第1話「異世界」
事故に遭ってどれくらいたっただろうか。
わずか数秒、数日、何十年ともはっきりしない感覚だった。
ただ意識がはっきりすると、俺は女性の腕に抱かれてその様子を女性と男性の二人が俺の顔を覗き込んでいた。
二人ともかなり若い。
二人が何か言っている。
それが果たして何語なのかは分からないが、少なくとも日本語ではなく英語やその他俺の知っている言語の発音ではないことは確かだと思う。
知識だけはため込んだ俺がそう思うんだ、多分間違いない。
まぁどんな言語か分からないがとりあえず日本語で話しかけてみるか。
「あぅー、あぁー」
あー。うん。ニホンゴトイウカ、ゲンゴスライエナイゾ。
さて、冷静を装っているが一体何なんだこの状況。
えぇ、ほんとなんですかねこれ。
俺事故で多分死んだよね?
というか死んでなくても仮に高校生をこんな若い女性が腕で抱えれますかね?
まぁ無理だな。
ということはだ。
これは状況からしてもいわゆる異世界転生、と断言してもいいのではないだろう。
やばい、あまりに突拍子過ぎて頭が痛い。
憂鬱だ。
コミ障の俺がまた一から赤ん坊として生きていくなんて・・・。
ただ俺が一つ言えることは、俺は異世界に転生した。
そして元の世界には帰れないということだろう。
といっても俺は元々ぼっちだったし、あんまり帰りたいと思わないんだ。
まぁ第一、思ったところで帰る手段などないし。
そういえば俺は中学生の時に親が離婚した。
一緒に暮らしてる父さんとも最近あんまり会話してないな。
両親に対して多少寂しい気持ちもあるが、あっちの世界ではもう俺は死んでしまってるしホームシックになってもどうしょうもない。
だから俺はこの世界で前世のようにはならない人生を送りたいんだ。
そんなことを考えていると、この世界の俺の父親だろう男性が表情を変えて何か言ってきた。
これが俺の母親であるだろう女性ならまだしも、父親の甘えた顔。
それも前世の俺と三歳ぐらいしか年の離れていないことを考慮すると少し思うことがあるな・・・。
俺はそう思って顔を少ししかめた。
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さてそんな俺が転生した日から4年ほど経った。
この4年間は長いようで短かった。
俺は周りの言葉を聞いて、俺自身喋れるようになったし、言葉の意味も理解した。
そして自分の周りの状況とこの世界のことを学んだ。
不思議とこの体は物覚えが良く感じる。
前世もまだ若かったこともあって、自分では物覚えが良いと思っていたが、どうやらそれ以上のようだ。
ここでこの世界のことを大まかに説明しておこう。
この世界は、大きく分けて人間族・獣人族・魔族の三つの種族が暮らしている。
これらの種族はそれぞれ
人間族は西の大陸
獣人族は南の大陸
魔人族は東の大陸
に住んでおり、北の大陸は存在は確認されているが詳細不明らしい。
また、これら四つの大陸に挟まれるようにしてラーク海洋が存在している。
これが基本地形として世の中に広く知られているものである。
そして人間が住む西の大陸には二つの大国によって統治されており、
一つはヴァルカン王国 もう一つはメルアー帝国である。
ヴァルカン王国・メルアー帝国共に総人口は500万人とされているが、
これらの他に二大国に治められていない辺境地域は自治地区とされているので、人間族の総人口は約1100万人ほどと言われている。
ちなみに二大国内なら騎士が徘徊しモンスターの撃退を行っているため、街周辺ならある程度の安全は確保されているらしい。
だが自治地区では騎士が徘徊に来ないため、自分たちで安全を確保する必要があるので自衛団がつくられているのだ。
俺が生まれたのはその自治地区のうちの一つであるシーモア自治地区であった。
人口は20万人ほどである。
シーモア自治区はラーク海洋に面している一方で山々に囲まれている。
そのため他の地域と孤立していた。
しかしラーク海洋を通じて貿易が盛んなため発展している地区だと言えるだろう。
次に家族の紹介だ。
俺の父親である人物はシリルというらしい。
