表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

姫と王子と竜の

作者: カミキ

この作品は、一部の方に不快感を感じさせる様な表現が多数使われています。

ご注意下さい。

 昔々、あるところに二つの国がありました。この二か国は隣国同士で、とっても仲が良かったそうです。


 基本的に隣国同士というのは仲が悪く、血みどろの闘争を繰り広げたり、相手の国をまるで台所の暗がりに居る黒い害虫、悪魔とも言いますが、それくらい毛嫌いしていると言うのが歴史の常です。


 しかしこの二か国。びっくりするくらい仲が良いのです。お互い良い土地に国があるからでしょうか。それもあります。しかし一番の理由は二百年ほど前にさかのぼります。


 その頃は現在ほど仲が良くなく、会うたびに笑顔で使者の足を踏みつけあう程度の関係でした。普通ですね。政治の世界は伏魔殿。国際情勢複雑怪奇です。


 しかし、一応国のメンツというのもあります。歓迎したくなくてもしなければなりません。


 という事で夜、歓迎の会食を開きました。その最中の出来事です。


 料理を運んできたメイドさんに、聖アントニウム王国の王様の視線が釘付けになりました。

 メイドさんはロリ巨乳だったのです。素晴らしい童顔でした。年も二十歳近いですので正確にはロリではありません。見た目だけですね。合法です。素晴らしいですねえ。手を出しても捕まりませんよ。


 それを見たもう一方の国の、パラッパー王国の王様が小声で、しかしアントニウム王に聞こえるくらいの音量で言いました。


「貴殿、もしかしてあー言うのが趣味?」


 パラッパー王。眼が輝いていました。心なしか早口です。言葉遣いもめちゃくちゃです。若干にやけてます。アントニウム王、パラッパー王の眼をじっと見つめます。彼の瞳にはいつもの思慮深い、知性の光とは別の光が、パラッパー王の眼に満ちているのが見て取れました。


「貴公こそ。もしや同志では?」


 アントニウム王。いえ。その顔はただのエロ親父です。王と呼ぶことすらおこがましいですので呼び捨てにします。アントニウム、にやにやと笑います。スケベな笑いです。


「おお、同志! 貴国とは末永く友好を築き上げたい!」


 パラッパー、大声で叫びました。眼には知性の光ではなく痴性の光が灯っていました。


 このエロおやじ二人が意気投合したおかげで、二か国は二百年の友好関係を築くことが出来たのです。世界を結ぶのはHENTAI達だったのです。




 そして時は二百年経ち、このお話の時代に戻ります。

 麗らかな春の日差しが温かさを感じさせる頃、二か国はお祭り騒ぎでした。

 それと言うのも、優柔不断なところがあるものの、優しく穏やかな自称普通の青年のど腐れハーレムでも築いてそ……優しいイケメンな王子様と、王家は国の顔。真面目に美しく、姫として恥ずかしくない振る舞いをと、昔から頑張ってきた可愛らしい姫様が結婚するからです。




 アントニウム王国首都レッスファットの王城、姫様の部屋。そこには姫様と王様が窓辺に立って、親子水入らずの時を過ごしていました。日が沈み、魔法の力で道という道に灯が灯っていきます。この綺麗な夜景は国の自慢です。


「姫よ。関係各所への根回しは既に終わっておる。そなたの演技が肝心じゃぞ」


 現アントニウム王は穏やかな笑みを浮かべて姫様に言いました。けれども姫は少し不安そうな面持ちです。顔を俯かせているので、王様からは顔がよく見えませんが、声の通りに不安そうに眼を細めています。


「お父様。私不安です。ちゃんと演じれるかどうか……。失敗が怖いのです」


 姫様は衣擦れの音と、慣れた温かく、少し硬い感触が頬を撫でるのを感じました。顔を上げると王様が優しい顔で、昔の様に姫様の事を撫でていました。俯いていたので顔の前に出た長い綺麗な銀髪を後ろに流し、姫様の顔が良く見える様にした王様。そのまま大きな手を姫様の頭のてっぺんにまで持っていきます。


