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第9話「シャル」

 俺はイジメられていた子と面を向かって座り合っている。


 だが俺は座り込んだはいいもののどうしていいか分からず、その子もまた同様に困惑した様子だった。


 そして長い沈黙が場を支配する。




 俺は気まずい空気の中、イジメられていた子の特徴を整理することにした。


 まずその子は女の子だった。


 質素な白色の上下服を着ているが服はかなり汚れている。

 おそらく先ほどの出来事のせいだろう。

 

 その子は色白の小顔で美少女とも呼べる可愛い顔をしていた。

 

 一方、俺が心配していた蹴られていたことによる怪我だが、幸いにも目立った外傷はなかった。


 そして髪の性質・長さは共に俺と同じぐらいであった。

 つまりまっすぐでサラサラな髪が肩に掛かるか否かといった程度である。


 なおその髪色は淡い赤色をしていた。


 ちなみにだが、この世界における髪色はまさに文字通り『十人十色』である。

 そのため目が痛くなるような濃い色の髪を持つ人も少なからずいる。



 俺の淡い青髪とその子の淡い赤髪は、色こそ異なるが明度はよく似てた。


 よって俺の髪にも言えるのだが

 髪色の自己主張が弱いためにこの世界の髪色の中では、見る人に優しい印象を与えるのだ。


 そういう俺と同じ特徴を持っていたからか俺はその子に親密感を覚えた。



 

 かなりの時間が経った。


 やがて沈黙に耐えられなくなったのか、その子が口を開いた。



「え、えっと・・・その。た、たすけてくれて、ありがとう・・・。」



 その声は後半になるほど小さくなっていった。

 そしてその声の奥に感じられるのは、ある種の恐怖と畏敬であることは俺にでも分かる。



 といってもな。


 まぁ当然と言えば当然の反応なんだよね。


 自分がイジメられている最中、いきなり現れては一言も喋らずに意味の分からない技を使って、自分をイジメいた人達を一瞬で気絶させたんだもの。


 そして自分の方に歩いてきたと思ったら目の前に座り込み、己の顔を見て長い沈黙になったんだ。


 もし立場が逆だったら俺は助けてもらったなどという感情は一切芽生えてこないかもしれない。


 いや芽生えないと断言できる。


 だからそうした中、恐怖しか感じなくてもお礼を言うこの子はすごいと思う。


 

 しかし、こうして振り返ってみるとよくもまぁそんな大胆な行動ができたな俺。


 あの時はシリルとオリヴィアの息子として恥じないことを。

 そう思って正義感が出しゃばったというか、柄にでもないことをしてしまったというか。


 まぁある意味一時的ではあるものの、行動という面ではコミ障を克服できたのか。

 言葉は今まさに克服しようとしてる最中だが。



 というかなんだろうな。

 

 親の前ではごくごく自然体に振る舞えるのに、こうして赤の他人の前だと別人のようになる俺の性格というか心というか。


 本当に人間という心理はわからないものだと思う。


 もっとも、当事者が言えたセリフではないだろうけど。 


 あ、やばい。反応がない俺に、この子はより不安で怖そうな顔をしてしまった。


 いかん。何か反応せねば。

 よし名前でも聞こう。


 人と話すときは名乗るのが大切とか昔に誰かが言ってた記憶がする。



「・・・え・・・て・・・。」


「え?」



 やべえ、全然声に出ねえ。


 頑張るんだ俺。

 これが言えたら少しの不安ぐらいはこの子から取り除けるだろう。



「・・・名前・・おしえて・・。」


「え。あ、うん。」


 

 よっしゃ!なんとか言えた。


 にしてもこんな様子をシリルとオリヴィアが見たらどう思うだろうか。


 自分達の知ってるわが子と全く違うのだ。


 おそらくもの凄く心配して、大丈夫?変な病気にでもかかったの?と俺に聞いてくる様子が目に浮かぶ。



「・・・シャル。」


 

 目の前の子、シャルは小さな声でそう確かに言った。


 ならじゃあ俺も名乗らなければいけないよな。



「・・・クリス。」



 よし、何気に単語だけなら言葉を言う抵抗が小さくなった気がする。

 俺にとっては大きな進歩だ。


 シャルは一瞬俺の言葉の意味が分からなそうにしていたが、どうやら俺の名前だと分かったくれたらしい。


 そしてシャルは小さな声でクリスと呟いていた。




 さて、では名前の確認も終わったことだし第2段階に入ろう。


 というか、シャルとまともに会話ができるようになったら念願のコミ障を克服できるかもしれないな。


 なんかそんな気がする。



 ちなみに第2段階とはシャルと仲良くなることである。


 今日俺がいじめっ子をボコったから、しばらくはシャルをいじめの標的にはしないかもしれない。


 だが時間が経つと再びシャルをいじめるだろう。


 どうせ人間はそういう生き物なのである。


 よって、そうならないために根本的に正す必要があるのだ。

 

 正直なんで俺がそんなにことに関わるのか、とシャルは思うかもしれない。

 

 だがシリルとオリヴィアの息子として誇れる子供になると決めた俺は、正しいと思ったことは最後までやりきるのだ。

 

 少なくとも今こうして信念として保たないと、俺はずっと変われないような気がして怖い。



「・・・大丈夫?」


「え?」


「怪我。・・・蹴られてたから。」


「うん・・・。なんとか大丈夫、かな。」



 シャルはそう苦笑いして言った。


 そして今度はシャルの方から話しかけてきた。



「ねぇ、クリス・・・。どうして助けてくれたの?」


  

 む。返答に困る質問来た。

 長文を言わなければいけないかもしれない。


 まぁ理由は色々あるけど、一番はイジメは見過ごせなかったことだよな。



「・・・可愛そうだった。」



 俺はいろいろまとめて結局こう言った。


 まぁ全然間違ってるわけでもないし別にいいだろう。



「そっか。ありがとね、クリス・・・。私はじめてだったんだ・・・。こうして誰かに助けてもらったの。」



 シャルはそう言って涙を流した。


 ん、待ってくれ。初めてだと?

