会えないのです。
なんとなくあれから、詰め所への足が遠のいてしまいました。
メルは時々顔を出しているようです。
何度かお嬢様も一緒に行きましょうとメルが誘ってくれましたが、
やっぱり止めておきました。
最近は、ずっと商会でお兄様の手伝いをしています。
この頃、出金伝票や入金伝票、請求書などの整理も任されていて
ちょっぴり出世したみたいです。
今日も伝票と格闘していると
お兄様の秘書をしているロイが扉からひょっこり顔を出して
「ローズお嬢様、アルバート様が応接室に来て欲しいそうです。」
お兄様が?
わざわざ応接室に?
「誰かお客様がおみえのようですよ。」
誰かって誰かしら。
そんなの分かりませんよってロイに軽く言われ
早く行って下さいと部屋を追い出されました。
コンコン。
軽くノックすると、中から返事のような声が聞こえたので
扉を開けました。
そして閉めました。
何故。
何故、彼がここにいるのでしょう。
びっくりして心臓がドキドキしています。
えっと、ここは深呼吸を
「いつまで待たせるんですか。」
閉めたはずの扉が開いて中に引きずり込まれました。
扉がピシャリと閉まるのをなんとなく見つめていると。
「お兄様には許可を頂いていますよ。」
いつもの不機嫌そうな声に視線を向けると
オリバー様がニヤリと笑われました。
とりあえず、座りましょうと言われ
ソファーに座ります。
オリバー様が、備え付けの紅茶のセットでお茶を入れてくださいました。
「お茶を入れることが出来るんですね。」
一口頂きます。
美味しい。
「私は騎士学校を出てから、1人暮らしなので何でも出来るんです。」
それこそ、簡単な料理も作りますよ。
このとき私はオリバー様が貴族ではないかもしれないと思いました。
なんとなく立ち居振る舞いや言葉遣いから、勝手に貴族だろうと思っていたのです。
「それでなんで詰め所に来なくなったんですか?」
いきなり核心を突く質問に上手く答えられないでいると
「私と歩くのがご友人に紹介するのが、恥ずかしいと思ったのではありませんか?」
という的外れな話の流れにポカンとしてしまいました。
「お嬢様。聞いてますか。」
不機嫌な声が私を我に返します。
「オリバー様。私そのような事は思っていません。」
ええ。誓って。
だから、あんまり見つめないで下さい。
オリバー様は、ポツリと国境沿いのある町の名前を挙げました。
「知っていますか?」と問われて
「名前しか知りません。」と答えて
私は自分が無知な気がして恥ずかしくなりました。
「知らなくてもいいぐらいの田舎の町です。
小麦の生産量が多いぐらいで他には何もありません。」
もしかして
「オリバー様がお生まれになった町ですか?」
「そうです。国境沿いなのでたまに流れの盗賊なんかも出たりするような所です。
私は、そこの」
「オリバー様」
私は、オリバー様のお話をさえぎりました。
何を思って先程の的外れなお話をオリバー様がされたのか。
今から何をオリバー様が話されるのか。
なんとなく分かってしまいました。
でも私はオリバー様が貴族であってもなくても、先に私の話をするべきだと。
そうしないといけないと感じました。
オリバー様が私に特別な感情をお持ちかどうかはまだ分かりませんが、
もし私の事を想っていただけるのなら、
婚約破棄の事を知った、その上で私を選んで頂けたらそう思いました。