「大丈夫だ。姫は……リリアは私の自慢の娘だ。自信を持って、ほら、胸を張りなさい」


 そうして子供の時にやった様に、頭をぽんぽんと叩きました。これには姫様、思わず笑顔が零れます。お父さんっ娘なのです。


「もう、やめてください。子供じゃないんですよ!」


 姫様は頬を膨れさせます。そして小さくて華奢な白い両手でしっかりと王様の手を掴むのです。


「はは。すまないすまない。でもリリアは私にとってはずっと小さい子供だよ」


 姫様王様の言葉に更に頬を膨れさせます。まるでドングリを一杯に詰め込んだリスの様です。可愛いですね。あざといですね。


「わふぁしはもふ、りっふぁなれふぃです。ふぉどもじゃあありふぁせん!」


 私はもう、立派なレディです。子供じゃあありません! 頬を膨らませているので上手にしゃべれない姫様。傍から見れば完全に子供です。

 それでも素直な姫様。王様の言葉通りにしゃんと薄い胸を張ります。姫様は低身長だったのです。胸もあんまり成長しませんでした。これで巨乳でしたらきっとご先祖様は泣いて喜んだことでしょう。


 王様、姫様の言葉に笑みを深くします。そして二回頭を叩いた後に、


「父さんに一人前だと思わせてくれ」


 そう言って高らかに笑いました。姫様も空気をぷうと吐き出し、一緒に笑いました。仲の良い親子ですね。きっと王様は、王様という立場でなかったら結婚式の時に新郎をめっためったに殴り倒してしまうでしょう。


 仲の良い親子二人の会話はまだ終わりません。姫様の妹を産むときに亡くなってしまったお妃さまの事。王室御用達のプリンは美味しい事。王様がつまみ食いしたせいで妹の分がなくなって親子喧嘩してしまった事。ハーレムは男のロマンだけど、やっぱり道徳的にまずいから王子をよくよく見張っている事。せめて第三夫人程度に収める様にたしなめる事。大臣の髪の毛に違和感がある事。やっぱりあれヅラだよねという事。

 陽が沈み、暗くなってもお話は続きます。二人は大盛り上がりです。お妃の思い出話。それと大臣のヅラをどうやって叩き落すかという話題です。窓の外。部屋はお城の高い位置にあります。そこから見下ろせる街にまた一つ、灯りが灯りました。




 そしてその数日後の事。

 真っ白で、胸に金色の飾り紐がつけられた服をばっちりと着こなし、嬉しそうに笑う気弱そうな自称普通の青年と、これまた満面の笑みを浮かべる姫様が真っ赤なバージンロードを歩いていました。


 街道を完全に封鎖し、大量の赤い絨毯をこれでもかと敷きまくった特製の道です。一体いくらの予算が消し飛んだんでしょうね。血税で真っ赤っかに染まった絨毯を王家が笑顔で踏みつけて歩く。何かの風刺画でしょうか。ブラックジョークですね。どこかに赤黒い染みでも無いものですかねえ。ちょっと鉄臭いやつ。

 ともかくその血税絨毯。ふかふかすぎて二人の後ろをついて歩く何人ものお供の人も、時たま転んでいます。


 転んでないのは姫様の長いドレスの丈を持って歩くおばあさんと、その弟子の二人だけです。


 おばあさんは長年姫様に仕えてきました。その長年の経験と、鍛えに鍛え上げた体幹。そして最近趣味で始めたバランスボール、大鉈と短銃を持って自分で狩に行った獣の皮で出来た特製の品です。それで鍛えたバランス力。それらを駆使していました。もう訳が分かりません。

 弟子の女の子の方は、そばかすが浮いた顔こそ汗一つ流していないすまし顔です。金髪っぽい茶髪です。三つ編みです。良いですね。地味可愛いってやつです。しかしその服の下は、川が出来るくらい汗でぐっしょりと濡れていました。それと言うのも、三つ編みちゃんは気合と根性と恐怖で必死に転ばない様に耐えていたからです。


 もし転んでしまえば、隣のお師匠様から厳しい折檻が待っています。具体的には全裸に剥かれ、縄で縛られて屋根から『私は敗北主義者です。職務に失敗し士気を落としました』と流暢な文体で書かれた看板を首から下げた状態で吊るされるのです。文面の前半の意味が分かりませんね。なんで戦時中の、それも末期なのでしょうか。謎です。


 とにかく、彼女は吊るされます。半日くらい。勿論安全の為に、兵士達が訓練を行うグラウンドの前の小屋からです。悪い人が襲ってきても安心ですね。最強のボディーガード達が居ますよ。全員男の人ですが。


