困りましたの。
えーと。
曲が終わって慌てて去ろうとした、私の手を離さず
ランス様は笑顔を浮かべてそのまま2曲目に突入しました。
背中に嫌な汗が流れます。
「申し訳ありませんでした。ランス様とは知らず、その、足を、」
お父様、お兄様ごめんなさい。
私は、大変な失敗をしてしまいました。
「いいえ。最初に失礼な事を言ったのは私です。
あの日から私は貴方に謝りたいと思っていたのです。」
えっ。
許してくれますの?
期待して、見上げれば
ランス様は私を見下ろして嫌な笑みを浮かべながら
「本当に婚約者に逃げられて、泣いてるとは思わなかったんだ。」
視線を外し聞き流そうとしました。
「まさか、祝福しながら未練たっぷりとは。」
でも我慢できずに俯いてしまいました。
「今日も、笑顔の下で何を考えていたんだ?友人と言われ傷ついたか?」
涙が出そうになって下唇を噛んだ。
ダメです。
泣いてはダメですの。
笑うのです。
俯いてしまっていた顔を上げ、グッとお腹に力を入れてランス様を見つめてにっこりと笑った。
「ランス様。リチャードもマーガレットも今は私の大切な友人です。二人の幸せを願っています。」
「ほぅ。」
ランス様は、片方の眉を上げ意外なものを見たような表情をする。
もう少しで、曲も終わる。
「婚約してからずっと好きでした。」
私の視線が、心配そうに私を見るリチャードの姿を捉える。
「なのに泣いてはいけませんの?
未練があってはいけません?私が傷ついたとして、それはいけないことですの?」
リチャードから視線を外し、もう一度ランス様に視線を戻す。
今度は視線をしっかりと合わせ
「私は真剣にリチャードを思っていました。この、」
曲が終わったのと同時に、ランス様から引き離された。
「あっ、お兄様っ。」
「ローズ。心配で迎えに来たんだ。顔色が悪いね。大丈夫かい?」
優しいお兄様の言葉に、私はこくりとうなずいた。
二曲続けて踊った私たちに、好奇心の目が集まってしまっています。
「ランス様、妹の相手をして頂きまして、ありがとうございます。
しかしながら、わが妹では貴方のお相手は荷が重いようでございます。
申し訳ございませんが本日はこれにて失礼させて頂きます。」
お兄様の慇懃無礼な態度に、ランス様は鋭い視線を向けている。
ハラハラします。
そんな私にお兄様は大丈夫だと言うように優しく笑いかけ私をエスコートして歩き出す。
ランス様ほどではないが、均整の取れた体躯、整った顔立ちのお兄様が
周りで聞き耳を立てている人たちに「今日はこれで失礼します。」と微笑を浮かべて言えば
お嬢様方から、はぁとうっとりとした感嘆の声が上がる。
どうしてでしょうか。
同じ血を分けた兄弟なのに、かたや結婚したい男に必ず名前の挙がるお兄様。
かたや、婚約者に逃げられたとささやかれる妹。
そんな素敵なお兄様にエスコートされながらホールを後にする。
きっと、社交界に戻るのがまだ早かっただけですの。