筋肉村の筋肉姫
ある王国の片隅に小さな村がありました。
村は魔物の出る魔の山のすぐ側にあり、そのせいか、自然と強いもの達が住むようになりました。
あまりにも強い村人達は、魔物を退けるだけでなく、積極的に狩ってはお金に換え、近隣の村々を助けていました。
そんな強すぎる村の村人達はみんな見事な筋肉を持っていたので、いつしかその村は「筋肉村」と呼ばれるようになりました。
筋肉村の村長には孫娘がいました。
孫娘は村中からお姫様のように愛されていましたが、いつも不満そうにしていました。
「どうして私の腕は太くて硬いの?これじゃあふわふわの袖が似合わない。
どうして私の足は筋張ってるの?これじゃあスカートが似合わない。
どうして私のお腹は割れているの?これじゃあ誰もお嫁にもらってくれない。」
孫娘は村長に似て、立派な体つきをしていました。
背は普通の娘と同じくらいでしたが、身体をおおう筋肉は比べものになりません。
まだ15歳ですが、すでにオーガなどは一捻りです。
しかし、それは孫娘の望んだものではありませんでした。
孫娘は物語のお姫様のように綺麗で可愛い服を着て、素敵な王子様と恋をしたかったのです。
孫娘は村のみんなを愛してましたが、自分の筋肉は愛せませんでした。
だから、孫娘は夏でも長袖にロングスカートで筋肉を隠していました。
その上、出来るだけ体を小さく見せようと、いつも猫背にしていたので、孫娘はまるで老婆のようでした。
ある日、孫娘が水くみに大きな樽を抱えて川に行くと、川岸に誰か倒れていました。
慌てて近寄ると、倒れていたのは騎士でした。
孫娘は騎士を初めて見ましたが、王国の紋章の入った鎧を見て騎士だとわかりました。
ひとまず騎士を抱えて村に運ぶと、祖父である村長は騎士を手当てしてくれました。これで安心です。
村長に言われてもう一度水汲みに行って戻ってくると、騎士は目を覚ましていました。
「貴女が私を助けてくれたのか。ありがとう。」
騎士の微笑みはまるで物語の王子さまのようにきらめいていました。黒い髪に緑の目が素敵です。
孫娘は急に恥ずかしくなって、「具合はいかがですか」と話題を変えます。
「気を失っていただけです。もう大丈夫です。」
騎士はやはりきらめいています。
孫娘は真っ赤になって、「それは良かったです。」と言うと、逃げるように台所に行きました。
騎士の食事を作るためです。
孫娘は騎士を抱えているときに、騎士のお腹の音を聞いていました。
村長に普通の食事で大丈夫と聞いて、孫娘は張り切ります。
料理は孫娘の特技でした。村の食堂のおかみさんに弟子入りして教わったのです。
焼き立てのパンにハンバーグにシチューにサラダに果物のパイまで、なるべく早く用意出来て美味しいものを手早く作りました。
これも、食堂のおかみさんに教わった魔法のおかげです。
空間収納に閉まっておいたシチューやパイはすぐさま食べることができます。
孫娘は騎士にとびきりのごちそうを振る舞いました。
「とても美味しいです。こんなに美味しいものを初めて食べました。」
騎士は嬉しそうに食べてくれます。
孫娘は嬉しくなりました。こんな気持ちは初めてです。
孫娘は赤くなりながらも、騎士と楽しいひと時を過ごしました。
それから何日かして、騎士は村を出ていきました。
騎士は王様の命令で魔の山を調べていて、それを騎士団に報告しに帰ったのです。
孫娘は胸に穴が開いたようでした。
何をやっても楽しくありません。
まるで抜け殻です。
そんな状態でいつものように水汲みに行きました。
大きな樽を置くと、嫌な匂いに気がつきます。
振り返ると、大勢のオーガが孫娘を囲んでいました。
オーガは若い娘をさらって、死ぬまで子供を産ませます。
孫娘の匂いを辿ってきたのでしょう。
いつもは手早く水汲みに行って帰っているのに、うっかりしていました。
後ろは深い川です。泳げない孫娘には逃げ場はありません。
1匹なら一捻りでも、素手で10匹以上のオーガを相手にするのは無謀です。
オーガの手が孫娘に伸びたとき、地響きが聞こえました。
「「オーガども!その手を離せ!」」
地響きの正体は、騎士と村長でした。
騎士は剣を抜き、村長は腕をかまえました。
騎士が素晴らしい技で次々にオーガを切っていくと村長はラリアットでオーガの頭を砕きます。
あっという間にオーガは片付いてしまいました。
強すぎるふたりのおかげで、孫娘には傷ひとつありません。