 十四年の人生で九十九回吊るされた三つ編みちゃん。百回目はなんとしても回避したい思いで一杯でした。お師匠様はずっと見守ってきた姫様の晴れ舞台に涙目です。しかし三つ編みちゃんは知っています。どんなに上機嫌でも、慈悲は期待できないと。


 そんなお供の気持ちはつゆ知らず、広い広い血税絨毯の脇に立つ国民の人たちはバラや、縁起の良い綺麗な花びらを撒いています。手りゅう弾だったら良かったのに。王子様は爆殺されても姫様は不思議な力によって無傷で済んだことでしょう。もしくは桜だったら良かったのですがねえ。ほら花びらが落ちる速度は秒速五……なんでもありません。


 姫様と王子様は歩きます。転ばないのはなぜでしょうか。誰にも分りません。男は転ばしても良いと思うのですがねえ。


 二人が目指すのは街の中心にある高い塔がある場所です。教会ですね。それも造りが古い。何重もの城壁に囲まれたその威容。まさしく要塞です。異教徒とかを殺す気満々ですね。きっと幾万の人の血を吸っている事でしょう。実際吸っています。血税絨毯がそこから伸びているとか、ブラックジョークすぎますね。ブラッディロードです。血塗れの王ではありませんよ。血塗れの道です。


 二人は歩きます。とにかく歩きます。街の外れから中心まで。遠いです。通常徒歩で五十分くらいです。馬車とか使わないのかと疑問がありますし、暗殺の心配は無いのかとか突っ込みどころは色々あります。しかし心配無用です。ここで王族が殺られたら、きっと周辺諸国を巻き込んで近隣一体の生きとし生けるもの。森羅万象万物皆殺しの天誅が下ります。怖いですね。バイオレンスですね。


 二人はそんな長い道をゆっくりと、人々をゆっくりと見渡したりしながら歩きます。通常五十分以上の道をゆっくりと歩くのです。なんでこんなに距離が長いのかさっぱり分かりません。


 二人は歩きます。汗が出ても、足が棒の様になっても。


 歩いて歩いて歩き続けるのです。華奢な体にやたらめったらに重いドレス着て、それでも歩くのです。健気ですね。特に好きでもない男を横にして。そう、姫様の理想の男の人はお父さんなのです。筋金入りのお父さん娘です。もしくはあれです。『私は国と結婚する』とか言っちゃうタイプの人です。女傑です。


 そんなこんなで二人は教会前の広場に到着しました。城壁には異教徒を模した像が、まるでゴミの様に大量に槍で張り付けにされています。きっちり血糊もぶちまけてあり、とってもホラーです。頭おかしいです。

 その中でも門の左右に並べられた二つの像は、横断幕を持っていました。その大きな横断幕にはこう書いてあります。


『祝! 結婚式』


 下手くそな赤黒い文字です。ところどころインクが下に流れています。それに配置もおかしいです。右側に詰めて書かれています。左側に何を書くつもりだったのかは定かではありません。多分責任者が頑張って書いてみたものの、あまりにも悪筆過ぎたとか、そういう事なのでしょう。


 というかこれ絶対に祝ってませんよ。本当に祝っているつもりなのでしょうか。祝いではなくて呪いの間違いではないのですか? 『呪! 結婚式』と書こうとして部首を間違えたとか、そういうオチでしょうこれ絶対。もう本当に訳がわかりません。


 一行は門をくぐろうとします。向こうには頭を恭しそうに下げているシスターさんや、修道士さんたちが居ます。その時、皆に大きな影が差しました。

 見上げるとそこには大きなドラゴンが居ました。民衆はぽかんとしています。一部の老人がうんうんと頷いています。


「竜だああ!」


 丁度良い具合に誰かが叫びました。すると人々がパニックで大騒ぎになる前に、兵士たちが素早く避難誘導を始めます。手際が良すぎますね。


 何故か放置されている姫様たち一向に竜は近寄ります。翼を一回はためかせるごとに強い風に飛ばされた砂利が王子様を襲います。とても痛そうですが、王子様恐怖で半分気絶している状態ですので気にもしてません。白い衣装のズボンのお股の辺りが黄色く染まりつつあります。汚いです。


 そんな使えない王子様の前に、姫様が出ます。まるで後ろの人々を守ろうとしている様に見えます。姫様。小さなお口をしっかりと開けて、はっきりよく通る声で喋ります。八重歯がちらりと見えました。