 親はどうしたんだ?


 というか助けてもらうのが初めてっていうことは、ずっといじめられ続けてきたのか?


 もしかすると俺はかなり根っこが深い問題に首を突っ込んでしまったのかもしれないな。


 まぁとりあえず理由を聞いてみよう。

 なにか俺にできることがあるかもしれない。

 

 会話しているうちに、シャルの警戒心も少しずつ解けてきた気がするし。



---



 俺はその後もシャルと会話を続けた。


 その結果、俺はシリルやオリヴィアの会話のようにシャルとも会話することができた。


 俺はとうとうコミ障を克服できた、のか?




 ・・・いや、本当は分かっているんだ。


 そもそも俺はコミ障ではない。


 現に本当にコミ障ならば、最初の転生した段階でシリルとオリヴィアに接することすらできていないだろう。


 ただ俺は自分でそう思い込んでいたのだ。


 俺は人と関われない。

 そう頑固に自己暗示でもしていたのだろう。



 だがシリルとオリヴィアに親の愛情を教えてもらったときに、それは解けていたのだ。


 そしてシャルと話しているうちに、ようやく心の奥底で分かった。


 人と関わることは怖いかもしれない。

 だがそれ以上に他人と関わると言うことは意味のある行為なのだ。


 今ではそう心から思う。




 

 さて話を戻すが、シャルはどうやらこの広場がある山の麓に住んでいるらしい。


 家族は母親一人で父親はシャルが生まれてすぐに死んだという。

 

 また、この辺りは人家も少なく住民は狩りをして生計を立てている。


 だが女手一つのシャルの母親は狩りなどできなかった。


 街へ引っ越そうにもそんな資金はないし、この世界には金の貸し借り機関などもないのだ。



 仕方なくシャルの母親は暮らしを維持するため片道40分かかる街へ仕事をしに、毎朝早くに家を出て夜遅くに帰ってくる生活をしていたそうだ。



 その結果が前世の俺の父親のように、シャルの母親は毎日疲れ果てて帰ってきた。


 そして当然そこにシャルとの会話は存在しない。


 シャルは母親の愛情を知らないことに加えて、自分だけ父親がいないことをコンプレックスに思い、内気な性格になった。

 友達はできず、やがてはイジメの標的へと繋がったのだ。


 そしてとうとう数週間前にシャルの母親は日々のストレスからか、シャルを一人家に残し帰ってこなくなったそうだ。



 俺にはその母親を責められなかった。

 彼女は自分の娘のために頑張っていたのだ。


 だが彼女には一番大切な娘と過ごす時間も与えられず、慰めてもらえる人もいなかった。


 それはこの不幸な状況が生んだ結果だと言えるだろう。


 そしてその不幸は彼女だけにとどまらず、シャルにも影響を与えていた。



 俺はシャルをどうにかしてあげたいと心の底から思った。


 シャルは俺という話相手ができただけで十分であると言っていたが、そんなことでは俺が満足しない。


 シャルは俺に似ているのだ。

 

 愛情を知らず、内気な性格になり友達もできない。



 そんな彼女を俺は絶対に放ってはおけなかった。


 そもそも、彼女には収入源がない。

 この数週間どうしてきたのか聞いたところ、山の奥地に入って木の実を集めてそれを食べていたそうだ。


 シリルも言っていたが山の奥地には魔物がいる。

 よく数週間もの間、遭遇せずに生きてこれたものだ。



「シャル、一つ提案があるんだ。聞いてもらっていいかな?」


「うん、いいよ。私はどうせ時間ならいくらでもあるし。」


 

 そうか。じゃあやはりこの提案は受け入れてもらいたい。

 いや、必ず俺が受け入れさせるべきなのだ。


 これは俺の独断だがシリルとオリヴィアなら納得してくれるはずだ。


 俺はそう思ってシャルに提案を告げた



「シャル、いいかい。君はこのままだと生きていけない。君は死んでしまう。シャルは山の奥地から木の実を集めて食べていたと言ってたね?だがあそこには魔物がいるんだ。シャルは偶然にも遭遇しなかったようだけど。だから俺は君にうちの家で暮らしてもらいたいと思ってるんだ。どうかな?俺で良ければいつでも一緒にいるし、話相手にでも何にでもなるよ。俺は君をこの状況から助けたいんだ。だからお願いする。もう提案じゃない、『一緒に暮らそう』」

 


 シャルは俺の言葉を聞くと、目を大きく見開いたような表情をした後、大声で泣き出してしまった。


 そして俺に辛かったこと。寂しかったこと。悲しかったこと。

 全てを打ち明けるように言ってくれた。

 

 俺がシャルにできること、それはオリヴィアが俺にしてくれたように不安定な時期を受け止めてあげることだろう。


 

 いつの間にか日が暮れようとしていた。


 俺はいつも通り家路についた。

 

 しかし俺はいつものように一人で道を歩いていなかった。

 

 隣にシャルが歩いている。


 シャルは期待と不安を顔に出しているが、シリルとオリヴィアなら状況を説明すれば必ずシャルを受け入れてくれる。

 俺はそう信じて疑わなかった。



 やがて家の前に着き、シャルは俺の方を向いて頷いた。



 それを見た俺はゆっくりと玄関のドアを開けたのだった。 



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