学園生活初日2
「あの、ご、ごめんね、紺の暴走に巻き込んじゃって……」
相談室というなの、問題児にお説教するための小さめの教室で、みっちり怒られた後。
お下げ髪女子生徒とクラスに戻るため、廊下を歩いていた。
「それに、庇ってくれて……」
転校生で、何も知らなかった。という事を、お下げ髪女子生徒が先生に説得してくれた。そのおかげで、大事にはならなかったが、確実に噂にはなるだろう。
「ううん、私も、悪かったから……それに、クラスの人達が悶えているの、ちょっとスッキリしたから」
お下げ髪女子生徒は、そう言って笑った。
「……それなら、良かった。紺、私の命令全く聞かないから」
自分で言ってて悲しくなってくる。
皆は少なからず、還す、という能力コントロールを、出来るみたいだから、苦笑いしか出ない。
「あのね、転校生さん。それ、少し疑問に思ったんだけど……私の能力は、すっごく弱いの。で、クラスメイトに馬鹿にされて……」
「そうなんだ。あの人達、凄く嫌な感じだったよね」
「うん、この学校では、執事の強さも、成績に入るんだけど、紺さんは、その、凄く強いから、もう、あの人達も、馬鹿にしないと思うの」
「……紺が、強い?」
あんなに普段ぐだぐたしているのに?
よくわからない、という顔をしていたら、それが伝わったらしいお下げ髪女子生徒は、私に向かい合った。
「私、大前 椿と言います。その、分からないこととか、何でも聞いて。執事は弱いけど、勉強は得意な方なの」
「え、良いの? あ、私は三星 春子。春子って呼んで。えっと、じゃあ、椿って呼ぶね。あの、早速だけど椿……教室どこ?」
一瞬ぽかんとした後、椿は上品に笑った。
その姿は、明治や大正時代のお嬢様のよう。
「……春子、方向音痴なのね。こっちよ」
こうして、私と椿は、クラスで唯一の友達になった。
というのも、クラスに戻った私達を、歓迎する者はいなかったからだ。
紺に沈められた人達は、私を睨み、それを聞いたらしい他の人達も、私を警戒していた。
「……あれ、紺は?」
確か教室の隅に座らせていたはず……が、いない。消えている。
「還ったのかな?」
一人でぶつぶつと呟いていると、それを聞いていた椿が、横から話しかけてきた。
「……春子、あなたの影、何か変?」
「え、影?」
窓の近くにいた私は、太陽に照されて、廊下の方に伸びる影。とても、そう、とても普通に見えた。
影ってこんなものじゃないの?
「……普通じゃない?」
「紺さん、なのかな?」
「え、紺? この影が?」
何を言っているのか、見た影は普通だし。何より、紺は人だ。いや、私の能力だけど。命令も聞いたことないけど。
「影にしては、濃すぎるもの」
「……」
からかっているのかと思ったが、椿の目は真剣で、とても冗談には見えない。
これは、踏むしかない。踏んで試してみよう。
踏むだけなら、話しかけるより、変な人だと思われないし。
「春子、紺さんに話しかけて……」
椿が発した瞬間に、私の足は影を踏んでいた。
そこそこの強さで踏んだものだから、私の足を、目を見開いて椿が見張る。
え、ダメだったの? 何その反応。
「え、あ、駄目だった?」
静まり返った室内に、私の声だけが響いた。
すると。
「い、痛い痛い! 体重かけないで! 痛いよお! 春子、何てことを……」
影からぬるっと現れたのは、確かに紺だった。
黒い影から、いつもの顔と制服がはっきりと浮かび上がる。
私に踏まれたのが、そんなに痛かったのか、目を赤らめている。
「ちょっと、紺! 何しているの。座って反省してって言ったのに!」
本当に影だった! 影になっていた! それも、私の!
「だって、僕……春子から離れられないもん」
その場に自分のお腹を擦りながら、しゃがみ込んだ紺は、上目遣いで私を見る。
そんなに痛かったのか……というか、あそこはお腹だったのか。
「もん、じゃないよ、離れられないわけ」
私が叱ろうと声を上げた時。椿が入ってくる。
「あ、あのね、春子。執事は、一定の距離以上は離れられないんだよ」
「えっ!」
何その新な情報……全然知らなかった。
そうか、どうりで、私がトイレや風呂に行くときも、扉の直ぐ側で待っていると思ってた。
何度注意しても駄目だから、てっきり紺が私に依存していると思っていた。
犬や動物が追ってくるのと一緒で、そういうものかと……。
「そうなの。えっと、私達の力の強さによって、離れることが可能な距離が長くなるんだけど……紺さんは、どれくらい離れることが可能ですか?」
椿が紺に話しかけると、紺はあからさまに無視をした。それも、睨みながら。
……これも、私の躾問題なのだろうか。
「紺、答えて!」
少し悲しそうに眉を下げると、仕方がない、とばかりに口にした。
「……二メートル」
「へ、二メートル!? 短っ!」
う、嘘でしょ? 二メートル? はあ? 私の力めちゃくちゃ弱いじゃん!
がーん、と方針状態になっていると、周りからクスクスと馬鹿にする声が聞こえる。
う、恥ずかしい! 泣きたい。
どうしよう、と椿を見れば、何故かうんうん頷いている。
「椿?」
「やっぱり、そういう事か。あのね、春子」
その時、チャイムが鳴った。
たぶん、ホームルームだか授業だか、とりあえず何かしらが始まる合図だ。
「……春子、とりあえず紺さん影に戻して。先生うるさいから。還し方とか、後で教える」
「わ、分かった。紺!」
「……春子ぉー、僕、学校嫌い」
何故か不貞腐れている紺は、私に抱きついて訴えてくる。
私だって想像した遥かに、面倒くさくて嫌いだわ!
「あのね、紺」
「あ、春子も嫌なんでしょ? 僕と一緒だ! ねえ、帰ろう?」
ぐっ、すぐこれだ。何故バレる?
「紺、一緒に頑張ろう。ほら、影になって!」
「……一緒? 本当に? さっきのも、許してくれる?」
「許す、許すから。一緒、一緒」
先生がいつ来るか気が気じゃない私は、同じ言葉を繰り返す。
まるで子供じゃない!
「皆さん、おはようございます!」
先生が入ってきて、焦った私は、何とか紺を見られないように、前に出て、背伸びをしてみたり、手を横で大きくふったりと、まるで漫画のような行動に。
「お、おはようございます、先生」
「はぁ、おはようございます、三星さん。貴女は一人で何をしているのですか? 席に座りなさい。教えたでしょ? ここです」
そこは、確かに先程、職員室で教わった、一番前。しかも、教壇の前の、とても黒板が見やすい席。
後をさりげなく振り返るついでに、一回転すると、そこに紺の姿はなく、影だけが、やけに濃い。
「……はい」
クラス中の、冷たい視線を全身に浴びなが、席についた。