ジェレミーの独白 TwitterSS
ジェレミー・ラドンにとって、マリル・グリス公爵夫人という存在は、摩訶不思議な存在そのものだった。
ジェレミーは庶子の子だ。好色爺として有名なラドン男爵の外腹の子であり、ラドン男爵家の跡継ぎとして本邸に移り住んでいても尚、庶子の子には変わりない。
その点、マリル・グリス公爵夫人は生粋の貴族だった。
その夫たるグリス公爵は王家の血を受け継ぐ元王子。家柄が釣り合わないばかりか、お近づきになる事さえ叶わない雲の上の存在だ。
だというのに何故、ジェレミーはマリルをこんなにも放っておけないのだろう?
「どうしたの、ジェレミー君?」
不思議そうな表情で洗濯物を干すマリルを前に、ジェレミーは頬杖を付いて溜め息を吐いた。
義務的な夜会を終えて暫く振りに故郷に帰ったジェレミーは、習慣となっている領主館に足を向けた。いつもながら侵入するのは中庭からだ。
流石に正面から入るのは気が引ける。第一、アポイントメントだって取っていないのだから、やはり些か不法侵入気味に館を訪れる他ない。
「あーいや、何でも無い」
「そう?」
首を傾げつつ洗濯物を手際よく干していくマリルは、相変わらず綺麗だった。
出会った当初はまるで世話の焼ける妹(勿論、俺の方が年下だ)か何かのように感じていたというのに、時が経つのは早い。
「お母さんの具合はどう?」
ああ、もう。マリルはどうしてこんなに平和なのか。
「別に何とも無い」
「それなら良かった」
そう安堵した様に笑うマリルは、やはり美しかった。
貴族だというのに驕り高ぶった所の無いマリルはすっかりと庶子の生活が板に着いたようだ。干した洗濯物を一つ一つ丁寧に皺を伸ばす様子も手馴れている。
このポエミア領は、過疎化が進む田舎である。
王都から随分遠くに離れたこの長閑な田舎の領主館だからこそ、マリルが何をしていようとも咎める人間は居ない。
無論、マリルは自身について辛い評価を崩しては居ない。無知であった時代があるからこそ、マリルは随分と慎ましやかになった…らしい。実際、俺は昔のマリルを知らない。特に王都に居た頃のマリルの姿は。
けれども俺にとってそれは最早どうだって良いことだ。俺にとって重要なのは、今のマリルがどう在るのかという事だけなのだから。
「お茶にしましょう」
そう背を向けるマリルの後に続く。どうやらグリス公爵は外出しているらしい。しんと静まり返った領主館は穏やかな時間が流れているようだ。
俺にとってマリルは大切な友人だ。俺が嫌悪する貴族であってもそれは変わらない。
「なあに?」
そう笑うマリルを眺めながら、俺はマリルの手元にある茶器を奪い取って、王都から持ち帰った紅茶を淹れた。
「やっぱりジェレミー君の紅茶は美味しいね」
「別に誰が淹れたって同じだろ」
ぶっきらぼうにそう言うと、マリルは鈴を転がしたような軽やかな笑い声を上げた。
俺はその邪気の無い笑顔と軽口の為に、故郷に帰っている。その笑顔さえあれば俺はどんな事だって出来る。
「お前だけは変わらないで居てくれよ」
マリルは不思議そうに首を傾けた。俺にとって、マリルは最初で最後の大切な人だ。だから安息の地で馬鹿みたいに笑っていて欲しい。
俺はそれだけで頑張れる。
「ありがとな」
「どういたしまして?」
マリルは朗らかに笑った。