第16話「幸せ②」
私に家族ができた日から数週間経った。
私はお母さんに明日はクリスの誕生日だから、クリスより早く起きてね。と言われた。
実を言うと、私はクリスより早く起きたことがないから心配だった。
だけど当日になってみると、それはいらない心配だったみたいだと分かった。
横にはまだ寝ているクリスの顔がある。
可愛いけどかっこいい。
いつも私と一緒にいてくれて頼りになるし、なにより強くて優しいのだ。
私はクリスが大好きだ。
そんなクリスを起こさないように私はリビングへと下りていった。
リビングではお母さんとお父さんがもっと早く起きて準備をしていた。
「おはようシャル。クリスはまだ寝ている?」
「おはようお母さん。クリスはまだぐっすり寝ているよ。」
私とお母さんは笑いながらそう言った。
お父さんとも同じようなことを言って、私たちはクリスが起きてくることを待っていた。
クリスがリビングに入ってきた。
それを見て私たちは前に買った『くらっかー』というものを鳴らした。
どうやらあの紐は引っ張るためのものだったらしい。
クリスは驚いて後ろに倒れてしまった。
だが私はそんなのお構いなしにクリスに抱きつこうとしながら言った。
「おめでと~、クリス。今日はクリスの誕生日だよ!」
クリスは驚いたようにしながらもどこか嬉しそうだった。
「クリス、おめでとう。後ろに倒れてたけど大丈夫?」
「ありがとう、お母さん。大丈夫だよ。」
お母さんもクリスにそう言ってお祝いしていた。
「おめでとう、クリス。これでお前も今日から5歳だ。お前はもう十分賢いから本来言うべきではないのだろうけど、敢えて父親として言うよ。『クリス、大きくなったな』」
「うん!お父さんもありがとう。」
クリスはその『大きくなったな』という言葉を聞いて一瞬、大きく表情を変えたのを密着していた私を見逃さなかった。
「えへへ。」
私は思わずそう笑ってしまった。
クリスも褒められたりすると嬉しいんだなぁ。
今度、私もクリスを褒めてあげよう。
クリスはきっと喜んでくれるはずだ。
あれ、そう思っているとクリスが困った顔をしている。
「シャル。動きたいからちょっと離れて?」
あぁ私が邪魔なのか。
でもね、もう今日は決めてあるんだよクリス。
「えー、やだよ。私は今日ずっとクリスといて祝ってあげるんだ!」
私は無邪気にそう笑って言った。
クリスは諦めたのか苦笑いをして言った。
「はぁ、分かったよ。だけど立たせて?このままじゃ何もできないよ。」
ふふふ、これでクリスのお許しも貰った。
じゃあもう退いてあげても大丈夫かな。
「はぁーい、よいしょっと。」
そう言って私はクリスの上から下りた。
まぁ退いてあげるといってもクリスの傍にはずっといるんだからね。
私はクリスの腕に抱きついた。
クリスはそれを見て「しょうがないなぁ」という感じを全面に出していたが、気にしないのだ。
クリスが私を好きになってくれるまで私はいつまでもこういう行動に出るつもりでいるのだから。
クリスと私はテーブルの椅子に座った。
テーブルの上にはお母さんが頑張って作った料理が並んでいる。
どれも豪華で美味しそうだ。
そう感想を心の中で思っているとお母さんとお父さんが話し出した。
「たしかクリスの生まれた日は今日みたいな肌寒い日だったわね。」
「そうだね。たしかこんな冬を感じる日だった。」
クリスはそれに興味を示している様子だった。
それは全然いいのだが、なんだか私のこの献身的な行動をクリスはあんまりどうこう思っていないように感じた。
むぅ、せっかく頑張ってアピールしてるのに。
ここはちょっと強引だけど話を私にも向けよう。
「私は1月の20日が誕生日だから、クリスの方がお兄ちゃんだね。お兄ちゃん!」
「へぇ、そうなの?じゃあもうすぐシャルの誕生日も祝わなきゃね。」
「えへへ、私クリスがお祝いしてくれるの楽しみに待ってるよ。」
よし、クリスも私のことを祝ってくれると言った。
あれ、でもこれって別に今の私のアピールと直接関係ないような気が・・・。
まぁいいもん。
今はクリスが私のことを考えてくれただけで十分なのだ。
でも冷静に考えると、今の私がやってることは自分勝手だと思う。
それは自分でも分かっている。
だけど私はクリスに私のことを見て欲しかった。私のことを考えて欲しかった。そして存在を感じて欲しかったのだ。
この生活になって私は幸せだ。
私はお母さんとお父さんに出会う前のとき、二人と上手くやってけるか心配だったのだ。
だけどそんなことは無用だった。
二人はとってもいい人だ。
しかしそもそも元を辿ると、この生活が成り立つのはクリスのおかげなのだ。
そして私はクリスが好きになった。
だから私はクリスにも私のことを好きになってもらおうと必死でいる。
そして私はクリスを支えたい。
いつかクリスが困ったときにその助けができるように。
私はそう決めていたんだ。
その後は、お母さんがお腹に赤ちゃんがいるよ宣言をしてお父さんが喜んでいた。
私もクリスに確認したが、クリスは元々知ってたらしい。
そしてそれも一段落すると次はプレゼント渡しの時間だ。
お母さんはクリスに自分の杖をプレゼントした。
クリスはそれをとっても驚いていて、そして喜んでいた。
クリスは少し泣きそうになっていたけど私の方を少し見て、我慢しているようだった。
クリス可愛い。
お母さんはクリスの頭を撫でてあげてた。
お父さんも自分のはたいしたことないと言いつつも、かなり大切そうな物を渡していた。
クリスもそれを感じてお父さんの言葉を否定していたけど。
そしてクリスはお父さんに抱きついた。
お父さんはお母さんと同じようにクリスの頭を撫でていた。
よし、ここで私の番だ。
「クリス、ごめんね。私も何か上げようと思ってたんだけど、クリスの欲しいものが見つからなかったからプレゼントは『私』で勘弁して?」
ふふふ、これを言うためにさっきクリスにお許しを貰ってたんだもんね。
まぁプレゼントをあげるのにお許しを貰う必要があるのかは疑問だけど、
なんか貰わなければいけない気がしてたんだ!
