第18話「思い出」
シャルは街へと向かう途中、俺に打ち明けてくれた。
俺が魔力をシャルに注いだときに俺の感情。俺が悩んでいること。
それらがシャルに伝わったこと。
そしてシャル自身にも変化があったこと。
前々から賢い子だと思っていたけど、どうやら先ほどのやり取りにもこのことが関係していたらしい。
俺たちはそう話しながら道を進んでいると中心街に着いた。
中心街は市場の他にも様々な店がある。
だがもちろん店を利用するにはお金が必要だ。
しかし俺にはオリヴィアから貰ったお金があるのだ。
俺が貰った袋の中に入っていたのは銅貨10枚。
ちなみにこの世界におけるお金の価値は物価と照らし合わせてこうなっている。
銅貨:前世の世界での100円ほど
銅板:銅貨10枚と同価値(1000円ほど)
銀貨:銅板10枚と同価値(1万円ほど)
銀板:銀貨10枚と同価値(10万円ほど)
金貨:銀板5枚と同価値(50万円ほど)
金板:金貨10枚と同価値(500万円ほど)
白金貨:金板10枚と同価値(5000万円ほど)
白金板:白金貨10枚と同価値(5億円ほど)
これらを考慮するに、それぞれの金属の種類ごとに○貨と○板があって、それが10枚ごとに1つ上の種類と交換可能といった程度だろうか。
ただし、金と銀の間だけは5枚で同価値なので注意らしい。
またお金の単位はフランだ。
ここでは円=フランと考えてもいい。
しかしそう考えるとオリヴィアは俺に1万円も渡してくれたのか。
5歳児のお小遣いにしては高額すぎる気がするんだが・・・。
でもあのオリヴィアのことだ。
俺がシャルのことを含めて1日街を探索できるようにこれだけ持たせてくれたのかもしれないな。
ちなみに街の時計を見ると昼の12時を回ったところだった。
そろそろ昼食を食べようと思った俺はシャルと飲食店を探すことにした。
「あ、見てクリス。あそこのお店美味しそうだよ。」
「ん、どれどれ。へぇー、新鮮な魚介類を使った料理店か。この街の特産物をふんだんに使ってそうだね。あそこで食べようか?」
「うん!じゃあ早速入ろうー!」
シャルは本当に元気で笑顔が絶えない子になったなぁ。
シャルの赤い髪色が今のシャルの性格にぴったりな気がする。
俺はそう思いながらもシャルに手を引かれて店の中に入っていった。
店に入ると店員さんが俺たち二人なのかと聞いてきたが、オリヴィアに貰った銅貨をいくつか見せると他の客同様に俺たちを案内してくれた。
店内の内装は落ち着いていていいセンスをしていた。
俺たちはメニューを見たがどれを頼んだところで一人で食べきれないのだし、二人で一品注文することにした。
ちなみに頼んだものはこの店のおすすめである海鮮丼だ。
海鮮丼は海に密着な街だからこそ提供できる料理であるからな。
俺も前世で食べたことはあったが、それはとても美味だった。
値段も銅板3枚という値段だったし俺たちはそれを注文したのだった。
しばらくして海鮮丼が届いた。
シャルは初めて見る料理に目を光らせていた。
ふふふ、シャルよ。これが海鮮丼だ。新鮮な海の幸を味わうがいい!
「うわぁ~すごいね!ねぇクリスもう食べてもいいの?」
「もちろん、好きなだけ食べていいよ。どうせ俺たちじゃ食べきれないからね。俺はシャルが満腹になったのを見届けたら食べるよ。」
それを聞いたシャルはすぐに食べ始めていた。
やっぱり食というものはいいな。
食事中は誰でもこうやって幸せになることができる。
にしても前にも思ったが、前世の世界とこの世界の共通しているこれは一体なんなんだろう。
もしかしたら俺の他にもこの世界に前世の世界の影響が定着するほど昔に誰かが転生して文化や技術を広めていたのか?