「貴方は北の竜ですね。何用ですか! この晴れの日に! この催しがなにか知っての狼藉か!」


 姫様。竜がたまたま通りがかったという可能性を完全に無視しています。最初からけんか腰です。殺意全開です。物騒ですね。

 これに対し、竜は大きな口を開けて言います。中に沢山生えている真っ白な牙がきらりと光ります。


「知っての狼藉よ。姫、貴様をさらっていく。抵抗すれば民の命は無い」


 低くて渋いダンディな声でしたが棒読みでした。いえ、ノリノリですがね。人間ならきっとモテていたでしょう。もっとも、顔が良いか、顔を隠して声だけ聞かせれば、と条件が付きますが。


「なんですって……。何のために……」


 姫様。体を震わせます。顔色も真っ青です。竜はなにか返事しようと口を開きましたが、何も言わずにおもむろに口を閉じました。


 これには姫様固まります。衛兵も、神官達も、そして風でヅラを吹っ飛ばされた大臣も固まります。


 そして竜は姫様をむんずと掴むと、空へ飛び立ちました。


「え? え? ちょっとまだ……」


 豆粒みたいに小さくなっていく街を身ながら姫様狼狽えます。まだまだ言うべき台詞と、尺が有ったからです。必死に体をよじって竜の顔を見ます。なぜか口がひくひくと震えていました。そして竜は姫様をちらりと見ると、遠くを見つめます。気まずそうですね。


「台詞忘れた……」


 竜痛恨のミスです。結婚式恒例イベントなのに関わらず台詞を忘れていました。こいつ何度も何度もこの悪役を演じているのにも関わらず、台詞とかど忘れしてしまっていたのです。


 巣穴に連れていかれる最中、大きくため息を吐く姫様と、やっちまったと小声で呟き続ける竜の一人と一匹を、太陽が見つめていました。




 さて、その数時間後の事です。異教徒をぶち殺しまくった教会の中に在る一室に両国の王様と偉い人たち。そして大司教様が王子を説得していました。


「なんで僕が行かなきゃならないんですかあ! 軍隊出せばいいでしょう!? うわあ! 近寄るな僕に触るなあ!」


 王子様は泣きながら怒鳴り散らしています。何故か糸杉の棒と鍋の蓋をぶんぶん振り回しています。周囲の兵士を威嚇するのに全力です。

 これはあれですね。普段大人しいクラスメイトが激怒した時の感じに似てます。椅子とか机とかひっくり返すあれです。関係ない人はお祭り騒ぎでにやにやしているあれです。しかしここに先生は居ません。やりましたね。お祭りが長く続きますよ。


「王子よ諦めよ。竜を倒すには選ばれた血筋の者でないと駄目なのだ……。貴様も誇りある我等パラッパーの王家の一人ならば、潔く行け」


 パラッパー王。王子様からかなり離れた所から話しかけます。腰が引けています。びびりなのです。その姿に誇りなんて微塵もありません。


 王子様これにぶちギレです。糸杉の棒で机を殴ります。大きな音がします。糸杉の棒はへこんでしまいました。基本的に柔らかい木材なのです。


 奥でそれを見ていた大臣の肩が驚きでびくっとします。その拍子にヅラ代わりに乗せていた大きな葉っぱがひらひらと落ちました。葉っは青々しているというのに、彼の頭は枯れ果てています。荒野の砂漠ですね。


「せめて護衛とかさあ! マシな武器とかさあ! なんで糸杉の棒と鍋の蓋だけ!? 資金に至っては千しかくれないし! ここの物価あれよ!? 五百で定食が相場よ!? 指定暴力団の鉄砲玉でももう少し良い装備してるよ!?」


 なんで王子様は日本の暴力団を知っているのでしょうか。きっとこの世界にも同じ様な法律と組織があるのでしょう。

 これには皆さんびっくりです。ざわめきが広がります。


「なんと……鍋蓋と王子の服という贅沢装備に不満があるのか……奮発して五十じゃなくて千も上げたのに……」


 そこ驚くところでしょうか。もっと別に驚くところがあると思います。


「だから物価! なんで姫助けに行くのに兵士以下の装備なの!? どうやって竜倒せばいいの!」


 パラッパー王たちは顔を見合わせます。そして肩をすくめて、ふっと笑いました。腹の立つ顔です。


「王子よ……大丈夫大丈夫。ピンチになったらあれよ。王家の秘められた力がこう、光の翼とか発生させて敵ぼっこぼっこにするから……ね?」


 そんな力、王家にはありません。それになにが『ね?』なのでしょうか。頭がおかしいです。壁にもたれて腕を組んでいたアントニウム王がすさまじい顔で王子に近寄ります。黄色い染みが出来た股が再度濡れます。


