お昼休み
午前中の授業が終わった。
学園の、授業内容は、以前の学校と対して変わりはしなかった。全くもって普通だ。
まあ、午前中は執事禁止みたいだから、午後から特別授業なのかもしれない。
お昼休みに、一緒にご飯を食べようと椿が誘ってくれた。
クラスだと視線が疲れるから、と、わざわざ二人で講堂までやってきた。
「椿、ごめんね、私のせいで、クラスの皆、冷たいよね……何も言わないから、余計にさ」
「ううん、いいの。どうせ、春子が来る前から、あんな感じだったの。私は、春子がいて助かってる。あれこれ言わずに、済んでいるもの」
優しく微笑んでくれる。近くで見ると、椿は笑窪がある。いいなー、笑窪。可愛い。
「春子は、今でも十分可愛いよ!」
突如として、人の心を読んだ紺は、叫びながら現れた。
「ちょ、紺! あんたまた、勝手に!」
「午後は良いんでしょ? 影は、下から春子を眺めれて楽しいけど、やっぱり僕は、春子の見上げてくれる顔が好き」
全くもって意味が分からない。
呆れるしかない。そんなに私が好きなら、何故言うことを素直に従ってくれないのか。
焼そばパンを口に入れながら、考える。紺もお腹が空いたのか、メロンパンを食べ始めた。
「あ、あの、私ね、言っておきたいことがあって」
紺を見て何かを思い出したらしい、椿は、私の隣に座った紺と、私に向き合う。
何かを警戒したらしい紺は「還らないよ、僕は! 余計なことしないでよ」犬のように、椿に唸って威嚇している。
「こら」ぽんっと頭を軽く叩く。仕方ない執事だな「椿、何?」柔らかく促す。
「今朝、二メートルって話したよね、春子と紺さんが離れることが可能な距離。ちなみに私は、五キロメートルくらいなんだけど……」
「はっ、五キロ!? 遠い! 凄い! 私めちゃくちゃ弱いよね……」
そして、私は二メートル。改めて実感する、私の弱さ。
「あ、ち、違うの! あのね、私が言いたかったのは、標準は二キロメートルとかなんだけど、私、最初から五キロまで離れられたの。で、調べたんだけど、どうやら、私達の力も必要だけど、執事のレベルによっても変わるらしいの」
「執事のレベル? そういえば、椿の執事は弱いって……」
「そう。だから、たぶん、私は他の人より自由に操れるの。私の目には、紺さんは、相当強く見えた。だから、春子は紺さんを操れないのよ。たぶん、紺さんが強すぎるの」
紺が強い? ゴロゴロしていただけの紺が?
不思議に思って、紺を横目で見る。話を聞いていないのか、既に私に視線を合せ、ニコニコと愛想を振り撒いている。強そうには、見えない。
「紺、あんた強いの? だから、操れないの? なら、弱くなりなさいよ」
「嫌だよ。確かに僕は強いけど、春子も弱いんだよ。だから、凄く良い関係だと思うんだ。弱い春子を、僕が守る。格好良いでしょ?」
「良くない!」
何を言っているのか、この執事は。
強いのは確かに良いことだけど、二メートルは、酷い。もう少し、こう、あるだろう。
「執事にもレベルがあるんだね。ところで椿、執事の還す方法ってさ……」
「嫌だ! 春子、そんな酷いこと言わないでよ!」
私の発言で、慌て始めた紺。
そんなに還りたくないのか。ぎゃんぎゃんと、私の腕にすがり付いてくる。
少し可哀想な気もするけど、常識らしいし、知らないままだと、私が恥ずかしい。
「ちょっと、紺、黙って。聞くだけだから!」
「本当? 約束だよ? 嘘だったら、僕、暴れるからね!」
暴れるって、何をするつもりなのだろう? 疑問に思ったが「分かった分かった」と、宥める。
視線だけで椿を見れば、半分に減ったお弁当の、卵焼きを口に入れてから、椿は話始めた。
「執事を還す方法は、えっと、召喚と一緒なんだけど、覚えてる?」
「……両手を上に伸ばすやつ?」
召喚したときの雰囲気をなんとなく、再現するために、両手を天井に伸ばした。そして「これ?」と、改めて聞く。
「……」
違ったっぽい。椿は苦笑いをしている。恥ずかしい。
「ごめん、だって、二ヶ月前なんだよ? それから、一度もしてないから、忘れたよ」
「じゃあ、方法だけど……まず、目を閉じて。手を組んでから、ゆっくりと両手を開いて、掌を、上に伸ばすの。掌に執事を意識してね」
説明しながら、椿は実行していく。
伏せられた瞼から、精神統一しているような、真剣さが感じられた。
ゆっくりと上へ伸ばされる手。
すると、次の瞬間、椿の掌から光り始めた。
還す方法は、召喚する方法と、同じ。
ということは、椿は執事を召喚しているんだ!
そう気づいた私は、どうやって執事が召喚されるのか、見てみたい反面、光が眩しすぎて目が勝手に閉じてしまう。
瞼だけが明るくて、しばらく待機していたら、瞼から光が消えていくのが分かった。
改めて、目を開ける。
どんな執事だろう、と、淡い期待を胸に。
「……何やってるの、紺」
目の前には、紺がいた。
至近距離で私の顔を不思議そうに、見つめている。
私の淡い期待を返せ!
「春子が眩しそうだったから」
「眩しそうにしていたからって、こんなに近くに来て、人の顔見るのに、なんの意味があるの?」
「春子の眩しそうな顔が見れる!」
始めて見ました! みたいな喜びの声を上げているが、この距離から離れる気はないらしい。
「ちょっと、退いて」
頬を片手で押せば、すんなりと離れた。
次いで目に入ってきたのは。
「……それが、椿の執事?」
ヤンキーだ。それが第一印象。
ロングの金髪に、つり目、黒いマスク。学校指定の制服は着ているが、なんだか全体的にだるーんとしている。
……紺より強いんじゃね?
そう思わずにはいられない、滲み出たヤンキー魂。
「そうよ。あの、見た目はあれだけど、弱いの……」
「いやいや、強いでしょ、絶対」
「…………自分、弱いっす」
目玉が飛び出るかと思った。ヤンキーから出た声は、ありえないくらい可愛かった。
幼女ですか? というくらいには、ロリ声だった。
唖然としていると、椿が、ため息混じりに「この子、女の子なの」と答えた。
「お、女の子?」
言われてみれば、背丈も私くらいだな、と思う。
私を見て、小さく照れる姿は、絶対に近づかないって決めてたヤンキーでも、可愛らしく思える。
え、まって。執事って、女の子も、アリなの?
それなら私、女の子の方が良かった……そう、一瞬でも思ったのは、紺には内緒だ。