そして今俺が生きているこの時代にも・・・。
だが仮にそうであったとして、それが何だというんだ。
近い将来、俺はこの故郷の街であり、シリルとオリヴィアの元を離れる。
今のうちにシャルと共にこの街の思い出を作っておくとあのベンチの上で決めたのだ。
今はこの瞬間を楽しもう。
そう思いつつ俺はシャルの食べている姿を眺めて微笑んだ。
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しばらくして俺たちは店を出た。
シャルは「もうお腹いっぱいだよぉ」と言って苦しそうにしていた。
まったくあんな量を一気に食べるからだ。
結局シャルは一人前の量をほとんど食べた。
なので俺は新たに追加注文して別の料理を食べることにした。
まぁ普段は大食いキャラじゃないシャルがあそこまで食べたのだ。
よほどあの海鮮丼は美味しかったのだろう。
もっともシャルの物珍しい料理に対する気持ちは分からなくないから、俺もシャルにそんなに言えないんだけどね。
それだけシャルの食べている姿は幸せそうだった。
その後、俺たちは市場へと向かった。
目的はシャルの誕生日プレゼントを買うことだ。
つい昨日が俺の誕生日だったから気が早すぎるようにも思うのだが、せっかくオリヴィアがお金を持たせてくれたのだ。
そしてプレゼントならシャルの欲しいものを買ってあげたい。
だからシャルと一緒に市場に行くことにしたのだ。
市場でシャルは色々と欲しいものを探していた。
その中には前世の世界にあった人型ネズミのキーホルダーであったり、この世界にはいないはずの水色のぷにぷにした魔物の小銭入れもあったが、どれもシャルは選ばなかった。
だがやがてシャルは1つのネックレス見つけて、それを選んだ。
その落ち着いた印象のネックレスはどうやら魔法が刻まれているらしかった。
ちなみに俺の手持ちの金額はシャルが食べた海鮮丼で銅板3枚、俺が食べた刺身定食で銅板2枚だったから残り銅板5枚だ。
多分、銅板5枚じゃ全然足りないだろう。
だけど俺はシャルが欲しいと思っている物を値段も聞かずに断ることができなかったので、恐るおそる上目遣いで市場の店のオーナーに値段を聞いた。
そうすると「ホントは金貨1枚相当の代物だが、何年も売れてないしお嬢ちゃんたちが可愛いから持ってる5000フランにまけてあげるよ」とのことだった。
いやぁ-、可愛い子供って言うのは得をするものだねぇ。
可愛く生んでもらったオリヴィアには感謝だよ。
もっともそのオーナーの言うことを聞く限り、騙されている感が半端ないのだがそのへんは大丈夫だ。
このシーモア自治地区は貿易で成り立ってる場所である。
そのため商売に関しては厳しい法が制定されているらしいのだ。
つまり偽物を売ると最悪死刑になることもある。
よってこの品もおそらくは問題ないだろう。
まぁ俺はそれを知りつつも、安くしすぎだろ!!と内心ツッコミを入れていたんだけどさ。
にしてもまぁ相変わらず俺は『坊や』と呼ばれないな。
だから店のオーナーお嬢ちゃんという言葉に対して実は複雑な心境だったりする・・・。
オリヴィアの子供ということは誇りに思っているけど、シリルの遺伝子をもうちょっと受け継いでもよかったんじゃないのか。
といってもシリルも中性的なイケメンだしあんまり変わんない気もするけどな。
可愛い子供といってもそれには男の子もいるっていう発想はないのかねぇ。
俺は買ったネックレスを早速シャルに付けてあげた。
シャルは笑顔でありがとう。と言ってくれた。
その笑顔は空から落ちてくる粉雪と合わさり、とても可愛かった。
ちなみにシャルはベージュ色のボアコートの下に白色のセーター、紺と黒色のチェックが入ったスカートをきている。
そしてその姿にネックレスを付けたシャルは子供にしてはやけに大人びた印象を俺に改めて与えた。
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家に帰ると俺はシリルとオリヴィアに海でシャルと決めたことを話した。
二人は難しそうな顔をして考えたが、やはり反対の意を口にした。
そして俺は生まれて初めて二人と口論を交わした。
二人も生まれて初めて俺がこんなに自分の意見を突き通すことに驚いていたが、それでもやはり反対のものは反対らしい。
その理由には俺の予想通り、まだ俺が5歳になったばかりであること。そしてそれにシャルも連れて行くことにあった。
途中、シャルも口論に交わってきた。
そして長い口論が続いた。
しかし、やがて俺たちがこれ以上話し合ってもキリがなさそうだと悟ったころ、シリルが1つの提案をした。
「クリス、シャル。お前達がこの生活を良く思いつつも外の世界に行きたいことはよく分かった。だけどなクリス。お前、外の世界で具体的な行き先はあるのか?もしかしたら漠然とそう考えていただけじゃないのか。それにな、俺はそれでもお前達にはまだ早すぎると思うんだ。せめてあと5年、あと5年後だ。そしてその5年後に俺を倒してみろ。そうしたら外の世界に行くことを認めて、準備やその他の支援を全部やってやる。それでどうだ。」
その条件は申し分なかった。
俺はその5年間の間に今の生活に完全に依存してしまうことが怖かったが、それでも二人の気持ちを考えるとこの条件が妥当だろう。
そう思った。
隣を見るとシャルが俺のことを見ている。
俺のことを心配している顔だ。
俺はシャルに微笑み二人の方に向き直って言った。
「分かった、その条件でいいよ。だけどその5年間以上は待てないよ。それでいいね。」
「あぁ、だがその5年間も俺を倒せたらだぞ?それを忘れるな。」
俺もシリルも本気だ。
オリヴィアを見ると悲しいような困惑したような顔をしていた。
あぁ、オリヴィアには迷惑をかけたくなかったんだけどな。
でもこれも全ては俺と二人のためなんだ。
だけど今の彼女にその感情を抱かせてしまうのは分かっていても申し訳なかった。
そう思っているとオリヴィアが重そうに口を開いた。
「だけどね、クリス、シャル。成人になるころには帰ってきてね?私は二人の大人になった姿が見たいよ・・・。」
「わかったよお母さん。15歳になったら絶対帰ってくる。それは約束するよ。シャルもいいね?」
「うん・・・。わかった。絶対帰ってくるよ、お母さん。」
そうして俺たち家族は口論を終えたのだった。
「はぁ・・・。まったくクリスはしょうがない子だ。帰ってきたと思ったらいきなりそういうことを言い出すんだもんな。まるで昔の俺を見ているようだったぞ。」
「ふふ、そうね。昔のあなたみたいだったわ。はぁ・・・。あと5年、かしら。長いようで短いわね。それまでは私たちはこれまで以上に幸せでいい思い出を作るわよ。いいわね二人とも?」
だが俺たちは口論の後、いつものように和やかな雰囲気で喋っていた。
みんな分かっているのだ。
こんなピリピリした状況を5年も続けていくことこそが最も愚かなことだと。
短くて5年しかない。
その思いは、俺たち家族を今以上に家族であることを決意させたのだった。