「つべこべ言わずに、儂の娘助けてこいや!」


 公の所では一人称が儂のアントニウム王。叫びました。王子様は可哀想にもすくみあがります。足元の水たまりにへたり込んでしまいました。なんだか可哀想ですね。扱いが。


 そんなこんなで王子様は、かぼちゃパンツみたいなズボンと、白タイツ、そして青い上着で出来た王子の服と、糸杉の棒(セイヨウヒノキ)と鍋の蓋を持って異教徒の血を吸いまくった要塞から旅立ちました。最初に仲間を集めると良いよというアドバイスを受けて。

 そしてこのアドバイスが、彼のその後の人生を左右する事になるとは、この時誰も知りませんでした。




 さて、場面は姫様の所に戻ります。

 大きな山のふもとにある大きな洞窟に、竜はふわりと降りました。洞窟の前は竜が日常的に離発着しているので木が一本も生えていない、広場みたいになっています。

 竜はゆっくりと姫様を下に降ろし、これでもかと屈んで言いました。


「姫。私の首に乗りなさい。その衣装では歩くのに難儀するだろう」


 姫様は自分の体に絡まった長い裾をほどくのに必死でした。一生懸命に色々な所を弄っています。そしてほどき終えると、とても自慢げな顔で竜に言いました。


「そう思うでしょう? 見ていてくださいな」


 姫様は右手の袖に手を入れます。そしてその中にある一本の紐を引っ張りました。するとなんという事でしょう。ドレスが各部分ごとに分解され、その下から真っ白なダサいジャージを着た姫様が表れたのです。ちゃんと胸に名札もついています。リリアと綺麗な文字で書かれています。

 正直ドレスの下にどうやってジャージを隠していたのかさっぱりわかりません。きっと魔法の力でどうにかしたのでしょう。

 それを見た竜。思わずこう思いました。


『ジャージだっせえ……』


 そう。姫様の着ているジャージは白一色。他の色なんてありません。糞ダサジャージだったのです。


「むう……」


 竜は唸りました。目の前にはうっすい胸を張った姫様が居ます。ダサいジャージを誇らしげに見せつけ、自慢そうにふんすと鼻を鳴らしているのです。正直な感想を言えばとても面倒な事になるのは、長年の竜生から知っています。女性に対してはとりあえず褒めないと怖い事になるのです。具体的には大人数で囲まれて、延々言葉の暴力にさらされます。怖いです。

 しかしここには姫様一人しかいません。でも竜は知っています。女性は根に持つと。きっと国に返した後に延々悪口を言われ続けるのでしょう。それを想像した竜の、鋼も消化する丈夫な胃袋に穴が開きそうになりました。


「あ……その……ね? 凄いなあ。その技術すごいなあって……思った。うん」

「そうでしょうそうでしょう。私の聖アントニウム王国は技術立国なんです! ここの機構なんか特に拘って――」


 姫様は地面に散乱した布を拾い上げては自慢話を始めました。しかし竜はさっさと中に入りたい思いで一杯です。誰だって自分の玄関先で延々長話したくありません。


「あ~姫? 話は中に入ってからでも良いかね?」


 話を途中で遮られた姫様の頬はぷくうっと膨れ上がります。しかしやっぱり素直な姫様。自分の行動を思いだすと、頭をぺこりと下げ、竜に謝ります。


 そして、失礼します、と言って竜の頭に乗り、首を伝って背中に乗りました。小さな両手でしっかりと竜の背中のでこぼこを掴んで離しません。


「よし。それでは行こうか」


 竜は背中の姫様を落とさない様に気を付けながらのしのしと洞窟に入っていきます。


 これから姫と竜は、王子様が来るまで共同生活を営みます。ですが何の問題もありません。姫様の召使の人たちもこっそりとこっちにやって来るのです。


 そうこれは結婚の儀式。百年前の両国の王様と竜の悪ふざけから生まれた盛大なドッキリです。哀れな被害者は勿論王子様。他の人達は皆知っています。知らないのは王子様と国民だけです。勿論、一部の国民は知っていますが問題ありません。絶対に言わない様に約束してあるからです。ネタ晴らしは本当の結婚式の時に行います。