「お怪我はありませんか?」
騎士はひざまづいて孫娘を覗き込みます。
先程まで鬼のような形相でしたが、今はただ心配そうなだけです。
「大丈夫です。あ。ありがとうございました。」
孫娘はホッとしたのと騎士に会えて嬉しいのとで涙があふれました。
それに気づいた騎士は孫娘の涙をぬぐいます。
孫娘は真っ赤になって、うつむいてしまいました。
「そろそろ村に帰るか。」
オーガの死体を片付けた村長の一言で孫娘が顔を上げると、騎士は孫娘を抱き上げました。
孫娘は驚きました。
それは今の自分が、物語の挿絵にあった王子様がお姫さまを抱き上げた絵とそっくりだったからです。
「あ。あの。」
孫娘は嬉しいと思いながらも、困ってしまいました。
村長ゆずりの筋肉のおかげで、他の娘たちより倍は重いことを知っていたからです。
なんて重い女なんだと思われたでしょう。嫌われたかもしれません。
「どうかこのまま。私への褒美と思って。」
それを聞いて、孫娘は困りつつも嬉しくなり、真っ赤になって騎士にしがみつきました。
そんな2人を村長は魔王でも殺せそうな目で睨んでいましたが、孫娘は気づかず、騎士はスルーしていました。
騎士はそのまま孫娘を村まで運んでしまいました。
孫娘は真っ赤な顔のまま騎士にしがみついていたので気づきませんでしたが、村には騎士団が来ていました。
騎士たちはみんな孫娘を微笑ましく見ています。
「団長。ご無事でなにより。」
渋い声が聞こえて孫娘が顔を上げると、立派なひげを蓄えた老騎士がいました。
孫娘を抱いている騎士を団長と呼ぶということは、孫娘の好きな騎士は騎士団の長ということです。
知らなかったとはいえ、大変なことをしてしまいました。
階級持ちの騎士と言えば、貴族に決まっています。
孫娘は真っ青になって、慌てて団長の腕から降りました。
団長は寂しそうにしていましたが、孫娘はそれどころではありません。
お咎めを受けるかもしれないと、村長の後ろに隠れてしまいました。
村長はそんな孫娘を見てため息をついています。
「おかげで孫が助かった。礼を言う。わが村は騎士団を歓迎しよう。」
それを聞いて孫娘は驚きました。
村に騎士団が滞在するということは、当然、騎士団長も滞在します。
村に宿はありますが、騎士団全員を泊めることは出来ません。
冒険者ギルドはありますが、とても小さい支部なため、騎士を受け入れる余裕はありません。
そうなると、宿屋の次に大きい村長の家に泊めることになるでしょう。
孫娘は団長が宿に泊まればいいと思いました。
騎士団長と知ってしまった以上、好きでいるわけにはいきません。
でも、孫娘はまだ団長が好きでした。顔を合わせるのはとても辛いことです。
「今夜は孫娘を助けてくれた礼に、騎士団には祝いの席を設けよう。団長殿は我が家へ滞在されるといいだろう。」
孫娘は驚きました。確かに村長の言う通りですが、今は顔を合わせたくありません。
村長の腕を叩いて嫌だと首を振ってみますが、村長は取り合ってくれません。
「お前の命の恩人だ。感謝を示しなさい。」
村長の言うことはもっともなことだったので、孫娘は頷くしかありませんでした。
こうなったら、なるべく顔を合わせないようにするしかありません。
幸い、孫娘の部屋は台所の隣です。上手くやれば、顔を合わせることはほとんどないでしょう。
「はい。わかりました。」
こうして騎士団長だった黒髪の騎士は筋肉村の村長の家に招待されました。
夜になって、歓迎の宴会が開かれました。
孫娘の恩人がいるので、村の貯蔵庫を開いて精一杯のおもてなしをします。
「美味い!」
「なんて美味いんだ。これ、魔の森にしか生えないっていう金のきのこだろ?」
「これなんかキングヒドラの肉だぜ。都じゃ金貨10枚出しても食えねえよ。」
美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、騎士たちは自分たちの食べているものが普通では手に入らないものだと気付きます。
それもそのはず。ここは筋肉村です。強すぎる村人達のおかげで、高級と言われる食材は山のようにあります。
「どうなってんだこの村は。将軍閣下が「ただの村だと思うな。」って言ってたのってこのことか?」
「さっき冒険者ギルド覗いてきたんだけどよ。ここには『剣聖』や『炎雷』が寄るらしいぜ。」
「げえ。ランクSSSの連中じゃねえか。それでかよ。」
