忘れていたの。
あれからパーティーや公の場に出るのをやめて、うわさが下火になるまでと思い家で父や兄の手伝いをして過ごしていた。
時折、お兄様がローズはこのまま家にいてもいいんだよと優しく慰めてくれたりもして、
それもいいなと思い始めた頃
リチャードとマーガレットからお誘いがあった。
ごく内輪のパーティをするから来ないかと。
どうしようか迷ったが、このまま家に引きこもっているもの良くないだろうと思い内輪ならいいかと行く返事をした。
久しぶりに、ドレスを着ると気分はそれなりに高揚して笑顔になる。
「お嬢様、綺麗です。」
メルは昔からの私の侍女なので、彼女に任せておけば、安心。
「ありがとう。メルのおかげね。」
内輪だけと言っていたが、来ている人物はなかなかのものだった。
マーガレットのお披露目でもあるのかも知れない。
私は、飲み物をもらうと端のほうから全体を見回した。
リチャードとマーガレットは、どうやら挨拶回りの最中のようだ。
二人が暇になるまで待とう。
話しかけられた男性達に適当に相槌を打っているところに、二人が来てくれたので
私は男性達に別れを告げ
「リチャード様。マーガレット様。ごきげんよう。」
ドレスをもちあげ、教科書に載っているお手本のような挨拶をした。
「ふふっ。ローズったら。」
「やめてくれよ。そんな他人行儀な挨拶は。」
久しぶりに会うので、以前のように笑いながら話せるか心配だったけど上手くいったようで
ほっとした。
3人で笑いあっていると背の高い男性が近づいてきた。
「リチャード、私に紹介してくれないか?」
男性がリチャードに声をかけた。
「ランス様。お越しいただきありがとうございます。
妻のマーガレットとこちらは友人のローズ・スワロウ嬢です。」
以前は婚約者と言われていたのに、友人と言われ胸が少し痛い。
まだこんな感情が残っていた事に苦笑する。
「はじめまして。」
マーガレットに続いて、挨拶をした私をランス様はじっと見つめる。
リチャードがランス様を紹介してくれた。
「ランス様は半年前隣国の留学から戻られて、近衛騎士団の団長になられたんだよ。」
留学から戻られたランス様。
私は父や兄からの情報を思い出した。
確か母親の身分が低く、第一王子の王位継承が決まるまで無駄な争いが起きぬように幼い頃から隣国へ留学させられてたとか。
ランス様は第三王子、帰国されたのは知らなかったな。
今度はしっかりとランス様を見た。
しっかりとした身体に、精悍な顔、髪の毛はきらきらと輝いて見える。
なるほど、見た目だけなら国民に人気が出そうだ。
「ローズ嬢。私と踊っていただけますか?」
うっすらと浮かべた微笑、洗練された身のこなし、普通の娘ならばうっとりして手を取るだろう。
でも私は目の前の手を取れずに、ランス様の顔と手を見つめる。
だってダンスなんて、リチャードとしか踊った事が無い。
戸惑う私の為にリチャードがランス様に声をかけた。
「ランス様ローズはあまり…。」
私から目を逸らさず、リチャードの声をさえぎり
「リチャードはローズ嬢の友人でしたよね。」
ランス様のぴしゃりとした物言いに、ハッとする。
そうだ。
私が対応しなければ、今まではリチャードがそばにいてくれたおかげで私にダンスの誘いがあることなどは無かったけれど、これからは私が自分で対応していかなくては。
「ランス様。申し訳ありません。あまりに素敵なお申し出に戸惑ってしまいました。」
よろしくお願いしますとランス様の手を取った。
ランス様のリードはとても上手で何より安心できた。
少しすると余裕が出てきたので、私のほうから声を掛けた。
「とてもお上手ですのね。」
「そうですか。それは光栄です。
リチャードの結婚式で少々足を痛めてしまっていたので」
「足を?大丈夫ですの?」
「ええ。知っていますか?ヒールで踏まれると、なかなか痛いものです。」
結婚式で、ヒールで踏まれる。
何かあったのかしら。
「まだ思い出しませんか?」
言っている事がよく分からなくて、ランス様を見上げる。
本当に背が高い。
背の高い男性。リチャードの結婚式。
ヒールで足を踏んづけたのは。
あぁ、やってしまいましたの。
たとえ、お母様の身分が低くても彼は第三王子。
私は裕福なだけの伯爵令嬢。
「その顔は思い出したみたいですね。」
彼は楽しそうに笑った。