 王子様はどんな風に私を助けてくれるのだろう。姫様はわくわくしながら待つのでした。糞ダサジャージを身に纏って。




 四か月後。竜の洞窟の前に広がる森はにわかに慌ただしくなりました。何者かが立ち入り禁止のこの森の警報に触れたのです。地下通路を伝って聖アントニウム王国とパラッパー王国両国の兵士達は問題の場所に向かいます。こっそり地上を監視できる様に開けた穴からは、王子と九人の女の子の姿が見えました。


「ひゃあ……大変だこれは……」


 この後きっと血の雨が降るに違いない。兵士二人は恐怖で顔が引きつりました。そして急いで詰め所に戻ると、姫と竜に連絡します。王子と一行が来たぞと。




「皆急ぎなさい! 家具を隠し、おどろおどろしい内装に変更するのよ! 私ら姫様メイド連合の底力を見せつけなさい!」

「はい!」


 おばあさんの指示のもと、三つ編みちゃんを筆頭に可愛らしいメイドさん達は一生懸命に模様替えを始めます。

 形状変化で小さくなった竜と姫様が仲良く食べた、芋揚げ塩味を仕舞いこみ、ふかふかソファーの代わりに生贄の祭壇っぽい何かを置きます。


「姫様。失礼しますね! 痛かったら言ってくださいね!」


 三つ編みちゃんはジャージからぼろっちい服装に着替えた姫様を、十字架に縛り付けます。生贄の祭壇があるのに何で部屋の奥で十字架に張り付けにするんでしょうね。


 さきっきまでふかふかで大きなベッドの上で竜とプロレスをしていた姫様。汗ばんで息も荒いです。なんとなくエロいその姿に、三つ編みちゃん顔を赤くします。しかしその三つ編みちゃんの視界から姫様が一瞬で消え去りました。景色がもの凄い速さで横にスライドします。そして聞こえてくる怒鳴り声。


「大バカ者! それは亀甲縛り! 姫様にやってどうするつもりじゃあ!」


 おばあさんが横から三つ編みちゃんを蹴り飛ばしたのです。壁に叩きつけられる三つ編みちゃん。でも大丈夫です。ちゃんと受け身を取って衝撃を分散させます。それにこの程度の痛み、全裸で吊るされる事に比べれば屁でもありません。


「すみません!」


 涙目で謝ると、他の人達の手伝いに行きます。


 彼女たちの努力の甲斐あって、生活感あふれる綺麗なお宅は、十数分後にはすっかりラスボスの部屋といった風になりました。魔法でBGM代わりに流しているコーラス入りのオーケストラが良い具合に雰囲気を出していてとてもグッドです。


「受け入れ準備完了! 総員隠れなさい! 見つかってはいけません! 散開!」




 おばあさんの命令で、ぴしりと整列したメイドさん達は隠れ場所に向かいます。王子様たち一向に見付かったらドッキリが台無しだからです。入口から背後の姫様が見える絶妙の角度に陣取った竜も少し緊張気味です。しかし姫様はぐったりと気絶している演技をしています。とても迫真の演技です。気分は立派な女優ですね




「竜! 姫を返してもらうぞ!」


 王子様が竜と姫様が待つ広間に踏み込んできます。立派な鎧(市販品)に身を包み、王家の宝剣(先祖の悪ふざけ)を携えています。

 そして女の子です。九人の女の子を侍らせています。僧侶っぽい見た目の娘も居れば、明らかに幼女っぽい魔法使いも居ます。ツンデレクーデレヤンデレ。量産型ヒロインの目白押しです。

 これには竜と、薄目を開けていた姫様ドン引きです。


「姫! 姫! 聞こえる!? 助けに来たよ! 今助けるからね! みんなで暮らそう!」


勝手に盛り上がる王子。


「えっ、皆で!?」


驚いて思わず声を上げてしまった姫様。


「やべえよやべえよ……。これ何これ何?」


そして予想外の事態に焦りまくる竜。カオスな空間が広がります。


「姫! 君に一つ報告があるんだ……。この娘を見てほしい!」


 王子の背後からおずおずと魔女っ娘ロリが表れます。お腹がぷっくりと膨れています。食べ過ぎて太ってしまったのでしょうか。いいえ。そんな訳がありません。相手はハーレムを作る様な屑野ろ……イケメンな自称普通の青年系王子ですよ。