さぁクリス。私に抱きついてもいいんだよ?
頭を撫でてあげるからね!
私は自信満々の顔でそう言った。
だが現実は違った。
お母さんとお父さんは大声で笑っている。
クリスもなんか困ったような残念そうな顔をしている。
えぇー。何でだろう・・・。
クリス、そこは例え物じゃなくてもお父さんとお母さんと同じようなを反応してよぉ。
私、泣いちゃうよ・・・?
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早朝に始まったクリスのお誕生日会が終わった後、クリスはのんびりしていた。
午後になると、いつもはクリスと別行動になってしまう。
だけど今日は特別な日だ。
私はプレゼントとしてクリスについて行ける。
そのためにわざわざプレゼントを私にしたのだ。
なのにクリスったら私を忘れて広場に行こうとしてたんだよ。
もう、いくら私でも怒っちゃうんだからね。
「ごめんよ、シャル。もう忘れたりしないから許して。」
だけど好きな人にそう言われちゃうと、そんな怒りもどこかにいってしまう。
そしてむしろ、なんだか恥ずかしくなってくるのだ。
私はクリスを許してあげた。
広場に着いた後、クリスは早速杖を使って魔法を使おうとした。
私はクリスのとこだし、きっと私を助けてくれた時に使ってくれたものが見られると思っていた。
だけど実際に起こった様子は全然違った。
クリスは手元で大爆発を起こして倒れた。
「クリス!!!」
私は叫んでクリスの元へと走った。
クリスはひどい火傷を被っていた。
私は泣いていた。
必死でクリスを助ける方法を考えていた。
だけど何もかもできてしまうような強いクリスと違って私は弱い。
何にもできないのだ。
こんな時、小さくても強いお母さんはどうするだろうか。
私がそう思っていると、お母さんとの会話の中で《回復魔法》の詠唱呪文について教えて貰ったのが思い浮かんだ。
私はクリスを助けたい、と思い続けて破れかぶれでそれを口にした。
「『تعويذةصلاة』《回復魔法》!」
その瞬間、私は意識をなくした。
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意識をなくしてどれくらい経っただろうか。
体の中心、心臓の辺りからなんだか力が集まってくる。
そしてその力からはクリスの温もりがする。
いや、これは温もりだけではない。
クリスの感情、焦り、自分に対する怒り。
色々なものが私に伝わってくる。
そしてその感情と一緒に、本当のクリスが私にも伝わってきた。
私はクリスを強い人だと思っていた。
だけどクリスは自分でそんなことを思っていない。
思っていないし、むしろ弱い人だと思っている。
誰かの助けを求めている。
ものすごく心の奥では不安定だった。
今の生活にも幸せを感じている一方、これで本当にいいのかと迷っている。
あぁ、クリスは私が思っているほど強い人なんかじゃない。
だけど私はそんなクリスの方が良かった。
受け入れられた。
クリスが助けを求めているなら、それこそ私が必要なのだ。
しかしそれを私から言うのではない。
クリスが助けを求めてきたときに私がそれを支えるのだ。
そう決意を固めたとき、視界が戻りクリスの顔が見えた。
「うぅ、あれ。クリス?」
クリスは私を抱きしめてくれた。
あぁクリスが私を抱きしめてくれた。
私は嬉しかった。
しかしちょっと前の私ならそれだけしか思わなかっただろう。
実際、今の私もそう思う。
だけど私は本当のクリスを知ってしまった。
こうやって私のことを心配してくれているけど、心の中ではクリスの方がよっぽど苦労しているのだ。
そう考えると、本来クリスは私のことより自分のことを頑張らなくてはいけない。
でも私のことを気遣って助けて、救ってくれた。
そのことを改めて感謝した。
「クリス・・・。私のためにがんばってくれたんだね。ありがとう。」
「いいや、お礼を言うのは俺の方だよ。ありがとう、シャル。」
はは。
でもやっぱりクリスは強い人だよ。
私なんて比べものにもならない程に。
だってこんなにも他人に優しくしてくれるんだもん。
私たちは広場の草むらの上で寝転んだ。
私もクリスも疲れていたけど、何故かとてもいい気分だった。