学園生活初日
こうやって前世と見比べると、家や家具、その他もろもろ、ほとんどが変わらない世界。
……さて、今日から新しい学校だ。以前通っていた学校よりも制服は可愛いから、私的には満足。能力者向けの学校だが、普通科も存在する。
その為、数少ない能力者は学費が半額だ。
一般家庭の私には、何から何までラッキーだ。
ふーっと一息ついて、一言。
「き、緊張してきた」
制服に身を包んだ私は、ハラハラしながら、玄関の全身鏡とにらめっこしていた。
「春子、大丈夫だよ。緊張しないで。とっても可愛いから」
「あ、ありがとう。いや、別に格好とかじゃないんだよ? ただ、新しい学校、だから……」
「通学路? それなら、僕に任せて。覚えてるから。春子は何も考えなくて良い」
本当か? 疑いの眼差しで見上げれば、いつもと同じスマイルが返ってくる。
そういえば、紺と、知らない街まで出掛けるのは、初めてだ。
「紺、あんた、もっと違う服、無いわけ?」
「春子のお母さんがくれたのは、これだよ?」
登場時と、ほとんど変わりない格好。
毎日ローテーションだが、初登校まで、これで行くのか?
「ちょっと、もっとさあ、他の服でも……」
「あ! まだいた! 良かったあ、紺ちゃん!」
お母さんが、バタバタと走って来たかと思えば、手には見慣れない制服が握られている。
男子生徒用?
「お母さん、何? それ」
「紺ちゃんの制服よ! 春子と一緒に貰ったでしょ?」
え、そうだったっけ?
紺、お前知ってるのか、と目線を上げれば「あ、そうだった」と、私に照れ笑いをした。
「早く着替えてきて!」
「分かった、待ってて、春子!」
お母さんから制服を受けとり、バタバタと走って行く。
苦笑いをしながら、お母さんが呟いた。
「紺ちゃんって不思議よねえ? 能力っていうのは、皆、ああなのかしら?」
「え、何が?」
「紺ちゃんよ。春子には、とっても優しいのに……」
そう言って、お母さんは、紺が去っていった方を見つめて、何故か悲しそうな顔をした。
意味が分からず、私は首を捻るだけ。
結論から言うと、紺の記憶力は優秀だった。
方向音痴の私には、頼もしく思えたくらいだ。
大きな、どこか外国に来たのか? というくらいの、門。
そして、これ本当に学校? どこかの城じゃない? ってくらい、外観が格好良い。
「春子が好きそうな学校だね」
「……そうだね」
何故バレるのか、これも私の能力だからか?
まあいい。
「今日から、勉強頑張る。紺、あんたの事も。何故、私に紺なのか、とか、きちんと学ぶ!」
「えっとね、それは、何度も言うけど、運命なんだよ。春子が呼んだんだ、僕を。だから、僕は春子を選んだ」
「……はいはい」
絶対に嘘だ。紺じゃなくても、良いはずだ。こんなイケメンオーラなんか、出さない人が。
そう、例えば、素敵なダンディなおじさまとか!
理想はそうね、三十路手前かしら。
「……春子、僕以外を考えてる」
隣から、低い声と共に、いつもの笑顔を失い、眉間に皺を寄せた紺が、忌ま忌ましそうに見つめてくるけど、無視して学校へ足を踏み入れる。
最近気づいたことだが、紺は嫉妬深い。
何故なのかは、全く分からないのだが、私に別の人間を感じとると、途端に不機嫌になる。
まるで子供だ。執事っていうのは、そういうものなのだろうか?
初日だから、周囲の視線を浴びるのは、覚悟していたけれど、こんなにとは。
歩いて教室へ向かっているだけにも関わらず、周囲からヒソヒソと声が聞こえる。
何だろう、声掛けてくれれば良いのに。
登校時間だから、人が多いのは仕方ないが、それにしては、皆遠巻きだ。
見るからに貧乏そうだからかな?
私から見れば、皆セレブなお嬢様に思える。髪も巻いているし、男子生徒も、髪をばっちり決めている。
言うなれば、リア充の集まり、といったところか。
あー、向いてないかもな。
「春子、春子。悲しまないで、僕がいるよ」
「ああ、ありがとう」
いつもの笑顔に戻っていた紺を見れば、少し安心できた。
一人だったら絶対無理だった。こんなコソコソ言われるなんて、いじめだよ……。
あれ、そういえば、執事らしき人を見ないな。
皆も能力者だから、執事がいるはずなのに……。
辺りを見回しても、執事らしき人はいない。
不思議に思いながらも、教室へと入る。すでに室内にいた何人かが、私を見て、ヒソヒソとし始めた。ああ、またか、と思う。
何なの、もう!