「この子を見てほしい……」


 王子はもう一回見ろと言います。大事な事なので繰り返したのでしょう。そして静かに語りだします。姫様と竜はじっとその女の子を見つめます。一人と一匹は嫌な予感に苛まれます。魔女っ娘は恥ずかしそうに帽子で顔を隠しました。


「この子のお腹には……僕の子供が居るんだ」


 王子、幼女とヤっちゃいました。姫様相手にもやらかしてます。洒落になりません。姫様と竜はぽかんとします。嫌な予感見事に的中です。ちなみにこの魔女っ娘。合法ではないので確実に王子は逮捕される事でしょう。


「僕は皆を愛してる! だから君だけを愛する訳にはいかないんだ! 皆が好きだ! そんな僕を……受け入れてくれるかい?」


 凄い事になったと竜は思いました。これ収拾つくかなとも思いました。絶対に収拾つかないと思います。

 この言葉に姫様は顔を俯かせます。しばらくの間沈黙の時間が流れます。そして姫様が顔を上げます。


「ひぃ」


 姫様の顔は、なんの表情も無い仮面の様な表情でした。竜は思わず悲鳴を上げてしまいます。情けない悲鳴です。


「なるほど事情はよく分かりました」


 姫様は体を動かします。鎖がガチャガチャと音を立てています。


「……ですが妻は三人まで……私が第一夫人なのは両国の合意が有るので確定です」


 姫様が鎖を手でつかみます。そしてそれを思いっきり引っ張ると、鎖がぴんっと張ります。


「貴方と結婚する事は国益に繋がると……両国の友好に繋がると教えられてきました」


 鎖が限界まで張ります。異様な雰囲気に王子一行。後ずさります。


「ですので私への愛が無くても……私は一向に構わなかったのです。私も貴方を愛してなどいなかったのですから。ですが……皆を愛している?」


 鎖が引きちぎれ、鉄の輪が周囲に飛び散ります。姫様の足が地面に触れました。姫様。そのまま竜の方へ近寄ります。


「私は昔から努力してきました。王家は国の顔。姫にふさわしい振舞を……と。ですがあなたの体たらくは何です? 第一夫人より先に第二、第三夫人が長男を出産する事がどんな事態を引き起こすか、何も知らないのですか?」


 姫様は竜の尻尾を握りしめます。竜は困惑します。何故尻尾なのだろうと。


「竜よ。お願いです。形状変化してください。チェーンソーになってくださいな」


 竜は信じられない物を見る目で姫様を見つめます。え、殺る気なの、といったところです。しかし姫様に生物が持ちうる根源的な恐怖。危険信号が全開の竜は姫様の言う通りにします。かくして黒っぽいチェーンソーが姫様の手に握られる事となったのです。


「まあ。こさえてしまった物は仕方ありません。ですので……減らしてください。女を」


 王子様は耳を疑いました。姫様は一体何を言っているのだろうと。後ろを見れば逃げようとしている仲間たち。しかし扉が閉まっています。外からメイドさん達が必死に抑えているのです。ラスボスからは逃げられない。当たり前ですね。


「貴方達が二人になるまで……殺しあってください。出来ないのなら私が皆殺しにします」


 無表情でチェーンソーを起動する姫様。竜が全力で背びれを回転させ、唸り声を声真似します。本物そっくりな演技です。


 王子は逃げようとします。ですがラスボスからは逃げられません。姫様はゆっくりと近寄っていきます。そしてある程度の距離で走り始めました。


「ひい! 分かった分かった! 君との婚約は破棄する! 僕は王子の座を捨てる! これで良いだろ!」

「そんな勝手が! 許されると! 思って! いるのかあ!」


 王子は逃げました。しかしそこは部屋の角です。もう後がありません。大声で怒鳴る姫様。飛びます。体を空中で地面と出来る限り平行にした一撃。ドロップキックが王子のお腹に炸裂しました。鎧がひしゃげてしまいます。これは痛い。王子。たまらず地面にダウンします。竜の声真似も一瞬やみました。しかし姫様。思いっきり握りしめる事で声真似を再開させます。


「言い残す事は? まあ。無いでしょう」


 姫様。王子の首に向かってチェーンソーを振り下ろします。王子小さい方だけでなく大きい方も漏らしてしまいました。


「ちょっと待った!」


 突如部屋に響いた野太い声に姫様のチェーンソーは王子の首まであと皮一枚という所で止まります。というかこの人本気で殺しにかかっていました。婚約破棄とかそういう次元の話ではありません。前代未聞ですね。助けに行った姫様がラスボスとか。武器がチェーンソーって前衛的過ぎます。