シリルは金髪・蒼眼で身長170cm前後といった中肉中背であった。
息子の俺が言うのもあれだが、超イケメンだ。
笑った顔が爽やかな印象を受ける。
年歳は23,4歳と、非常に若いながら周りからの信頼を得ているらしい。
それもシリルは元冒険者であった。
そしてその実績と信頼から、なんとシーモア自治地区の自衛副隊長を担っているのだ。
ちなみにこの世界の剣術を説明しておくと、剣術には二つの流派があるのだそうだ。
一つは時雨流 もう一つが天星流である。
時雨流は手数勝負のスピード型の剣術であり、
『攻撃は最大の防御なり』といった素早い攻撃が特徴の流派だ。
一方天星流は敵の攻撃を受け流す型の剣術であり、
『一撃必殺』といった重い攻撃が特徴の流派だ。
シリルは時雨流の使い手であった。
そしてそれもかなりの使い手である。
俺もシリルの剣の腕前を見たが正直早すぎてよく分からないぐらいだった。
次に俺の母親である人物はオリヴィアという名前だそうだ。
彼女もシリル同様元冒険者であったらしい。
しかし俺を妊娠したことによりシリルと共に冒険者家業を引退したのだ。
オリヴィアは淡い青髪をしておりエメラルドグリーンの眼が特徴である女性だった。
身長は155cmほどで非常に小柄であるものの、
治療魔術の腕前は随一であり、冒険者時代はどのパーティーからも常にスカウトが来たのだそうだ。
また年齢はシリルと同様23,4歳だが、まだ10代に見えるほどの容姿だ。
というか正直めっちゃ可愛い。
小顔でパーツも整っていて、見ていると男なら守ってあげたくなる様な印象を与えるのだ。
お母様ヤバイ。
そして俺だが、名前はクリストファーという。
家族からはクリスという愛称で呼ばれている。
ちなみに容姿としては青髪蒼眼という両親の青い部分をそれぞれ受け継いだらしい。
また、オリヴィアがそれを面白がって俺の服を全部青色にした。
そのせいで俺は全身青色になっている。
まぁ青は嫌いじゃないんだが、こうも全部統一されると恥ずかしいのだ。
前世では黒色の服ばっかり着てたんだけどなぁ-。
あと、そうそう。
たまにうちの家にシリルの仕事の関係上、来客が来ることがしばしばある。
そして俺を見つけると微笑んで俺にこう言ってくるんだ。
「お嬢ちゃんは青色が好きなのかい?」
最初の頃はただ性別を間違えただけだろうと思っていた。
だがその後の来客も全員同じことを聞いてくるものだから何というか・・・。
まぁ俺は話しかけられると、持ち前のコミ障を発揮してすぐ逃げるんだがな。
というか確かに自分の顔を中性的な顔つきだと思っている。
だが何人かは『坊や』と言ってくれてもいいんじゃないのか?
この先ずっと「俺は男です。」とか否定し続ける人生は嫌だよ?
・・・成長したら男っぽさが出ることを祈ろう。
まぁこれぐらいがこの4年間で大体分かった情報だ。
情報量が少なく感じるのは、せいぜい親から聞いた程度だからだと思う。
しかし今では俺も成長して家の中を自由に移動できるようになった。
現在は家の書斎に入っては本を読んで知識を集めている。
今後はさらに情報を集められるだろう。
幸いにもうちの家自体はごく普通なのだが、
シリルとオリヴィアが冒険者時代に稼いでいてくれたおかげで家の中の設備はかなり充実している。
その設備とは本だけではなく魔道具もあったりして、冷蔵庫・コンロ・暖冷房器具などのモノもあったのだ。
この世界の他の家の生活とはかけ離れた快適さである。
ていうかさ、これって想像してた異世界転生の中で最上級クラスであたりじゃないか?
まじで両親パネェわ。
ただこういう場合、親はすごくても俺自身はポンコツっていうフラグがある気がするんだけど大丈夫かな・・・。
めっちゃ心配になってきた。
まぁでもな。先日とうとう書斎で魔術に関する本を見つけたんだよ。
やっぱ異世界と言ったら魔法だろう!と思ってた時期が俺にもありました。
見つけたはいいけど試すのめっちゃ怖い。
だけどいつかは試さないといけない。
はぁ・・・。明日意を決して試してみるか。
ダメなら俺は商人としてでも生きていこう。
そう決意して俺は眠りにつくのだった。