砲丸消したのか?

 そんなことを考えていた私は、馬鹿だ。


「執事の記録ー! 三.四キロメートル!」


 どこからか、声が響いた。

 誰の声? 佐川先生? そういえば、佐川先生もいないな……。


「え?」


 よく見ると、遠くにある、小さい影が、徐々に大きくなってくる。人いたのかな…なんて思っていると。

 それは、近づくにつれて、佐川先生っぽくなって、やがて、佐川先生になった。


「は? え、佐川先生……? ……ってことは! さっきの三キロメートルなんとかって!」


「僕の記録だよ。凄い? 春子のは、こんなに近くに落ちたもんね。ねえ、凄い? 格好良い?」


 目を輝かせながら、私を覗き込む紺。

 いや、そうじゃねーだろ!


「え、あんた、いつ投げたの? というか、あんた、何者?」


 いや、それは佐川先生もだけど!

 一瞬で、あんなに早くいなくなったから!


「え? 春子気づいてなかったの? あの変態マッチョも、執事だよ?」


「え、佐川先生、執事なの?」


「そうだよー、僕達の体力測定を、普通の人間に出来るわけ無いじゃん」


 紺は、さも、当然です、みたいな顔してるけど、最初に教えろよ。見分けなんてつくわけがない。


「よーし! どんどん行くぞー!」


 やる気満々な佐川先生に、引っ張られる様にして、体力を次々と測定していった。



 その結果は。


「あんた、何者なのよ、紺!」


 オール、ほぼ全てにおいて、紺は異常な数字を叩き出した。

 対する私は、恐らく基準以下。


 執事とは……?


 ニコニコと私を見つめる紺が、こんなに化け物級だったとは。

 今からでも、敬語とかにするべきか……とさえ、思う。


「春子、僕に惚れ直した?」


 嬉しそうに、私に聞くが、これっぽっちも、そんな事は思っていない。むしろ、惚れてすらいない。


 こんな力を持っていながら、相変わらずな紺に、少しだけ気持ちが安らぐ。


「馬鹿」


 私がおかしな顔でもしていたのか、紺は微笑みながら、頷いた。

 お前は、馬鹿なのかー。


 新たな紺を知った、体力測定だった。



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