席も分からないし、することもないので、窓を眺めていた。すると。
「あ、あの」
近くに気配を感じて、振り返ると、今どき珍しいお下げ髪の、弱そうな女子生徒。
近くからクスクスと笑う声が聞こえてくるから、何か罰ゲームか、じゃんけんに負けて、私に話しかけに来たのかな。
「おい、気安く近寄るな」
私が答えるより早く、紺がお下げ髪女子生徒に近づいた。
目を見張る。こんな紺、見たことなかったからだ。鋭い目で、まるで親の仇とでもいうかの如く、私を背に隠す仕草をする。
紺を前にして、お下げ髪女子生徒が「ひっ」と、怯えているのが分かる。
「ちょ、ちょっと! 何してるの、馬鹿!」
声と共に、紺の後頭部に、グーパンチをねじ込んだ。
「うっ!」
頭を抑えて、その場にうずくまる紺。
それを横目に見ながら、お下げ髪女子生徒に近寄る。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、は、はい。あの、ありがとうございました」
一瞬ぽかんとしていたが、私と向き合った。
何か用事だろうか?
「それで、あの、私に何か?」
「あ、えっと、転校生さん、ですよね。それに、その方、執事、ですよね? あの、この学校では、午前中は、執事を召喚するのは、禁止なんです」
「え、そうなんですか! し、知らなかった……」
だから、皆見てたのか! なんだ、そんな事なら、教えてくれよ! 恥ずかしい。転校生丸出しじゃん!
「あの、なので、執事を向こうに還して……」
「還す? え、あの、ごめんなさい、還し方、分かりません」
「えっ?」
今度は、お下げ髪女子生徒が、驚く顔をする。
え、何? 還すのって普通に皆出来るの? っていうか、還せたの? 執事って召喚したら出っぱなしなのかと、思ってた!
「あ、あの、学ぶ以前の、常識だったりしますか?」
「あ、えっと……私は、そうだと……」
ぐあー!!! やってしまった! 無知って恥ずかしい!
「ちょ、ちょっと、紺、還りなさいよ!」
「どうして? 嫌だよ! 僕は春子と一心同体なんだ。どうして急にそんな……そこの女かな、僕の春子に余計なことを!」
僕を捨てないで! と言わんばかりに、身なりも気にせず、すがり付いてくる。
そして、何かを察した紺は、勢いよくお下げ髪女子生徒を睨む。
「あ、あの、ごめんなさい」
お下げ髪女子生徒は、紺のあまりの迫力に気押されたのか、謝り始めた。
「ああ、謝らないで! あなたは何も悪くない……」
「だっせえなあ、大前! 執事に謝ってんじゃねーよ! 気持ち悪っ」
笑い声と共に、私たちの元に近づいてきた、数人の男女。
罰ゲームではなく、いじめだったみたいだ。下品な笑い声が漂う。
「おい、転校生。お前も自分の執事還す方法も知らねーなんて、ど素人じゃねえか!」
「うける。二人ともお似合いだよね。大前さんは、いつも一人ぼっちだし、転校生さんも、その感じじゃ、友達なんて出来ないでしょ。貧乏そうだし」
「どうせ、突発的に執事を召喚出来るようになった、低レベルだろ?」
寄って集って何なんだ!
勝手にランク付けしたり、貧乏だって、まあ、貧乏だけど!
イラッときた!
「ちょっと、あんた達、急に何……」
「僕に任せて、春子。蹴散らすのは得意なんだ」
ぼそっと、耳打ちしてきた、紺。
は? 蹴散らす? 聞き返そうとした、その時。
音もなく、先程まで笑っていたクラスの生徒達が、沈んでいた。
私とお下げ髪女子生徒だけを残して。
「は? え?」
苦しみながら、床で悶えている、数人の生徒。
一体何が起こったのか分からず、お下げ髪女子生徒と唖然としていると、颯爽として目の前に現れた紺。
「春子、どう? 僕はやれば出来る子なんだよ! 見てた? ねえ、見てた? 春子?」
「ちょ、紺、あんたがやったの、これ!」
「……そこの女も沈める? 春子が怒っていたのは、こいつらだと思ったんだけど」
「ち、違う! 私は、紺、あんたに怒っているの!」
そんな、あり得ないって顔で私の顔を覗くが、理由も分からないらしい。ただ、ただ、悲しそうに私を見つめる。
教室の隅に紺を座らせた。
「そこで、よく考えて、反省してなさい!」
動いたら還らせる! とだけ言い、思いっきり無視して、お下げ髪女子生徒に、この後どうすればいいか聞く。
「そ、そんなあ、春子おー、どうして? 僕は春子の為に……お願い、春子、そんなことを言わないでえ! ごめんなさいー」
うわーんっと、何だかんだ言っているが、今も悶えているクラスメイトを見ると、可哀想になる。絶対、鳩尾入ってる。
お下げ髪女子生徒に向き直る。
「あの、ところで、こいう事は、よくあるよね?」
こういう学校だもの! こうやって執事が暴走することだって、きっと……
「……無いです」
「ですよねー」
二人で、何をするわけでもなく、ただ立ち尽くしていたところに。
「な、なんなの!? この騒ぎは!」
担任がやってきて、私は紺を教室に置いたまま、お下げ髪女子生徒と職員室へ連行された。
「事情を、説明して!」
そして、みっちり叱られた。
私の能力の責任は、私ってわけね。なるほど、オーケー、そういう世界か。