「あら……貴方はこの子種袋の護衛隊長の……お久しぶりです」


「子だっ……。リリア姫殿下。ここは落ち着いてください。処罰は我が国が責任を持って行います。ですので、ですのでここはどうか怒りをお納めください」


 流石にまずいと察した部屋の中のメイド連合一同が女の子を外へ逃がしていました。それを姫様から隠すように立つ護衛隊長。完全武装ですがぶるぶる震えています。姫様にゆっくりゆっくりと近寄っていきますが、チェーンソーが怖いのか中々間合いに入れません。腰も引けています。両手を前にして。そうです。お、落ち着けよ? 撃つなよ? と言って近寄る刑事のポーズです。


「ふ……」


 姫様が笑いました。優し気な、全ての物を慈しむ聖母の笑いです。これには護衛隊長。一瞬だけ気を緩めます。しかしその次の言葉に恐怖で顔を引きつらせます。


「形状変化。メリケンサック」


 姫様は姫からドラゴンマスターにジョブチェンジを果たしている様です。一応伝説と呼ばれている竜を見事に使役しています。

 達人である護衛隊長ですら捉えられぬ速度で一気に懐に入ります。


「私の!」


 ガゼルパンチが腹に入ります。護衛隊長後ろによろめきます。


「邪魔を!」


 左フックが顔面に炸裂します。兜に衝撃が伝わります。


「するなああああ!」


 右アッパーカットが顎に決まり、護衛隊長宙に浮かびます。そしてそのまま大地に倒れると、お腹を抱えてしくしく泣きだしてしまいました。気持ちは分かります。職務を遂行しようとしただけなのにこの仕打ちです。


「マリアあ。マリアあ。痛いよお……」


 妻の名前を呼んで泣く五十代護衛隊長。もう精神は限界を迎えている様です。


「アンネえ。アンネえ。お父さんもう限界だよお……」


 今度は娘の名前も呟きだす五十代強面既婚者一児の父護衛隊長。涙は人前では見せない物。泣く時は心の中か、自分の部屋の枕相手に泣けを心に刻んで生きてきたこの五十年。五十年仕込みの信念がぽっきりと折れた瞬間です。


「うん? もう立てる様になったのですね?」


 ドラゴンマスタープリンセスの後ろから何やら物音が聞こえます。振り返ってみると、そこには王家に伝わる伝説の物を掲げた王子が居ました。


「もう降参だあ……もう助けてください。許してください。ごめんなざい。本当にごめんなざい……」


 少し黄ばんだ王家に伝わる伝説の白旗ブリーフを掲げた王子が泣いて謝っていました。王家の伝説の宝剣の柄に自分のブリーフを差して小気味に振っています。下半身露出しています。ポークピッツです。

 ドラゴンマスタープリンセス鼻で嗤います。王子更に大きく泣きます。王家の誇りどこにもありません。


 しかしドラゴンマスタープリンセス止まりません。王子の顔面を殴りつけます。その打撃、止まる事を知りません。どうやらドラゴンマスタープリンセスから更に、バーサーカーにジョブチェンジを果たしている様です。


 王子の悲鳴と、湿った打撃音は、いつまでもいつまでも洞窟に響いていたのです。



 こうして王子の情けない降参により姫様の怒りは収まり、王子はずっと姫様の尻に敷かれて一生を過ごすのです。彼のハーレムは、優秀な人材が揃っていたので、パラッパー王国に召し抱えられました。

 姫は性母ではありませんが聖母です。魔女っ娘ロリが生んだ子供も、自分が生んだ子供も等しく愛情を注ぎ、子供たちから慕われるお母さんになりました。


 竜は姫様の一件で深刻な心の傷を負い女性恐怖症になりましたが、何とか立て直す事に成功し、性懲りもなく次のドッキリを楽しみにしているそうです。

 ただしドッキリの内容を王子に伝える時に、女性に手を出すと加護を失い竜に勝てなくなるという文言が追加されたそうです。


 めでたしめでたし。

どうしてこうなったのかさっぱり分かりません。なにがいけなかったのでしょうかね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] とにかくナレーションの喋りが軽快で面白かったです。このナレーションにして、登場人物たちがおかしい性格ばかり。ナレーションがツッコミ、登場人物たちがボケとこのバランスが絶妙でした。 作者様…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