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口の中の女と口の中に女がいるかもしれない

注:過去の短編作品です。(若干なおしていますが)。見たことある人はすいません。

口の中に住む人間とその世界が望む口の中。生きている意味など生きるため。

また一人飲み込まれていった。


僕たちは口の中で暮らしている。なぜかはわからない。生まれたときから口にいたから。


口の中はいつも唾液で湿っている。温度は少し暑い。


僕のほかにも口の中に暮らしておる人は15人ほど。そのうち僕の家族は母、妹、僕の三人だけ。父は歯の奥に見える外の景色にひかれ、吐き出されてしまった。


食べるものは、口が食べるものだ。口がもぐもぐ咀嚼している間に、下の裏の舌下腺に隠れる。このとき出る唾液も生活用水としてためておく。でも気をつけなければいけない。唾液に流されて咀嚼に巻き込まれる所は何度も見た。必要なものには危険が伴う。よくできた世界だ。


あるとき、彼女が言った。


「この奥にいってみない?」

この奥とは食道のことだ。


当然、飲み込まれた人は死んでるものと僕は思っていた。しかし、ときどき帰ってくるものがあらわれる。すっぱい匂いを漂わせながら、体の半分ぐらいがとろり。でも、また食道へ向かう。


「命綱をつければ大丈夫よ。」

食べカスで作った綱だった。案外丈夫でとても食べられそうにない。


「向こうの世界でまず最初になにしようかな。だれか人がいるのかな。二人だけの世界かな。」


なぜ、人はまだ見ぬ世界へあこがれるのだろう。まだ、見ぬ全てにあこがれるほど利口でもなく、見えるものしか信じないほど大人でもなく。ただ、理想郷を追い続ける。


「僕は遠慮しとくよ。」

彼女の目は寂しかった。


その夜、彼女は食道へ落ちていった。


なんのために生きているのか。まだ見ぬ世界を広げていくため。それはきっと子孫のためになる。

僕の子孫の残したかった彼女はもういない。


僕は何がしたい?僕の生きている意味は?


僕は想像力がほしい。命綱なんてつけなくても食道の奥が目に浮かぶような。歯の奥に見える世界を父に語ることのできるような。


ぼくは無性に、口の中に手を突っ込みたくなった。

僕の口の中にも誰かの世界がある。そんな想像。


口の中に細菌がいると分かるのは19世紀になってからである。

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