「魔の山に一番近い村だもんな。SSSの連中が好きなだけ取ってくるってわけだ。」
「まあ、いいじゃないか。おかげで、こんな美味いもんが腹いっぱい食えるんだ。」
「そうだな。団長殿のおかげだ。」
「団長殿ばんざーい!」
気にはなったものの、美味しいご飯に美味しいお酒が騎士たちをとりこにします。
騎士たちはいつまでも団長をたたえていました。
その頃厨房では、終わりの見えない調理に、孫娘を入れた村に5人しかいない女たちの文句が飛び交っていました。
「お。終わらない…。」
「また空の皿が戻って来ましたわ。さっき出したばかりですのに。」
「騎士様の腹ってなあ、どうなってんだいっ。作っても作ってもすぐ空になるっ。」
「村の男どもと変わりゃしないなんてねえ。騎士様ってのは、もっとお上品だと思っていたよ。」
「まあ、滅多に食べれないもんを食べてるってのはわかってるみたいだけど。」
文句を言う間にも、女たちの手は高速で動き、たくましい腕で巨大なフライパンを返します。
筋肉村では男だけでなく、女もとてもたくましいのです。
「にしても、いいねっ。あの団長さん。なかなか男前じゃないか。あの上腕二頭筋たまらないね。」
「あなたを抱き上げられるなんて、中々ですわよ。あの村長の殺気をものともしてませんでしたし。」
「まっさきに助けてくれたんだろう?カッコイイねえ。お尻もひきしまって良い感じだったしねえ。」
「腕はどうだった?オーガくらいは一撃でないと。」
言いたい放題です。それもこの村ならではのこと。
筋肉村ではいかにいい筋肉を持ち、それを使いこなせるかで男の価値が決まります。
その村人の目から見て、騎士団長は合格ラインに達したようです。
「あ。う。」
孫娘は鍛えられた技でキャベツを瞬く間に千切りにしながら、真っ赤になっていました。
騎士団長が褒められるのは嬉しいのですが、女たちの言いたいことがそれだけでないことくらいわかっています。
貴族の団長に自分は釣り合わないと思っている孫娘は、なんと答えたらいいのか困ってしまいました。
そんな孫娘を見て、女たちは頷き合います。
これは自分たちがひと肌脱がなくてはいけない。と。
こうして孫娘は筋肉村の女たちの後押しを受けることになったのです。
歓迎の宴会から早3日、孫娘は団長を避け続けていました。
給仕はするのですが一緒には食べませんし、掃除・洗濯は団長のいないときにします。
今も団長が騎士団の鍛錬に行っているので、洗濯場で他の女たちとしゃべりながら洗濯しています。
おかげで何とか落ち着きを取り戻せるようになっていました。
「このまま早く帰ってくれればいいのに…。」
筋肉任せに洗濯物をしぼりつつ、つい、そんな風に考えてしまいます。
顔を合わせれば心臓がうるさいくらいだし、声を聞けば体がそちらに向いてしまいます。
そばにいる以上、あきらめるなんて出来そうにありませんでした。
「とっとと押し倒せばいいんだよっ。」
「よしなよ。あの子は村長の宝だ。変なことしたら、あの団長さんミンチになる。」
「そうだねえ。あの団長さん中々の腕みたいだけど、村長には勝てそうにないもんねえ。」
「だったら、まず二人きりにしてみませんこと?」
孫娘のため息を聞いた女たちが好きなことを言い始めます。
どうやら団長と孫娘に話をする機会を作るようです。
孫娘は団長のことで頭が一杯で聞いていません。
聞いていれば、何としてでも止めたでしょう。
今はまだ、顔を合わせたくないのですから。
「ちょっと早いけど、野イチゴが生ってるらしいんだ。悪いんだけど、つんできてくれないかい?」
洗濯が終わると、孫娘は食堂のおかみにそう頼まれました。
食堂のおかみは騎士団が来てから大忙しなので、孫娘は快く引き受けました。
それに野イチゴは孫娘の好物です。
たくさん取れたら分けてもらおうと、ウキウキしながら森へ向かいました。
村から近い範囲なら森は豊かで安全です。
毒の牙をもつムササビや鋭い角をもつウサギがいるくらいで、孫娘にとっては庭のようなものでした。
念のため棍棒を持ってきていますが、使うことはなさそうです。
「あ。あれがそうね。」
歩いて行く先に赤い木の実のたくさんなる場所を見付けました。
いそいそと近づいていくと、木イチゴがたくさん生っています。
「これだけあれば、ジャムだけじゃなくパイも作れそうね。」
思った以上の収穫に孫娘は上機嫌です。
背中のカゴを降ろして、さっそく取り始めます。
しばらく木いちごを取るのに夢中になっていると、ものすごい勢いでこちらに向かってくる殺気を感じました。
何事だろうと思いつつ、孫娘はそっと棍棒を握ります。
この間のオーガの仲間かもしれません。
武器さえあれば、孫娘は負けることはありません。
孫娘の棍棒の一撃は、一般剣士のクリティカルヒット並の威力がありました。
村長ゆずりの筋肉と強すぎる村人達の鬼のような特訓のおかげでした。
魔の山に近いせいで、強くなければこの村で生き残ることは出来ないのです。
手近な木の陰に隠れると、せまってくる殺気の方向を見ます。
「どこにいるんですっ。返事をしてくださいっ。」
殺気と共に聞きなれた声がします。
殺気の正体は団長でした。
何があったのでしょう。とても焦っています。
「あの。団長様。何かありましたか?」
村に何かあったのかもしれないと、慌てて孫娘は木の陰から出ていきます。
孫娘を見付けると、団長はあっという間に孫娘を腕の中にかかえました。
「よかった…。ご無事でしたか…。」
孫娘には何のことかわかりません。
どうやら孫娘に何かあったと思われたようです。
「木いちごを取りに来ただけです。この辺りは安全ですから、大丈夫ですよ。」
孫娘は団長を安心させようと、自分がここにいる理由を説明します。
しかし、団長は納得していないようでした。
「あなたが森に行ったまま帰ってこないと聞いて、慌てて探しに来たんです。一人で動いたりしないで下さい。この間もそうでした。もう少し遅れていたら…。」
団長の心配ももっともです。
この間川でオーガに襲われたばかりですし、少し軽率だったかもしれません。
でも、団長の言ったことは腑に落ちない部分もありました。
森に行くことは村長にも話していますし、武器をちゃんと持っていれば、孫娘がオーガくらいに負けたりしないのは村人なら誰でも知っています。
団長は一体誰に聞いたのでしょう?
「ご心配をかけてすみません。でも一体誰に聞いたんですか?」
「食堂のおかみさんに。」
やられました。
自分が団長のことで頭をいっぱいにしている間に女たちは策をたてていたのです。
どうしたものかと考え込んでいると、団長が孫娘を覗き込みます。
「久しぶりに話が出来ました。」
団長はきらめく笑顔を振りまきながら、孫娘の頬をなでます。
孫娘はどうすればいいかわからなくて固まってしまいました。
たった3日まともに顔を合わさなかっただけで、とても長い間会っていないようでした。
「お願いです。どうかわたしを見て下さい。何がそんなにあなたを遠ざけたのでしょう。
剣の腕が足りませんでしたか?この村の方々はとても強いですし、この間のことでがっかりさせてしまったのでしょうか。
それとも、騎士がお嫌いでしょうか?それなら、この任務が終わればやめましょう。そうすればまた愛らしい笑顔を見せてくれますか?」
団長は必死です。
先程までの笑顔と違って、今は泣きそうな顔をしています。
孫娘は立派な騎士様が泣き言を言ったことに驚き、その内容が自分に愛を請うものだったことにまた驚きました。
「あの。でも、団長さまは貴族さまでしょう?」
孫娘は恐る恐る聞いてみます。
貴族が平民と一緒にいられるわけがありません。あたり前のことです。
それなのに、団長は必死に孫娘を口説いています。
孫娘は困惑していました。
「いいえ。私は平民です。剣の腕だけで今の地位についた成り上がり者ですよ。ですから、今の地位に未練はありません。」
孫娘は驚きました。
平民が騎士になることはあっても、階級を上げるのは至難の業だと聞いたことがあったからです。
「それがあなたの憂いですか?」
団長の問いかけに孫娘は頷きます。
身分の差が無いなら、団長と距離を取る意味はもうありません。
「では、憂いは晴れましたね。もう私から隠れないで下さい。」
孫娘はまた頷きます。
お互い思い合っていたことがわかり、顔が真っ赤です。
それを見た団長は、あのきらめく笑顔で孫娘に口づけをしたのです。
ある王国の片隅に小さな村がありました。
村は魔物の出る魔の山のすぐ側にあり、近くに騎士団が設立されました。
猛者揃いの騎士団でしたが、中でも団長は飛びぬけて強く、のちに王国の英雄と呼ばれるようになりました。
団長の傍には「筋肉村の筋肉姫」と呼ばれるたくましい奥方がいたそうです。
ふたりはたいそう仲睦まじく、いつまでも幸せに暮らしたとか。
物語の終わりはいつもめでたしめでたし。